勇者と大魔王の欲深い明日   作:折無堂

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第24話 一発理論値

 アンルシアは、海風の中でもう何度か剣と盾を持ち替えた。今度はユイナが立つ側を避け、盾で視界を塞がない角度を確かめる。収納して見えないクアドラピアーも、長さと重さだけは意識の中に残っていた。

 

 槍の届く距離を知った後では、剣で踏み込む一歩の見え方が違う。剣にどれほど頼っていたかも分かるし、相手に読ませた間合いを持ち替えでずらす、その意味も分かる。さっきユイナに言ったことを、今度は身体で確かめている。

 

「先生には向いていなくても、言っていることは分かるわ」

 

 剣を納めながら言うと、ユイナが顔をしかめた。

 

「褒められてる?」

「半分くらい」

「半分かあ」

 

 もう少し欲しかったらしい顔を見て、アンルシアは笑った。

 

 その時、ザイードとリュカナが戻ってきた。二人とも、トートに直してもらった道具ぶくろを実際に使ったらしく、袋の口や紐の位置を確認している。

 

「使えた?」

 ユイナが聞く。

 

「使える」

 ザイードは短く答えた。

「濡れたロープと食料が分かれた。包帯も取りやすい」

 

 リュカナも頷く。

 

「片手で開く。暗いところでも結び目で分かる。走りながらは、もう少し練習がいる」

「それはそう」

「隊長。次はリーネか」

 

 ザイードが袋の紐から手を離すと、ユイナは目を細めて頷いた。

 

「鉄道の出資のためでしょう?」

 アンルシアが聞く。

 

「それもあるけど、まずは冒険者として行く。リーネさんには、お金を持っているからだけで会うわけじゃないんだ。冒険者が何を欲しがって、何に泣いて、何に笑うかを、一番見ている人だから」

「欲しがるのは、強さかな」

 

 リュカナが言った。

 

「目立つ強さだけじゃない。少し数値が良くなる。少し耐える。少し失敗しにくくなる。そういうもの」

「その少しで死なないことがある」

 

 ザイードの声に、アンルシアは自分の盾へ目を落とした。剣の一撃や勇者の光ほど目には見えなくても、その差を知って遠征する者がいる。先ほどまでの袋の話と、彼らの中では地続きなのだろう。

 

「じゃあ、みんなで行くの?」

「いや」

 リュカナは軽く手を振った。

 

「私たちは、ここで少し試す。大迷宮の荷物の組み方も考えたい」

 ザイードも頷いた。

 

「リーネ相手に行くと、財布が危険だ」

「そんなに?」

 

 アンルシアが聞くと、リュカナは笑った。

 

「冒険者の財布を泣かせる人」

 

 ユイナは否定しなかった。

 

「まあ、否定はしない」

「否定しないのね」

「でも、すごい人だよ」

 ユイナはアンルシアを見た。

 

「行こう。アンルシアにも見てほしい」

 

* * *

 

 ヴェリナード城下町では、整った白い街並みを水路の光が照らしていた。行き交うウェディたちも華やかで、ジュレットより洗練され、ラッカランより落ち着いて見える。

 

 ユイナが向かったアクセサリー屋には、王都の優雅さとは違う熱があった。

 

 店へ入ろうとしたところで、背後から名を呼ばれた。

「ユイナ! 我が親友よ、来ていたのか」

 

 振り返ったユイナが、思わず笑う。護衛を伴ったオーディス王子が、通りの向こうから足を速めてきた。少し後ろにはセーリアもいる。王子はアンルシアに気づくと姿勢を整え、丁寧な挨拶をした。そのあとですぐ、視線がユイナへ戻った。

 

「オーディス様、そんなに急がなくても」

 追いついたセーリアが言うと、オーディスは少し照れたように笑った。

 

「ごめん。見つけたら、つい」

「ええ。お声で分かりました」

 

 セーリアもユイナへ挨拶し、無事な顔を見られてよかったと言った。王子は彼女が隣へ来るのを待ってから、また話し始めた。

 

「城には寄ってくれないのかい」

「今日はリーネさんのところへ。でも、会えてよかった。お元気でしたか」

「君にそれを聞かれるとはね」

 

 オーディスは笑いかけてから、一度ユイナの顔を確かめた。尋ねたいことはあるらしい。けれど通りを行く人の多さに気づくと、水路沿いの少し引っ込んだ場所を手で示した。

 

「ほんの少し、話せる?」

 

 ユイナが頷く。護衛が見える位置に留まったまま、四人は道の脇へ寄った。オーディスはアンルシアにも席を勧めた。セーリアが座りやすいように自分の位置を少しずらしてから、ユイナを見る。

 

「何から聞けばいいかなと思っていたんだ。君のことは、聞くたびに違う話が増えるから」

「私も、何から話せばいいか迷います」

「そういう時は、元気かどうかからにしておこう。今はどう?」

「元気です。今は、ちゃんと」

「今は、がつくんだね」

 

 責める声ではなかった。ユイナも言い直さず、頷いた。オーディスはそれ以上急がず、足元を流れる水へ目を向けた。

 

「君が最初に僕の話を聞いてくれた時も、僕はずいぶん勝手なことを言った」

「禁断の地へ行こうって?」

「そんなにはっきり言わなくても」

 

 苦笑した王子に、ユイナは少しだけ意地悪く目を細める。アンルシアは口を挟まず、二人を見た。

 

 セーリアも静かに聞いていた。禁断の地の名が出た時だけ、膝の上の手を重ね直した。オーディスがそれに気づき、ほんの短く彼女を見る。セーリアは視線を受けて頷いた。続きを話してよいと言われたように、王子の肩から少し力が抜けた。

 

「でも、聞いてもらえて嬉しかったんだ。母上には止められてばかりだったから、君には僕の考えが分かるんだと思った」

「聞くことと、全部その通りにしていいと思うことは、違いましたよ」

「うん。あの頃は、そこまで考えられなかった」

 

 オーディスは静かに認めた。自分が解き放とうとしたものを、まだ知らなかった。正しいことをしようと急いでいた顔も、騙されたと知った顔も、ユイナには見られている。その相手に今さら、初めから分かっていたふりはしなかった。

 

「母上とは、ちゃんと話してます?」

「話しているよ。君は、僕を見るたびにそれを確かめるんだね」

「前が前だから」

「手厳しいな」

 

 笑いながら、王子は背を伸ばした。

 

「でも、聞いてもらってから決めたいことがある。今は、そう言える。意見が違うことは、あるけれど」

「それは、あるでしょうね」

 

 ユイナの隣で、アンルシアが小さく頷いた。こちらにも、大魔王になった盟友へ聞かなければならなかったことがある。オーディスはその仕草に気づいたようだったが、何があったのかを尋ねはしなかった。

 

「君たちが一緒に来てくれたのは、嬉しいよ。今度、時間が取れたら城でゆっくり話そう。父上も喜ぶ」

「メルー様は、お変わりなく?」

「相変わらず、僕が言いにくいことほど面白がって聞こうとなさる」

「それは、お変わりなさそうですね」

 

 今度はセーリアも声を立てて笑った。オーディスがその顔へ目を留め、それから護衛へ目をやると、控えめな頷きが返った。約束の時間が近いのだろう。王子は立ち上がり、礼を述べようとしたユイナを、片手でそっと止めた。

 

「今日は、会えてよかった。無理に全部説明しなくていいからね」

「ありがとうございます」

「ただ、親友だと思っていることまで忘れられると、僕も困る」

 

 ユイナの返事が、一拍遅れた。

 

「それは、覚えてます」

 

 オーディスは満足そうに頷いた。アンルシアへ改めて礼をし、セーリアが挨拶を終えるのを待ってから、城へ続く道を戻っていく。今度は、二人の歩く速さが揃っていた。ユイナは、護衛に見守られたその背が人の流れに隠れるまで見送った。

 

「親友なのね」

 

 アンルシアが言うと、ユイナは少し照れたようにした。

 

「あんなふうに言ってくれるんだよね」

「あなたからも言ってあげればいいのに」

「……次に会ったら」

「聞いたわよ」

 

 ユイナがこちらを見た。その顔を見て、アンルシアは笑った。まだリーネの店へ入ってもいないのに、今日の約束が、また一つ増えた。

 

 喜んでいる者の横で、別の者が肩を落としている。次こそはと歯を食いしばった冒険者が、妙に悟った顔の客の後ろへ並び直した。アンルシアは入口で一歩だけ足を緩めた。勝ち負けのある場でもないはずなのに、ラッカランを思い出す。

 

「ここは……」

「合成屋リーネ」

 ユイナが言った。

 

「冒険者が強くなりたいと思った時に、だいたい一度は来る場所」

「一度どころでは済まない」

 

 近くの冒険者がぼそりと言った。別の冒険者がうなずく。

 

「済むなら、こんな顔になってねえよ」

 

 アンルシアは、少しだけ身構えた。その奥に、リーネがいた。華やかな服。余裕のある笑み。人を見ているようで、財布の底まで見ているような目。

 

「あら」

 

 リーネは、すぐにユイナに気づいた。

 

「ユイナじゃない。久しぶり」

「お久しぶりです、リーネさん」

「あんたが来るってことは、また妙なものを持ってきたんだろうね」

「今日は普通です」

「ユイナの普通は、あんまり信用してないんだよ」

 

 リーネはアンルシアに視線を移した。

 

「それで、そちらは勇者姫様かい?」

「アンルシアです」

「へえ。本物の勇者姫が、うちに来るとはね」

 

 リーネはにこりと笑った。

 

「合成、していくかい?」

 

 アンルシアが返事に迷うと、ユイナが横から言った。

 

「今日はそのために来ました。アンルシアに、リーネさんの仕事を見せたくて」

「見せ物扱いかい」

「見る方が分かることもあるでしょう」

「まあ、嫌いじゃないよ」

 

 リーネは肩をすくめたが、カウンターの上はもう空けていた。

 

「で、何を合成するんだい?」

 

 ユイナは自分の袋から、いくつかのアクセサリーを取り出した。

 

「アンルシアには、これ」

「大地の竜玉?」

 アンルシアが聞く。

 

「余ってたから」

「余っていたからって、そんな気軽に」

「でも、使えるよ。最大HPが増える」

「それは分かるけれど」

 

 アンルシアは、手の中の竜玉を見た。大地の力がこもった玉。華やかな装飾品ではないが、持っているだけで身体の芯が強くなるような気配がある。

 

「合成するなら、ここだね」

 リーネが竜玉を受け取った。

 

「さて、勇者姫の運はどうかね」

 

 周囲がざわめいた。アンルシアが振り向くと、いくつもの目が竜玉へ向いている。

 

「何かあるの?」

「祈り」

 

 ユイナは短く答えた。怪訝な顔をされると、口元だけで笑う。

 

「いい効果がつきますように、っていう祈り。ここでは、みんな真剣なんだよ」

 

 リーネは楽しそうに笑い、合成を始めた。光が弾ける。

 

「はい、一つ目」

 

 リーネは結果を見た。

 

「さいだいHP、プラス五」

 

 ざわめきが起こった。ユイナの目が細くなる。

 

「お。良いね」

 

 その声を聞いて、アンルシアも少し安心した。数字の意味を聞く前に、リーネはもう次の竜玉を手にしている。

 

 リーネは二つ目を合わせた。また光が弾ける。

 

「二つ目。さいだいHP、プラス五」

 

 周囲の冒険者たちのざわめきが大きくなった。

 

「おい」

「二連続?」

「勇者姫だからか?」

「いや、リーネだぞ。関係ない」

 

 アンルシアは、初めの一つが良かったことより、二つ続いた時の周囲の顔に戸惑っていた。ユイナは「いい感じ」とだけ言ったが、その指までカウンターの端で止まっている。最後の光を待っているのは、持ち主になる自分一人ではなかった。

 

 リーネは三つ目を手に取った。

 

「じゃあ、最後」

 

 光が弾ける。リーネは一瞬だけ結果を見て、それから楽しそうに笑った。

 

「さいだいHP、プラス五」

 

 静かになった。それから、周囲の冒険者たちが一斉に声を上げた。

 

「おい!」

「一発理論値じゃねえか!」

「なんでだよ!」

「勇者の加護か!」

「俺の竜玉返してくれ!」

 

 アンルシアはびくりと肩を揺らした。祝われているのか、怒られているのか分からず、ユイナを見る。彼女は少し遠い目をしていた。

 

「完成。理論値」

「それほど良いの?」

「冒険者たちが一番良いと決めてる組み合わせ。三回続けて、最大の効果がついたんだよ」

 

 リーネは大地の竜玉をアンルシアへ返した。

 

「おめでとう、勇者姫。いい竜玉になったよ」

「ありがとうございます」

 

 アンルシアは素直に頭を下げた。周囲の冒険者たちは、なぜか余計に傷ついた顔をした。

 

「無垢だ……」

「やめろ、効く」

 

 ユイナは小さく咳払いした。

 

「じゃあ、次は私」

「あんたは何を持ってきたんだい?」

 

 リーネが問うと、ユイナは首飾りを取り出した。

 

「幻界王の首かざり」

「へえ」

 

 リーネの目が少し鋭くなった。

 

「真・幻界諸侯かい。ちゃんとやってるじゃないか」

「冒険者なので」

「職人で、商人で、大魔王で、冒険者ね」

「肩書きが増えていくの」

「自業自得だろう」

 

 ユイナは首かざりを差し出した。

 

「お願いします」

「はいはい」

 

 リーネは合成を始めた。光が弾ける。

 

「一つ目」

 リーネは結果を見る。

 

「弱体耐性、プラス二十パーセント」

 

 ユイナは微妙な顔をした。

 

「うーん」

「何だい、その顔は」

「いや、成功なんですけど」

「成功だよ」

 

 リーネは平然と言った。

 

「弱体に強くなる。いいことじゃないか」

「そうなんですけど」

「じゃあ、二つ目」

 

 光が弾ける。

 

「弱体耐性、プラス二十パーセント」

 

 ユイナの口元がますます曖昧になった。近くの冒険者が「あー」と漏らすと、別の者も「悪くはねえんだけどな」と頷いた。

 

「良くないの?」

 

 アンルシアが聞いた。ユイナはすぐ「良い」と答え、それから言い直す。

 

「良いんだけど、冒険者たちの間では、もっと欲しがられている効果があるんだよね」

 

 三つ目へ伸びるリーネの手を、言い終えたユイナが追った。目の前の成功を認めながら、次の結果には別のものを期待している顔だった。

 リーネが三つ目を合わせる。光が弾ける。

 

「弱体耐性、プラス二十パーセント」

 

 ユイナは黙った。リーネは首かざりを返した。

 

「おめでとう。弱体耐性プラス六十パーセントだね」

「ありがとうございます」

 

 ユイナは受け取った。声だけは礼儀正しかったので、アンルシアは首飾りと彼女の顔を見比べた。

 

「弱体耐性が、六十パーセント増えるのよね。それは、良いことではないの?」

「良いことだよ。この首かざりは、もともと五十パーセントあるから」

 

 ユイナは指を折った。

 

「それに二十、二十、二十。合わせて百十パーセント」

「完全に防げるということ? なら、すごいじゃない」

 

「この首かざりが受け持つ弱体系の効果についてはね。何でも防ぐわけじゃないけど、そこは確かに、やったね、なんだよ」

 

 言ってから、彼女は首飾りを裏返した。数字が変わるわけでもないのに、まだ落ち着きどころを探している。リーネが楽しそうに笑った。

 

「出たね。冒険者の顔。なら、成功だろう?」

「成功です。すごいんですけど……なんか違うんじゃないかなって」

「何が不満なんだい」

「不満ではないです」

「その顔で?」

 

 言葉に詰まったユイナを、客たちが妙に深く頷いて見ていた。「分かるぞ」「理屈では勝ってるんだ」「でも、そうじゃねえんだよな」。アンルシアには、その共感の方が不可解だった。

 

「完全に防げるなら、それ以上は必要ないのでは?」

「その通り。でも、別の効果も欲しい」

 

 今度はユイナが、はっきり言った。リーネはカウンターへ肘を置く。

 

「完全に防げるだけでは足りないのさ。完全だからこそ、別の欲が出る。弱体を防げる。なら次は、もっと攻めたい、もっと楽をしたい、もっと早く倒したい。そうやって欲が増える」

「否定できない」

 

 ユイナは息をついた。アンルシアは竜玉を握り直す。自分は一番いいと言われて喜んだが、別の完成形を見せられれば、やはり欲しくなるのだろうか。目の前では、十分すぎる成功の先に、もう次の要求が生まれている。

 

 ユイナは首かざりから顔を上げた。

 

「でも、冒険者の間で、別の効果の方が高く見られるのも事実でしょう?」

 

 リーネは笑みを深くした。このやり取りも、何度となくしてきたことなのだろう。

 

「あんたたちは、勝手に一番いい効果を決めているだけだよ」

 

 ユイナは口を閉じた。アンルシアは、リーネを見た。

 

「勝手に?」

「そうさ」

 

 リーネはカウンターに肘を置く。

 

「こっちは合成している。ついた効果は、どれもそのアクセサリーが持つ可能性だ。HPが増える。攻撃が上がる。耐性が上がる。時間が伸びる。どれも成功さ」

「でも、冒険者は」

「冒険者は、今の戦い方で一番欲しいものを選んでいる」

 

 リーネは言った。

 

「それ自体は悪くないよ。効率も大事だ。流行もある。強敵に合わせることもある。けれど、それを合成そのものの成功か失敗かにするのは、冒険者の都合だ」

 

 ユイナは、少しだけ苦笑した。

 

「耳が痛い」

「痛いくらいでちょうどいい」

 

 リーネはアンルシアへ視線を向けた。

 

「勇者姫様。あんたも覚えておくといい」

「はい」

「強くなるってのは、単純じゃない。誰かが一番だと言ったものが、いつでもあんたにとって一番とは限らない」

 

 アンルシアは大地の竜玉を見た。自分についたものは理論値と呼ばれ、ユイナの首かざりは不満を呼んだ。けれどリーネにとっては、どちらも成功なのだ。

 

「耐えることも、強さなのですね」

「弱体を受けにくくなる。倒れにくくなる。判断を奪われにくくなる。そのどこが失敗だい?」

「失敗ではありませんね」

 

 答えてから、アンルシアはユイナを見た。理屈には頷いている。それでも理想が諦められないらしく、首かざりを仕舞う手はまだ遅かった。

 ユイナは首かざりを見下ろし、少しだけ息を吐いた。

 

「確かにそうなんだけど」

「まだ言うかい」

「冒険者なので」

「知ってるよ」

 

 リーネは楽しそうに笑った。

 

「だから、あんたたちは何度も来る。これがいい。あれが欲しい。今度こそってね」

「リーネさん、それを分かっていて」

「もちろん」

 

 リーネは悪びれなかった。

 

「冒険者の欲は、商売になる」

 

 アンルシアは、思わずユイナを見た。ユイナも否定しなかった。

 

「そうですね」

「そこで頷くのね」

「だって本当だから」

 

 リーネはカウンターの向こうで笑った。

 

「ただし、欲があるから冒険者は強くなる。強くなりたい。負けたくない。次こそ勝ちたい。そう思うから、また挑む。あたしは、それを形にしているだけさ」

 

 アンルシアは店内を見た。喜び、肩を落とし、時には怒りながら、それでもまた素材を集めて来る客たち。金を失うために並んでいるのではない。強くなりたくて並び、その欲しい強さの形を、リーネは毎日聞いている。

 

「ユイナが、私にここを見せたかった理由が少し分かったわ」

「本当?」

 

 アンルシアは竜玉を握った。剣で斬る強さも、盾で受ける強さも、道具を守り、装備を整え、耐える強さもある。それに、今あるもので満足せず欲しがることが、次の挑戦を支えている。

 

「強さにも、いろいろあるのね。それを支える人も」

 

 ユイナは頷いたが、首かざりへの未練まで消した顔にはならなかった。分かってほしかったことと、自分が欲しかった効果は、彼女の中で別に残るらしい。

 

 リーネは二人を見て、少し面白そうに目を細めた。

 

「いいねえ。勇者姫様は飲み込みが早い」

「ユイナにいろいろ見せられましたから」

「そりゃ災難だ」

「リーネさん?」

「褒めてるよ」

 

 ユイナは微妙な顔をした。リーネはその顔を見て、ますます楽しそうに笑った。

 

「さて」

 

 リーネはカウンターに指を置いた。

 

「冒険者としての用は済んだね」

 

 ユイナは首かざりを収め、代わりに資料を出した。さっきまで結果を惜しんでいた指が、紙の順序を揃え始める。

 

「では、次は商売の話を」

 

「やっぱり妙なものを持ってきたじゃないか」

 

「普通の鉄道計画です」

「普通の鉄道計画なんて言葉、初めて聞いたよ」

 

 アンルシアは二人を見ていた。冒険者の欲を受け止める合成屋と、その人を商売の相手にも選んだユイナ。先ほどまでの客としての不満が、商談に切り替えたからといって消えるわけではないのだろう。職人も商人も冒険者も、彼女の中でつながっている。アンルシアはそれを、いちいち別人のように驚かずに見られるようになっていた。

 

 アンルシアは腰の道具袋へ触れ、大地の竜玉をそっと収めた。それからユイナの隣に立ち直った。今度は、盟友の商談を聞くために。

 

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