その目に映る未来は、ひとつではない 作:並行世界とかという概念最高
児童養護施設の朝は、静かだった。
少なくとも、少年が起きてから朝食の時間になるまでは。
窓から差し込む光は薄く、山の向こうには雲がかかっている。廊下の奥から職員の足音が聞こえ、台所では食器の触れ合う音がした。
少年はベッドから起き上がると、枕元に置いていた本を棚へ戻した。
昨夜は少し読みすぎた。
だからといって、寝坊するほどではない。
彼は顔を洗い、身支度を整え、いつも通り食堂へ向かった。
「おはよう」
「おはよう。今日も早いね」
「いつも通りです」
職員は苦笑した。
少年の返事は、いつもこんな調子だった。
礼儀がないわけではない。質問をすれば答えるし、頼まれたことも、納得できれば引き受ける。
ただ、年相応の子供らしい表情が乏しかった。
嬉しいときも、驚いたときも、顔の筋肉がほとんど動かない。目には光がないように見え、何を考えているのか、周囲の大人にはわかりにくい。
それでも、本人は特に困っていなかった。
表情を豊かにする必要性を、あまり感じていなかったからだ。
朝食を終えた少年は、食器を片づけてから施設の図書棚へ向かった。
そこには、寄付された児童書や古い図鑑、教養書が並んでいる。背表紙の色はまちまちで、何度も読まれた本には、ページの端に折り目がついていた。
少年はその中から、身体の動かし方について書かれた本を一冊取り出した。
今日は天気が崩れなければ、外で走るつもりだった。
走ることは嫌いではない。
自分の身体がどこまで動くのかを知るのは、面白かった。
もちろん、本に書かれていることを読んだだけで、すべてができるようになるわけではない。身体の使い方には癖があるし、知識と実際の動きは違う。
それでも、試す価値はある。
少年はそう考えていた。
そして、その考え方は、彼が本を読むときも、人を見るときも、変わらなかった。
何かができるかどうかは、実際に確かめてみなければわからない。
誰かが正しいと言ったからといって、それが絶対の正解になるわけではない。
ヒーローだから正しいとも、ヴィランだから間違っているとも限らない。
大切なのは、その人が何を考え、何を選び、何をしたのか。
少年にとっては、それだけの話だった。
その考え方が、同年代の子供たちとは少し違っていることは知っていた。
もっとも、どの程度違うのかまでは、よくわかっていなかった。
彼には、他の人が知らないことを話せる相手がいたからだ。
自分と同じ顔をした、別の自分たち。
彼らは、少年が暮らしている場所とは違う世界にいる。
ある者は、少年がまだ読んだことのない本について話した。ある者は、少年が知らない土地のことを教えた。またある者は、まったく異なる経験をもとに、少年の考えを否定した。
意見が食い違うこともあった。
けれど、それは珍しいことではない。
同じ人間であっても、同じ経験をするとは限らないのだから。
少年は、そう理解していた。
だからこそ、ひとつの世界で当たり前とされていることを、絶対のものとして信じることができなかった。
それが周囲にどれほど奇妙に映るのか。
少年はまだ、十分には知らなかった。