その目に映る未来は、ひとつではない 作:並行世界とかという概念最高
黒霧の『転送』によって全ヴィランが分断され、各戦場へ強制移送された最終決戦。
天空の要塞と化した雄英校舎の決戦場――雷鳴と防衛機構の重厚な駆動音が響くその中央で、空間が静かに揺れた。
黒い靄が晴れた先。
私服のパーカー姿で佇む透野視希の視線の先には、痛々しい手術痕とチューブを身体に纏った少女――「もうひとりの透野視希」が立っていた。
突入したヒーローたちが周囲で警戒の態勢を整える中、二人の領域だけがまるで時間が止まったかのように異質な静寂に包まれていた。
「……」
「……」
互いに言葉は発しない。
ただ、パチパチと無機質に瞬きを繰り返す死んだような瞳同士が、静かに相手の存在を、骨の髄まで『観察』し合う。
肉体の構造、空気の揺らぎ、思考の癖、そして『万象の眼』が捉える波長。
鏡を覗き込んでいるかのような、薄気味悪いほどの同質性と異質さ。
やがて――敵側の少女が、ゆっくりと唇を開いた。
そこに攻撃の意思も、ヒーローたちを衰弱させたあの音波デバフの波長も一切含まれていない。
ただ純粋に、目の前の存在が「自分と同じ理屈と記憶を持つ観測者なのか」を試すためだけに、傲慢で美しい旋律を口ずさみ始める。
『——幾千の夜を越えて 巡り逢う命の灯——』
静かに響き渡る『永遠語り~El Ragna~』の歌声。
この世界線(ヒロアカの世界)には存在し得ない、異世界の旋律。
もし目の前の者がただのニセモノや偽装された個性に過ぎないのなら、理解できるはずもない「別の観測世界」の曲。
歌声が天空の要塞に静かに染み渡っていく。
そして――二小節目に差し掛かった瞬間、こちらの透野視希が静かに歌声を重ねた。
『——風が運ぶ詩(うた)は 永久(とわ)の絆を紡ぐ——』
完璧なピッチ、寸分の狂いもない和音。
二人の声が重なり合い、戦場に似つかわしくない、けれど恐ろしいほどに透き通った美声が雄英校舎の空域に響き渡る。
周囲のプロヒーローたちや1-Aの面々が息を呑み、何が起きているのか理解できずに固まった。
「な……んだ……!? 攻撃じゃない……のか!?」
「歌……!? なぜ、二人で歌って……!?」
デバフも、衝撃波も、何の能力も乗っていない。
ただの「歌」。
けれど、その旋律を互いに最後まで完璧に歌い上げた瞬間、ふたりの「透野視希」の瞳の奥に、氷のように冷たい確信が灯った。
(……ああ、やっぱり)
(……本当の、僕だ)
歌が終わり、静寂が戻る。
敵側の少女はほんの少しだけ口角を上げ、蔑むような、しかしどこか親しみを感じているような歪んだ笑みを浮かべた。
「……理解したよ。お前は、僕だ。平和な『日常』なんてくだらないものに執着している、哀れで合理的な僕だ」
「僕も理解したよ」
透野視希は私服のポケットに手を突っ込み、まっすぐに少女を見据え返した。
「君は、壊すことでしか合理を証明できない、一番無駄の多い僕だ」
言葉が途切れたコンマ一秒後――。
ドガァァァァン!!!!
二人の『万象の眼』が同時に弾け、互いの圧縮衝撃波と音波演算が正面から激突した!
戦場に似つかわしくない『永遠語り』を交わした二人の観測者による、世界線の生存を賭けた本当の死闘が、ここに幕を開けたのだった。