アンルシアは、海風の中でもう何度か剣と盾を持ち替えた。今度はユイナが立つ側を避け、盾で視界を塞がない角度を確かめる。収納して見えないクアドラピアーも、長さと重さだけは意識の中に残っていた。
槍の届く距離を知った後では、剣で踏み込む一歩の見え方が違う。剣にどれほど頼っていたかも分かるし、相手に読ませた間合いを持ち替えでずらす、その意味も分かる。さっきユイナに言ったことを、今度は身体で確かめている。
「先生には向いていなくても、言っていることは分かるわ」
剣を納めながら言うと、ユイナが顔をしかめた。
「褒められてる?」
「半分くらい」
「半分かあ」
もう少し欲しかったらしい顔を見て、アンルシアは笑った。
その時、ザイードとリュカナが戻ってきた。二人とも、トートに直してもらった道具ぶくろを実際に使ったらしく、袋の口や紐の位置を確認している。
「使えた?」
ユイナが聞く。
「使える」
ザイードは短く答えた。
「濡れたロープと食料が分かれた。包帯も取りやすい」
リュカナも頷く。
「片手で開く。暗いところでも結び目で分かる。走りながらは、もう少し練習がいる」
「それはそう」
「隊長。次はリーネか」
ザイードが袋の紐から手を離すと、ユイナは目を細めて頷いた。
「鉄道の出資のためでしょう?」
アンルシアが聞く。
「それもあるけど、まずは冒険者として行く。リーネさんには、お金を持っているからだけで会うわけじゃないんだ。冒険者が何を欲しがって、何に泣いて、何に笑うかを、一番見ている人だから」
「欲しがるのは、強さかな」
リュカナが言った。
「目立つ強さだけじゃない。少し数値が良くなる。少し耐える。少し失敗しにくくなる。そういうもの」
「その少しで死なないことがある」
ザイードの声に、アンルシアは自分の盾へ目を落とした。剣の一撃や勇者の光ほど目には見えなくても、その差を知って遠征する者がいる。先ほどまでの袋の話と、彼らの中では地続きなのだろう。
「じゃあ、みんなで行くの?」
「いや」
リュカナは軽く手を振った。
「私たちは、ここで少し試す。大迷宮の荷物の組み方も考えたい」
ザイードも頷いた。
「リーネ相手に行くと、財布が危険だ」
「そんなに?」
アンルシアが聞くと、リュカナは笑った。
「冒険者の財布を泣かせる人」
ユイナは否定しなかった。
「まあ、否定はしない」
「否定しないのね」
「でも、すごい人だよ」
ユイナはアンルシアを見た。
「行こう。アンルシアにも見てほしい」
* * *
ヴェリナード城下町では、整った白い街並みを水路の光が照らしていた。行き交うウェディたちも華やかで、ジュレットより洗練され、ラッカランより落ち着いて見える。
ユイナが向かったアクセサリー屋には、王都の優雅さとは違う熱があった。
店へ入ろうとしたところで、背後から名を呼ばれた。
「ユイナ! 我が親友よ、来ていたのか」
振り返ったユイナが、思わず笑う。護衛を伴ったオーディス王子が、通りの向こうから足を速めてきた。少し後ろにはセーリアもいる。王子はアンルシアに気づくと姿勢を整え、丁寧な挨拶をした。そのあとですぐ、視線がユイナへ戻った。
「オーディス様、そんなに急がなくても」
追いついたセーリアが言うと、オーディスは少し照れたように笑った。
「ごめん。見つけたら、つい」
「ええ。お声で分かりました」
セーリアもユイナへ挨拶し、無事な顔を見られてよかったと言った。王子は彼女が隣へ来るのを待ってから、また話し始めた。
「城には寄ってくれないのかい」
「今日はリーネさんのところへ。でも、会えてよかった。お元気でしたか」
「君にそれを聞かれるとはね」
オーディスは笑いかけてから、一度ユイナの顔を確かめた。尋ねたいことはあるらしい。けれど通りを行く人の多さに気づくと、水路沿いの少し引っ込んだ場所を手で示した。
「ほんの少し、話せる?」
ユイナが頷く。護衛が見える位置に留まったまま、四人は道の脇へ寄った。オーディスはアンルシアにも席を勧めた。セーリアが座りやすいように自分の位置を少しずらしてから、ユイナを見る。
「何から聞けばいいかなと思っていたんだ。君のことは、聞くたびに違う話が増えるから」
「私も、何から話せばいいか迷います」
「そういう時は、元気かどうかからにしておこう。今はどう?」
「元気です。今は、ちゃんと」
「今は、がつくんだね」
責める声ではなかった。ユイナも言い直さず、頷いた。オーディスはそれ以上急がず、足元を流れる水へ目を向けた。
「君が最初に僕の話を聞いてくれた時も、僕はずいぶん勝手なことを言った」
「禁断の地へ行こうって?」
「そんなにはっきり言わなくても」
苦笑した王子に、ユイナは少しだけ意地悪く目を細める。アンルシアは口を挟まず、二人を見た。
セーリアも静かに聞いていた。禁断の地の名が出た時だけ、膝の上の手を重ね直した。オーディスがそれに気づき、ほんの短く彼女を見る。セーリアは視線を受けて頷いた。続きを話してよいと言われたように、王子の肩から少し力が抜けた。
「でも、聞いてもらえて嬉しかったんだ。母上には止められてばかりだったから、君には僕の考えが分かるんだと思った」
「聞くことと、全部その通りにしていいと思うことは、違いましたよ」
「うん。あの頃は、そこまで考えられなかった」
オーディスは静かに認めた。自分が解き放とうとしたものを、まだ知らなかった。正しいことをしようと急いでいた顔も、騙されたと知った顔も、ユイナには見られている。その相手に今さら、初めから分かっていたふりはしなかった。
「母上とは、ちゃんと話してます?」
「話しているよ。君は、僕を見るたびにそれを確かめるんだね」
「前が前だから」
「手厳しいな」
笑いながら、王子は背を伸ばした。
「でも、聞いてもらってから決めたいことがある。今は、そう言える。意見が違うことは、あるけれど」
「それは、あるでしょうね」
ユイナの隣で、アンルシアが小さく頷いた。こちらにも、大魔王になった盟友へ聞かなければならなかったことがある。オーディスはその仕草に気づいたようだったが、何があったのかを尋ねはしなかった。
「君たちが一緒に来てくれたのは、嬉しいよ。今度、時間が取れたら城でゆっくり話そう。父上も喜ぶ」
「メルー様は、お変わりなく?」
「相変わらず、僕が言いにくいことほど面白がって聞こうとなさる」
「それは、お変わりなさそうですね」
今度はセーリアも声を立てて笑った。オーディスがその顔へ目を留め、それから護衛へ目をやると、控えめな頷きが返った。約束の時間が近いのだろう。王子は立ち上がり、礼を述べようとしたユイナを、片手でそっと止めた。
「今日は、会えてよかった。無理に全部説明しなくていいからね」
「ありがとうございます」
「ただ、親友だと思っていることまで忘れられると、僕も困る」
ユイナの返事が、一拍遅れた。
「それは、覚えてます」
オーディスは満足そうに頷いた。アンルシアへ改めて礼をし、セーリアが挨拶を終えるのを待ってから、城へ続く道を戻っていく。今度は、二人の歩く速さが揃っていた。ユイナは、護衛に見守られたその背が人の流れに隠れるまで見送った。
「親友なのね」
アンルシアが言うと、ユイナは少し照れたようにした。
「あんなふうに言ってくれるんだよね」
「あなたからも言ってあげればいいのに」
「……次に会ったら」
「聞いたわよ」
ユイナがこちらを見た。その顔を見て、アンルシアは笑った。まだリーネの店へ入ってもいないのに、今日の約束が、また一つ増えた。
喜んでいる者の横で、別の者が肩を落としている。次こそはと歯を食いしばった冒険者が、妙に悟った顔の客の後ろへ並び直した。アンルシアは入口で一歩だけ足を緩めた。勝ち負けのある場でもないはずなのに、ラッカランを思い出す。
「ここは……」
「合成屋リーネ」
ユイナが言った。
「冒険者が強くなりたいと思った時に、だいたい一度は来る場所」
「一度どころでは済まない」
近くの冒険者がぼそりと言った。別の冒険者がうなずく。
「済むなら、こんな顔になってねえよ」
アンルシアは、少しだけ身構えた。その奥に、リーネがいた。華やかな服。余裕のある笑み。人を見ているようで、財布の底まで見ているような目。
「あら」
リーネは、すぐにユイナに気づいた。
「ユイナじゃない。久しぶり」
「お久しぶりです、リーネさん」
「あんたが来るってことは、また妙なものを持ってきたんだろうね」
「今日は普通です」
「ユイナの普通は、あんまり信用してないんだよ」
リーネはアンルシアに視線を移した。
「それで、そちらは勇者姫様かい?」
「アンルシアです」
「へえ。本物の勇者姫が、うちに来るとはね」
リーネはにこりと笑った。
「合成、していくかい?」
アンルシアが返事に迷うと、ユイナが横から言った。
「今日はそのために来ました。アンルシアに、リーネさんの仕事を見せたくて」
「見せ物扱いかい」
「見る方が分かることもあるでしょう」
「まあ、嫌いじゃないよ」
リーネは肩をすくめたが、カウンターの上はもう空けていた。
「で、何を合成するんだい?」
ユイナは自分の袋から、いくつかのアクセサリーを取り出した。
「アンルシアには、これ」
「大地の竜玉?」
アンルシアが聞く。
「余ってたから」
「余っていたからって、そんな気軽に」
「でも、使えるよ。最大HPが増える」
「それは分かるけれど」
アンルシアは、手の中の竜玉を見た。大地の力がこもった玉。華やかな装飾品ではないが、持っているだけで身体の芯が強くなるような気配がある。
「合成するなら、ここだね」
リーネが竜玉を受け取った。
「さて、勇者姫の運はどうかね」
周囲がざわめいた。アンルシアが振り向くと、いくつもの目が竜玉へ向いている。
「何かあるの?」
「祈り」
ユイナは短く答えた。怪訝な顔をされると、口元だけで笑う。
「いい効果がつきますように、っていう祈り。ここでは、みんな真剣なんだよ」
リーネは楽しそうに笑い、合成を始めた。光が弾ける。
「はい、一つ目」
リーネは結果を見た。
「さいだいHP、プラス五」
ざわめきが起こった。ユイナの目が細くなる。
「お。良いね」
その声を聞いて、アンルシアも少し安心した。数字の意味を聞く前に、リーネはもう次の竜玉を手にしている。
リーネは二つ目を合わせた。また光が弾ける。
「二つ目。さいだいHP、プラス五」
周囲の冒険者たちのざわめきが大きくなった。
「おい」
「二連続?」
「勇者姫だからか?」
「いや、リーネだぞ。関係ない」
アンルシアは、初めの一つが良かったことより、二つ続いた時の周囲の顔に戸惑っていた。ユイナは「いい感じ」とだけ言ったが、その指までカウンターの端で止まっている。最後の光を待っているのは、持ち主になる自分一人ではなかった。
リーネは三つ目を手に取った。
「じゃあ、最後」
光が弾ける。リーネは一瞬だけ結果を見て、それから楽しそうに笑った。
「さいだいHP、プラス五」
静かになった。それから、周囲の冒険者たちが一斉に声を上げた。
「おい!」
「一発理論値じゃねえか!」
「なんでだよ!」
「勇者の加護か!」
「俺の竜玉返してくれ!」
アンルシアはびくりと肩を揺らした。祝われているのか、怒られているのか分からず、ユイナを見る。彼女は少し遠い目をしていた。
「完成。理論値」
「それほど良いの?」
「冒険者たちが一番良いと決めてる組み合わせ。三回続けて、最大の効果がついたんだよ」
リーネは大地の竜玉をアンルシアへ返した。
「おめでとう、勇者姫。いい竜玉になったよ」
「ありがとうございます」
アンルシアは素直に頭を下げた。周囲の冒険者たちは、なぜか余計に傷ついた顔をした。
「無垢だ……」
「やめろ、効く」
ユイナは小さく咳払いした。
「じゃあ、次は私」
「あんたは何を持ってきたんだい?」
リーネが問うと、ユイナは首飾りを取り出した。
「幻界王の首かざり」
「へえ」
リーネの目が少し鋭くなった。
「真・幻界諸侯かい。ちゃんとやってるじゃないか」
「冒険者なので」
「職人で、商人で、大魔王で、冒険者ね」
「肩書きが増えていくの」
「自業自得だろう」
ユイナは首かざりを差し出した。
「お願いします」
「はいはい」
リーネは合成を始めた。光が弾ける。
「一つ目」
リーネは結果を見る。
「弱体耐性、プラス二十パーセント」
ユイナは微妙な顔をした。
「うーん」
「何だい、その顔は」
「いや、成功なんですけど」
「成功だよ」
リーネは平然と言った。
「弱体に強くなる。いいことじゃないか」
「そうなんですけど」
「じゃあ、二つ目」
光が弾ける。
「弱体耐性、プラス二十パーセント」
ユイナの口元がますます曖昧になった。近くの冒険者が「あー」と漏らすと、別の者も「悪くはねえんだけどな」と頷いた。
「良くないの?」
アンルシアが聞いた。ユイナはすぐ「良い」と答え、それから言い直す。
「良いんだけど、冒険者たちの間では、もっと欲しがられている効果があるんだよね」
三つ目へ伸びるリーネの手を、言い終えたユイナが追った。目の前の成功を認めながら、次の結果には別のものを期待している顔だった。
リーネが三つ目を合わせる。光が弾ける。
「弱体耐性、プラス二十パーセント」
ユイナは黙った。リーネは首かざりを返した。
「おめでとう。弱体耐性プラス六十パーセントだね」
「ありがとうございます」
ユイナは受け取った。声だけは礼儀正しかったので、アンルシアは首飾りと彼女の顔を見比べた。
「弱体耐性が、六十パーセント増えるのよね。それは、良いことではないの?」
「良いことだよ。この首かざりは、もともと五十パーセントあるから」
ユイナは指を折った。
「それに二十、二十、二十。合わせて百十パーセント」
「完全に防げるということ? なら、すごいじゃない」
「この首かざりが受け持つ弱体系の効果についてはね。何でも防ぐわけじゃないけど、そこは確かに、やったね、なんだよ」
言ってから、彼女は首飾りを裏返した。数字が変わるわけでもないのに、まだ落ち着きどころを探している。リーネが楽しそうに笑った。
「出たね。冒険者の顔。なら、成功だろう?」
「成功です。すごいんですけど……なんか違うんじゃないかなって」
「何が不満なんだい」
「不満ではないです」
「その顔で?」
言葉に詰まったユイナを、客たちが妙に深く頷いて見ていた。「分かるぞ」「理屈では勝ってるんだ」「でも、そうじゃねえんだよな」。アンルシアには、その共感の方が不可解だった。
「完全に防げるなら、それ以上は必要ないのでは?」
「その通り。でも、別の効果も欲しい」
今度はユイナが、はっきり言った。リーネはカウンターへ肘を置く。
「完全に防げるだけでは足りないのさ。完全だからこそ、別の欲が出る。弱体を防げる。なら次は、もっと攻めたい、もっと楽をしたい、もっと早く倒したい。そうやって欲が増える」
「否定できない」
ユイナは息をついた。アンルシアは竜玉を握り直す。自分は一番いいと言われて喜んだが、別の完成形を見せられれば、やはり欲しくなるのだろうか。目の前では、十分すぎる成功の先に、もう次の要求が生まれている。
ユイナは首かざりから顔を上げた。
「でも、冒険者の間で、別の効果の方が高く見られるのも事実でしょう?」
リーネは笑みを深くした。このやり取りも、何度となくしてきたことなのだろう。
「あんたたちは、勝手に一番いい効果を決めているだけだよ」
ユイナは口を閉じた。アンルシアは、リーネを見た。
「勝手に?」
「そうさ」
リーネはカウンターに肘を置く。
「こっちは合成している。ついた効果は、どれもそのアクセサリーが持つ可能性だ。HPが増える。攻撃が上がる。耐性が上がる。時間が伸びる。どれも成功さ」
「でも、冒険者は」
「冒険者は、今の戦い方で一番欲しいものを選んでいる」
リーネは言った。
「それ自体は悪くないよ。効率も大事だ。流行もある。強敵に合わせることもある。けれど、それを合成そのものの成功か失敗かにするのは、冒険者の都合だ」
ユイナは、少しだけ苦笑した。
「耳が痛い」
「痛いくらいでちょうどいい」
リーネはアンルシアへ視線を向けた。
「勇者姫様。あんたも覚えておくといい」
「はい」
「強くなるってのは、単純じゃない。誰かが一番だと言ったものが、いつでもあんたにとって一番とは限らない」
アンルシアは大地の竜玉を見た。自分についたものは理論値と呼ばれ、ユイナの首かざりは不満を呼んだ。けれどリーネにとっては、どちらも成功なのだ。
「耐えることも、強さなのですね」
「弱体を受けにくくなる。倒れにくくなる。判断を奪われにくくなる。そのどこが失敗だい?」
「失敗ではありませんね」
答えてから、アンルシアはユイナを見た。理屈には頷いている。それでも理想が諦められないらしく、首かざりを仕舞う手はまだ遅かった。
ユイナは首かざりを見下ろし、少しだけ息を吐いた。
「確かにそうなんだけど」
「まだ言うかい」
「冒険者なので」
「知ってるよ」
リーネは楽しそうに笑った。
「だから、あんたたちは何度も来る。これがいい。あれが欲しい。今度こそってね」
「リーネさん、それを分かっていて」
「もちろん」
リーネは悪びれなかった。
「冒険者の欲は、商売になる」
アンルシアは、思わずユイナを見た。ユイナも否定しなかった。
「そうですね」
「そこで頷くのね」
「だって本当だから」
リーネはカウンターの向こうで笑った。
「ただし、欲があるから冒険者は強くなる。強くなりたい。負けたくない。次こそ勝ちたい。そう思うから、また挑む。あたしは、それを形にしているだけさ」
アンルシアは店内を見た。喜び、肩を落とし、時には怒りながら、それでもまた素材を集めて来る客たち。金を失うために並んでいるのではない。強くなりたくて並び、その欲しい強さの形を、リーネは毎日聞いている。
「ユイナが、私にここを見せたかった理由が少し分かったわ」
「本当?」
アンルシアは竜玉を握った。剣で斬る強さも、盾で受ける強さも、道具を守り、装備を整え、耐える強さもある。それに、今あるもので満足せず欲しがることが、次の挑戦を支えている。
「強さにも、いろいろあるのね。それを支える人も」
ユイナは頷いたが、首かざりへの未練まで消した顔にはならなかった。分かってほしかったことと、自分が欲しかった効果は、彼女の中で別に残るらしい。
リーネは二人を見て、少し面白そうに目を細めた。
「いいねえ。勇者姫様は飲み込みが早い」
「ユイナにいろいろ見せられましたから」
「そりゃ災難だ」
「リーネさん?」
「褒めてるよ」
ユイナは微妙な顔をした。リーネはその顔を見て、ますます楽しそうに笑った。
「さて」
リーネはカウンターに指を置いた。
「冒険者としての用は済んだね」
ユイナは首かざりを収め、代わりに資料を出した。さっきまで結果を惜しんでいた指が、紙の順序を揃え始める。
「では、次は商売の話を」
「やっぱり妙なものを持ってきたじゃないか」
「普通の鉄道計画です」
「普通の鉄道計画なんて言葉、初めて聞いたよ」
アンルシアは二人を見ていた。冒険者の欲を受け止める合成屋と、その人を商売の相手にも選んだユイナ。先ほどまでの客としての不満が、商談に切り替えたからといって消えるわけではないのだろう。職人も商人も冒険者も、彼女の中でつながっている。アンルシアはそれを、いちいち別人のように驚かずに見られるようになっていた。
アンルシアは腰の道具袋へ触れ、大地の竜玉をそっと収めた。それからユイナの隣に立ち直った。今度は、盟友の商談を聞くために。