その目に映る未来は、ひとつではない 作:並行世界とかという概念最高
超常解放戦線のアジト、そして蛇腔病院へのプロヒーローたちによる大規模同時急襲作戦。
ヒーロー社会の存亡を賭けた決戦の火蓋は、突如として落とされた。
ミルコ、エンデヴァー、相澤消太をはじめとするトップヒーローたちが最前線で激闘を繰り広げる中、蛇腔病院の地下施設で静かに眠っていた「未知の脅威」が目を醒まそうとしていた。
死柄木弔の覚醒カプセルへと迫るヒーローたち。だがその直前、地下の暗がりから、不気味な足音とともに静かな「歌声」が聞こえてきた。
「……何だ……!? 脳無の反応じゃない……新手の敵(ヴィラン)か!?」
突入していたプロヒーローたちが警戒の姿勢をとる。
煙の中からゆっくりと姿を現したのは――痛々しい手術痕と黒いチューブを全身に繋がれた、ひとりの少女だった。
死柄木と同じくドクターの手によって超常的な肉体改造を施された、強力無比な存在。
「女……の子……!?」
あまりにも不似合いな光景に、突入隊が一瞬息を呑む。
だが、その少女の口から透き通るような声で紡ぎ出されていたのは、あまりにも有名な破滅の調べ――『Komm, süßer Tod(甘き死よ、来たれ)』の旋律だった。
『——I know, I know I've let you down——』
(分かってる、あなたを失望させたって)
『——It all returns to nothing, it just keeps falling down, falling down, falling down——』
(全ては無へと還っていく。ただただ落ちていく、崩れ去っていく——)
どこか軽やかで美しく、けれど聴く者の精神を優しく破滅へと誘うその歌声が空気を伝播した瞬間、現場のプロヒーローたちを絶望的な脱力感が襲った。
「ぐっ……な、んだこの声は……!? 身体に、力が入らねえ……!!」
音波とともに放たれる強烈な精神・身体への「範囲デバフ」。神経系を直接揺さぶられ、個性の発動精度と平衡感覚がズタズタに引き裂かれていく。
「くっ……!」
相澤消太は即座に髪を逆立て、個性を発動させようと少女を睨みつけた。
しかし、その瞬間――相澤の思考がピタリと凍りついた。
(……待て。あの顔立ち……パチパチと無機質に瞬きをする死んだような瞳……。どこかで……?)
脳裏をよぎる、雄英高校普通科の特待生――透野視希の姿。
性別こそ少女だが、醸し出す雰囲気、パーツの配置、そして何よりあの理不尽なまでに冷徹な瞳が、あまりにも重なりすぎていた。
(なぜだ……!? あの子供と……似ている……!?)
相澤が戦慄したコンマ数秒の間にも、少女は冷ややかな瞳のまま歌を口ずさみ、軽やかに手を振った。
音速を超える圧縮衝撃波が容赦なく叩きつけられる!
ドガァァァァン!!!
「がはっ……!?」
病院の地下施設が一瞬で半壊する。
死柄木が目覚める前段階であるにもかかわらず、突如出現したこの「圧倒的に強力な新敵」の前に、プロヒーローたちは凄惨な苦戦を強いられていた。
「無駄だよ。すべてはあらかじめ計算された徒労に過ぎないんだから」
『Komm, süßer Tod』を静かに歌い継ぎながら、冷徹にヒーローたちを見下ろす少女――もうひとりの透野視希。
*
――だが。
プロヒーローたちが最前線でこの悪夢のような新敵に翻弄され、相澤が恐ろしい違和感を抱く数週間も前から、こちらの世界の透野視希は、すでに一人で淡々と動いていた。
1-Aの生徒たちがインターンで各地へ派遣され、目の前の戦闘に追われていた裏で。
透野はヴィジランテ時代に築き上げた地下街の細いネットワーク、裏医者、ブローカーのパイプをフル活用していた。
(……あちら側に『もうひとりの僕』が存在し、AFOと繋がっている。なら、僕ならどう動く?)
自分自身の思考ロジックを逆算し、敵がどのタイミングで内部崩壊を狙うか、どの経路で資金と情報を流しているか。
1-Aがインターンで前線に出ている間、透野は一人で部屋に籠もり、膨大なデータと裏社会の噂を照らし合わせ、コツコツとプロファイリングを重ねていたのだ。
「青山西洋菓子店の不自然な資金の流れ……そして海外ルートを通じたAFOからの接触痕跡……」
警察すら掴みきれていなかった「内通者(青山優雅)」の決定的な動証拠。
そして、いずれ訪れる決戦において、盤面を完全にコントロールするための最悪のカードを、透野は誰にも知られず手元に揃え終えていた。
(好き勝手に暴れて、僕の日常を壊そうなんて思わないでほしいな)
最前線で『甘き死よ、来たれ』を響かせる少女(新敵)の破壊工作を冷ややかな瞳で見据えながら。
透野視希は、次なる局面――「内通者の開示」と「心操人使の参戦」という絶対の詰みに向けて、静かに駒を進めていたのだった。