ターン・アラウンド! ~ Over the Sky ! ~ 作:ユウタロス
「ではまず、競技飛行レースの歴史を語る前に。『人類にとっての飛行レース』について話していきましょうか」
「ハイ、センパイ!」
「にゃふふふふ……」
ルカと澪は地面に敷いた
「そもそもなんだけど、ヒト種にとって飛行レースは『最も新しいレース』なのは分かるかな?」
「それは……そうですね。レースの歴史はヒトの技術発展の歴史そのものです。順番としては陸、海、空の順になりますね。逆に『最古のレース』なら、『徒競走』でしょうか?」
「そうそう! でもこれ実は正確には違ってね?飛行レースが最も新しいレースなのは
「……確かに」
言われてみれば当然の話である。何せハーピーや天使、それこそクリラの種族である天狗等の飛行種族にとって『空を飛ぶ』と言うのは日常的に行う動作であって、当然『飛行レース』など日常茶飯時だった筈である。いや、最早『日常そのもの』か。
「それで、ここからは今の話を前提とした上で、
「ハイ、よろしくお願いします」
「うんうん。じゃあまずはいわゆる飛行レース史の草創期──【ヒトが空に挑んだ時代】について語っていこうか! アタシ、この時代大好きなんだ!」
「いわゆる、
「そう、その通り! なんだルカくん詳しいじゃん!」
「いえ、まあ、西方領域《地元》の話なので、これ位は」
「にゃはは、そう言えばそうだったね!」
───大昔、それこそまだ人々に機械の『機』の字も無かった時代。陸上種族が初めてワイバーンやペガサス、グリフォン等の騎乗魔獣に頼らない自力での空中飛行を確立した時代───
最初の飛行は
ちなみにこれは西方領域の生まれなら全員知っている話だ。
「そう! 完成した飛行機能を備えた【クラシック箒の原型機】。それを使った【飛行魔物への挑戦】! 飛行レース史【第一の伝説】!!『グリフォンライダー:アレクシオン・アルガス』対『
「あの……ハイ、えっと……近いです……」
澪がちゃぶ台から身を乗り出し、グイグイとルカに顔を寄せる。鼻息荒く毛も逆立ち、尻尾が
柳は茶を啜りながら冷めた目でその様を眺めているが、澪は全く気付いていない。完全に楽しくなっている。
「レース内容は丘陵地帯、快晴、3kmの超短距離レース! スタートと同時にアルガス騎手が駆るグリフォン:テリジオが高度を上げ、そこから一気に急降下加速を図る! それに対してヴァレンティ騎手は最低限界高度のまま一気に加速しての先行策!! 策が成功して序盤はヴァレンティ騎手が有利を取るが、当然急降下によって加速したグリフォンは速い!! ぐんぐんと「副部長、その辺にしとき」に゛ゃ゛あ゛ん゛!?」
「にゃあんやあらへんですわ。序盤も序盤で熱くなり過ぎやねん、何十時間ウンチク語る気ですか」
「ルカくんは聞きたいってゆった!!」
「ルカ君は『レース史を知りたい』言うてたんであって、『副部長の主観盛り再現実況』を聞きたいとは言うとりません」
熱が入り過ぎてとうとうセルフ実況を入れ始めた所で柳のストップが入る。ルカとしても『話を聞きたい』と言い出した側なので止めるに止められず、困り果てていた所のナイスブロックであった。
「初心者に延々長話しても通じないでしょ、要点だけパッと伝えて下さい。」
「くっ、歴史の重みを理解しない無粋な男め……まあ、そんな訳で、飛行レース史【第一の伝説】である騎乗魔獣と人のレースが行われたわ。結果は、当然だけどアルガス騎手とテリジオコンビの勝ち。ヴァレンティ騎手の敗因は、シンプルに騎乗技術と箒の性能不足だね」
「【箒の発明】は偉業やけど、流石に産まれたての技術で勝てる程グリフォンは伊達やなかったって事や」
「なるほど……」
3人並んで茶を飲み、一息つく。当然と言えば当然だったが、教科書では『史上初の騎乗魔獣と陸上種族の飛行レース』の一文で終わる話にも長々と語れる歴史が詰まっているのか。ルカは内心気軽に『レース史を知りたい』と言ったのはちょっと失敗だったかもしれないと思い始めていた。
「……それで、グリフォンライダーとの一騎討ちに敗れたヴァレンティ騎手だけど、当然一度の敗北で諦める事は無かったわ。大勢の人々に箒の技術を渡して、色んな人の導き出した改善点を何十年もかけて集約して一本の箒を作り上げた───所謂【クラシック箒】の完成ね! まあ、もっとも、この時代ではまだ【クラシック箒】って言う名称じゃなくて単なる【レース用箒】って名前だったんだけど……!
そしてこの正式型のクラシック箒を用いて行われたのが『グリフォンライダー:カシウス・レグルス』対『エリアス・ヴァレンティ』の一騎討ち!!
「それは……ハイ、確かに……あの、ハイ」
一息ついたのも束の間、再び盛り上がっていく澪。相槌を打ちつつルカはちらりと柳を見るが、溜息を吐いて首を振る。お手上げらしい。
「レース内容はかつてと同じ丘陵地帯、快晴、3kmの超短距離レース!! 以前は序盤こそ有利だった箒側だけど、今回は違う! 序盤、中盤、終盤とエリアス騎手はリードを保ちながらの高速飛行! スタミナが違う、速度が違う、何より乗り手の技術が違う!! ゴール地点の最後の200m、グリフォン:アルバの全力の追い込みをギリギリで凌ぎ続けて競り合ってゴールッッッ!!!! 結果は箒の勝利!! 人類の夢「人類は陸上種族だけやあらへん」……陸上種族の夢! 人の叡智の勝利!! ここに飛行レース史【第二の伝説】──【陸上種族の単独飛行による飛行魔獣への勝利】が刻まれたァァァアアアッッッ!!!」
「戻ったぞー……って言うかうるせーぞ澪、部室の外まで声漏れてんじゃねーか」
「あーあー、気持ち良くなってもーてるやん」
ルカが勝利の雄叫びを上げている澪にドン引きしていると、呆れた顔をした大悟と鉄子が帰ってきた。二人とも両手に大きな袋を提げている上に、背中にはルカと大して変わらない大きさの木箱をそれぞれ背負っていた。ルカはフィジカルの差を痛感せざるを得なかった。
大悟と鉄子は背負っていた荷物を部室の奥に置いてから手を洗い、大悟は澪の隣に、鉄子は柳とルカの間に自分の座布団を置き、手提げから沢山の小袋を取り出す。
そのまま近くにあった
興味深そうに椀の中を覗くルカをよそに、大悟と鉄子は柳から
ルカが自分も手を出して良いのか考えていると、隣に座った鉄子がルカの方へ菓子の盛られた椀をズイッと押し出し、1つずつ指差して解説を始める。
「これな、センベイっちゅう米を潰して焼いたモンや。こっちの白いのがザラメ、赤いのがたまり醤油、黒い粒入っとるんはゴマ、ちっこい奴がオカキや。遠慮せんとたんと食べぇや、どうせ部費「お茶請け代が部費に入る訳無いでしょ」……どうせ部長はんの奢りや!」
「お前……いや、まあ、大した額じゃないから良いけどよ……ルカも遠慮しないで食っていいからな! ウメェぞ!」
「あ、ハイ……えっと、じゃあ、コレを」
ルカは取り敢えず一番目に付いた
「頂きます……
口に含んでまず、その塩気に驚いた。ルカの国では、お茶請けと言えば甘いクッキーやビスケットが殆どであった。パンを薄焼きにして塩とオイルで味付けした物もあったが、それはどちらかと言えばお茶請けより食前につまむ物と言うイメージであった。
何よりも、ただ塩っぱいのではなく芳醇な香りと、複雑な塩味と甘味が混ざり合った初めての味だった。
「んで、どこまで語ったんだ?」
「今、伝説の2章終わったとこですわ」
パリパリ。パリパリ。ゴソゴソ……パリパリ。
「おっそ……どんだけ無駄にウンチク語ってんだよ……」
「無駄じゃないです〜後輩への有意義な教育です〜!」
「いや、ルカくん引いとりましたやん。自分に都合良いように解釈したらあきまへんで副部長」
パリパリ…パリパリ…パリパリ…パリパリ…ペロペロ……
「お前毎年それで新入生に逃げられてんだから自重しろって! なあテツ……どうしたテツ?」
「いや……」
「……」
「……」
「……」
パリパリ…パリパリ…パリパリ…ペロペロ…パリパリ…パリパリ…
「……ルカ坊、美味いか?」
「へ?」
ふと気付くと、ルカに周囲の視線が集中している。そこでハッとした。いつの間にか部長達の善意で持ち寄ってくれた菓子を、自分だけで椀を抱えるようにしてタマリショウユを貪っていた。見れば椀の中のタマリショウユは1枚も残っていなかった。一体何があったと言うのだ?
「
「ハハハハ! 良いって良いって! 気に入ってくれたんなら何よりだぜ!」
「ええ食べっぷりやないの、そないに気に入ったんか?」
「えっと、すみません……今まで食べた事が無かった複雑な塩味と甘味で……つい……」
「おう、醤油は東国の魂だからな! 良かったなルカ! コレさえ食えるならこの国で飯に困る事はそうそうねえぞ!!」
背中を丸めてしょげるルカの背を大悟がバンバンと叩く。衝撃で食べたタマリショウユが全部飛び出そうになるので止めて欲しいとルカは切に願った。
そんな所で、お茶を一息で飲み干した澪がポムンと手を叩く。その瞳は再びギラギラと輝いている。
「じゃあ一服も済んだ所だし、次はいよいよ飛行レース史【第三の伝説】である発展期──『
ゴールド・ライカーズ。飛行レース史に疎いルカでも分かる、伝説的箒乗りの名前だ。
「お、ライカーズの話ですか? ええやないですの、クラシック専としてはボクもちょいと語らせてもらいますよ?」
「ライカーズはな〜! やっぱ箒乗りの憧れだよなー!!」
「ウチはモダン箒専やけど……まあ、『箒乗りの王』っちゅーたら他には思い付かんわなぁ」
先程まで澪のウンチクに渋面を浮かべていた他の部員達すらも掌を返したように語り始める。
曰く、最強の箒乗り。
曰く、ありとあらゆるレースに勝ったライダー。
曰く、この世で最も箒を理解した男。
曰く、箒に乗る為に生まれた奴。
曰く、
曰く、
そして曰く──
「ゴールド・ライカーズは本当に強くってねー……もう、何ていうか、完璧なのよね。箒の乗りこなしにしろ、コースの見切りにしろ、気候の読みにしろ……素人の私があーだこーだ言えないのよ、本当に」
「ライカーズ以降も箒乗りの星は何人も出てきはったけど、それでも純粋な箒乗りとして見たら史上最高やとボクは確信しとりますわ。あれより《上手い》箒捌きは見た事あらへん。記録水晶やのうて生でレース見れへんかったのがホンマ悔しいわ」
「箒側の調整もそうだが、何より本人のトレーニングがぶっ飛んでたからな! 笑いながら野生の
「絶対脳ミソのネジが2、30本飛んどるで」
聞けば聞く程、語れば語る程に逸話が溢れてくる。まさに最強としか思えなかった。
「───でも、そんなライカーズですら
「……え? ゴールド・ライカーズでも勝てなかった相手が居るのですか?」
澪の呟きに思わずルカは固まった。飛竜の群れやグリフォンとの一騎討ちで正面から勝ち抜ける様な箒乗り。それ程の逸話の持ち主でも勝てなかった相手が居るのかと。
「ええ、居たわ──『黄金:スパルナ・ヴァーユ』。ゴールド・ライカーズが
「……まあ、アレばっかりはどうしょうもないですわ。クラシック専としては悔しいですけど、
「50年近く経っても未だに語り草だもんなぁ……
「ウチはその説結構懐疑的やけどな。ライカーズはクラシックだから強いタイプやろ……まあ、それでもスパルナ以外が相手ならそうそう負けへんかったと思うけど」
神妙な面持ちで零す柳に、腕を組んで溜息を吐く大悟。鉄子だけは否定的な意見を出していたが、それでもライカーズの実力は圧倒的に評価しているようだ。
「……どんな相手だったんですか? スパルナ選手は」
「スパルナ選手はガルダ族の産まれでね、黄金の羽根を持っていて……あ、ルカ君そもそもガルダ族については知ってる?」
「いえ、全く……翼人種ですか?」
「うーん、惜しい。ガルダ族は玖麗晶選手みたいなヒトの要素が強い種族でなくて、アタシみたいに動物としての特性が強い種族でね。一般的なガルダ族は鳥型の頭と赤い羽毛が生えているのだけど、極稀に強い力を持ったガルダ族は赤い羽根じゃなくて
「いわばフィジカルエリートの中のフィジカルエリートだな! マジで無法な強さだったらしいぜ? なんせ子供時代に既に大人のガルダ族相手にも飛び勝ってたらしいからな!」
そ ん な に
「とは言え、実際ライカーズが全く歯が立たなかったかって言うとそうでもなくってな? 勿論スパルナのペース配分の結果でもあるだろうけど、終盤までは結構良い感じにレースになってたんだよ」
「おお……では、なぜ?」
「コーナリング、加減速、上昇降下、コースの見切り、風読み。ライカーズは完璧に熟しとった……足りなかったのは
「クラシック箒は純木製やねん。魔力伝達効率が良かったお陰で操作性は良かったんやけど、最高速度や加速度はどうしても騎手の魔力放出力頼りやったんや。当然、飛行種族の中でも選りすぐりのトップやったスパルナにその辺で勝てる訳無いねん」
柳と鉄子は淡々とライカーズの敗因を語る。
「最終直線まで理論上最速タイムを出していたライカーズ選手だったけど、最終直線。最大出力で飛んでるライカーズ選手を、後方から暴風と共に圧倒的な速度でスパルナ選手が追い抜いたの。競り合うどころか追い縋る事さえ出来ない程の速度差でもって、スパルナ選手がゴールテープを引き裂いたわ。この光景を観た当時の人々は、みんな同じ感想を抱いたわ」
澪はそこまで言うと、再びお茶を一息で飲み干し、ルカを見据えて口を開いた。
「