その目に映る未来は、ひとつではない   作:並行世界とかという概念最高

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分析官とステインの足跡

 

職場体験初日。

都内の一角にある雑居ビルの一室――『インサイト事務所』は、華やかなヒーロー事務所のイメージとは程遠く、無数のモニターと書類の山に囲まれた「警察の捜査本部」のような場所だった。

「やあ、透野くん。ようこそインサイト事務所へ」

出迎えてくれたのは、薄い眼鏡をかけたスーツ姿の男――代表ヒーローのアナライズ(諸星賢造)だった。

「うちの業務は地味だよ。街の防犯カメラ映像の解析、ヴィラン出現率の統計作成、警察への捜査協力データ支援……。君のように体育祭で大活躍した生徒には退屈かもしれないね」

「いえ、こういう静かな作業が一番好きです」

透野が淡々と答えると、アナライズは嬉しそうに目を細めた。

「頼もしいね! それじゃあ一週間、よろしく頼むよ。……と言いたいところだが、実は今、うちの事務所はちょっとした修羅場でね」

アナライズが操作したメインモニターに、ある男の顔写真と、痛々しい現場写真が映し出された。

【ヒーロー殺し・ステイン】

「保須市を中心に各地でプロヒーローを襲撃している重犯罪者だ。警察とヒーロー協会から極秘裏にデータ照会が来ていてね。犯行の規則性や、次の潜伏先を絞り込もうとしているんだが……手掛かりが少なくて難航している」

アナライズは溜め息を吐いた。自身の個性『データ同期』で数万件の防犯カメラと移動履歴を脳内に取り込んではいるものの、「なぜその街を選び、なぜその時間帯に現れるのか」という行動理念のロジックが解明できずにいたのだ。

「君には社会勉強として、過去の襲撃地点と事件発生時刻のタイムラインをスプレッドシートにまとめる作業をやってもらおう。簡単なデータ入力だ」

「わかりました」

透野は与えられたデスクに座り、PCに向かった。

(……静かに作業だけやって、定時で帰ろう)

そう思い、淡々とキーボードを叩き始めた透野だったが――数時間が経過した頃、画面に並ぶ数値とマップのプロットを見つめる中で、嫌でも「違和感」が目に飛び込んできた。

(……おかしいな)

透野は手を止め、モニターに映る保須市周辺の路線図と、過去の被害ヒーローのリストを並べて見比べる。

「透野くん? どうかしたかい? 疲れたなら休憩していいよ」

お茶を入れ直していたアナライズが声をかけてきた。

透野は迷った。余計な口を出して目立つのは本意ではない。だが、与えられた課題(作業)の正確性を保つためには、質問せざるを得なかった。

「……あの、諸星さん。一つ確認してもいいですか?」

「ん? なんだい?」

「このステインという犯人……警察や協会は『移動手段に電車や車を使っている』という前提で警戒網を張っていますよね」

「ああ。被害が発生した都市同士が離れているからね。高速バスや電車の防犯カメラを重点的に解析している最中だ」

「……でも、この犯行時刻のタイムラインと、被害に遭ったヒーローたちの『巡回ルートの癖』を重ねると、辻褄が合わないんです」

透野は指先でモニターのマップを示した。

「ステインが狙っているのは、ランダムなヒーローではありません。『路地裏に入り込みやすく、かつ救助要請が届きにくい孤立した巡回パターンを持つヒーロー』だけを厳選して待ち伏せしています」

「む……? 確かに、被害者は全員路地裏で襲われているが……」

「これだけの厳選をするには、最低でも数日間の『事前下見(ロケハン)』が必要です。公共交通機関を使っていたら、駅のカメラや街頭カメラに何度も同一人物が映り込むリスクが高すぎる。……この人、移動には『鉄道沿線の旧道や、カメラの死角になる高架下の路地』を徒歩か屋根伝いに使っています」

「な……! 徒歩だと!? 都市間の距離があるんだぞ!?」

「だからこそ、犯行間隔が数日開くんです」

透野は淡々と、計算結果を提示するように言葉を重ねた。

「移動に時間をかけているんじゃない。『徒歩でカメラを避けながら移動し、ターゲットの巡回癖を観察する時間』が必要だから、この間隔なんです。……もし僕がこの犯人の立場なら、次のターゲットに選ぶのは保須市の東口エリア……特に、繁華街から一本外れた古い商店街の路地裏です。あそこは街頭カメラの設置率が他より40%低く、かつ特定のヒーローが深夜に一人で巡回するルートになっていますから」

「……っ!?」

アナライズの顔色がガラリと変わった。

透野の提示した「犯人の心理と行動の合理性」――それは、警察や大手事務所が「個性の強さや公共交通データ」に囚われて見落としていた、あまりにもシンプルで冷徹な「現場のロジック」だった。

アナライズは慌てて自身の端末を叩き、透野が指し示したエリアの過去データとカメラ死角マップを照合した。

『データ同期』が、透野の推測を裏付ける事実(該当エリアのカメラ空白地帯と、そこに適合するヒーローの巡回情報)を完璧に弾き出す。

「……一致した……! カメラスポットの空白、巡回パターン……全部辻褄が合う……!!」

アナライズの手が震えていた。

「透野くん……君、一体どうやってこれに気づいた……!?」

透野は、思わず「しまった」という顔をした。

ただの作業としてデータを整理していたら、パズルのピースがあまりにも不自然にはまっていなかったため、理屈の通る形に並べ替えて口にしてしまっただけなのだ。

「え……あ、単に数字とマップの空白を重ねたら、そこしか理屈が通らなかったので……」

「理屈が通らなかっただと……!? 警察の捜査本部が何十人もかけて難航していたプロファイリングだぞ!?」

アナライズは興奮気味に電話を引っつかんだ。

「保須署の捜査本部につないでくれ! 『ヒーロー殺し』の潜伏・潜伏候補地のプロファイリングが完了した! 東口商店街の路地裏だ! すぐに警戒態勢を――!」

「あ、あの、諸星さん、僕はただの推測で……」

「謙遜するな透野くん! 君のその異常な観察眼と論理構築能力……本物だ! 素晴らしいぞ!!」

受話器に向かって熱弁を振るうアナライズの横で、透野は小さく頭を抱えた。

(……トラブルから一番遠い場所を選んだはずなのに)

(なんで僕の推測で、事件の調査が進んじゃってるんだ……?)

静かに一週間をやり過ごすはずだった職場体験は、初日から明らかな狂いを見せ始めていた。

そして――透野のこの的確すぎる推測が保須市警察へ共有されたことで、保須市における「ステイン襲撃」の当日の警戒網が、原作とは異なる形で静かに動き出すこととなるのだった。

 

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