その目に映る未来は、ひとつではない   作:並行世界とかという概念最高

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崩れた規律と私服の観測者

AFO(オール・フォー・ワン)を騙し討ちにし、一転して全ヴィランを各戦場へ分断・強制転送する『最終決戦』の作戦立案。

 

その中核に、雄英高校普通科の特待生――透野視希の姿があった。

 

「……おい、透野。お前……本気でこの決戦の前線に出る気か?」

 

作戦開始直前、控えエリアで相澤消太が眉間を固く寄せて呼び止めた。

緑谷出久や爆豪勝己、1-Aの生徒たちも息を呑んで透野を見つめている。

 

なぜなら、透野の服装が戦闘用のスーツやプロテクターではなく、見慣れた「普段着のパーカーにスニーカー」という、あまりにも無防備な私服姿だったからだ。

 

「無茶だ、透野くん!」

飯田天哉が前に出て、大きな身振りで制止する。

 

「ここはプロヒーローや僕たちヒーロー科が立つべき戦場だ! 規律や安全面から言っても、普通科の君が私服のまま前線に出るなんて許可されるはずが——」

 

「規律、ですか?」

 

透野はパチパチと無機質に瞬きをすると、首を軽く横に振った。

 

「飯田くん。現在、ヒーローの活動や資格を管轄していた『ヒーロー公安委員会』は機能不全に陥り、組織として完全に壊滅状態にあります。僕を『一般人』として排除・管理する法的強制力も、例外的な特例措置を裁定する機関も、今のこの国には存在しません」

 

淡々とした、けれど寸分の隙もない正論。

 

「……最初から、この『空白』を狙っていたのか?」

 

相澤の問いに、透野は小さく頷いた。

 

「はい。公安が機能していた頃なら、無個性の僕が戦場に出るなど手続きだけで数ヶ月潰され、平穏な自活スケジュールを完全に乱されていたでしょう。管理機関が機能していない『今』だからこそ、僕は僕の意思で、僕の日常を守るために参戦できるんです」

 

周りの生徒やプロヒーローたちから「公安の不全を計算して……!?」「正気かよ……」と困惑と不気味さを孕んだざわめきが広がる。

 

「でも透野くん、私服じゃ防具すら……! 相手はあの凄惨な攻撃をしてくるヴィランなんだよ!?」

麗日お茶子が心配そうに声を張るが、透野は「大丈夫ですよ」と落ち着いた声で返し、ここでふと、思い出したように自身の身体に視線を落とした。

「それに……これ以上、偽る必要もありませんから」

 

「……偽る……?」

 

透野はポケットから小さな空のガラス瓶を取り出し、淡々と言い放った。

 

「僕はこれまで、自身の身体の『位相』を変える特殊な薬を用いて、性別を男性だと偽って生活してきました。本来の僕は女性です。雄英の書類や生活上の利便性から男装をしていましたが……この決戦においては、そんな偽装も無意味ですから」

 

「……は!?」

 

「ええええっ!?? 女……女の子だったの!?」

 

1-Aの面々が、そして教師陣すらもひっくり返りそうなほど目を丸くして叫んだ。

緑谷は口をぐぐっと開けて固まり、爆豪は「ハァ!? テメェ、性別まで騙してやがったのか!?」と眉間に激しい皺を寄せる。

 

「テメェ……なんでそんなややこしい真似してやがったんだよ!?」

 

爆豪の怒鳴り声に対し、透野はパチパチと無機質に瞬きをすると、淡々と指を立てた。

 

「理由ですか? 単純なリスクヘッジと効率化です。まず、現実社会において『若い女性』という属性は、無用な視線や干渉という『ノイズ』を過剰に引き寄せます。男性として溶け込む方が、他者からの接触を最小限に抑えられ、無個性で自活(一人暮らし)する上での社会的手続きもスムーズでした」

 

透野は淡々とした声のまま、さらに冷徹な予測データを口にする。

 

「そして何より……万が一、僕の『万象の眼』やこの歌の波長計算能力が公安に察知された際のリスク回避です。もし僕が『若い少女』として認知されていれば、公安は僕を大人しく扱う『悲劇の歌姫』『象徴的な少女』として祭り上げ、ヒーロー社会の傀儡・プロパガンダの客寄せパンダとして利用しようとしたでしょう。……男装し、徹底して『地味で目立たない無個性の男子生徒』を演じることで、そうした政治的アイコンに成り下がる未来をあらかじめ計算で潰していたんです」

 

寸分の隙もない、あまりにも先を見据えすぎた危機管理のロジック。

 

「……公安の利用リスクまで計算して、性別ごと偽装してただと……!?」

 

相澤が血走った目で絶句し、緑谷や飯田も「そこまで考えて……!?」と戦慄したように言葉を失う。

 

「ですが、先ほど申し上げた通り、その公安自体が崩壊した今、僕が政治的傀儡に仕立て上げられるリスクはゼロになりました。だからこそ、もう偽る必要がないというだけの話です」

 

「性別も、服装も、僕が『観測者』として動く上での単なる条件に過ぎません。重い防具は移動の『計算』を狂わせるだけです」

 

混乱する一同を置いたまま、透野はスッと深く息を吸い込み、静かにその唇を開いた。

 

澄み渡るような、しかし聴く者の脳幹を直接揺さぶるような透明な旋律。

それは、蛇腔病院の地下施設で「新手の敵(もうひとりの透野)」が響かせていたあの歌——『Komm, süßer Tod(甘き死よ、来たれ)』の旋律だった。

 

『It all returns to nothing, it just keeps falling down, falling down, falling down』

 

—— 『Komm, süßer Tod』より

 

「ッ……!? なんだ、これ……!?」

 

歌声が空気を伝播した瞬間、周囲にいた1-Aの面々やプロヒーローたちの身体から、スッと余分な力みが抜け、恐怖や動揺が強制的に鎮められていく不気味な感覚が走った。

 

敵側の少女が放った精神を削り取る「絶望のデバフ」とは対極をなす――感覚を研ぎ澄ませ、神経の過剰伝達を正常化させる「逆相の心理デバフ(平静化)」の波動。

 

「な……歌で……僕たちの恐怖が……!?」

緑谷が自分の手を見つめ、絶句する。

 

「おい……待て……!」

爆豪が目を見開き、ハッとしたように透野を指さした。

 

「テメェ……あの病院で暴れてた……あの歌を歌ってたクソ女と……同じことをやってやがるのか……!?」

 

相澤の目が鋭く光り、周りのヒーローたちの「まさか」という疑念が、一瞬で確信へと変わった。

 

「やっぱり……あいつと、お前は……!」

 

ヒーローたちが息を飲む中、透野は歌を止め、静かに言った。

 

「察しが良いですね。あちらの少女は、僕と同じ思考ロジックを持ち、平行世界からこの時空に存在する『もう一人の僕』です。……僕の『万象の眼』と波長が重なったことで、この歌の音波演算が機能しています」

 

透野は冷たい瞳で戦場の空気を捉えた。

 

「ヒーローの正義も、ヴィランの悪意も、僕には関係ありません。ですが……僕の生活を脅かすもう一人の僕を潰し、この不合理な戦いを終わらせるために、僕は僕の『観測』を使います」

 

性別を明かし、私服のまま、歌と観測眼を携えて戦場へ立つ異質の存在。

その圧倒的な合理性と存在感に、誰もがもはや異論を唱えることはできなかった。

 

「……行くよ。僕たちの日常を取り戻すために」

 

崩壊した規律の隙間で、私服の観測者は静かに、そして絶対の確信を持って戦場へと歩み出したのだった。

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