勇者と大魔王の欲深い明日   作:折無堂

16 / 16
第16話 ラン錬のマスター

 ササラナの部屋を出ると、アンルシアは奥の扉へ目を向けた。さっきユイナが説明してくれた通りなら、ゴーレックはそのすぐ向こうにいる。

 

「では、このままゴーレック様に会うのね」

「ううん。先にランプ錬金ギルドへ行く」

 

 ユイナは迷いなく廊下を戻り始めた。アンルシアは一拍遅れてついていく。

 

「すぐそこなのに?」

「すぐそこだけど、先にヴェキオさん」

「理由は」

 

 ザイードが尋ねると、ユイナは振り返った。

 

「ゴーレックさんに会う前に、話の形を整えたい」

 

 ユイナはササラナの方を見た。

 

「今、ササラナさんに収納術を見せてもらった。大迷宮を越えるためには、これは必要になる。初期のエクゼリア交易は、凄腕の冒険者に頼ることになるから」

「それは分かったわ」

 

 アンルシアは頷く。

 

「でも、なぜランプ錬金ギルドへ?」

「収納術だけでは足りないから」

 ユイナは言った。

 

「大迷宮を通るなら、耐性装備が要る。混乱、封印、毒、呪い、転び、即死。何が来るか分からない場所では、装備の性能と錬金が生死を分ける」

 

 アンルシアは、自分の新しいミニュアデスの盾を思い出した。混乱と封印に備えた盾を渡したのと同じ目で、ユイナは大迷宮を通る人たちの装備を見ている。

 

「それで、ランプ錬金なのね」

「ヴェキオさんに聞いておきたいんだ。遠征用の耐性装備を、どこまで現実的な費用で揃えられるか。大迷宮輸送に向いた錬金は何か。それに、ギルドとしても協力してもらえないかなって」

「ゴーレック様に投資をお願いする前に?」

「金を出してください、だけでは弱い」

 

 ユイナは奥の扉を見た。近くにいるからこそ、整わないまま持ち込む気にはなれないらしかった。

 

「ゴーレックさんなら、お金を出すかどうかだけはすぐ決められると思う。でも、それだけじゃ続かない。人と技術が要るんだよ」

 

 彼女はササラナの場所へ軽く目をやった。

 

「収納術に、ヴェキオさんのランプ錬金。攻略班の踏破能力、エクゼリアの通行権、それを結ぶ風待ち商会の物流。そこまで組み合わせて初めて、鉄道の前段階になる」

 

 リュカナが頷いた。

 

「金だけでは、大迷宮は越えられない」

「そう」

 

 ユイナは少し笑った。

 

「でも、金がないと越える準備もできない」

 

 アンルシアはユイナと奥の扉を交互に見た。近い順に訪ねているのではない。収納術を見て、遠征装備の目途を立て、それから金を出す相手に会う。話が一つずつ具体的になるまで待つのも、商人の仕事なのだろう。

 

「その順番なら、ゴーレック様には、何にお金を使うかまで話せるのね」

「うん。ただの投資話ではなくなる」

 

 アンルシアは、今度は納得して扉に背を向けた。

 

「あなた、本当に商人なのね」

「職人でもあります」

「大魔王でもあるわ」

「今それいる?」

「いるわ」

 

 ユイナは少しだけ嫌そうな顔をした。ザイードは奥の扉を一瞥した。

 

「金主を待たせるのか」

「待たせるというほど約束の時刻は決めてないよ」

「なら問題ない」

 リュカナは少し笑った。

 

「先にヴェキオを見るのは賛成。耐性錬金は大迷宮では必要だ。道具袋が広がっても、中身が間違っていれば死ぬ」

「そういうこと」

 

 アンルシアは二人を見る。

 

「あなたたちは、本当に実務で考えるのね」

「道を開ける係だから」

 リュカナは、さっきと同じことを言った。

 

「それに」

 

 ユイナは少しだけ目を逸らした。

 

「ヴェキオさんとは、少し話しておきたい」

「投資のために?」

「それもある」

「他には?」

「ただ、話したい」

 

 アンルシアは意外そうにした。

 

「あなたが?」

「うん」

 ユイナは短く答えた。

 

「ヴェキオさんは、軽そうに見えるけど、職人として見ているものがある。ランプ錬金は、腕があっても運に振り回される仕事だから」

「運と、失敗……」

「世界を救う話ばかりしていると、そこを忘れそうになるんだよね」

 

 アンルシアは返事をしかけてやめた。大きな役目の話なら、失敗しないでほしい、で終わってしまう。けれどユイナは、失敗を知る相手と話したがっている。彼女の視線は、もうゴーレックの扉ではなく、通りへ続く廊下に向いていた。

 

「だから先に、ヴェキオさんに会う」

「どんな方なの?」

 

 アンルシアが問うと、ユイナは少しだけ考えた。

 

「ぱっと見は変わっているけど、良い人だよ」

 

 ザイードが無表情で言った。

「隊長と同じか」

 

 リュカナが少し笑った。

「隊長と同じね」

 

「なんでよ!」

 ユイナが抗議する。

 

「私はそこまで変わってない」

 

 ザイードは何も言わなかった。リュカナも何も言わなかった。アンルシアは、少し慣れてきたせいか、思わず笑ってしまった。

 

「アンルシアまで」

「ごめんなさい。でも、今のは少し」

「少し?」

「分かってしまったわ」

「ひどい」

 

 ユイナは不満そうに頬を膨らませたが、そのままラッカランの通りへ歩き出した。

 

 ランプ錬金ギルドには、鍛冶場の熱気とも裁縫場の静けさとも違う緊張があった。ランプの光が揺れ、香料と金属と魔力の匂いが混じる。机ごとに素材と装備が並び、職人たちは真剣な顔でランプを覗き込んでいた。

 

 誰かの手が止まるたび、アンルシアもついそちらを見る。成功か、失敗か。大成功を願ったところへ、誰にも読めないパルプンテが来るかもしれない。何かが起こる直前の息詰まる気配を、ひときわ明るい声が突き破った。

 

「ウェ~イ!」

 奥から、明るすぎる声が飛んできた。

 

「来てくれてサンキューでぇーす! オレはこのランプ錬金ギルド……いや、ラン錬ギルドのマスター、ヴェキオどぅえ~す!」

 

 アンルシアは足を止めた。ザイードは眉間にしわを寄せた。リュカナは、こらえきれなかったように少し笑った。ユイナだけは慣れていた。

 

「こんにちは、ヴェキオさん」

「おっ、ユイナちゃん! 今日もゲキマブじゃーん!」

 

「その呼び方はやめてください」

「えー、マジ照れ? ラン錬メインにしてくれてもいいんだぜ? ついでにオレと一杯やろうべ?」

「裁縫がメインです。あと飲みません」

「つれねー!」

 

 アンルシアはそっとユイナに顔を寄せた。

 

「この方が、本当にランプ錬金ギルドのマスターなの?」

「うん。本当に」

 

 ユイナは動じなかった。冗談でも、紹介の手違いでもないらしい。アンルシアはヴェキオの顔へ視線を戻し、ようやく「……そう」と答えた。

 

 ザイードが低く言った。

「軽いな」

「軽く見えるだけ」

 

 ユイナは小声で返す。リュカナはまだ少し笑っていた。

 

「私は嫌いじゃない」

「リュカナはこういうの平気だよね」

「迷宮の魔物よりは話が通じる」

「比較対象」

 

 その時、ヴェキオがアンルシアに気づいた。

 

「おお? まさかの勇者サマじゃん! ちょりーっす!」

「ちょ、ちょりー……」

「アンルシア、真似しなくていい」

「ええ、しないわ」

 

 ヴェキオは笑いながらユイナの顔を見ていたが、その目が来客四人をひと渡り確かめると、挨拶の調子を一段落とした。

 

「で、ユイナちゃん。今日は冷やかしじゃないっしょ?」

「少し、奥で話せますか。かなり真面目な話です」

「オッケー。ちょい奥入るわ。いつもの依頼は回しといてー」

 

 受付へ軽く手を振ると、「はい、マスター」と返事が来た。職人たちは仕事の手順を止めず、必要な依頼書だけを脇へよける。アンルシアはそれを見届けてから、彼についていった。

 

 軽い人ではある。その印象は変わらなかった。ギルドの者たちは彼を軽んじていない。グランゼドーラにも、笑いながら場を回す者はいた。重々しく振る舞わないことと、責任が軽いことは別なのだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。