その目に映る未来は、ひとつではない 作:並行世界とかという概念最高
1回戦は順調に消化されていった。
第4試合――飯田天哉 vs 発目明。発目の自作サポートアイテムのプレゼンに文字通り踊らされ続けた飯田だったが、発目の満足による棄権という形で勝利を収めた。呆然としつつも2回戦進出を決めた飯田の表情には、独特の疲労感が滲んでいた。
第5試合――青山優雅 vs 芦戸三奈。青山の『ネビルレーザー』を華麗なステップでかわし続けた芦戸が、酸で青山のズボンのベルトを溶かしてパンツをずり下ろし、一瞬の隙を突いてノックアウト勝ちを収める。
第6試合――常闇踏陰 vs 八百万百。『黒影(ダークシャドウ)』による怒涛の速攻に対し、八百万はシールドを生成して防戦に追われるものの、判断が追いつかないまま押し出されて場外負けを喫した。
そして、第7試合。
『さあさあ1回戦も大詰めだァ! 続いてのカードは……騎馬戦での見事な連携から勝ち上がった実力派! A組・尾白猿夫ォォッ!!』
実況席からマイクの大声援が響く。
『対するは、同じく1年A組! 男気全開のカチカチヒーロー・切島鋭児郎ォォッ!!』
リングの中央で、A組同士の尾白と切島が対峙していた。
観客席で見守る透野視希の隣では、1回戦を終えた心操が静かに腕を組んでモニターを見つめている。
「尾白の奴、良い面構えしてんな」
「うん。自分の戦い方を覚悟してる顔だ」
透野が呟く。
「両者、位置についたな……スタートォッ!!」
号砲と同時に、切島が全身を鋭く角立たせ、肉体を「硬化」させた。
「応ッ! 正面から来いよ尾白ァッ!!」
「いくぞ、切島くん!」
切島が重戦車のように地鳴りを立てて突進する。対する尾白は、正面からぶつかり合うのを避け、低い姿勢で横へと滑り込んだ。
(武術の基本……相手の力を正面から受け止めず、軸をずらす)
切島の振るう硬化した拳が空を切る。尾白はその腕の側面を滑らせるように掌底で受け流し、自身の強靭な『尾』を鞭のようにしならせて切島の脇腹へ叩き込んだ。
ドバァンッ!
重い打撃音がスタジアムに響く。
だが、全身を硬化させた切島は体勢を僅かに崩したのみで、ニタリと歯を見せて笑った。
「効かねえぜ! これが俺の『硬化』だッ!」
「知ってるよ……だから、打撃だけで倒すつもりはない!」
尾白は間合いを殺さず、回転の勢いを利用して切島の足元へ尾を絡ませた。足払い。倒れ込む切島の重心を利用し、投擲するようにリングの白線際へと投げ飛ばす。
「うおっ!?」
『おおっとぉォッ!? 尾白、打撃ではなく相手の重心と尾を使った体捌きで切島を崩したァァッ!!』
「……すげえな」
観覧席で緑谷出久が目を見張る。「打撃の威力を『硬化』で殺されるなら、投げと位置取りで場外を狙う……! 尾白くん、透野くんたちとの騎馬戦で培った連携や状況判断を、個人戦でも存分に活かしてるんだ!」
「チッ、小細工が……!」
爆豪が忌々しそうに吐き捨てた。
リング際で体勢を立て直した切島は、息を荒くしながらも目の色を変えた。
「へっ……男らしいじゃねえか、尾白! だがな、俺も引き下がれねえんだよッ!!」
切島が地を蹴り、再び突っ込む。今度は大振りのパンチではなく、間合いを詰めた泥臭いインファイト。尾白も尾と両腕を駆使し、切島の猛攻を捌き、受け流し、反撃の打撃を叩き込む。
武道としての極致を見せる尾白と、泥臭く耐え抜く切島の執念。
A組同士の熱い攻防は数十秒にわたって続き、会場全体がその熱量に息を呑んだ。
だが――勝負を決したのは、個性の「持続力」と純粋な「打撃の硬度」の差だった。
尾白の渾身の尾による一撃を受け止めきった切島が、隙を突いて尾白の胸元へ強烈なタックルを叩き込む。
体勢を崩された尾白は、そのままリングの外へと押し出された。
「そこまで! 勝者、切島選手!」
『勝負ありィィッ! 激闘の肉弾戦を制したのは、切島鋭児郎だァァッ!!』
割れんばかりの拍手が湧き起こる。
リングの上で、切島が息を途切れさせながら尾白に手を差し伸べた。
「……すげえ良い勝負だったぜ、尾白! お前の武道、本物だな!」
尾白はその手を握り返し、晴れやかな苦笑いを浮かべた。
「負けたよ……切島くん、強かった」
*
「……惜しかったな」
心操が呟く。
「うん。でも、尾白くんは自分のやりたい戦いを完全にやり切ったと思う」
透野は静かに頷いた。
力勝負だけがヒーローの資質ではない。尾白が魅せたあの戦いぶりは、観客やプロヒーローたちの記憶に強く刻まれたはずだ。
その後、第8試合――爆豪勝己 vs 麗日お茶子。
麗日が彗星群のような瓦礫の降下作戦で爆豪を追い詰めるものの、爆豪の圧巻の火力によって粉砕され、限界を迎えて倒れた。爆豪が勝利を収め、これで1回戦の全試合が終了した。
そして、束の間の中休みを経て、いよいよ2回戦(準々決勝)が始まる。
第1試合――緑谷出久 vs 轟焦凍。
規格外のパワーで自傷をも辞さない緑谷の超パワーと、轟の『半冷半燃』が激突する、スタジアムを破壊せんばかりの死闘。緑谷が指や腕を砕きながら轟の「左の炎」を引き出し、最後は両者の威力が激突した爆風によって緑谷が撃沈。轟が勝利を手にした。
観客席全体がその凄まじい熱量と破壊力に圧倒され、呆然とした空気が支配する。
その余韻が冷めやらぬ中、スピーカーからアナウンスが響いた。
『さあ……激闘に次ぐ激闘! 続いては第2試合!!』
プレゼント・マイクの声が、興奮を抑えきれないように高らかに鳴り響く。
『直線的な超スピードで1回戦を駆け抜けた爆走エンジニア! A組・飯田天哉ァァッ!!』
通路から、飯田天哉が硬い表情でリングへと歩みを進める。その脚のエンジンからは、静かに排気が吐き出されていた。
『対するは! 1回戦で上鳴の全方位放電を完璧に見切り、無傷で仕留めた静かなる策士! 普通科・透野視希ィィッ!!』
反対側の通路から、透野視希が歩み出た。
無表情。死んだように落ち着いた瞳。
歓声と熱気に包まれたスタジアムの中で、透野だけが異質なほど静かだった。
リングの中央で、二人が対峙する。
「透野くん!」
飯田が眼鏡の奥の瞳をまっすぐ突きたて、真摯な声で叫んだ。
「君の1回戦での立ち回り、見事だった! 個性に頼らず、相手の挙動を完璧に観察して対処する……素晴らしい判断力だ! だが、僕の『レシプロバースト』のスピードは、単純な予備動作の観察だけで対処できるほど甘くはないぞ!」
飯田は決して透野を軽視していなかった。上鳴戦で見せた透野の「理」による戦い方を警戒し、最初から全力で挑む構えを見せている。
透野は、飯田の脚元――ふくらはぎに備わったマフラーを見つめた。
(飯田天哉……直線的な加速度は全生徒の中でもトップクラス。一度加速に乗られれば、僕の身体能力では回避すら間に合わない)
だが、透野の思考は冷徹だった。
(直線的……だからこそ、予備動作は隠せない。軸足の踏み込み、エンジンの回転音、排気のタイミング。そして何より――彼の真面目すぎる性格)
透野は身体の力を抜き、呼吸を一定に整えた。
「……来ていいよ、飯田くん」
「――感謝する! 遠慮なく行かせてもらうぞ!!」
飯田が低く構え、エンジンが爆音を上げた。
『両者、位置についたな……それじゃあ、2回戦第2試合――スタートォッ!!』
号砲が鳴り響く。
飯田の身体が、視界から消えるほどの超スピードで直線的に突き進んだ。