勇者と大魔王の欲深い明日   作:折無堂

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第4話 旅支度の知恵

 会議は、結論らしきものを得た。もちろん、何も解決してはいなかった。アンルシアがユイナを許したわけではない。シンイが魔界の事情を飲み込めたわけでもない。エステラが感じた不安も、ルシェンダが抱えた疑念も、消えたわけではなかった。

 

 それでも、向かうべき先は見えた。闇の根源。大魔瘴期。女神ルティアナ。そして、魔仙卿となったユイナの弟。ルシェンダは卓上に広げられた地図を見下ろし、静かに言った。

 

「一つの隊で動くには、調べるべきことが多すぎますな」

 

 ユシュカが椅子の背にもたれたまま、口の端を上げる。

 

「じゃあ、分けるか」

「それがいいだろうね」

 アスバルが頷いた。

 

「魔界側の記録、アストルティア側の記録、ナドラガンドの記録。それに、光の河とフィネトカの件。全部を一度に追うのは難しい」

 

 アンルシアはユイナを見た。

「あなたは、どうするの?」

 

 その問いに、ユイナは少しだけ考えた。大魔王としてなら、魔界に残って指示を出すべきなのかもしれない。けれど、フィネトカとルティアナの件は、アストルティア側の道でもある。そして、勇者であるアンルシアが動くなら、そこには盟友が必要だった。

 

 少なくとも、今のアンルシアを一人で行かせる気にはなれない。

 

「私は、アンルシアと行きます」

 アンルシアの目が少しだけ揺れた。

 

「……そう」

 短い返事だったが、拒絶ではなかった。ルシェンダは頷いた。

 

「では、姫とあなたには、光の河とフィネトカへの手掛かりを探っていただきましょう」

 

 そう言って、ルシェンダは懐に手を入れた。アンルシアは、その動きを見た瞬間、思わず眉を寄せた。ルシェンダの手が戻ってくる。そこには、ひとつのツボがあった。小さな、しかし奇妙な光を帯びたツボ。内側に何かが流れているようにも見える。普通の器ではないことは明らかだった。

 

 アンルシアは、しばらくそれを見つめてから、言った。

 

「……ルシェンダ様」

「何ですかな、姫」

「いつも思いますけど」

 

 アンルシアは、ルシェンダの懐とツボを交互に見た。

 

「それ、どこから出しているんですか?」

 

 場が止まった。ユシュカが吹き出しかけた。アスバルが視線を逸らす。シンイは少しだけ目を瞬かせ、エステラは真面目に考え込んでいる。カーロウはなぜか自分の服の中を確認していた。ルシェンダは平然としていた。

 

「生活の知恵ですな」

「生活の知恵で、そんなものは出ません」

 

 アンルシアは即座に返した。するとユイナが、横からさらりと言った。

 

「収納術だよ」

 

 アンルシアがユイナを見る。

 

「あなたまで」

「実際、収納術だから」

「そういう問題ではありません」

「いや、かなりそういう問題だと思う」

 

 ユイナは真顔だった。アンルシアは眉を吊り上げる。

 

「では、あなたがさっき戦闘中に剣から杖へ一瞬で持ち替えていたのも?」

「収納術を、戦闘用に少しアレンジしたんだよ」

「少し?」

「少し」

 

 ユシュカが今度こそ笑った。

 

「少しであれかよ」

「便利だよ」

 ユイナは当然のように言った。

 

「旅をしてると、武器も道具も荷物も増えるでしょう」

 

 ルシェンダも頷く。

 

「やはり、生活の知恵ですな」

「もう、二人とも」

 アンルシアは呆れたように声を上げた。

 

「絶対にごまかしていますよね」

「ごまかしてはいますな」

 ルシェンダは悪びれなかった。

 

「ルシェンダ様!」

「しかし、嘘は言っておりませぬ」

 

 ユイナも内心で頷いた。嘘は言っていない。実際、収納術だった。旅の中で道具を取り出し、装備を替え、必要なものを必要な瞬間に出す。その技術を戦闘中に使えるよう、詠唱や姿勢、魔力の流れと繋げただけだ。ただ、それを真面目に説明すると、アンルシアがさらに怒りそうだった。

 

 アンルシアは深くため息をついた。

 

「……あとで、ちゃんと説明してもらいます」

「可能な範囲で」

「全部です」

「善処します」

「それは説明しない人の言い方です」

 

 ユイナは目を逸らした。ルシェンダは、少しだけ笑みを含んだ目で二人を見ていた。先ほどまでの重い会議の空気が、ほんのわずかだけ緩んでいた。だが、彼女はすぐに表情を戻す。

 

「これは、光のツボです」

 ツボを卓上に置くと、淡い光が広がった。

 

「光の河の特異点に触れ、創生のチカラを集めるためのもの。フィネトカへ至るには、これが必要になるでしょう」

 

 アンルシアは、もう一度ツボを見る。

 

「光の河……」

「候補地はいくつかあります」

 

 ルシェンダは地図の上を指で示した。

 

「獅子門。落陽の草原。ラニアッカ断層帯。知恵の眠る遺跡。オルフェアの町。古い記録と、現在の光の流れから見れば、このあたりが怪しい」

 

 ユイナは地図を覗き込んだ。

 

「全部を二人で回るのですか?」

「必要ならば」

 

 ルシェンダはあっさり言った。

 

「ただし、あなた方だけで全てを抱える必要はありません。他の調査は別班に任せます」

 

 ユシュカが指を鳴らす。

 

「じゃあ、俺は?」

 ルシェンダは彼を見る。

 

「あなたには、シンイ殿と動いていただきたい」

 ユシュカの顔から笑みが少し消えた。シンイも、静かに目を上げる。

 

「僕と?」

「冥王、大魔王、魔界からアストルティアへ続いた災厄。その線を整理するには、あなた方が適任です」

 

 シンイはしばらく黙った。ユシュカは軽く肩をすくめる。

 

「重い相方だな」

「君も十分に重いよ」

 

 シンイが静かに返した。ユシュカは一瞬だけ目を丸くし、それから笑った。

 

「言うじゃねえか」

 

 ルシェンダは次に、エステラとアスバルを見た。

「エステラ殿、アスバル殿。あなた方には、ナドラガンドと魔界、そして神の依代に関する記録を追っていただきたい」

 

 エステラは頷いた。

「承知しました」

 

 アスバルも静かに答える。

「役割に人が呑まれる話なら、僕にも思うところがある」

 

 その言葉に、エステラは少しだけ彼を見た。ルシェンダは最後に、壁際のヴァレリアへ視線を向ける。

 

「そして、あなたには私と来ていただきます」

 ヴァレリアは目を細めた。

 

「私に命じるか、オーガの賢者」

「お願いしています」

「同じことだ」

「では、協力していただけますかな」

 

 ヴァレリアは鼻で笑った。

 

「何を調べる」

「大魔瘴期です。アストルティア側の古記録と、魔界側の実情を照らし合わせる必要があります」

 

 ヴァレリアは少しだけ沈黙した。

 

「記録などなくとも、魔界の空を見れば分かる」

「その言葉を、記録と照らし合わせたいのです」

「面倒な女だ」

「よく言われます」

 

 ヴァレリアは、つまらなさそうにしながらも拒まなかった。

 

「よかろう。大魔瘴期のことなら、話せることはある」

 

 ルシェンダは頷いた。

 

「助かります」

「礼はいらん。魔界が滅べば、私も困る」

 

 それで班分けは決まった。

 ユイナとアンルシア。ルシェンダとヴァレリア。ユシュカとシンイ。エステラとアスバル。四つの組が、それぞれ別の道を進む。アンルシアは、卓上の光のツボを手に取ろうとして、少し迷った。ユイナが先に手を伸ばす。

 

「私が持つよ」

「また、収納術?」

「うん。ちゃんと出せるから」

「なくさないでよ」

「なくさないって」

「本当に?」

「たぶん」

「たぶん?」

 

 アンルシアが睨むと、ユイナは慌てて言い直した。

 

「なくしません。今のは冗談」

 

 ルシェンダが穏やかに言う。

「大切なものですからね」

 

「どこから出したのか分からないものを、どこかにしまうのも不安なのですが」

 

 アンルシアが言うと、ユイナは光のツボを慎重に受け取り、淡い光の輪の中へしまった。それは、消えたように見えた。アンルシアは目を細める。

 

「……やっぱり、あとで説明してもらいます」

「分かった。あとでね」

「絶対ですよ」

「逃げないから」

 

 ルシェンダが横から言った。

 

「生活の知恵です」

 

「ルシェンダ様!」

 

 その声に、ほんの少しだけ笑いが起きた。重い旅の前にしては、小さな笑いだった。だが、その小ささが今はちょうどよかった。ユイナはアンルシアを見る。

 

「行こう、アンルシア」

 

 アンルシアは頷いた。

「ええ」

 

 勇者と大魔王。その言葉だけで言えば、並び立つにはあまりにも奇妙な二人だった。けれどアンルシアは、その違和感を抱えたまま歩き出した。かつてのように。そして、かつてとは違うものとして。フィネトカへ至る道を探すために。光の河の流れを追うために。そして、もう一度、盟友と並んで戦うために。

 

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