とある暗部の少⼥共棲アニメ放送記念小説です
ラマニアンホロウの地下に存在する、とある研究所。そこでは、讃頌会による非道な人体実験が行われていた。
讃頌会は孤児や捨て子、さらには誘拐した子供たちを実験材料とし、各地の研究施設でサクリファイスの製造や、人体におけるエーテル侵蝕実験を繰り返している。
この研究所で行われているのは、後天的にホロウ適性を付与する実験に加え、人体に物理的な刺激や精神的な負荷を与え、精神を不安定な状態へと追い込み、サクリファイス化を促す実験である。
過去の事例から、強い意志を持った人間がエーテリアス化した際、通常とは異なる力を有する存在へと変貌することが明らかになっている。バレエツインズの『マリオネット・ツインズ』などが、その好例だろう。
では、歪んだ意志を持つ人間がエーテリアス化した場合、どのような結果をもたらすのだろうか。
一般人とは異なる価値観。常識から逸脱した思考。強固な思い込みや信念、そして妄想。それらが具現化したとき、何が起こるのか。
『自分だけの現実』を持つ人間がエーテリアス化したとき、いったいどのような現象が引き起こされるのか。
その謎を解明するために、この研究所は設立された。
そして、人間に『自分だけの現実』を芽生えさせるうえで、最も都合のよい実験材料こそ、誘拐してきた子供たちだった。
誘拐された子供たちの平穏な日常は、ある日突然終わりを告げる。昨日まで当たり前のように享受していた暮らしから引き離され、外の光が一切届かない暗闇へと放り込まれるのだ。
それだけでも、実験体にかかる精神的な負荷は計り知れない。しかし、無論、それで終わるはずもなかった。
歯科治療用の椅子に手足を拘束され、周囲にはメスや針、金槌、ドリル、糸鋸といった、人体を傷つけるための道具が並べられる。全身を焼き尽くすかのような強烈な光を浴びせられながら、凄まじい激痛が指先から脳天までを駆け抜けていく。
だが、その苦痛は唐突に終わりを告げる。
脳に接続された電極のような器具からエーテル粒子が注入され、エーテル侵蝕が進行するにつれて、痛みが消えていくのだ。
いや、正確には、痛みそのものが消失したわけではない。痛みを感じなくなっただけである。いわば、一種の麻薬のようなものだった。
やがて、脳内を幸福な幻想が満たしていく。家族や友人と楽しく暮らす、何気ない日常の光景。まるで、先ほどまでの地獄がすべて夢だったのだと思い込ませるかのように。
しかし、その安らぎも長くは続かない。
エーテル侵蝕が治り、幸福な幻想を打ち砕くかのように、再び全身を激痛が襲う。
それを幾度となく繰り返す。命を奪うことなく、心を徹底的に追い詰め、壊していく。
そうして、子供たちの心に『
研究所は、音が響き渡るように設計されていた。壁や天井からは鉄骨が突き出し、壁面には音を反射しやすい素材が用いられている。音を吸収するものは徹底的に排除されており、実験室が研究所の最奥に設けられているにもかかわらず、入り口に立つだけで内部の声が聞こえてくるほどだった。
それは、実験を控えた子供たちに恐怖心を植え付けるためである。
金属同士がぶつかり合う音。研究員に連れられ、泣き叫ぶ子供の声。キュイーンと脳髄を揺さぶるドリルの駆動音。そして、グチュリと肉が潰れ、滴り落ちた液体が床を打つ音。
耳に届くあらゆる音が、子供たちの脳裏に焼き付いていく。次は自分があの場所へ連れていかれるのだと、否応なく理解させられるのだ。
しかし、その日は違った。
いつもなら絶え間なく響いているはずの金属音も、子供たちの悲鳴も聞こえない。代わりに研究所を満たしていたのは、これまで一度たりとも耳にしたことのない、異様な音だった。
空気と地面が震え、鼓膜を破らんばかりの轟音が轟く。その中に、大人たちの泣き叫ぶ声が混じっていた。
実験体の1人である少年は、研究所の所長に手を引かれながら、背後から響き続ける異音に不思議そうに耳を傾けていた。
少年と所長が歩いていく方向とは反対に、武装した警備員たちが次々と走り去っていく。突如として現れた侵入者を排除するためだった。
その少年は、この研究所における唯一の成功体である。
金槌で手足を潰されても、エーテル侵蝕を受けても、決して壊れることなく生き残った、ただ1人の実験体。
侵入者の目的は不明。だが、この少年だけは何としても奪われるわけにはいかなかった。
少年は、讃頌会にとって欠くことのできない、極めて重要な実験体なのだから。
「クソ……早く開けっ!!」
鋼鉄製の扉の前で、所長はコンピューターの液晶画面を叩きながら、苛立ちを露わにした。
外部への情報漏洩を決して許さないと謳われた強固なセキュリティー。それが今、皮肉にも所長自身を追い詰めていた。
コンピューターの画面には、次々と承認画面が表示されていく。しかし、その手続きを進めている間にも、背後から響く轟音は着実に近づいていた。
地面が揺れるたびに画面へノイズが走り、まともに操作することすらままならない。それでも、扉の解錠処理は確実に進んでいた。
画面に横棒グラフのようなメーターが現れる。試験管に液体が注がれていくかのように、そのゲージがゆっくりと伸びていった。
「早く、早く早く早くっ!!!」
銃声が轟く。地面が震える。
かつて子供たちに恐怖を植え付けるために造られた研究所が、今度はその牙を所長へと剥いていた。
ガコンッ!!
背後の扉が鈍い音を立てた。
鋼鉄製であるにもかかわらず、扉はまるで内側から押し潰されるかのように、ボコリと大きく膨らんだ。
ボンッ! ボンッ!
何者かが扉を殴りつけているのか。それとも、
「クソッ!! 早くしろ!! クソ、クソクソォォッッッ!!」
その瞬間、液晶画面のメーターが最大まで到達した。
ピピッ、と電子音が鳴る。
目の前の扉が、ゆっくりと開き始めた。
「やっ、やったぁ……!!」
所長が安堵の声を漏らした、その直後だった。
背後の扉が、凄まじい勢いで弾け飛んだ。
ガシャン、ガシャンと、鋼鉄の扉が床へ叩きつけられる。
そして、一筋の閃光が所長の頬を掠め、今まさに開いたばかりの扉の向こうへと一直線に伸びていった。
所長は腰から力が抜けたように、その場へぺたりと崩れ落ちた。
頬には、チリチリと焼けるような痛みが広がっていた。エーテル侵蝕によるものなのか、皮膚の表面が微かに焼け焦げている。
崩れ落ちた所長をよそに、少年は破壊された扉へと視線を向けた。
カツン、カツンと靴音を響かせながら、1人の青年が部屋へと入ってきた。
白いシャツに紺色のパンツ、黒いジャケットを身にまとった青年だった。
その傍らでは、ピンクのジャージを着たボンプが、トテトテと小さな足音を立てながら口を開いた。
『いたよ、むぎの』
「あぁ。ったく、面倒かけやがって、クソッタレ。逃げたところで結末は変わんねェってことくらい、分かってんだろうが」
『むぎの』と呼ばれた
「っ……『
所長は恐怖に顔を引き攣らせ、青年を見つめた。
「ンだよ。俺のこと知ってんのかよ。……なら、この後どうなるかも分かってるよなァ?」
青年の顔が、グチャリと歪んだ。
その表情は、まるで悪魔を思わせるものへと変貌していく。
次の瞬間、青年は靴先を所長の腹へと容赦なく叩き込んだ。
「がはっ……!!」
青年は倒れ込む所長の胸ぐらを掴み、その身体を無造作に引き起こした。そして、所長の顔の前に右手をかざす。
すると、顔と右手の間に、薄紫色の光球が浮かび上がった。大きさはソフトボールほどだろうか。
部屋は十分に明るい。それにもかかわらず、光球は蛍の光を思わせる、幻想的な輝きを放っていた。
少年は、目を輝かせながらその光景に見入っていた。
どれほど非道な実験を受けても、決して表情を崩すことのなかった少年。そんな彼が今、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように、無邪気な笑みを浮かべていた。
『見ちゃだめだよ』
しかし、ピンクのジャージを着たボンプが、少年の視界を遮った。
そのボンプは、ボンプ語ではなく人間の言葉を話す、珍しい個体だった。だが、外の世界のことなどとうに忘れてしまった少年が、その異様さに気づくことはなかった。
「理科の授業でガスバーナーを使ったことあるか? ネジを回せば、炎の大きさや強さを調整できる、あれだよ。原理はそれと似たようなもんだ。空気中のエーテル粒子を固定して、そこに周波数を流し込む。それによってエーテル濃度を調節できるってわけだ」
青年は、まるでマリオネットを操るかのように、指をコキコキと動かした。
すると、薄紫色の光球が、ゆっくりと至極色へ変化していく。その変化は、何かにじわじわと侵蝕されていく様を思わせた。
美しく輝いていた光はドロリと歪み、見る者の本能に訴えかけるような禍々しさを帯びていく。
「安心しろ。痛みは無ェよ。……
「ひいっ……や、やめ……」
ボウッ!!
炎が燃え上がるかのように、至極色の光が所長の顔面を覆い尽くした。
その光線に熱はない。
熱ではなく、エーテル。
超高濃度のエーテルエネルギーを帯びた光線が、所長の顔面を凄まじい勢いで侵蝕していく。
ビクン、ビクンと所長の身体が痙攣する。
しかし、青年は決して光線を止めようとはしなかった。
それから何十秒もの時間が過ぎ、ようやく青年は所長の胸ぐらから手を離した。
ドサリ、と所長の身体が地面へと崩れ落ちる。
エーテルに侵蝕された顔面は、すでに至極色へと染まっていた。顔から滴り落ちた『なにか』が地面に付着すると、その箇所からもまた、エーテルの侵蝕が広がっていく。
青年は、ふぅ、と小さく息を吐いた。そして、少年の視界を塞いでいたボンプへと声をかける。
「これで終わりか? 『タキツボ』」
『タキツボ』と呼ばれたボンプの瞳に、無数の数字が浮かび上がる。
数字は目まぐるしく変化し、やがて、その瞳に『0』の文字が表示された。
『……うん、これで終わり。お疲れ様、むぎの』
「はぁ……シケた依頼だぜ、まったく。もっと張り合いのある奴はいねぇのか?」
『むぎのと張り合える相手なんて、それこそ『虚狩り』レベルしかいないんじゃない?』
「ま、それもそうか」
青年は「あ゛ー」と気の抜けた声を漏らしながら、スマートフォンを取り出した。慣れた手つきで、誰かに連絡を送っている。
そんな青年の姿を見つめていた少年は、キラキラと目を輝かせながら問いかけた。
「お兄さんは誰? もしかして、
その言葉を聞いた瞬間、青年の動きがピタリと止まった。
そして——
「くはっ……!!」
喉の奥から込み上げるような、不気味な笑い声を漏らす。
青年はゆっくりと少年へ視線を向けた。
「俺が『正義のヒーロー』だァ? ははっ、面白ェ冗談言うじゃねェかよ、オイ」
青年は、グチャリと顔を歪め、嗤った。
「俺は『正義のヒーロー』なんかじゃねぇ……」
ガッ、と青年は、エーテルに侵蝕された所長の頭部に足を乗せた。
そして——
「俺は、『悪党』だ」
グチャリ。
所長の頭部が踏み潰され、エーテルに侵蝕された『なにか』が弾け飛んだ。
新エリーに蔓延る数多の企業を監査し、一線を越えた者たちを容赦なく処断する組織、『クランプスの黒枝』。彼らは『死神』として、多くの企業から恐れられている。
だが、『クランプスの黒枝』以上に恐れられている存在がある。
組織ではない。ひとりの人物だ。
その名が表立って広まることはなく、裏社会の人間でさえ、ごく一部の者しか知らない。禁忌とすら呼べる存在。
『クランプスの黒枝』を遥かに上回る残虐性と暴虐性を備え、雲嶽山の術法にも似た、異質な力を振るう特異な人物。
その力は、『
そして、その力を持つ青年の名は——
『ぼーーーー』
「おい、アキラァ!! リン!! ポップコーン切れてんぞォ!! どうなってんだ、オイッ!!」
「ひうっ!? ちょっと麦野! 急に大きな声を出さないでよ! びっくりするじゃない!」
「アァ!? こっちはくだらねェ、B級以下のゴミ映画を見せられてんだぞォ!? そのうえ、ポップコーンすら無ェとはどういう了見だ、アァ!?」
「だから言ったじゃないか。その映画はやめたほうがいいって……」
『ンナンナ?(『タキツボ』はこの映画、どう思う?)』
『うーーーーーーーん。つまんない』
六分街にあるビデオ屋、『Random Play』に居候している青年は、相棒の『タキツボ』と共に表の世界に身を隠しながら——本人にその自覚があるのかはさておき——呑気な日々を送っていた。
能力を『一方通行』と『未元物質』のどちらにしようか1週間くらい迷ってましたが、アニメも放送されたと言うことで『原子崩し』(偽)になりました。