その目に映る未来は、ひとつではない   作:並行世界とかという概念最高

8 / 35
見られているもの

 

競技場の大型モニターには、障害物競走の猛烈な映像が映し出されていた。

先頭を走る生徒がゴールへ飛び込む。少し遅れて、後続の生徒たちが次々とフィニッシュラインを越えていく。

観客席から割れんばかりの歓声が上がる。

派手な個性。豪快な突破。最後まで順位を争う激しい競り合い。

それはまさしく、雄英高校の体育祭らしい熱気あふれる光景だった。

『いやァ、今年も飛ばしてくれるねえ雄英の生徒たち! 個性を存分に活かしたド派手な走りが続いているぞォ!』

プレゼント・マイクの声が会場のスピーカーから轟く。

彼は手元の進行資料を確認しながら、次々とゴールする生徒たちをハイテンションで紹介していた。

その途中、モニターの映像がふと切り替わる。

巨大なロボット型ヴィランボットの足元を、1人の生徒がすり抜けていく場面だった。

『おっとぉ!? ちょっと待った、実況席、今のスロー映像見てくれよ! 正面から突破するんじゃなく、ロボの動きの“隙”を狙って通り抜けたぞ!』

プレゼント・マイクが身を乗り出す。

『個性による派手な爆発も加速もない! それどころか、相手の振り下ろす腕の軌道を見てから、ピンポイントで進路を変えてやがる!』

映像の中の生徒は、ロボットの腕が横へ振られる直前に、わずかに後退していた。

腕が通り過ぎる。

その直後、戻ってくる動きに巻き込まれない位置へ身体を滑り込ませ、巨体の脚元をぬるりとくぐり抜けていく。

動きそのものは、ヒーロー科の連中と比べて圧倒的に地味だった。

だが――無駄がない。

『これは面白い! 力で押し切るんじゃなく、相手の挙動を完全に利用している! ……ん? 資料によれば、あれは……普通科の生徒だぞォ!?』

その一言に、観客席の一角がざわめいた。

雄英の体育祭において、普通科の生徒が上位へ食い込むこと自体が皆無ではない。だが、個性を使った派手な見せ場が続く競技で、これほど「目立たない動き」で順位を上げていとなれば話は別だった。

さらに、モニターの映像が別の区間へと切り替わる。

足場の不安定なフォールアウト区間。前を走る生徒が着地に失敗しかけ、体勢を立て直すために派手に速度を落としている。

その横を、少年が通り抜けた。

大きく跳躍するわけでもない。無理に他者を押し退けるわけでもない。

足場の位置を目で捉え、必要な距離だけを跳び、着地の衝撃を逃がしながら、そのまま次の動作へ綺麗につながっていく。

身体が完全に止まる前に、次の一歩がすでに踏み出されていた。

『また抜いたァ! いや、待て待て待て、こいつさっきからほとんどスピードが落ちてねえぞ!』

プレゼント・マイクは声を弾ませ、マイクに掴みかかる勢いだ。

『状況が変わるたびに最適な進路を選んでやがる……おいおい、こいつ普段どんだけの修羅場をくぐってやがるんだ!?』

観客の反応は、ただの驚きから「あれは一体何者だ」という強い興味へと変わりつつあった。

誰かが少年の名前を確認しようと、配布されたパンフレットを探し始める。

しかし、大半の観客にとって、彼はまだ「見慣れないその他大勢の一人」にすぎなかった。

――雄英高校、普通科。

現時点で分かっていたのは、ただそれだけだった。

*

一方、教師席では。

相澤消太が腕を組み、鋭い眼光でモニターの画面をじっと見つめていた。

隣では他の教員たちがざわめきについての感想を口にしているが、相澤はただ無言で映像を追う。

「……普通科の生徒、か」

相澤は手元の端末に送られてきたデータへ目を落とした。

名前、クラス、入試の成績。

特待生として入学した生徒であることが記載されている。学力に問題がないのはこれで分かった。

だが、今彼が気にしているのは学力のことではない。

「……妙だな」

相澤は低く呟いた。

先ほどの障害物を抜けるシーンを、頭の中で巻き戻す。

巨大なロボットの腕が振られる直前、少年は後ろへ引いた。

偶然、という可能性はゼロではない。反射的にビビって足を止めただけかもしれない。

しかし、その「後」の行動が引っかかった。

普通なら、危険を避けた直後は安全な場所で息を整えるか、動きが止まるのを待つ。

だが、あの少年は違った。

腕が戻ってくるタイミングと軌道を最初から計算していたかのように、次の隙間へ迷いなく身体を滑り込ませていた。

足場の区間でも同じだ。

前の生徒が体勢を崩すのを見てから避けたのではない。崩れかけた身体の傾きと、周囲の足場の状態から、「このままだとここが塞がれる」という予測を、崩れるより前に済ませていたように見える。

判断が、異常に早い。

それも、単に反射神経が優れているという次元で片付けられるものではなかった。

「……観察眼か。それとも、場数か」

相澤は目を細め、再びモニターに視線を戻した。

どちらにせよ、相当に訓練を積んだ人間の動きだ。

だが、身体能力そのものが飛び抜けて高いわけではない。つまり、あの順位は「肉体のスペック」で得たものじゃない。

状況を秒単位で把握し、選択肢を極限まで絞り込み、最短の最適解を実行する。

その一連のプロセスが、あまりにも洗練されすぎていた。

相澤は端末の画面をスリープさせ、小さく息を吐いた。

「……もう少し、見てみるか」

今の段階で、特殊な個性や警戒すべき何かと決めつける理由はない。未来予知のように見えたとしても、研ぎ澄まされた観察眼と経験則による推測で説明のつく範囲だ。

だいたい、本人がどのような能力を持っているのか、情報が少なすぎる。

今は評価を急ぐ必要はない。

次の競技――騎馬戦でも同じような傾向を見せるのか。

それをこの目で確かめてからでも、遅くはない。

*

障害物競走の正式な順位が、電光掲示板に大きく発表される。

少年の名前が、堂々たる上位の欄に表示された。

その瞬間、モニターを固唾を呑んで見守っていたヒーロー科の生徒たちの間でも、小さくないざわざわが起こった。

「……おい、普通科の奴が、あのメンツの中であんな上位に食い込んでるぞ」

「個性、使ってなかったよな? 俺、ずっと見てたけど発動してるとこ見てねえぞ」

「個性が地味なタイプなのか? それとも、そもそも使わずにあの順位なのか……」

切島は腕を組みながら「すげえな、頭良さそうな動きだったぜ!」と歯を見せ、爆豪勝己はその名前をスクリーンの端で一瞥して「……ハッ、雑魚がまぐれで紛れ込んだだけだろ」と不機嫌そうに鼻を鳴らす。

緑谷出久は、ノートを取り出すように指をピクつかせながら、少年の走りの軌跡を脳内で必死に反芻していた。

それぞれの反応は違っていた。

実力を素直に認める者、個性を隠しているのかと訝しむ者、次の競技で警戒すべき相手として頭の片隅に刻む者。

だが、誰も彼のことを正確には知らなかった。

彼が普段、どんなアパートで一人暮らしをし、どんな計算をして学校に通っているのか。

どうして、あれほど冷めた目で、それでいて無駄のない動きができるのか。

誰も知りはしない。

そして、当の本人はというと――。

*

「……思ったより、疲れたな」

僕は指定された給水場所で、紙コップの水をごくりと飲み干した。

乾いた喉が潤い、荒れていた呼吸が少しずつ落ち着いていく。

脚の筋肉に、じっとりと重い疲労が残っている。大きな怪我や打撲はないが、最後の直線で思いのほか出力を使ったらしい。

次の競技が始まるまでに、できるだけ体力を回復させておきたかった。

そうやって静かに息を整えているところへ、心操が足音を立てずに近づいてきた。

「……お前、けっこう目立ってたぞ」

「そうなの?」

「実況席で大声で名前叫ばれてただろ。聞こえなかったのかよ」

「……競技に集中してたから」

心操は呆れたように肩をすくめた。

「順位も確認したのか?」

「したよ」

「で、どう思ったんだよ、自分の順位見て」

「予想より良かった。日々の訓練の成果が出たんだと思う」

心操は、何か言いたげに僕をじっと見つめた。

やがて、短く息を吐き出す。

「まあ、お前がそう平然と言うなら、そうなんだろうな……」

「何か、問題があった?」

「いや。問題ってわけじゃねえよ」

心操は競技場のグラウンドの方へと視線を投げる。

「ただ、次は騎馬戦だ。さっきみたいに自分のペースで端っこを走り抜ければいい、ってわけにはいかねえからな」

「分かってる」

今度は、自分一人で完結する個人種目ではない。

周囲の敵の動きだけでなく、組んでいる仲間の状態、位置、そして個性もすべて把握し、噛み合わせる必要がある。

自分の判断がどれだけ正しくても、味方が同じ動きをできなければ意味がない。逆に、僕の判断が狂えば、仲間までまとめて窮地に巻き込むことになる。

だからこそ、事前のすり合わせが必要だった。

「それで、作戦はあるの?」

「ああ。考えてきた」

心操は表情を引き締め、低く声を落とした。

「お前のあの状況把握の動きなら、俺の個性と噛み合わせられるかもしれない」

「どういうふうに?」

「説明する。まずは騎馬戦のルールをしっかり頭に入れた上でな」

心操はそう言うと、騎馬戦の待機エリアへと歩き始めた。

僕もその後ろに続くだけの足取りでついていく。

その途中、背後や周囲から、いくつかの視線が刺さるように向けられているのに気づいた。

観客席からの好奇の視線。

他のクラスの生徒からの品定めするような目。

そして、遠く離れた教師席の方向からも。

僕は一度だけ、振り返らずに軽く首を傾げた。

気のせいかもしれない。それに、全校生徒が見守る体育祭で注目を浴びることくらい、想定の範囲内だ。

僕は深く考えず、思考を切り替えた。

*

騎馬戦のルール説明が、アナウンスと共にグラウンド全体に響き渡る。

参加者は4人で騎馬を組み、頭に付けた1000万ポイントをはじめとする大量の鉢巻きを奪い合う。

制限時間内にいかに多くの点数を集め、自分たちのものを死守するか。

単純に考えれば、機動力が高い個性や、圧倒的な戦闘力を持つ者が有利なのは間違いない。

だが、ルールはそれだけを許してはいない。

相手の注意をどこに引きつけるか。

どの瞬間に仕掛け、どのタイミングで撤退するか。

そして、奪った高得点をどう守り抜くか。

必要とされるのは、個性の強さそのものよりも、周囲の濁流のような状況を読む眼と、騎馬の仲間との緻密な連携だった。

「お前、どう動くつもりだ?」

心操が、真剣な眼差しで僕に問う。

「まずは、周りを見たい」

「周りってのは?」

「どの騎馬が最初から突っ込んでくるか。誰が周囲を冷静に警戒しているか。どこに一番の隙ができるか。それを見てから、動く方向を決めたい」

「最初からトップを狙って攻めるわけじゃねえのか?」

「状況次第だよ。最初に突っ込むのが一番リスクが低いならそうするし、引くべきなら引く」

心操は一瞬考え、それから納得したように小さく頷いた。

「……だな。俺も、似たような考えだ」

彼の『洗脳』を発動させるには、相手が言葉を返し、こちらに意識を向けさせなければならない。

ただ真っ直ぐ突っ込んでいくだけでは、すぐに警戒され、避けられるのがオチだ。

むしろ、相手がこちらの意図を完全に読み違えている混沌とした状況を作り出す方がいい。

「俺がターゲットの注意を引く。その隙に、お前が次のルートを指示しろ」

「相手が返事しなかったら?」

「その場合は無理に粘らない。すぐに別の奴を狙う」

「分かった」

シンプルな作戦だ。

だが、それを実行に移すには、グラウンドの膨大な情報量を一瞬で処理し見極める必要がある。

心操が声をかけた瞬間、周囲の騎馬がどう動くか。

敵が言葉を発したとき、どこまで懐に潜り込めるか。

そして、僕たちの騎馬が移動できる限界の距離はどれくらいか。

そのすべてを、リアルタイムの競技の中で判断し続けなければならない。

「あと、1つだけ」

僕は心操の目をまっすぐ見て言った。

「無理だと思ったら、すぐに引こう。鉢巻きのポイントにこだわりすぎて、騎馬全体のバランスが崩れたら、それで終わりだから」

「……分かってるよ」

心操は、僕の言葉を遮らずに聞き入れ、静かに微笑んだ。

その瞳の奥には、濁りのない明確な意志が宿っていた。

彼にとって、この体育祭はただの学校行事などではない。

這い上がるための、命懸けの足がかりだ。

僕は、その熱量を否定するつもりも、冷ますつもりもなかった。

「なら、できるだけ長く残ろう」

僕が淡々と言うと、心操は少しだけ目を見張り、それから短く、けれど力強く笑った。

「ああ。そうしようぜ」

グラウンドのスピーカーから、次の種目開始を告げる高いファンファーレが鳴り響く。

観客席からの大歓声が、再び波のように押し寄せてきた。

僕は両肩を回し、自分の身体のコンディションをもう一度確認する。

まだ疲労は残っている。だが、動けないほどじゃない。

次は、誰かと息を合わせて動く。

自分一人の判断だけで完結させない。

その違いを頭に叩き込みながら、僕は騎馬戦のスタート位置へと歩み出た。

観客席から向けられる無数の視線の意味を、僕はまだ知らない。

教師席の相澤が、手元の資料で再び僕のプロフィールにマークを入れたことも。

実況席のマイクが、個人戦以降も僕から目を離さないと気合を入れていることも。

そして、今日の僕の些細な立ち回りが、ただの「無個性の普通科の生徒」という枠組みに、じわじわと不気味な亀裂を入れ始めていることも。

――今はまだ、関係のない話だ。

僕は前を向く。

混沌とした騎馬戦が、いま始まろうとしていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。