勇者と大魔王の欲深い明日   作:折無堂

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第6話 王女と職人

 落陽の草原で光のツボに創生のチカラを収めたあと、ユイナはアンルシアの腰へ目をやった。翼に似た柄飾りの片手剣、セイクリッドソード。細身の刃には会心を導く性質があり、打ち合わせれば、受け流すような粘りもある。勇者姫の剣として、今でもかなり良いものだった。

 

 ナドラガ神との決戦前、自分が渡した剣だ。ナドラガンドの果てで、手持ちの素材と鍛冶場の火と自分の腕を使い、どうにか間に合わせた。あの時は本当に時間がなかった。

 

 重心も、刃も、魔力の通りも見てある。勇者の光を邪魔せず、会心を生かすアンルシアの剣筋に合うように。刃で受ける時の粘りも、あの頃の彼女には必要だった。あの時点で渡せるものとしては、十分すぎるほどだったはずだ。

 

 けれど、最後の一打が決まらなかった。あと一か所、狙い打ちが入っていれば、星三つへ届いたはずなのに。

 

 星二つ。そのことを、アンルシアには言わなかった。戦える剣だったし、余計な迷いを持たせる必要もない。そう思っていたが、大事に使われる姿を見るたび、ユイナの方にはあの一打が戻ってきた。

 

 竜神との戦いを越え、つい先ほどは玉座の前で自分へ向けられた剣。いまは隣を歩く彼女の腰にある。そこまで戻ってきたことが嬉しくて、なおさら古びたままにはしたくなかった。

 

 アンルシアは、その視線に気づく。

 

「何?」

「その剣」

 

 ユイナは少し言いにくそうにした。

 

「まだ使ってるんだ」

 アンルシアは剣を胸元に引き寄せる。

 

「ええ。あなたがくれた剣だもの」

 

 真っ直ぐな答えに、ユイナは一瞬、言葉に詰まった。自分が渡したものを、あの戦いの後もずっと使ってくれている。ただの道具ではなかったのだと分かるのは、嬉しかった。

 

 同じ剣を見ながら、職人の目は別の答えを出していた。世代が古い。いまの敵にも、いまのアンルシアにも、性能が追いついていない。そして何より、星二つだ。

 

 その目で見てしまう自分に、少し呆れた。せめて、喜んだ後で言うべきことだろう。

 

「嬉しいんだけど」

「けど?」

「さすがに世代が古い」

 

 アンルシアの表情が固まった。

 

「古い……?」

 

「違う。大事にしてくれているのは本当に嬉しい。でも、今の敵と、今のあなたの強さに対して、装備の更新が追いついていない」

 

「装備の、更新」

 

 アンルシアはゆっくり繰り返した。武器の手入れなら知っている。けれど、思い出ごと大切にしてきた剣へ、その言葉を当てられたことはなかった。

 

 ユイナは頷いた。

 

「剣は思い出だけで振るものじゃない。素材、重心、刃持ち、魔力の通り、付与効果、錬金。全部見る必要がある」

「あなた、今、私の剣を見て何を考えているの?」

「原価と期待値」

「大魔王が?」

「職人なので」

 

 アンルシアはしばらくユイナを見ていた。

 

「あなた、本当に何者なの?」

「冒険者で、盟友で、大魔王で、商人で、職人」

「多すぎるわ」

「足りないくらいだよ。納品もあるし」

「大魔王なのに?」

「大魔王でも納期は待ってくれない」

 

 アンルシアは額に手を当てた。光の河、女神、闇の根源、大魔瘴期。そういう話をしていたはずなのに、ユイナの口から出てくるのは、素材と納期だった。ユイナは視線を少し逸らす。

 

「それに」

「それに?」

 

「その剣、星二つなんだよね」

 

 アンルシアは目を瞬かせた。

 

「星二つ?」

 

「最後の狙い打ちが入らなかった」

 

「……何の話?」

 

「鍛冶の話」

 

 ユイナは、少しだけ悔しそうに言った。

 

「あと一打だった。あと一打入っていれば、星三つに届いた。狙い打ちを入れたのに、思ったところまで伸びなかった」

 

 アンルシアはしばらくユイナを見ていた。

 

「あなた」

「何?」

「ナドラガ神との決戦前に渡した剣について、今もそれを気にしていたの?」

「気にするよ」

「私、その剣で戦えたわ」

 

「それはアンルシアが強かったから」

「剣も強かったわ」

「でも、もっと強くできた」

 

 ユイナは即答した。アンルシアは、少しだけ呆れたように息を吐いた。

 

「あなた、本当に職人なのね」

「職人だよ」

「大魔王ではなく?」

「今は、そっちの話」

「盟友でもなく?」

「盟友としても気にしているけど、今のは職人の未練」

 

 アンルシアは剣を抜いた。セイクリッドソードの刃が、落陽の草原の光を受けて淡く光る。

 

 ナドラガンドの燃えるような空と、竜神との戦いが脳裏をよぎった。あの時、ユイナは何でもない顔で剣を差し出し、「使って」としか言わなかった。必要なものを盟友が用意してくれた。それだけで、アンルシアには十分だった。

 

 その横で、渡した本人はずっと最後の一打を覚えていたのだ。星二つの剣に救われた自分と、星三つにできなかったことを惜しむユイナ。同じ剣でも、二人がそこに見るものは違っていた。

 

 アンルシアは少しだけ笑った。

 

「私は、この剣が好きよ」

「うん」

「でも、あなたがもっと良くできると言うなら」

 

 アンルシアは剣を鞘に納めた。

 

「見せて」

 

 ユイナは顔を上げる。

 

「いいの?」

「ええ」

 

 アンルシアは真っ直ぐに言った。

 

「ただし、捨てないで」

「捨てない」

 

 ユイナは即答した。

 

「芯は残す。打ち直す。あの時の剣を否定するんじゃなくて、今のあなたに追いつかせる」

 

 その言い方が、少しずるいとアンルシアは思った。剣の話をしているのに、自分の話をされている気がしたからだ。

 

 アンルシアはユイナを見た後、再び剣に目を移す。

 

「素材には何を使うの?」

「デモニウム鉱石」

 

 アンルシアは、即座に顔を上げた。

 

「待って」

「何?」

「勇者の剣に、魔界の鉱石を使うの?」

「うん」

 

「さすがに、それは……」

「でも、あれが一番硬いし、伸びるし、強いよ」

「そういう問題ではなくて」

「魔瘴は入ってないから、そこは心配いらない」

「そうじゃなくてね」

 

 アンルシアは両手でこめかみを押さえた。

 

「勇者の剣に、魔界の鉱石を使うということに、抵抗があると言っているの」

「魔界の鉱石だからだめ?」

「……そう言われると」

「魔界のものでも、良い素材は良い素材だよ。悪いのは魔瘴であって、鉱石じゃない」

 

 ユイナは剣の鞘に指を添えた。言葉は平然としていたが、アンルシアが手を放すのを待っている。良い素材だと言い切ることと、預けてもらえることは別だった。

 

「それに、今のあなたは魔界の敵とも戦う。魔界の素材を知り、使えるなら使った方がいい」

 

 アンルシアは口を閉じた。納得したわけではないが、ユイナが言っていることは分かる。

 

「どこで採掘するの?」

 

 アンルシアが聞くと、ユイナは不思議そうに首を傾げた。

 

「採掘?」

「鉱石なのでしょう?」

「まさか。落札するのよ」

 

「らくさつ」

 

 アンルシアの目が、完全に迷子になった。

 

「行こう。レンダーヒルズに端末があるから」

「端末?」

「バザー」

 

「バザーは市場でしょう?」

「うん。市場。仕組みはちょっと不思議だけど、慣れると便利」

 

「ちょっと、不思議?」

 

 アンルシアは、もう一度頭を押さえた。

 

 レンダーヒルズの一角にある取引所へ入ると、アンルシアは足を止めた。壁に、光る板が並んでいた。そこには文字と数字が流れている。素材名、個数、価格、出品者。数字が右から左へ、上から下へと動き、時折色が変わる。

 

 札を書き換える人も、値を読み上げる競り人も見当たらない。光の板の上だけで売り買いが動いている。その速さに、アンルシアは一歩退いた。

 

「……何これ」

「バザー」

「私の知っているバザーと違うわ」

「便利だよ」

 

 ユイナは慣れた様子で板の前に立ち、指を動かした。

 

「デモニウム鉱石。最安値。出品数。相場推移。うーん、少し高い」

「鉱石って、こうやって買うものなの?」

「採りに行く時間と、買う金額を比べる。今は時間の方が高い」

「時間の方が高い」

「勇者と大魔王が鉱石掘ってる場合じゃないでしょ」

「それは……そうだけど」

 

 アンルシアは光る数字を見つめた。戦場より理解しにくい。

 

「この金額は、高いの?」

「今はちょっと高め。でも許容範囲」

「さっき高いと言いながら、もう決めたのね」

「あと、いかずちのたま、たそがれゴケ、火種。黄金素材もいるかな」

「待って。剣一本を作るのに、そんなに要るの?」

「要る」

「勇者が使う剣だと、聖なる力や由緒を先に考えてしまうわ。あなたは、一つずつ材料を数えるのね」

「聖なる力から生まれる剣もあるよ。でも、私が作る分は素材と職人と金策でできる」

 

 アンルシアは黙った。

 

「勇者の剣に、値段をつけるの?」

「つけるよ。つけないと、作る人も運ぶ人も次の仕事ができないでしょう」

「……あなた、本当に大魔王なの?」

「今は職人だよ」

 

 ユイナは即答し、素材を落札していった。アンルシアは、その手際を呆然と見ていた。剣を振るより速いのではないかと思った。

 レシピについては、ユイナは少し迷っていた。

 

「鳴神のつるぎがいいかな」

「なるかみ?」

「雷と光に寄せられる。あなたには合うと思う」

「雷と光……」

 

 アンルシアは少しだけ興味を持ったようだった。

 

「それは、どこで覚えるの?」

「製法書を買う。候補はキィンベルと、魔界側のレシピ屋」

「キィンベル?」

 

 アンルシアが首を傾げる。

 

「エテーネ王国の?」

「うん」

「あなた、あそこにも普通に出入りできるの?」

「できるよ」

 

 ユイナは少し考え、それから何でもないことのように言った。

 

「言ってなかったけど、実は私も王女様って言っていい立場なんだよ」

 

 アンルシアは数秒、動かなかった。

 

「……何を?」

「王女様」

「あなたが?」

「うん」

「大魔王で、冒険者で、盟友で、職人で、商人で、今度は王女?」

「正確には、王位継承権が絡む立場」

 

 アンルシアは取引所の壁際に椅子を見つけ、腰を下ろした。立ったまま聞く話ではなくなっていた。

 

「待って。説明して」

 

 ユイナは指を折る。

 

「前々王のドミネウスから、その子のクオードへ王位が移ったでしょう。メレアーデはクオードの姉だから、表向きの継承では私より上だと思う」

「ええ」

「でも、ドミネウスが王になった経緯は、少し怪しい」

「怪しい」

「兄だったというだけ、と見ることもできる。正統性なら私の父、パドレの方が高いと主張する余地もある。……もちろん、それで継承順位が決まるほど単純な話じゃないけど」

 

 アンルシアは目を瞬かせた。

 

「では、あなたが王になってもおかしくない立場なの?」

「そういう理屈を立てることは、できるよ」

「あなた」

 

 アンルシアは、じっとユイナを見た。

 

「いじわるね」

「え?」

「そんなこと、するはずないじゃない」

 

 ユイナは少しだけ笑った。

 

「そうね。言ってみただけ」

「本当に、いじわる」

「たぶんメレアーデは、お父さんが戻ってくれば、お父さんに王になってもらいたいかもね。話したことはないけど」

「それもまた、重い話ね」

「あと、それと」

 

 ユイナは何気なく続けた。

 

「ドミネウス王は私生児もいるんだよ」

 

 アンルシアが固まった。

 

「……ちょっと待って」

「何?」

「あなたが大魔王だったというだけで、私はまだ追いついていないの」

「うん」

「そのうえ、王女と言ってもいい立場で、王位継承の話があって、ドミネウス王には私生児がいて」

「うん」

「一体、いくら話すの?」

 

 ユイナは少し考えた。

 

「いくらになるかな」

「まだあるの?」

「もっとあるよ」

 

 アンルシアは両手で顔を覆った。

 

「もう……」

 

 ユイナは少しだけ申し訳なさそうにした。

 

「……剣を作りながらでも、続きは話せる。さっきのことも、聞きたいところは聞いて」

「あなた、本当に話の切り替えがひどいわ」

「職人なので」

「それで済ませないで」

 

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