ターン・アラウンド! ~ Over the Sky ! ~ 作:ユウタロス
「じゃあ、ゴールド・ライカーズの敗北後から解説始めるね」
「お願いします」
澪はフリップボードをルカに見えやすいように台座に立て掛け、表紙のボードを退かす。次のボードには雑誌の見出しのような形で色々とタイトルが書き込まれていた。
澪は先端に指差し型の飾りが付いた棒を手に取り、その中の1つを指す。
『①伝説の終焉 〜地上人類の絶望と再起〜』
実に大仰なタイトルである。隣には打ちひしがれた様子のデフォルメ澪が添えられていた。
ボード群の中から1枚を取り出すと、それを見出しボードの横に並べる。
「───ライカーズとスパルナの対決は、残念ながらライカーズの敗北で終わったわ。ライカーズはその後も何度かスパルナに挑んだけれど、結局最後まで勝てなかった。
ライカーズの飛行技術は現代でも最高峰のレベルで、だからこそ当然、当時の人々は絶望したわ。
『地上種族は飛行種族には勝てない』とまざまざと見せつけられたからね」
『伝説の敗北』とあるコマでは、金色の箒に上から大きく✕がされ、それを見たデフォルメ澪s(複数)が慟哭していた。クレヨン画なのに、打ちひしがれたヒトの表情がやたら上手い。
ルカは内心“初心者としては描画センスが結構優れてるな”と値踏みしていた。
「で、当時の有識者たちが、見返し過ぎて夢に出てくるほど試合映像と飛行記録を繰り返し検証した結果、導き出した結論が……」
指差し棒でタンッと指したコマには『敗因:クラシック箒の能力限界』と題されている。
コマ内では
「“ライカーズは理論上最高の飛び方をしていた。勝てなかったのは箒が悪い”これ以外はどうしても原因を見出せなかったの……ちなみに余談だけど、これを発表した研究者はライカーズが乗った箒のメーカーに訴えられたんだって。“我々の作った箒に欠陥は無かった! 名誉毀損だ!”って、相当お怒りだったらしいよ?
まあ、全世界に向けて“お前達の作った箒のせいでライカーズが負けたんだ”って言われたらそりゃ怒るよね。
最終的には論文の表現を“クラシック箒の性能限界が原因”って感じに訂正させられたわ」
『エプロンを纏いノミとハンマーを持つ怒り狂った様子の澪(職人)に襲撃される澪(博士)』が描かれた付箋を貼り付ける澪(レースオタク)。芸が細かい。
「結論は出たけど、そこからが大変。
なにせライカーズの箒はクラシック箒として最高性能。チューンもカリッカリ。これ以上どこも弄れないってレベルまで突き詰められた箒だもん。
これ以上弄ろうとしたら、ライカーズですらまともに飛べない破綻した箒モドキにしかできない。
そこでとある企業が編み出した策が……」
タンッ。題名は『箒に加速機能を持った魔導具を外付けしよう!』。コマ内では青いツナギを着た澪工場員が、クラシック箒に
「最初に『箒に外部推力を追加』したのは飛行船用のプロペラを製造してた小さな会社なの。ちなみにこの会社は今でも続いてるよ、流石に箒改造はもうやってないけど。
で、その結果は当然失敗。まともに飛ばせず盛大に吹き飛んだらしいわ。航空魔導具関係の会社とはいえ、そりゃ箒素人の思い付きがいきなり成功するわけないよね〜。
……でも、この改造は凝り固まっていた有識者たちには衝撃だったわ。
今でこそ推進機構の増設はよく見るけど、当時としてはまさに
楽しそうに笑いながら『濃霧を裂いて飛び出してきた制御不能の改造箒と、それを見て目を飛び出させている澪博士(2代目)』の描かれた付箋をペタリと貼り付ける澪。
「一応言うとくけど、そのメーカー、『
「そうなんですか? ……詳しいですね」
「そら地元やし。先代は知らへんけど、今の社長はんには
「ああ、なるほど……」
やけに詳細な鉄子の補足を聞いたルカの頭に疑問符が浮かぶが、続く言葉ですぐに納得した。
「社長はん“爺さんが上手いことやってたら、ウチが第二の天城になれとったかもしれへんのに!!”って悔しがっとったわ。そやったらウチも地元名士のお
「あはは……」
ケラケラ笑う鉄子に合わせて、曖昧に笑うルカ。
歴史に名を残す機会を逃した悔しさは、当事者にはしつこく残るものだ。もっとも、アーティエーリは逃さなかった側で、自分は地元のお坊ちゃんなので同意はし辛いが。
無論、鉄子は冗談で言ってるのは分かっている。
「はいはい、ここからが盛り上がってくるところよ!
『箒に推進機構を外付けしても良い』っていう発想を得たメーカーは、それはもう色々試し始めるわ。
別の箒から穂先を切って繋いだ『双穂式高速飛翔箒』とか、小型自動車の魔力炉を積んだ『新・高速飛行箒』とか、推進魔導具を取り付けまくった『超級流れ星改二・甲』とか……もう途中からヤケクソ気味になってるわね」
指されたコマには『ぐるぐる目の澪研究員が滅茶苦茶な構造の箒を作り続けていく』絵が描かれていた。
あの姿には見覚えがある。課題の締め切りが近付く中で、徹夜続きの門下生達が半分パニックでガムシャラに人形を作っている姿そのものだ。もはや自分が何を作っているのかも分からなくなってる。
なお、ルカの職人人生において
「そしてこの流れに対して『飛行箒職人管理機構』、今で言う『クラシック箒連盟』の前身組織が待ったを掛ける!!」
『“こんな物は箒じゃない!!”と書かれたプラカードを持った澪職人にビンタされる澪研究員』が描かれた付箋を上から貼り付けた。
酔った勢いで作ったは良いが、大き過ぎて倉庫に隠していた『4腕で蛇の下半身をした巨乳女性型人形』が父に見つかり、張り倒されていた上の兄を思い出した。
ちなみに人形は大き過ぎて邪魔なので、砕かれて材料の再錬成に使われていた。上の兄は慟哭していたが、自費ならともかく家の材料を無断で使っていたので残念でもなく当然だった。
「ルカくんどしたの? おトイレ行きたい?」
「……ア、イエ。すみません、ちょっと考えごとしてました。続きお願いします」
「おトイレ行きたかったらいつでも言ってね!
……さて『管理機構』に待ったを掛けられた各企業だけど、当然開発予算だってそれなりに注ぎ込んでいたので止まる気はさらさらない! むしろ『管理機構』側に対して“技術の発展を妨げる前時代的集団”と強烈な煽り!
言われた『機構』側も“お前達がやっているのは技術の発展ではなく子供の工作ごっこだ!”と痛烈な反撃!
こうなって来るとお互い止まらず、無意味な悪口の応酬! 最終的には箒職人達のストライキにまで発展!」
「醜い争いやねぇ、ええ歳こいたお兄さん方がみっともない」
「ホントね! 」
柳の冷めきったツッコミをさらりと流して澪が喋り続ける。
「一応ストライキは2ヶ月位で終わったらしいわ。東国でも国体に少し影響はしたらしいんだけど、なんとか最低限で乗り切ったみたい。
さて、そんなこんなでストライキから数ヶ月。柊回転動翼製造所によって『外付け推進機構』の発想が盛り込まれてから1年8ヶ月後。企業と職人の間でギスギスとした空気が漂っていた中で、衝撃的な発表がされたわ!!」
興奮した様子でバシバシとボードを叩く澪。そこには『
『神代航空魔導』の名前は、箒レース人気がマイナーな西国でも知られている。モダン箒メーカーとして有名な企業だったはずだ。もっとも、最初にモダン箒を作ったメーカーとまではルカも知らなかったが。
「『神代航空魔導』は東国でも最先端のモダン箒技術を研究してるとこでな、まあいわゆる『お抱え企業』って奴だ」
「『お抱え企業』……西国の『
「流石にそこと比べたら木っ端も木っ端やけどね」
大悟の補足に質問すると、笑いながら横から口を挟む柳。
「有名なん? その
「知らへんのかい……『Aero di Fiore』は西国の数百年続いとる騎乗魔物用の装具工房や。しかも“王室御用達”工房やで? 世界中で愛用されとる老舗中の老舗や」
「はー、凄ぇ工房だな!」
「凄い工房ですよ。ここと比べたら、大概の航空系工房が木っ端になります」
「箒レース部部長は知ってなさいよ……エリアス騎手が挑んだカシウス・アルバコンビも使ってた、超々有名工房よ! ……いや、そうじゃなくて! 今はモダン箒の話よ!」
騎乗魔物関係にはてんで興味が無かったであろう大悟と鉄子に呆れたように解説する柳と澪。
ちなみに、例に出したルカも『Aero di Fiore』について詳しくは知らなかった。母方の実家で飼育されているグリフォンの鞍がこの工房の物だったので、何となく覚えていただけである。
内心“そんなに有名な工房だったのか……”と驚いていたが、素知らぬ顔で黙っていることにした。
「えーっと……そう、『神代航空魔導による新型箒の開発成功!』って発表だけど、発表直後はそこまで注目されてなかったの。なにせこの時点の神代は立ち上げ直後の無名新興メーカーだったから、業界関係者も“新興企業の売名行為”位にしか思ってなかったってワケ!」
『「神代」と書かれた白衣を着た澪研究員を胡散臭そうに眺める様々な服装の澪s』の付箋が上から貼り付けられる。
「本当に衝撃を与えたのは発表後に行われたお披露目会! 神代の開発した新型箒、現代だと【モダン箒・零号機】とか【プロト・モダン】なんて呼ばれてる伝説の名機『彗星号』の登場よ!!」
叫んだ澪がちゃぶ台の下から慎重な手付きで透明なケースを持ち上げ、ルカの前に置く。
取り出されたのは、純白で流線形の箒体を持つモダン箒の模型だ。模型の横には黒地に金色の達筆な筆文字で『彗星号』と書かれた立派な銘板が添えられている。
「……見たところ縮尺は1/12、流線形の部品にも歪みは無い、塗りも丁寧。出来の良い模型ですね、既製品ですか?」
「にゃふふ、東国一の模型屋である『
「なるほど……」
模型とあっては職人としての本能がうずくのか、澪の言葉を半分聞き流しつつルカはスッと目を細めてつぶさに観察し始めた。
「───外装は
実物を見た事ないから分からないけど……全体バランス的に、多分縮尺も完璧なんだろうな。
……雑な寸法でしか作らない
「……ほ〜ん」
ケース越しにボソボソと呟きながら模型を観察するルカを、感心した表情で眺める鉄子。糸魔法を使った際は立ち会っていなかったのもあり、初めて見るルカの職人としての物の見方にシンパシーを感じているらしい。
ひとしきり模型を観察したルカは、丁寧にケースを澪の方に戻して頭を下げた。
「良いモノを見せてもらいました。ありがとうございます、ミャオセンパイ」
「にゃふふ、見たかったらまた言ってね!」
「それ作ったの俺だけどな。小遣い叩いて買ったが、結局1人じゃ作れなくて泣きついてきたじゃねーか」
「誰が作ってもカッコいいからいいの! 続きいくよ!!」
ドヤ顔でルカに言う澪に対して頬杖を付いた大悟が突っ込んだが、澪は開き直ったように答えると解説を再開させようとする。
ため息を吐いた大悟は湯呑みを啜る。大悟も大して気にしてない辺り、いつもの流れのようだ。
「最初に目につくのはやっぱり総金属製の箒体よね! なにせこれまでの改造箒は【加速装置を積んだ事による重量バランスの乱れをどうするか】、【急激な加速による箒体の破損をどう防ぐか】って試行錯誤してた所に『じゃあ総金属製で箒作れば良いじゃん』だからね。初手で箒=木製の固定観念を投げ捨てるのは発想のレベルが違うわ!」
「確かに……」
そう言われると兄の作った巨大人形も『次世代人形の雛形になり得る物』だったかもしれないと思えてくるから困る。いやでも、ただ外装変えて蛇っぽくしただけの物を雛形は流石におこがましい気がする。
「次に目を引くのが箒体下部の魔力タンクと補助人格機構、そして穂先代わりの魔力式の大型推進魔導具! 総金属製にする事で増加した重量は、ヒトの扱う『飛行魔法刻印』と『推進魔法刻印』では飛行が出来ないレベルに達していたわ。じゃあどうするか!?」
バシンと勢いよく叩かれたボードのコマには『全部箒にやらせれば良いじゃん!』のタイトルと『手足の生えたモダン箒に宿題を解かせて昼寝する澪』の姿がある。
大悟の要約は理詰めの上手さだったが、澪のそれは直感的で、本質をピンポイントで突くような分かりやすさがある。
“だからこそのデフォルメの上手さなんだろうな”と、ルカは内心で考えていた。
「神代は【重過ぎる機体の飛行を維持する為の長時間の魔力制御】なら人間より『補助人格機構』、要はゴーレムや自律式の魔法人形の頭脳部分の方が優秀だと考えて、それらを機体制御に利用した訳だね! 『補助人格機構』の内容は、たぶんルカくんの方が詳しいよね?」
「ハイ、おそらく」
なにせ『補助人格機構』はゴーレムや魔法人形の核となる機構だ。仕組みとしては人工精霊に近いが自我はなく、入力された命令に応じた行動を取る。
魔法金属の加工技術が並程度の西国において、アーティエーリ家の人形が高い評価を得られているのは外装の美しさだけが理由ではない。
一族伝来の糸魔法による精密作業によって緻密な命令を小型の補助人格機構に組み込めるからだ。
当然、ルカも補助人格機構には詳しい。
「箒体の飛行制御と強度問題が片付いちゃえば、後の問題は出力で解決できる訳で、足りない魔力と推力を補うために大型の魔力タンクと大出力推進魔導具を搭載!! こうして完成した『彗星号』なんだけど、お披露目会で行われたクラシック箒・飛行魔物・飛行種族との模擬レースで関係者は目玉が飛び出たわ!! 何故なら……」
指されたコマにある『圧倒的勝利!!』のタイトルと『クラシック箒・グリフォン・ハーピィを置き去りにしてゴールするモダン箒と、それを観て目玉を飛び出させながら腰を抜かす様々な服装の澪s』のイラスト。
風を切って飛翔するモダン箒の力強さが現れた、良い絵だった。
「そして、レース結果を見てもまーだ“こんなの箒じゃない”とかウニャウニャ抜かす箒職人に対して、神代の研究者はこう言ったわ───」
“貴方がたの
「───
バシバシと畳を叩きながら絞り出した澪の絶叫が部室に響き渡る。
「無駄に煽るでもなく、必要な事だけをビシッ! と決める!! これぞプロフェッショナルッ!!! 堪んないわー!!」
「まあ、実際名シーンだよな。ドラマとかでも大体見せ場のシーンだし」
「木製箒を“
「クラシック見下してるのが透けとるモダンメーカーも多いんやけど、神代はそういうの全然感じへんのが凄いわ。ただただ
「なるほど……良い工房なんですね」
部員達は思い思いの感想も語っていく。少し解説や感想を聞いただけのルカにすら『神代航空魔導』の箒好き感は十全に伝わって来る。そういう職人達は得てして良い作品を作るものだ。
『彗星号』の模型を眺めながら考えていると、隣にやって来た鉄子がおもむろにルカと肩を組んだ。
「んじゃ、ええ感じに話もまとまったし。
「まだモダン箒の名レースを語ってないわよ!?」
「今度にせえ! 流石に長いわ話が!」
「鉄子ちゃんには言ってないわよ! ルカくんも、もっと聞きたいわよね!?」
「アー……すみません、ミャオセンパイ。自分もモダン箒が見たいので、続きはまた今度お願いします」
「ニ゜」
縋りつくように問いかけてきた澪に対して、申し訳なさそうにやんわりと、しかしハッキリ断るルカ。それを聞いた澪がピシッと固まるが、気にする事なく鉄子はルカの手を引いて出入り口へ向かっていく。
「よっしゃよっしゃ、じゃあ早速ウチと
「ハイ! お願いします、テッコセンパイ!」
「ああ! 待ってルカくん! 待ってぇ!」
「副部長、流石に今日はもう諦めて下さいな」
「あんましつけーと嫌われんぞ、澪」
大悟と柳に肩を叩かれながらNTRダニャアアアアアア! という悲痛な叫び声を上げる澪を背景に、ルカと鉄子はルンルン気分で部室を後にしたのであった。