眠れる鉄騎と、春の大洗   作:ouka23

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戦車を洗車

 

「それじゃあ、みんな。戦車を探してきてねー」

 

生徒会長の角谷杏は、まるで買い物でも頼むような気軽さで言った。

 

教室に集められた生徒たちは、そろって顔を見合わせる。

 

「……え?」

 

最初に声を漏らしたのは沙織だった。

 

「探すって、何を?」

 

「戦車」

 

「いや、それは分かってますけど!」

 

杏はにこにこと笑っている。隣に立つ小山柚子は申し訳なさそうに苦笑し、河嶋桃はすでに眉間にしわを寄せていた。

 

「会長! 説明が足りません!」

 

「えー? 戦車を探すんだよ?」

 

「だから、どこにあるのかと聞いているんです!」

 

「学校の敷地内。どっかにあるから」

 

「どっかって……」

 

沙織の口が半開きになる。

 

みほも、思わず周囲を見回した。

 

大洗女子学園の敷地が広いことは知っている。けれど、その中から戦車を探せと言われても、すぐに見つかるものなのだろうか。

 

「詳しい場所は聞いてないの?」

 

「聞いてないねぇ」

 

「会長!」

 

桃の怒声が教室に響いた。

 

杏は少しも気にした様子がない。柚子が差し出したお菓子を受け取ると、ひょいと口に放り込んだ。

 

「ま、頑張ってねー」

 

「まったく……! 各チーム、速やかに捜索を開始しろ!」

 

桃の号令を受け、生徒たちは戸惑いながらも動き始めた。

 

「みほ、行こう!」

 

沙織がみほの腕を引く。

 

「う、うん」

 

「どんな戦車があるのかなあ。やっぱり、すっごく大きいのかな?」

 

「戦車ですから、それなりの大きさはあると思います」

 

優花里がすぐ横から答えた。

 

「秋山さん、詳しいね!」

 

「いえいえ! まだまだ勉強中です!」

 

そう言いながらも、優花里の目は輝いている。戦車を探すという話そのものが、彼女にとってはたまらなく楽しいらしい。

 

華はそんな優花里の様子を微笑ましそうに眺めていた。

 

「まずは、見つけるところからですね」

 

「そうだね。どこにあるんだろう……」

 

みほは校舎の向こうへ視線を向けた。

 

戦車を探す。

 

普通の学校生活では、まず聞くことのない言葉だ。

 

それなのに、こうして自分もその一員になっている。

 

ほんの少し前までは、もう二度と戦車道を選ぶことはないと思っていたのに。

 

「みほ?」

 

沙織に呼ばれ、みほは顔を上げた。

 

「どうしたの?」

 

「ううん。なんでもないよ」

 

「そっか! じゃあ、行こ!」

 

沙織は深く追及せず、みほの手を引いた。

 

みほはその手を握り返し、歩き出した。

 

*

 

「うわあああっ! あったあああ!」

 

学園のどこかから、ひときわ大きな歓声が響いた。

 

「見つかったみたいですね!」

 

優花里が声のした方へ顔を向ける。

 

「私たちも急ごう!」

 

沙織が駆け出し、華とみほもその後を追った。

 

たどり着いた先には、見慣れない戦車が置かれていた。

 

「おおっ、これが!」

 

優花里が感激したように声を上げる。

 

「すごい……本当に戦車だ」

 

沙織も車体を見上げた。

 

みほは周囲を確かめながら、車体の形や履帯に目を向ける。長い間、使われずにいたようだ。ところどころに汚れが目立ち、表面にも古びた様子が残っている。

 

「これ、動くのかな?」

 

沙織が首を傾げた。

 

「整備してみないと分かりませんね。長く保管されていた車両なら、確認するところも多いと思います」

 

優花里はそう言いながら、戦車の周囲をじっくり眺めていた。

 

「秋山さん、本当に詳しいんだね」

 

「そ、そんなことはありません! 私なんてまだまだ……!」

 

「でも、頼りになるよ」

 

みほが言うと、優花里はぴたりと固まった。

 

「に、西住殿……!」

 

頬を赤くした優花里を見て、沙織が笑う。

 

「よかったね、優花里!」

 

「は、はいっ!」

 

そのとき、後ろから聞き覚えのある声がした。

 

「こっちは38(t)だよー」

 

振り返ると、杏がひらひらと手を振っていた。

 

「会長、どうしてここに!?」

 

桃がすぐさま詰め寄る。

 

「見に来たー」

 

「見に来た、じゃありません!」

 

「まあまあ、桃ちゃん」

 

柚子が間に入る。

 

「でも、見つかってよかったじゃない」

 

「そうだけど、そういう問題では……!」

 

桃の声が遠ざかる。

 

沙織はそのやり取りを見ながら、みほの方へ顔を寄せた。

 

「なんだか、生徒会ってすごいね……」

 

「う、うん……」

 

みほは苦笑した。

 

戦車道を始めることになってから、驚くことばかりだ。

 

けれど、目の前に戦車があるという事実には、胸の奥が少しだけ弾んでいた。

 

*

 

その後も、学園のあちこちから戦車発見の報告が続いた。

 

バレー部の四人は八九式の周りで大騒ぎし、歴史好きの四人は三号突撃砲を前に、何やら熱心に語り合っている。一年生たちもM3リーを見つけたらしく、遠くから歓声が聞こえた。

 

それぞれのチームが、自分たちの戦車を囲んでいる。

 

「へえ、いろんな種類があるんだねえ」

 

沙織が感心したように言った。

 

「そうですね。車両によって形も大きさも違いますから」

 

優花里は楽しそうに頷いた。

 

「私、戦車って、もっと全部同じようなものだと思ってた」

 

「私もです」

 

華も頷く。

 

「実際に見ると、ずいぶん印象が違いますね」

 

みほは、少し離れたところに並ぶ戦車たちを眺めた。

 

戦車のことなら、知っている。

 

少なくとも、ほかの生徒たちよりはずっと多くのことを。

 

それでも、ここで自分が知っていることを、どこまで話していいのか迷ってしまう。

 

以前の自分を知る人がいないこの場所で、できるだけ普通の女の子として過ごしたいと思っていた。

 

けれど、戦車道を選んだ以上、ずっと何も知らないふりをするわけにもいかない。

 

「みほ?」

 

華がそっと顔を覗き込んだ。

 

「どうかしましたか?」

 

「えっ? ううん。なんでもないよ」

 

「そうですか?」

 

華は少し心配そうだったが、それ以上は尋ねなかった。

 

沙織が両手をぱんと叩く。

 

「よーし! せっかく見つかったんだし、私たちも頑張ろう!」

 

「うん!」

 

みほは笑顔で頷いた。

 

「まずは、きれいにしてあげないとね」

 

*

 

「せーのっ!」

 

こはるが声をかける。

 

バケツの水がT-34の車体にかかり、表面についた泥が流れ落ちた。

 

「うーん、こうして見ると、まだまだ汚れてるね」

 

こはるはスポンジを手に、車体の側面を見上げた。

 

「一度洗ったくらいじゃ落ちないところもあるからね」

 

千紗が答える。

 

「特に下の方。泥が残ってるから、そっちはもう一回やった方がいいと思う」

 

「はーい!」

 

こはるが元気よく返事をする。

 

すみれは少し離れた場所で、車体の隅を確かめていた。

 

「ここの汚れ、もう少し丁寧に落とそう。あとで確認するときにも見やすくなるし」

 

「分かった。そっちは任せるね」

 

伊里奈が布を動かしながら答えた。

 

T-34の修理は、すでに一段落している。

 

もちろん、何もかも完璧というわけではない。走行も低速での確認が中心で、実際の試合を想定した練習はこれからだ。

 

それでも、今は自分たちが乗る戦車として、四人で少しずつ扱い方を覚えている。

 

「ねえ、伊里奈」

 

こはるが顔を上げた。

 

「今日、ほかのチームも戦車を見つけたんだよね?」

 

「そう聞いてるわ」

 

「どんな戦車なんだろう。あとで見に行ってみたいな」

 

「洗車が終わったらね」

 

千紗が即座に返す。

 

「分かってるってば!」

 

こはるは頬を膨らませた。

 

伊里奈が小さく笑う。

 

「気になるのは分かるけど、まずは目の前のことを終わらせましょう」

 

「はーい……」

 

こはるはしぶしぶ車体へ向き直った。

 

そのとき、少し離れたところから、明るい声が聞こえてきた。

 

「みほ、そっち流すよー!」

 

「うん、お願い!」

 

伊里奈が顔を上げる。

 

パンツァーIVの周りでは、沙織がホースを持ち、華が布で車体を拭いていた。優花里は車体の細かな部分を見つけるたび、熱心に何かを説明している。

 

その輪の中心に、西住みほがいた。

 

伊里奈の手が、一瞬だけ止まる。

 

あの試合で見た少女。

 

黒森峰の副隊長として戦場に立ち、そして、仲間を救うために旗車を離れた少女。

 

その姿を、伊里奈は今でも覚えていた。

 

けれど、目の前にいるみほは、仲間と笑いながら戦車を洗っている。

 

「伊里奈?」

 

千紗に呼ばれ、伊里奈は我に返った。

 

「どうしたの?」

 

「……ううん。なんでもない」

 

伊里奈は手元の布を持ち直した。

 

今は、まだいい。

 

ここで自分から近づく理由はないし、向こうも自分のことなど知らないだろう。

 

そう思って視線を戻したところで、こはるがバケツを持ったまま、パンツァーIVの方へ歩いていった。

 

「ちょっと、こはる?」

 

千紗が声をかける。

 

「バケツの水、替えてくるだけ!」

 

「だったら先に言ってよ」

 

「今言ったよー!」

 

こはるの声が遠ざかっていく。

 

千紗は呆れたようにため息をついた。

 

「まったく……」

 

すみれがくすりと笑う。

 

「いつものことじゃない」

 

「だから困ってるんだけどね」

 

伊里奈は二人のやり取りに小さく笑い、それから再び車体へ向き直った。

 

*

 

「あれ? そっちも洗車?」

 

パンツァーIVのそばにやってきたこはるが声をかける。

 

沙織が振り返った。

 

「うん。せっかく見つかった戦車だから、きれいにしてあげようと思って」

 

「そっかあ。私たちも洗ってるところなんだ」

 

こはるは自分たちのT-34を振り返る。

 

「前に洗ったとき、落としきれなかった汚れがあったんだよね。だから、もう一回きれいにしようと思って!」

 

「前に?」

 

沙織が首を傾げる。

 

「えっと、あの戦車って、そっちのチームのなの?」

 

「うん! 私たちのT-34!」

 

こはるは胸を張った。

 

「私たちで直したんだよ!」

 

「ええっ、自分たちで!?」

 

沙織の声が大きくなる。

 

華も驚いたように目を丸くした。

 

「戦車を修理したんですか?」

 

「そうだよ! 最初はすっごく汚れてたんだけど、みんなで頑張ってね。伊里奈がいろいろ詳しくて……」

 

そこまで言って、こはるはふと口をつぐんだ。

 

「……あっ、私ばっかりしゃべっちゃった」

 

「ううん、すごいよ!」

 

沙織が目を輝かせる。

 

「ねえ、そっちの戦車って、もう動かせるの?」

 

「うん! まだゆっくりだけどね。前に進んだり、止まったり、曲がったりはできるよ」

 

「すごい! 私たち、戦車を動かすのもこれからなんだよ」

 

「えっ、そうなの?」

 

こはるが目を丸くした。

 

「うん。私たちも、まだまだこれから!」

 

沙織が笑う。

 

「でも、なんだか楽しみだよね!」

 

「うん!」

 

こはるも笑顔で頷いた。

 

「戦車って、思ってたよりずっと大きいし、乗るともっとすごいんだよ!」

 

「乗ったことあるの!?」

 

「あるよ! でも、まだゆっくりしか動かしてないから、これからもっと練習しないと」

 

こはるは得意げに答えたあと、持っていたバケツを見下ろした。

 

「あっ、そうだった。水、替えに来たんだ!」

 

「ふふっ、忘れてたの?」

 

華が微笑む。

 

「ちょっとだけ!」

 

こはるは照れくさそうに笑った。

 

そのやり取りを、みほも聞いていた。

 

「自分たちで修理したんだ……」

 

みほが小さく呟くと、優花里が頷いた。

 

「すごいですね。戦車を動かせるところまで持っていくのは、簡単なことではないと思います」

 

「うん……」

 

みほはT-34の方を見た。

 

車体のそばにいる少女たち。手を動かしながら話している姿からは、戦車を大切にしていることが伝わってくる。

 

自分たちも、これからあのパンツァーIVと向き合っていく。

 

そう考えると、胸の奥に小さな期待が生まれた。

 

「ねえ、こはるちゃん」

 

みほは思い切って声をかけた。

 

「その戦車、あとで見せてもらってもいい?」

 

こはるがぱっと振り返る。

 

「もちろん!」

 

返事は即座だった。

 

「伊里奈に聞いてみるね! きっと大丈夫だと思う!」

 

「ありがとう」

 

みほが微笑むと、こはるも嬉しそうに笑った。

 

「じゃあ、またね!」

 

こはるはバケツを持ち直し、自分たちの戦車へ戻っていった。

 

その背中を見送りながら、沙織が感心したように言った。

 

「なんだか、いい子だったね」

 

「うん。戦車のこと、本当に好きなんだね」

 

みほが答える。

 

優花里も頷いた。

 

「自分たちで修理した車両なら、なおさら愛着が湧くでしょうね」

 

「私たちも、そうなれるかな?」

 

沙織の言葉に、みほはパンツァーIVを見上げた。

 

「……なれるといいね」

 

*

 

洗車を終えるころには、パンツァーIVの車体もずいぶんきれいになっていた。

 

沙織がホースを片づけ、華が最後に残った水滴を拭き取る。優花里は満足そうに車体を見回した。

 

「うん、きれいになりましたね!」

 

「なんだか、ちょっと愛着が湧いてきたかも」

 

沙織が車体をぽんと叩く。

 

「これから一緒に頑張ろうね、パンツァーIV!」

 

「沙織さん、戦車に話しかけているんですか?」

 

華が微笑む。

 

「いいじゃない! これから乗るんだもん!」

 

「ふふっ。そうですね」

 

みほも車体を見上げた。

 

洗う前より、少しだけ身近に感じる。

 

この戦車で何をするのか。自分に何ができるのか。

 

まだ分からないことばかりだ。

 

それでも、ここで一緒に歩いてくれる人たちがいる。

 

「……よろしくね」

 

みほはそっと呟いた。

 

*

 

その日の放課後。

 

「お邪魔しまーす!」

 

沙織が元気よく部屋に入ってきた。

 

「わあ、みほの部屋って、すっきりしてるね!」

 

「そ、そうかな……?」

 

みほは少し照れくさそうに笑った。

 

華も続いて部屋へ入り、持ってきた荷物をそっと置く。

 

「今日はご一緒できて嬉しいです、みほさん」

 

「うん。私も」

 

優花里も加わり、四人は夕食を囲んだ。

 

沙織が話題を次々に広げ、華が穏やかに相槌を打つ。優花里は戦車の話になると目を輝かせ、みほはそんな三人を見て笑った。

 

「それにしても、今日はびっくりすることばっかりだったね!」

 

沙織が箸を動かしながら言った。

 

「まさか、学校の中から戦車を探すことになるなんて思わなかったよ」

 

「私もです。保管されていた車両があんなにあるとは……」

 

華が頷く。

 

「私は、あのT-34が気になりました」

 

優花里が身を乗り出す。

 

「自分たちで修理したと聞きましたが、どのくらいの状態から直したのでしょうか……」

 

「優花里、また戦車の話になってるよ」

 

沙織が笑った。

 

「す、すみません!」

 

「謝らなくていいよ。好きなんでしょ?」

 

「はいっ!」

 

優花里は元気よく答えた。

 

みほは三人のやり取りを見つめ、自然と笑みを浮かべた。

 

こうして誰かと食事をするのは、久しぶりだった。

 

以前は、食事の時間でさえ、戦車道のことを考えていた。次の試合、次の訓練、次に求められること。

 

自分が何をしたいのかよりも、何をしなければならないのかを考えていた気がする。

 

今は違う。

 

目の前にいる三人は、みほが何をできるかを問い詰めたりしない。ただ一緒に笑って、話をしてくれる。

 

そのことが、思っていた以上に嬉しかった。

 

「みほ?」

 

沙織が顔を覗き込む。

 

「どうしたの? ぼーっとして」

 

「えっ? あ、なんでもないよ」

 

「そっか?」

 

沙織は少し不思議そうにしたものの、すぐに笑顔へ戻った。

 

「ねえ、明日から、いよいよ戦車に乗るのかな?」

 

その言葉に、みほの手が止まった。

 

「……そうかもしれないね」

 

「楽しみだね!」

 

沙織は無邪気に笑う。

 

華も頷いた。

 

「実際に乗ってみれば、分かることもたくさんありそうですね」

 

「はい。車両ごとに操作方法も異なりますし、乗員同士の連携も重要ですから」

 

優花里が答える。

 

みほは静かに聞いていた。

 

戦車に乗る。

 

その言葉を聞くたび、胸の奥に沈めた記憶が揺れる。

 

水の音。重い車体。離れていく仲間たち。

 

忘れたことなど、一度もない。

 

けれど、目の前にいる三人の顔を見ていると、その記憶だけに囚われていたくないと思えた。

 

「……明日も、よろしくね」

 

みほが言うと、沙織は笑顔で頷いた。

 

「もちろん!」

 

華も穏やかに微笑む。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「私もです!」

 

優花里の声が重なった。

 

みほは小さく笑った。

 

その夜、四人の会話はなかなか途切れなかった。

 

*

 

翌朝。

 

みほは通学路を歩いていた。

 

空気はまだ少し冷たく、朝の風が頬を撫でる。

 

いつもより早めに家を出たはずなのに、校門まではまだ少し距離があった。

 

そのとき、前方にふらふらと歩く生徒の姿が見えた。

 

足取りがおぼつかない。左右に揺れ、今にも倒れそうだ。

 

「……大丈夫かな?」

 

みほは足を速めた。

 

「すみません。大丈夫ですか?」

 

声をかけると、少女はゆっくりと顔を上げた。

 

「……眠い」

 

「えっ?」

 

「眠いの……」

 

そのまま、少女の体が傾いた。

 

「わっ、危ない!」

 

みほは慌てて支えた。

 

「ちょ、ちょっと! 大丈夫ですか?」

 

「……寝かせて」

 

「えっ、ここでですか!?」

 

少女は答える代わりに、目を閉じかけた。

 

みほは困り果て、彼女の顔を覗き込む。

 

「と、とにかく学校まで行きましょう!」

 

少女は不満そうに眉を寄せたものの、どうにか歩き出した。

 

しばらく進んだところで、少女がぽつりと口を開く。

 

「……冷泉麻子」

 

「え?」

 

「私の名前」

 

「あっ、私は西住みほです。よろしくお願いします、冷泉さん」

 

麻子は眠そうな目でみほを見た。

 

「……よろしく」

 

それだけ言うと、また目を閉じかける。

 

「冷泉さん、寝ちゃだめですよ!」

 

「……分かってる」

 

「本当ですか?」

 

「……たぶん」

 

「たぶん!?」

 

みほは思わず声を上げた。

 

麻子は返事をせず、みほに支えられたまま歩いている。

 

その様子に、みほは思わず苦笑した。

 

戦車道が始まって、まだほんの少し。

 

学校の中で戦車を探して、仲間と洗って、少しずつ新しい生活に慣れていく。

 

そして今、また一人、新しい出会いがあった。

 

「冷泉さん、もう少しですよ」

 

「……あとで寝る」

 

「学校に着いてからにしてくださいね」

 

「……努力する」

 

みほは困ったように笑いながら、麻子を支えて歩き続けた。

 

朝の光が、二人の前に伸びる道を照らしていた。

 

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