ターン・アラウンド! ~ Over the Sky ! ~ 作:ユウタロス
───基本的に箒の燃費は『魔法刻印の彫りの深さ』に加えて『木材の硬さ』によって変動する。
柔らかい木は大気中の魔力が濃い場所に生えているため、葉から取り込んだ魔力を木全体に素早く循環・排出する為、魔力をあまり蓄えず、速やかに流す性質を持つ。
対して硬い木は大気中の魔力が薄い場所に生えている事が多い。葉ではなく根から魔力を取り込み、取り込んだ魔力を無駄なく利用するため、魔力を強く吸着し内部に溜め込みやすい性質を持つ。
これが箒に使う木材に応じて魔法刻印の彫りの深さを変える理由である。
要は素材自体が魔力を溜め込むなら浅い刻印の方が素早く魔力を流し込みやすいし、逆に素材が魔力を手放しやすいなら刻印を深く刻み、少しでも長く刻印の中に魔力が残るようにする、という話だ。
ここまでが魔力の伝導性と残置性についてであり、ここからはそれを箒にどう活用するのかという話になる。
箒に用いられる魔法刻印は主に2種類ある。1つは『残置型』の刻印であり、世間一般では『魔法刻印』と言ったらこちらを指す。
流し込んだ魔力が刻印に残ってる間、起動した魔法効果を維持し続けるというものだ。箒と騎手を宙に浮かべる『飛行魔法』や、箒に速度を与える『推進魔法』がこれに該当する。
これらの魔法は長持ちして欲しいので、必然的に『深い刻印』が施される事になる。
もう1つは、刻印自体は魔法効果を持たず『指定した方向に魔力を流す』だけ。言わば『魔力の通り道』である『伝導型』刻印だ。
箒は構造上『推進魔法』の刻印は後方の穂先部に刻む。しかし、飛行中の騎手は前傾姿勢となっており、『推進魔法』の刻印に魔力を流し込むには片手を柄から離し、上体を後ろにひねって刻印に触れる必要がある。飛行中にそんな事をすれば、重大な事故が起こりかねない。
箒職人達は、前方の柄の把持部から後方の穂先部刻印までを『伝導型刻印』で繋ぐ事でこの問題を解決したのである。
そして、当然これらの伝導型刻印はスムーズに目標の残置型刻印に魔力を流し込むため、抵抗の少ない『浅い刻印』となる事が多い。
「───とまあ、改めて。これが基本的なクラシック箒の構造だ」
「なるほど……」
大悟の解説にルカが頷く。すると大悟はチョークを手に取り、黒板に箇条書きを始めた。
①硬い木材は魔力を内側に溜め込む力=『魔力を留める力』があって、魔力の離散を防ぐ事で『残置型刻印』の燃費を良くしやすい。代わりに、魔力を留める力が摩擦みたいな抵抗になって魔力伝導を邪魔する。
②柔らかい木材は逆。
③魔法刻印は『使用する木材の硬さ』=『魔力を留める力の強さ』と彫り込む刻印の種類に応じて彫りの深さを変える。普通なら硬い木材=浅い刻印、柔らかい木材=深い刻印。燃費重視なら硬くても深い刻印、推進刻印の反応性重視なら柔らかくても浅い刻印にする事もある。
④木材と刻印の彫り方の組み合わせに
「───まぁ、大雑把にまとめちまえばこんな感じだな。結局は乗り手に相性の良い組み合わせが
「なるほど……」
書き終えた大悟がルカを見て言う。黒板の内容を見たルカは“意外と要約は上手いんだなぁ”と内心失礼な事を考えていた。
───『風切』での初飛行を終え、残る箒にも順番に試乗したルカ達は、休憩を兼ねて部室に戻っていた。
ルカとしてはもう少し飛んでいたかったが、慣れない内の連続飛行は事故の元と全員に咎められたので素直に受け入れざるを得なかった。
「で、さっきまでルカが乗ってた箒の大半が、この中間の硬さの木で作った箒だな。程良く魔力を掴んで、程良く魔力を流してくれるから乗りやすい」
「ハイ、全部乗りやすかったです」
『飛燕・三式』は中・長距離向けの箒で、素直な飛び心地と控え目な魔力消費の優等生だった。しかしサドルから刻印までの位置が少し離れており、ルカの体格では乗り辛かった為に断念。
西方領域ベストセラーモデルである『Elias Ⅷ』も『飛燕・三式』同様。中距離向けで初心者でも乗りやすい良い箒であったが、大柄な人間が多い西方向け製品故か柄が他の箒よりも太く、小柄なルカの手では上手く把持出来なかった為に断念。
『凪』は言うまでもなく使いやすかった。ルカの体格にも程良く適していて、柄も握りやすく、低燃費で飛びやすい。
事故を起こしそうになった『風切』も、最初の加速に慣れてしまえば、少し過敏ではあるが繊細に動かせる優秀な箒である。
ここまで全ての箒が優秀で使いやすく、極論すればどれを選んでも問題は無かったのだが───最後に乗った『雷鳥・白』は『風切』が大人しいと思えるレベルの問題児だった。
『雷鳥・白』は、檜と椿の合板を用いた中距離向けの箒である。
全長は穂先込みで140cmと小型。穂先は星型で、サドルと刻印の位置も近い。飛行魔法の刻印は硬い椿の部分に、伝導型刻印は柔らかい檜の部分に、それぞれ刻まれている。
檜の伝導性と椿の残置性を組み合わせ、低燃費・高速飛行・高反応性を実現しようとしたのだろう。
柄も細めの楕円形で、小柄なルカでも握りやすい。寸法だけを見れば、ルカに最適な箒に思えた。
だが実際に乗ってみると、とんだじゃじゃ馬箒であった。
低燃費を実現する為に深く刻まれた飛行魔法刻印は魔力が流れ辛く、魔力循環が滞りやすいせいで飛行魔法の起動と維持が困難。
ネズミの爪痕かと思う程希薄に刻んだ伝導刻印は魔力減衰がほぼ生じず、少しでも魔力を過剰に流すと推進魔法刻印が即座に最大出力に達してしまう。
中距離向けにも関わらず短距離用の『風切』以上の瞬間加速性能を持つ星型穂先は、推進魔法刻印が最大出力になると強制的に最大出力の暴れ馬となり、姿勢制御が非常に難しくなる。
全ての工夫が悪い方向に噛み合っていた。
机上の空論とはまさにこのことであった。
「……で、どの箒に乗るって?」
「『雷鳥・白』です」
「俺の話聞いてた???」
ルカの言葉に大悟は頭を抱えた。先程の試験飛行でも、『雷鳥』に乗っている時に散々吹き飛びそうになっていたのに、なぜそうなるのか。
無論、ルカにも一応の理屈は有るのだ。
「アモウさんに挑む時は、モダン箒に乗りますよね?」
「まあ、そうだな。クラシックでアレに勝つのは無理だ」
「それなら、今の自分に必要なのは、モダン箒騎乗時の
「───む」
「クラシック箒で、それを得るなら。『凪』のような
「ふむ……」
ルカの持論を聞いた大悟は考える。
モダン箒は魔法学園内の飛行エリアでは使用できないため、練習するには隣町のモダン箒用サーキットに行く必要がある。当然ルカも大悟達も平日は講義やらバイトやらがある為、基本的にサーキットに行けるのは週末になる。ルカ1人でサーキットに行かせるなど論外だ。
───今年の『天翔祭』まではあと4カ月と少し。
基礎的な操作練習は備品のモダン箒で熟すとしても、本格的な『レースの飛び方』を仕込むなら、やはり専用のモダン箒は必須だ。
今からモダン箒を購入して納品を待ち、箒が到着してから本格的な練習を開始するとなると、最短でも1ヶ月はかかる。
そこから箒の改造計画を定めてカスタムパーツを集めて組み込み、実際に飛ばして理論上の飛行性能との差を検討して、何度も調整を繰り返す必要がある。
なにせ相手は
やる事は山積みで、準備に使える時間は少ない。
それなら、モダン箒に乗れない間は校内でも飛行可能な
ちらりとルカの眼を見る───あどけない顔立ちに反した、退く気の無い、決意を固めた漢の眼だった。
「……一理ある」
「え。大悟、アンタ本気で言ってんの!?」
「コイツの目標は天羽玖麗晶だ。おまけに『天翔祭』まで残り4カ月ちょい……時間を無駄にするのはうまくない。俺は認めて良いと思ってる」
「そりゃそうだけど! いくら何でも危ないって! ルカくんに何かあったらどうすんの!?」
当然却下すると予想していた澪が大悟に食ってかかる。なにせ、常識的に考えてルカの意見はあまりに危険だからだ。
基礎も満足にできてない初心者が、経験者でも事故を起こしそうな箒で練習する? 冗談ではない。回復魔法があるとは言え、落箒時の打ち所が悪ければ命に関わる事も起こり得るのだ。
「……ボクとしても賛同はしにくいですわ。せめて『風切』使うんじゃあきませんの?」
ルカの目標が厳しい事を認識している柳が折衷案を出すが、大悟は首を横に振る。
「現状ルカが乗れる箒で、急加減速・旋回・上下移動時の挙動が一番モダンに近いのは『雷鳥』だ。『風切』じゃ丁寧過ぎて、かえって落差を埋めるのに苦労する」
「……そこ突かれると弱いなぁ」
柳とてルカの意見が一番合理的なのは理解していたが、やはり華奢な初心者を暴れ箒に乗せるのは抵抗がある。とは言え普通のクラシック箒とモダン箒の差はかなり大きく、下手にクラシック箒に慣れきってしまうと後々苦労するのはその通りなので、これ以上言える事は無かった。
「いやいや、颯一郎くんももうちょっと反対しなよ! もしも落箒で大怪我なんてしたら、『天翔祭』どころの話じゃ……」
「───えーやないの、やらせたりーや」
なおもルカを思いとどまらせようとする澪に、部室の入り口から声がかかる。振り返ると、モダン箒の整備を中断した鉄子がドア枠に寄りかかるようにして立っていた。
「……鉄子ちゃん」
「ルカ坊は天羽に勝つ為に
「だって、いくら何でも無茶が……」
「
澪の言葉を遮って鉄子が言い切る。
澪はしばらく鉄子と見つめ合っていたが、やがて溜息を吐いてルカに向き合った。
「……ルカくん、本当にやる気?」
「ハイ、それが一番近道です」
「
「国家代表候補なら、当然ですね」
「……時間をかけて基礎をしっかり固めて、そこから改めて挑戦するのは駄目なの?」
「『特訓して、天翔祭で貴女に挑戦する』と、アモウさんと約束しました。例え勝てないとしても、自分には全力で挑む
幼子を諭すように問いかける澪だったが、ルカの意志は挫けない。澪の眼を真正面から見返しながらハッキリと告げる。
「
「……はぁあああああああ…………わかった、アタシも協力する」
ルカの言葉に、澪は今日一番長いため息を漏らした。
「ありがとうございます、ミャオセンパイ」
「───ただし! 条件!
「
「はぁー……くっそ、
「おう、良いと思うぞ。実際問題、試験飛行を見た感じルカのセンスは悪くねぇからな! 後は期限まで身体鍛えて、体力増やせば勝ちの目もちったぁ増えてくだろ!!」
とうとう根負けした澪は“1人では飛ばない事”を条件にルカの無茶な挑戦を受け入れた。これで部員全員の協力が確約された事になり───ようやく『勝負の土台に立つ資格』《を得る為の準備》が整った。
ここから飛行レースの知識と技術、そしてレースを完走する為の体力を得て、初めてルカは『クリラ=アモウに挑む権利』を手にできるのだ。
「よっしゃ、話まとまったみたいやし……ルカ坊、こっち
「ア、ハイ。お願いします、テッコセンパイ」
近付いてきた鉄子がルカの手を取って立たせると、そのまま扉の方へ連れて行こうとする。
「おう! ウチに任せりゃ、ルカ坊も3日でモダン箒ハカセや! 竜の背に乗ったつもりでええぞ!」
「ハイ!」
「───待ちなさい」
ガハハと笑う鉄子と共に部室を出ようとした瞬間、白い影が素早く2人の前を横切り、通せんぼするように扉の前に立ち塞がった。
「───モダン箒の説明をするなら、まずその成立過程の歴史を知るべきよ!」
「この私がッ! 懇切丁寧にッ! ンねっとりとッ! ルカくんに分かりやすくッ! 近代レース史とモダン箒の発明までを解説してあげるわッ!!」
先程までの『後輩の将来を守る為に憎まれ役を買って出た保護者』然とした、理想の先輩のような立ち振る舞いが嘘のような変わり身だった。
「副部長、『上げた株投げ捨て選手権』にでも出はるんですか?」
「オタクくんさぁ、自分の好きな事喋る時だけ声デカいん、直した方がええよ?」
「黙らっしゃいッ! モダン箒のパーツ構成の意味を知る為にも必要な事前知識でしょう!?」
「…………まあ、一理ある」
シラケ切った柳と鉄子の冷たい言葉も何のその。
先程と同じ言葉を呟く大悟だが、心なしかその表情は渋かった。
「ンナァ〜〜♪ナァ〜〜♪」
オタクはルカの背を押して座布団に戻らせると、鼻唄を口ずさみながら自らの鞄を漁って板状の何かを複数枚取り出す。
「───昨日の今日で時間が無かったから、近代史だけの拙い作品で恐縮だけど! フリップボードでなるべく分かりやすく描いてきたわ!!」
自慢気にルカに見せてきたボードの表紙には丸っこい東国語で『よくわかる! 近代箒レース史!! 〜モダン箒の登場編〜』というタイトルロゴと共に、箒に乗って笑顔のデフォルメされた白猫獣人がクレヨンで描かれていた。白猫獣人には(名勝負選もあるよ♡)とセリフも添えられている。
どう見ても澪渾身の力作だった。
「……」
本音を言ってしまえば、早くモダン箒の現物を観に行きたかった。
だが、西国男児には
「……力作、ですね」
「新入生の子達に興味持ってもらうために、分かりやすく描いてみたの!!」
「楽しみです。解説お願いします」
「うん、任せて!!」
期待に満ちたキラキラした顔でルカを見つめる澪を無碍には出来なかった。嫌がらせ目的ならともかく完全な善意で、おまけに実際役立つ知識なのだ。
冷静に考えると、特に断る理由が思い付かなかった。
「……茶、要るか?」
「ア、ハイ。お願いします」
「おう、淹れてくるわ」
「善意って厄介やわなぁ……」
「ハァ……しゃーない、付き合ったるわ」
大悟が立ち上がり、柳と鉄子は席に着いた。澪はゴロゴロと喉を鳴らしながら、ご機嫌な様子でフリップの順番を確認している。
「さぁ、張り切って解説してくよー!」
そうしてレース史をこよなく愛するオタクによる、本日二度目の解説パートが始まるのであった。