その目に映る未来は、ひとつではない 作:並行世界とかという概念最高
蛇腔病院および超常解放戦線アジトへの急襲作戦は、両陣営に甚大な被害を残して終結した。
死柄木の覚醒、そして突如として戦場に降臨した「謎の少女(もうひとりの透野視希)」による凄惨なデバフと破壊工作。プロヒーローたちは満身創痍となり、雄英高校は避難場所としての機能を強めながら、重苦しい緊張感に包まれていた。
そして――作戦の裏で進行していた「最悪の疑念」が、ついに現実となる。
林間合宿や神野区の事件において、雄英の極秘情報が敵(ヴィラン)側へ漏洩していた原因。
内通者が、1年A組の青山優雅とその家族であったという衝撃の事実が発覚したのだ。
森の奥深く、涙を流しながら罪を告白する青山と、絶望と裏切りに打ちひしがれる緑谷出久。
包囲した相澤消太、そして駆けつけた警察関係者や根津校長の間に、痛々しいほどの沈黙と悲痛が立ち込めていた。
「……なぜだ、青山……。なぜAFOに従った……」
相澤の声は擦れ、その眼光には悲しみと怒りが交錯していた。
「あ、オール・フォー・ワンに……逆らえなかったんだ……! 家族の命が……僕の個性が……ッ!」
崩れ落ちる青山。誰もが「どうして防げなかったのか」「どこから漏れていたのか」と苦痛に胸を締め付けられていたその時――。
カツン、カツン。
夜の森の静寂を切り裂いて、あまりにも場違いで、規則正しい足音が近づいてきた。
「……誰だ!?」
警察官が咄嗟に拳銃を構える。1-Aの面々も一斉に身構えた。
木々の隙間から姿を現したのは、指定の運動着を完璧に着こなし、腕に分厚い黒のレザーファイルとデータ端末を抱えた少年――普通科の特待生、透野視希だった。
「……透野……? お前、なぜここに……」
相澤が目を細める。蛇腔病院の地下で出会ったあの「謎の少女」の冷酷な瞳が、目の前の透野の顔と一瞬重なり、相澤の背筋に冷たい汗が伝った。
「こんばんは、相澤先生。そして根津校長」
透野はパチパチと無機質に瞬きをすると、一礼し、抱えていたファイルを相澤と警察の担当者へ淡々と差し出した。
「感情論で追及を続けても時間の無駄です。こちらが、青山西洋菓子店の過去5年間にわたる不自然な海外資金ルート、およびAFO側のフロント企業を経由した『特殊個性付与』の契約記録、ならびに通信波長の解析データです」
「……なっ……!?」
受け取った警察幹部がページをめくり、絶句した。
ファイルには、青山家が追い詰められていった経緯、AFOから送られていた指示の暗号解読、そして通信が送受信された正確な日時と座標まで、寸分の狂いもなくプロファイリングされていた。
「これ……警察の捜査機関でも掴みきれていなかった極秘データだぞ……! お前、一体どこでこれを……!?」
「1-Aの皆さんがインターンで忙殺されていた期間、ヴィジランテ時代の地下ルートや裏医者のネットワークを使って、個人でコツコツと集めました」
「な……ッ!?」
緑谷出久が、そして飯田天哉や麗日お茶子たちが、信じられないものを見る目で透野を注視した。
「一人で……!? 僕たちがインターンで前線にいた間に、裏社会のネットワークからこんなデータを……!?」
「ちょっと待ってくれ、透野くん! 君は普通科の生徒だろう!? なぜ警察すら手を出せない裏のルートにアクセスできるんだ……!?」
教師陣からも動揺の渦が広がる。ブラドキングが「おい相澤、この生徒は何者だ!?」と声を荒らげ、現場のプロヒーローたちも「一般の高校生が扱っていい領域の情報じゃないぞ……!」と顔を見合わせ、困惑と混乱で場が騒然となった。
そんな混沌の中で、ただ一人――根津校長だけが、静かに手招きをして紅茶のボトルを傾け、死んだような瞳の透野を見つめ返した。
「ふむ……相変わらず見事な分析力だね、透野くん。だが、僕からもひとつ質問させておくれ」
根津校長は黒い瞳を細め、理知的な光を宿して静かに問いかけた。
「君ほどの観察眼があれば、青山くんが内通者であるという仮説にはもっと早い段階で辿り着いていたはずだ。なぜ『今』このタイミングまで伏せていたのかね? 警察や僕たち学校側に事前に共有しておけば、急襲作戦でのリスクも軽減できたかもしれない」
校長の理詰めの問いかけに対し、透野はコンマ一秒の躊躇もなく、極めて合理的な回答を口にした。
「理由はおもに2つあります、校長先生」
透野は指を1本立てた。
「第一に、確実な動証拠がない段階で開示しても、警察組織や学校側の『手続き』と『内部調査』に時間がかかり、結果として僕が余計な聴取や監視対象に指定され、平穏な自活スケジュールを乱されるからです。確定的な詰みの盤面が完成するまで待つのが最善でした」
そして、2本目の指を立てる。
「第二に……敵側にも、僕と同じ思考ロジックで情報を整理し、誘導している『もう一人の観測者』が存在したからです」
相澤の息が止まる。
病院で遭遇した、あのネガティブな歌声を響かせる「謎の少女」の姿が過った。
「あの少女……蛇腔病院で暴れていた新手の敵のことですね。あちらが盤面を動かして僕たちの後手を引かせようとしていた以上、こちらとしても『完璧な詰みのカード』を裏で揃えておく必要がありました。早すぎる情報開示は、もう一人の僕に通信ルートを遮断・変更されるリスクがあったのです」
根津校長は「なるほど」と満足そうに頷き、深く納得したように手を打った。
「素晴らしいよ、透野くん。君は感情や目先の正義感に囚われず、常に『盤面全体』を俯瞰して最善手を計算している。君の言っていることは極めて理に叶っているよ」
校長と透野のあまりにも冷徹で高度な理知の対話に、周囲の教師陣と1-Aの面々は言葉を失い、さらに呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……あいつ……校長先生と対等に盤面の話をしてやがる……」
爆豪勝己が歯を食いしばり、悔しそうに拳を握りしめる。
「さて、校長先生。証拠は揃いました」
透野はパンッと軽く手を叩いて話題を戻した。
「青山くんを責めても状況は好転しません。重要なのは、この状況を逆手にとり、彼を『 decoy(孥・餌)』として使って『AFOを騙し討ちにするトラップ』を仕掛けることです。青山くんの通信経路は生きている。彼を完全に孤立させるのではなく、こちらのコントロール下に置き、偽の情報をAFOへ送らせるのです」
「そのためには、彼の精神を安定させ、完璧に作戦通りに動かす『術』が必要ですね?」
根津校長がニヤリと笑う。
「はい。すでに手配してあります」
透野はポケットからスマホを取り出し、ある人物へ通話をつなげた。
「……あ、心操? 予定通り、頼んでいた件を実行するよ。今すぐ校長室前の広場に来てほしい」
『……ハッ、人使いが荒いな、お前は』
スピーカー越しに届いたのは、洗脳の個性を持つ普通科の友人――心操人使の呆れたような、しかし覚悟の決まった声だった。
「これで盤面はこちらの優位です。……僕の時間を奪ったツケは、AFOにもう一人の僕にも、きっちり払ってもらいます」
闇夜の中、透野視希は誰よりも冷徹に、そして完璧に、決戦への王手を指し定めるのだった。