ターン・アラウンド! ~ Over the Sky ! ~ 作:ユウタロス
「───えー、はい!この度我等が東国魔法学園箒レース部に入部してくれたルキアスくんです! ルキアスくん、自己紹介してくれるかな?」
「ハイ───はじめまして、ルキアス・アルティエーリです。アルティエーリは西国の魔法人形師の一族で、自分は魔法金属の加工方法を学びに来ました。よろしくお願いします」
「はい拍手ー!」
ワーワー、ウオーッ、パチパチパチ!
ペコリと頭を下げたルキアスに拍手が向けられる。
───教育学部での騒動から数分後。渡りに船とばかりに箒レース部の入部届にサインをしたルカは、部員である白猫獣人の風見澪《かざみ みお》に連れられて、学園の端にある彼女達の部室にやって来ていた。
部室はレンガ造りの2階建て程度の高さの建屋で、室内には作業用机と製図板、完成品や組み立て前の状態の箒、細かなパーツや工具が入った沢山の工具箱、何処かのレースコースの注釈が書きかけになっている黒板やスクラップノート等々。
細かな違いこそあれど、実家の工房を思い出させる
今現在澪とルキアスを除いて部室に居るのは、先程澪に蹴り倒された東国男児、彼を引きずっていった灰色髪の糸目優男と小柄な茶髪少女の計3名。
学園と部室の規模を考えると、些か人数が少ない気がした。
「ほな、ボクから自己紹介するなぁ。
初めまして、
「ハイ。こちらこそ、よろしくお願いします、ヤナギセンパイ」
灰色髪の優男──柳颯一郎が立ち上がり、右手を差し出して来る。ルカも応じて右手を返すと、何故か柳は握手をせずにじっとルカの手を見る。
「……あの、センパイ……?」
「──ん、ああ! ごめんなぁ、ルキアス君。一応聞いときたいんやけど、キミ左利きなん?」
「いえ、一応両方使えますけど……?」
「そっかそっか。いや、キミさっき人形師言うとったやろ? 地元やと細工師の職人の子は、利き手で握手するん嫌がっとってなぁ……」
「ああ、そういうヒトも居るとは聞きます。でも自分は気にしません。ケンカじゃないし、握手を拒むのは失礼です」
「ほんなら良かったわ。改めて、よろしゅうなぁ」
今度こそ二人は握手を交わす。柳の手はゴツゴツとした荒っぽい手では無かったが、それでもしっかりと皮の厚い手であった。
「おっし、そんなら次はウチやな! ほれ、はよう替わりやヤナ坊!」
「気ぃ付けてなぁ、ルキアス君。テッコちゃんガサツで馬鹿力やから、手ぇ握り潰されてまうかもしれへんよ?」
「
「職人の手にそんな事せんわアホが! はよ退け!! 」
ケラケラ、ギャーギャー、ゲシッゲシッ!
笑う柳を足蹴にしながら、長い茶髪を2つ結びにした小柄な少女がズイッと出てくる。ルカの体格は同年代ではかなり小柄な方で身長は140cmを少し越える程度しかないが、眼前の少女はそれよりも更に小さい。
「ったく……工学部の黒鉄鉄子《くろがね てつこ》や! 見ての通りドワーフで、ここじゃ整備士やっとんねん。実家も箒の改造屋やから、モダン箒の事やったら何でも聞いてな! よろしくなルキアス!」
茶髪の少女──黒鉄鉄子は頬にオイルが付いたままの顔にニカッと屈託の無い笑みを浮かべてルカの手を取り、ブンブンと上下に大きく振る。釣られてルカの身体も少しよろめく。
確かに柳の言った通り力は強い。だが鉄子がルカの手を掴む力は柔らかく、ルカに怪我を負わせないように気を使っている事が感じ取れる。
それに彼女は工学部所属だ。打算も少しはあるが彼女の人柄も好ましいし、ぜひ仲良くしていきたい。
「あ、ハイ、よろしくお願いします。テッコセンパイ。あの、後で魔法金属について、伺っても良いですか?」
「そんなかしこまらんとってや、むず痒い! タメでええてタメで! ウチも西国の魔法人形は興味あってん、お互い後で話そや!!」
「ハイ、是非」
「敬語はえーっちゅうに、几帳面なやっちゃなぁ……」
「テッコちゃんとは大違いやね、女子力でも負けてそうやん」
「じゃかあしいッ、ドツクでジブンッ!!?」
「外でやんなさいッ!! ン゙ン゙ッ……じゃあ次はアタシね」
再びワイワイし始めた2人を一喝し、再び猫撫で声に調声して前に出る澪。既に教学部での一件で素顔は割れているのだが『女性があえて被った仮面は剥がしてはならない』と兄達が言っていたので突っ込まない。西国男児は賢いのだ。
「澪お前よぉ、今さら可愛い子ぶったって手遅ぐゔぇッ!!」
「東国魔法学園箒レース部副部長、魔法薬学部所属の風見澪よ。得意コースは短距離で、モダンもクラシックも乗るわ。普段は主にレースの分析をしてるの。改めてよろしくね、ルキアスくん」
「アッハイ、よろしくお願いします……」
柔らかな笑みでこちらに握手を差し出して来る澪だが、彼女の長い尻尾が東国男児の頬を張り倒すのは見落とせなかった。恐ろしく速い尻尾打ち、普段だったら見落としてしまう程である。
彼女の機嫌は損ねないようにしよう。
ぷにぷにした柔らかい握手に応じながら、ルカはそう心に誓った。
「で、そこに倒れてるのが部長の
「お前に張り倒されたんだが……? ン゙ン゙ッ、まあいい! ──そう、俺がこの東国魔法学園箒レース部部長ッ!! 建築学部所属の大和大悟だッ!!!! クラシックもモダンも両方乗るけど、もっぱらメインは長距離レースだ!! ヨロシクなぁ、ルカッ!!」
「あ、ハイ……えっと、よろしくお願いします、ヤマトブチョウ」
見た目通りの暑苦し……圧の強い挨拶に気後れしつつ、差し出された太ましい右手の握手に応じる。見た目通り分厚い骨と筋肉の頑丈な手だった。
「別にもっと親しい感じで良いんだぜルカァッ!」
「アンタんは馴れ馴れしいっちゅーんや筋肉ダルマ、初対面で愛称呼びする奴があるかいな」
「部長はパーソナルスペースっちゅうものを理解出来んからなぁ……」
「
真面目な顔で大悟に応え、野次を入れて来た柳と鉄子、澪に向かって好きに呼ぶように言うと、大悟は目を見開いて他の3人を振り返る。
「今の聞いたかお前らッ!? お前らもルカを見習ってもっと部長に敬意を払え!」
「じゃあ部門の長らしく仕事しなさい、来週〆切の遠征費の申請書はもう書いたんでしょうね?」
「魔法金属切削粉の処分申請も先週頼んどった筈なんやけど、業者はんいつ来んねん?」
「…………改めて、これが東国魔法学園箒レース部の部員達だ! 歓迎するぜ、ルカ!!」
「「おい」」
正座させられた大悟が2人にガミガミと叱られている。その背中は先程までとは打って変わって、とても小さく萎んで見えた。友人との飲み会から帰って来た後、
「まあ、あんなんでも部長は箒には真摯やさかい、見捨てへんであげてな。あんなんやけど、やる時はちゃんとやるねん。あんなんやけど」
「まあ……ハイ」
柳が苦笑しながら言ってくる。部門の長がそれで良いのか、とか。そもそも非常時にしか役に立たない人は上から2番目位に置くべきでは、とか。
自身がアルティエーリ一門の末弟の立場故に、だらしない長には色々と思う所はあるが……まあ、自分よりも長く接して来た柳がそう言うのだから、そうなのだろう。
そう判断してルカは言葉を飲み込んだ。
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「───でだ、お説教も済んだ事だし「まだ終わってないわよ」……済んだ事だし!! ルカの話を聞かせてくれよ!
「ほほぉ、ルカ君見た目に似合わず剛毅やないの」
「
澪の声を聞こえなかった事にして問うてくる大悟と柳だが、ルカとしてはそれどころではない。
自分はあくまでも頼み込んでチャンスをもらった立場で、そんな無礼な言葉は言っていない。たった一日でとんでもない尾ヒレの付き方だ。
「ああ、やっぱそうだよな。ちっと話しただけだけど、お前そんな亭主関白なタイプに見えないし」
「せやけど告白したんはマジなんやろ!? なんやルカ坊、ナヨっとしとる癖に気合い入ってるやんけ!!」
「ほんと凄いわよね〜……凄いわね〜……勇敢ねぇ……」
何故だかドヨンとしている澪を尻目に、鉄子が盛り上がった感じでバシバシとルカの背中を叩いてくる。ルカはとても痛いから止めて欲しいと思った。
「でも、自分はアモウさんの事を知らなかっただけで……いえ、知っててもきっと告白はしましたけど……」
「そこで『告白はする』って言い切れるのはほんまに凄い事やから、誇った方がええと思うよ。ね? 副部長」
「なんでアタシに振るのよ!」
「なんでや思います?」
「……アンタはどうなのよ!?」
「ボク許嫁の彼女居りますんで、一緒にせんといてもらえます?」
「…………グニャァ」
澪は真夏の
ちなみに、床はタタミで皆靴下だけだ。東国人は室内で靴を脱ぐというのは本当の話だったらしい。
「───ところで、ルカくん! 飛行レースについてはどの程度の知識があるかしら?」
「えっと、本当に基礎的な事だけです。箒の種類とか、レースの種類とかの名前位で……箒も、乗った事あるのは、普通のだけです。レース用じゃない奴」
復活した澪が聞いてくるが、あいにくルカに飛行レースの知識はほとんど無い。本当に触り程度のことしか分からないのだ。
この状態で全国選手候補相手にレースを挑むとは、改めて我ながら無謀にも程がある。一周回って変に冷静になるレベルだ。
「まあ、
「ハイ。家族もみんなオルトロスレースとか、ヒッポカンポスレースとか観てて……あ、あとグリフォンレースなら分かります」
「おっかねぇ魔物ばっかじゃねえか……」
確かに凶暴な魔物が多いが、慣れると案外可愛いのだ。
毎年騎手の立場を勘違いした愚か者が何人も叩き落とされては大怪我をしているらしいが、敬意を持たない奴には当然の結末である。回復魔法だってあるのだからバンバン叩き落とせば良い。
「にゃっふっふ……それでは、僭越ながらこの風見澪が、飛行レース初心者のルカくんに『飛行レースとは何か』を解説してあげましょう!」
「うわ出よった」
「オタクの悪い所出とるで副部長」
「まあ初心者相手なら分かりやすい説明出来るからな、澪は。面倒くせーけど」
「あー煩い煩い! ルカくんは聞きたいもんね!?」
「ハイ、是非」
「はい言質もーらった! アタシが正義! あんたら敗者!!」
澪が瞳孔を大きくまん丸に開いた眼を輝かせて言う。ふんすふんすと鼻息荒く、尻尾もウネウネ動いていて実に楽しそうだ。
他3人は何とも言えない表情だが、自分としては飛行レースの歴史は詳しく聞いておきたい。何せ知識は力である、知れば知るだけ出来る事は増えるのだから。
「澪の奴舞い上がってやがる……アレは長くなりそうだな……ソウ、茶淹れといてくれ。茶請け買ってくるわ」
「はいはい、ボク最中《もなか》で」
「ウチは歌舞伎揚げなー」
「ナチュラルに部長をパシるなよ! テツも来い、ついでに宅配所に届いたメンテ用オイル取りに行くぞ」
「チッ、しゃーないな……」
渋々といった表情で立ち上がる鉄子。相変わらず部長の地位が低いが、東国ではこれが普通なのだろうか、という疑問がルカの脳裏をよぎる。
「つー訳で、澪。俺等ちょっと席外すから先に始めといてくれ」
「大悟も聞いてきなさいよ」
「ガキの頃からなんべん聞かされたと思ってんだよ! ……じゃあルカ、悪いけど話に付き合ってやってくれ、嫌なら嫌って言っていいからな!」
「嫌じゃないです〜!楽しみにしてくれてます〜!」
「ハイ、ありがとうございます。自分は興味有りますので、お気遣いなく」
澪がシャーシャー言っているが大悟は適当にあしらい、鉄子を連れて部室を出て行った。
そして入れ替わる用に部室奥の給湯室の方から、丸い盆の上に湯気の立つ陶器製の
「……あ。何も言わんと入れてもうたけど、ルカくん緑茶飲めるか? アレやったら紅茶か珈琲淹れ直してくるで?」
「いえ、気にしないで下さい。飲むのは初めてですけど、香りは良いので頂きます」
「ほか、なら良かったわ……ほい副部長の分。火傷せんよう気ぃ付けてくださいね」
「ありがと……アチチ……フー、フー……ズズッ」
猫獣人の性なのか、受け取ったカップにフーフーと息を吹き掛けて茶を冷まし、そのまま音を立てて啜る。一息ついた澪はカップを横の
「───じゃあ、早速語っていきましょうか!」
「よろしくお願いします」
ようやく話が始まるようだ。