その目に映る未来は、ひとつではない 作:並行世界とかという概念最高
障害物競走が終わり、グラウンドでは次の種目――『騎馬戦』へ向けた準備が着々と進んでいた。
参加する生徒たちが群れを成し、チーム編成と作戦の泥縄な相談を行っている。観客席からは、これから始まる混戦への期待に満ちた声援援護が絶え間なく降り注いでいた。
僕は、心操と肩を並べるようにして、その喧騒を眺めていた。
「……あと2人、か」
心操が苦々しく呟く。
「そうだね」
「手っ取り早く済ませる方法ならあるんだけどな」
その含みのある言い方に、僕は彼の横顔を見つめた。
「『洗脳』?」
「……話が早くて助かるよ」
心操は自嘲気味に口角を上げ、さして悪びれる様子もなく続けた。
「適当な奴に声をかけて返事させて、騎馬を組むように命令すりゃいい。単に人数を揃えるだけなら、10秒で済む」
「人数を揃える『だけ』ならね」
「……何か言いたそうだな」
「手の内をこんな序盤で明かすのは、もったいないと思う」
心操の目つきが、わずかに鋭くなった。
僕はグラウンドで蠢く人ごみへ視線を戻し、脳内で組み立てていた思考を淡々と口にする。
「騎馬戦は、チームを組んだら終わりじゃない。競技中も常に呼吸を合わせなきゃいけないんだ。洗脳で自我を奪って無理やり集めた相手が、目まぐるしく変わる戦況の中で、僕たちの細かい指示や突発的な動きに合わせてくれる保証はないよ」
「……命令の精度を上げればいい」
「命令できる範囲にも限界はあるでしょ。それに、もし競技中に洗脳が解けたり、解けた後に『何をされたか』を悟られたら?」
心操は無言のまま、僕の言葉の先を待った。
「一度手の内を知られたら、周りから強烈に警戒される。次からお前が話しかけても誰も返事をしなくなるし、最初から徹底的に距離を取られるかもしれない。今後の個人戦も含めて、リスクが高すぎる」
「……つまり、お前は俺に個性を使うなと言いたいのか?」
「違うよ。使うなら、一番『効く』場面でドカンと使った方がいいって話」
心操の個性は、相手が返答することで発動する。
その条件を満たすためには、相手が無警戒に言葉を返す瞬間を作らなければならない。なら、最初から『洗脳使い』として忌避されるような真似をして、周囲の警戒レベルを跳ね上げる必要はないのだ。
「それに、騎馬戦は単なる人数合わせで勝てるほど甘くない。最初から自分の意思で協力してくれる人と組んだ方が、土壇場での連携も運動性能も絶対に引き出せる」
「……だが、時間がねえぞ」
「それでも、直接話してスカウトしてみよう」
心操はしばらくの間、僕の死んだような目をじっと見つめていた。
やがて、短く溜め息を吐き出す。
「……はあ。分かったよ。お前の理屈に乗ってやる」
僕たちは改めて、広いグラウンドを見渡した。
誰と組むか。
誰の個性を、どう噛み合わせるか。
カウントダウンが迫る制限時間の中で、思考を巡らせる。
*
最初に声をかけたのは、青山優雅だった。
彼は混雑する人混みから少し離れた場所で、胸を張り、眩しい光を放つようなポーズで立っていた。周りの生徒たちが必死にチームを探し回る中でも、どこか一人だけ浮世離れした余裕を漂わせている。
「青山くん、少しいい?」
「おや? 僕の輝きに吸い寄せられてきたのかい?」
「騎馬戦、僕たちと組まない?」
青山は片目を細め、僕と心操を交互に見比べた。
「君たちと? 異色の組み合わせだね」
「うん。心操くんの個性で相手の隙を作り、僕が周りを観察して突っ込むタイミングを判断する。青山くんには、遠距離からの『牽制』をお願いしたいんだ」
「牽制?」
「相手の注意を逸らしたり、安易な接近をためらわせること。青山くんの『ネビルレーザー』なら、離れた場所からでも強力な圧力をかけられる」
青山はキランと歯を光らせ、胸元に優雅に手を当てた。
「つまり……僕の輝きが、君たちを勝利への道へと導く道標になるということだね!?」
「……うん、そういう理解で間違いないと思う」
「フフン! いいだろう、乗りたまえ!」
予想以上に、スカウトは一瞬で成立した。
隣で心操が「……そんな簡単に決めていいのかよ」と意外そうに眉をひそめる。
「僕の眩い個性を必要としているのだろう? ならば、その期待に応えるのがプロのたまごというものさ!」
青山は満足そうに顎を上げた。
「ただし! 僕の輝きを一番映える形で活かしてくれると約束しておくれ!」
「できる範囲で善処するよ」
「うん、よろしい!」
これで、あと一人。
*
次に声をかけたのは、尾白猿夫だった。
彼は武道家らしい落ち着いた佇まいで、他の生徒たちの動向を静かに見極めていた。騒がしい中心部からは距離を置いているが、隙のない立ち姿を見せている。
「尾白くん」
「ん? 君たちは……どうしたんだ?」
「騎馬戦、一緒に組んでくれないかな」
尾白は僕たちを見つめ、少し意外そうに首を傾げた。
「……俺でいいのか? 他にも派手な個性の奴はたくさんいるけど」
「うん。尾白くんは下半身の軸がしっかりしていて、動きが一番安定してるように見えたから。その立派な尻尾も、騎馬全体のバランスを取ったり後方を防衛するのに完璧なアドバンテージになると思ったんだ」
「……よく見てるな、お前」
尾白は目を見開いた。
心操が腕を組み、作戦の骨組みを付け加える。
「俺の個性で相手の足を止める。青山で牽制。で、こいつが全体を見て攻め時と引き時を指示する」
「なるほど……役割分担がすごく明確だな」
尾白はすぐには返事をせず、腕を組んで考え込んだ。僕たちの顔を順番に見つめ、それからグラウンドの中央へと視線を向ける。
「俺も、ヒーロー科の意地がある。本気で上を狙うつもりで参加するよ。その作戦に納得できるなら、喜んで力を貸す」
「もちろん、本気だよ」
僕が答えると、尾白は表情を緩め、強く頷いた。
「分かった。一緒に組もう!」
これで4人が揃った。
僕、心操、青山、尾白。
出身も、狙う目標も、個性もバラバラだ。
けれど、違うからこそ、重なり合ったときに予想外の強さを生む。
*
騎馬戦開始の合図まで、あとわずか。
僕たちは輪になり、最終確認を行う。
「まず、最初から高得点の1000万(緑谷)を無謀に狙いに行かないこと。周囲の乱戦を観察して、確実に取れる相手からポイントを削っていく」
僕の指示に、心操が短く頷く。
「俺は相手の隙を見て言葉をかける。返事さえ引出せれば、一瞬で無力化する」
「僕は遠くから華麗にレーザーで牽制だよ!」
「俺は騎馬の土台としてバランスを死守し、近接された時のガードを担当する」
尾白も頼もしく言った。僕は全員の目を順に見つめる。
「それと――無理だと思ったら、躊躇なく引こう。鉢巻きを取ることに執着して騎馬が崩壊したら、全てが終わりだから」
「分かってる」
心操の声には、静かだが鋭い熱がこもっていた。
彼はヒーロー科編入という、人生を賭けた壁に挑んでいる。ただの『学校行事』として参加している僕とは、背負っているものの重さが違う。
けれど、だからといって僕が彼の覚悟を軽視する理由にはならない。
目的は違っても、同じ騎馬の上に立つ以上、一瞬の判断に全力を尽くす。
「……そろそろだ」
競技開始のアナウンスが響き渡った。
*
『さあさあ組み上がったかァ各チーム! 運命の騎馬戦、スタートォッ!!』
号砲と共に、一斉に地鳴りのような足音が響く。
1000万点を持つ緑谷チームへ殺到する騎馬。距離を取って様子を窺う騎馬。速攻を仕掛ける爆豪チーム。
僕たちの騎馬は、混乱の渦中であえて動かなかった。
「まずは観察だ」
僕の静かな指示に、騎馬の上で心操が周囲を鋭く見回す。
「正面のチームは?」
「今は僕たちを見てない。奥の混戦に意識が行ってる」
「なら、まだ待て」
心操は焦って声を張り上げたりはしなかった。
僕たちは周囲の騎馬の視線とベクトルを完璧に読み取りながら、隙ができる瞬間を待つ。
数秒後、正面のチームが別の騎馬へ横合いから突っ込んだ。勢い余って進路が交差し、互いに体勢を崩しかける。
「――今だ、いける」
僕の呟きと同時に、心操が声を張り上げた。
「おい! そっちの鉢巻き、横から狙われてるぞ!」
「な、何だと!?」
相手の騎馬の上の生徒が、反射的に後ろを振り返りながら叫んだ。
その瞬間、心操の『洗脳』が完璧に刺さる。相手の動きがピタリと止まった。
「青山、左へ牽制! 尾白、一気に寄せて!」
「お望み通りに! 『ネビルレーザー』!」
「よし、任せろ!」
青山のレーザーが周囲の視界を焼き、尾白が力強い脚力で距離を詰める。僕は宙に浮いた相手の首元へ手を伸ばした。
布を掴む。
一気に引き抜く。
「取れた!」
「すぐに離脱! 右へ抜ける!」
深追いは一切せず、僕たちは即座に混戦のエアポケットへと脱出した。
最初の奪取作戦は完璧に成功した。
しかし、周囲の他の騎馬たちが、僕たちの「無駄のない動き」に気づき、じわじわと警戒の視線を向け始めている。
「……同じブラフは二度と通用しねえな」
汗を拭いながら心操が吐き捨てる。
「うん。だから、次はターゲットと見せ方を変えよう」
戦況は秒単位で刻々と変化していた。一度決めた作戦に固執していては、すぐに食い潰される。
*
中盤、グラウンドは地獄絵図のような混戦を極めていた。
鉢巻きを奪った騎馬へ別の騎馬が群がり、攻撃していた側が瞬く間に狩られる。
僕たちの騎馬も、何度か強烈な襲撃を受けた。
「右から来るぞ! 速い!」
尾白の叫び声。
横目で確認すると、ヒーロー科の生徒を擁する騎馬が怒涛の勢いで突っ込んできていた。正面から受け止めれば、衝撃でこちらが転倒する。
「左へ緊急回避! 青山、足元へレーザー!」
「くっ……これでも喰らいなさい!」
青山のレーザーが地面を穿ち、相手の踏み込みを一瞬躊躇させる。その隙に尾白が尻尾を地面に叩きつけて軸をずらし、強引に騎馬の向きを変えた。
ぬっと伸ばされた相手の手が、僕の鉢巻きの端をすれすれでかすめていく。
「――っ、危なかった」
体勢を立て直しながら、僕は自分の視野の狭さを痛感していた。
「大丈夫か!?」
「大丈夫……ごめん、僕が正面の敵に意識を取られすぎてた」
「反省は後だ! 次が来る、位置を変えるぞ!」
心操の冷静な判断に、尾白が即座に追従する。
混戦の死角へと滑り込みながら、僕は思考を高速でアップデートした。
目の前の脅威だけに囚われれば、横からの奇襲に気づけない。周囲全体を見るという言葉と、実際にすべてを把握することは違う。
なら、人間の視野の限界を『分担』でカバーすればいい。
「次から、警戒エリアを分けるよ。僕は正面の分析と狙う敵の選定。青山は左と頭上、尾白は右と後方。心操は返事を誘うトークに100%集中して」
「了解! 武道の経験から言っても、その方が反応速度が上がる!」
尾白が力強く応じ、青山も「僕の広い視野に任せたまえ!」と胸を張る。
心操が短く鼻で笑った。
「最初からこうしときゃ良かったな」
「実際に動いて壁にぶつからないと、分からないことばかりだよ」
「……違いない」
再び視界をクリアにした僕たちは、混戦の荒波の中へと意識を研ぎ澄ませた。
*
競技終盤。
グラウンドは、轟焦凍率いるチームと、爆豪勝己率いるチームの圧倒的な破壊力によって制圧されつつあった。
轟チームは絶対的な氷結でエリアを支配し、近づく者を拒絶する。
爆豪チームは狂暴な跳躍と爆炎で、狙った獲物を確実に狩り尽くす。
僕たちは、その化け物たちの正面衝突には絶対に干渉しなかった。
今の僕たちの戦力で怪物たちに挑めば、個性のスペック差で一瞬で粉砕される。
「端の混戦で孤立している騎馬を狙う」
僕の提案に、心操も「異論ねえよ」と即答した。
僕たちは、焦りから動きの雑になっている混戦の端の騎馬へ、影のように滑り寄る。
「おい! そんなところでウロウロして、何か見落としてんんじゃねえのか!?」
心操の煽り文句が飛ぶ。
「ああん!? なんか言ったかテメ……ッ!?」
返答。
一瞬で硬直する敵。青山の牽制、尾白の踏み込み、そして僕の手が確実に鉢巻きを掠め取る。
「奪取成功! 引くぞ!」
「来てる、別のチームが寄ってくる!」
尾白の叫び声に従い、僕たちは速やかに離脱した。
その移動の最中、僕はグラウンド中央の惨状を一瞬だけ視界に収めた。
緑谷チームが、圧倒的な威容を誇る轟チームへと肉薄している。
正面からの突撃ではない。角度と間合いを狂わせ、極限の緊張状態の中で一瞬の隙を窺っている。
常闇の『黒影(ダークシャドウ)』が、周囲の光と影の境目で荒々しく蠢いていた。
(……何かを仕掛ける気だ)
そう予感した直後、僕たちの横からも別の騎馬が襲いかかってきた。
「左から来ます! ガードして!」
青山が叫ぶ。僕はすぐさま中央から意識を切り離した。
目の前の敵に集中する。
青山のレーザーが牽制し、尾白が尻尾で攻撃を弾き、心操が言葉の罠を仕掛け、僕が隙を突く。
その泥臭い連携の最中――中央から、地鳴りのような歓声が爆発した。
黒い影が閃光のように伸び、轟焦凍の首元から鉢巻きを掠め取っていた。
『取ったァァァッ!! 緑谷チーム、あの轟チームから鉢巻きを鮮やかに奪取! これぞ大逆転の雄英イズムだァァッ!!』
プレゼント・マイクの咆哮がスタジアムを揺らす。
「……すげえな」
心操が、息を呑みながら緑谷たちを見つめていた。
「ほんの一瞬の隙を突いたんだね……すごい判断力だ」
僕も素直に感嘆した。
だが、僕たちに他人の余韻に浸っている時間はない。
「僕たちの戦いを続けよう。最後まで、この鉢巻きを守り切る」
「……ああ、そうだな!」
カウントダウンのタイマーがゼロを刻むまで、僕たちは泥臭く、けれど徹底的に無駄を省いた立ち回りでポイントを死守し続けた。
*
競技終了のホイッスルが鳴り響いた。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、膝ががくがくと震える。
僕たちは、土壇場で手に入れた鉢巻きを最後まで守り抜いた。
大型モニターに、集計結果と最終順位が映し出される。
1位、轟チーム。
2位、爆豪チーム。
そして――棄権による繰り上げやポイントの精査を経て、画面に大きく表示された3位の欄。
『3位:心操人使チーム』
4位には、緑谷チームの名が刻まれていた。
会場から、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こる。
「……3位、か」
心操が、モニターの文字を呆然と見上げながら呟いた。
「うん。個人戦進出だね」
僕が告げると、心操は深呼吸をし、ゆっくりと表情を戻した。
騎馬戦は終わった。
だが、彼にとっては、ここからが本当の『ヒーロー科への挑戦』の始まりなのだ。
「次も、頑張ろう」
「……お前もな。ここまで残ったんだ、個人戦も存分に楽しんでこいよ」
「うん、もちろん」
青山が胸を張り、満足そうに微笑む。
「フフ……僕たちのこの美しい連携、世界に見せつけることができたね!」
尾白も汗を拭いながら、晴れやかな顔で笑った。
「お互い、自分にできる最高の仕事ができたと思うよ」
最初は、僕と心操の2人だけだった。
そこから作戦を立て、青山と尾白を巻き込み、泥臭く勝利を掴み取った。
自分一人では絶対に到達できなかった結果だ。
*
教師席では。
相澤消太が腕を組み、モニターの『心操チーム』の文字、そして資料の中の主人公の名前にじっと視線を落としていた。
障害物競走で見せた、洗練された身体の使い方と観察眼。
そして騎馬戦で見せた、チーム全体の能力を把握し、状況に応じて役割を組み替える柔軟な思考力。
「……ただの観察眼じゃねえな」
相澤は低く呟いた。
競技中、主人公は何度も作戦を修正していた。
最初のアイデアに固執せず、ミスがあればその場で分担をやり直し、リスクが高ければ即座に撤退を選ぶ。
自分の判断が常に正しいとは限らないことを知っている人間の動きだ。
相澤は手元の端末に、静かに書き加えた。
――『観察力、状況判断力、および集団戦闘における戦術適応能力:極めて良好』。
「……まあ、まぐれや個性のゴリ押しじゃないことだけは確かだ」
*
実況席では、プレゼント・マイクがテンション最高潮でマイクを握りしめていた。
『いやァァ、普通科の生徒たちも牙を剥いたぜ! 特にあの心操チーム! 派手な個性の殴り合いに混ざり、冷静な状況判断と巧みな連携で3位に滑り込んだァ!』
モニターには、主人公が指示を出し、心操が言葉を仕掛け、青山と尾白が完璧にサポートするリプレイ映像が流れている。
『個性の強さだけがヒーローの全てじゃねえ! 状況を読む力、仲間を活かす判断力! こいつは午後の個人戦トーナメントも激アツだぞォ!!』
スタジアムを包む熱狂的な歓声。
けれど僕は、その実況を遠くで聞き流しながら、自分の指先をじっと見つめていた。
足が重い。呼吸もまだ荒い。
一人で走るのとは違う疲労が、全身に重くズシリと残っていた。
水分を補給し、ベンチで静かに息を整える。
午後からは、一対一の個人戦。
そこではまた、今までとは全く違う判断と選択が求められるだろう。
僕はゆっくりと息を吐き出し、空を見上げた。
今日という一日は、まだ終わっていない。
そして僕には、この場所で確かめたいことが、まだ残されていた。