工房の火が少し落ち着いてからも、アンルシアは鳴神のつるぎを何度も見ていた。雷を宿す片手剣は、軽すぎず重すぎず、勇者の光を邪魔しない。握るたびに馴染みが確かめられる。古い剣の芯が残っていると思うと、それまでの戦いも置いてきた気がしなかった。
「……眺めていると、また礼を言いたくなるわ」
「何回でもどうぞ」
ユイナは隠しもせず満足げだった。アンルシアが笑うと、こちらも釣られて笑った。
「これでしばらくは安心だね。盾も合わせて調整してあるから、無理に受けても前よりは持つはず」
「無理に受けないようにするわ」
「そこは信用してないかな」
「ひどい」
「無理をする勇者を、知ってるので」
アンルシアは少し笑い、それからふと、ユイナを見た。
「そういえば」
「何?」
「私の装備は見てくれたけれど、あなた自身の装備はどうなの?」
ユイナの動きが止まった。本当に、ぴたりと止まった。アンルシアは目を細める。
「……どうしたの?」
「何も」
ユイナは露骨に視線を逸らした。分かりやすかった。
「ねえ、どうなの」
「ちゃんとしてるよ」
「自分で作っているの?」
「杖を削るのも、ローブを縫うのもやるよ。でも、いま使っているものは、錬金のついた完成品を買った」
「自分でできるのに?」
ユイナは作業台の空いたところへ、長い杖を取り出した。柄に刻まれた銘を、アンルシアの方へ向ける。
「ミネルバの聖杖。防具はソポス。額冠と、ころもの上下、うでわ、サンダルで揃えてる」
言われて見直すと、身につけている布の織り目に、薄い光が沈んでいた。鍛冶場で袖をまくっていた時には、気にも留めなかったものだった。
「新しい型も出ているけど、私は炎と闇を使うことが多いでしょう。このころもが合うんだよ」
「あなたの使い方を見て選んだのね。私の剣と同じように」
「そこはね。あと、私が欲しいのは理論値のだから」
最後のところで、急に胸を張った。
「りろんち?」
「入れられる錬金を三つとも、いちばん効果の大きい大成功で揃えたもの。ころもの上と下は、攻撃魔力がそれぞれ五十四増える」
「それを、自分で作るのは難しいの?」
「星三つを縫えても、そこから全部そうなるとは限らない。自分で何着も錬金し続けるより、できたものを買う方がいい時もある」
ユイナはそう説明しながら、ころもの袖を伸ばした。布そのものよりも、その先に重ねられた誰かの成功を見ている手つきだった。
「頭の額冠にはHP。錬金で三十増える。倒れずに次を撃つために、ここもいちばん良いものを選んだ」
「そこは安心したわ」
「上下と頭。この三つは、妥協しなかった」
アンルシアは額冠へ目をやった。守らなければならない頭は、少し得意そうに上がっていた。
「でも、やっぱり攻撃魔力の高さは外せない。メラゾーマにもドルマドンにも効くし。あと、数値が高いと気分がいい」
「最後の理由は何?」
「大事」
アンルシアは頭を押さえた。
「あなた、さっき私の剣を作っていた時は、もっと職人らしいことを言っていたわよね」
「欲しい出来が決まっているから、人の仕事にもお金を払うんだよ」
「それは分かるけれど、今、気分がいいと言ったでしょう」
ユイナは否定せず、杖をしまった。アンルシアはその顔を見て、ため息をついた。
「……ちなみに」
「うん」
「あなたの装備は、いくらくらいなの?」
ユイナは、急に得意げな顔になった。
「ふっふっふー」
アンルシアは嫌な予感がした。
「この防具五か所を揃えるのに、二億くらいかな。杖は別」
「におく」
「そう」
「二億」
「うん」
「……ゴールド?」
「もちろん」
アンルシアはしばらく何も言えなかった。大魔王であり盟友であり、冒険者、職人、商人、エテーネ王家の血を引く者。そのどの肩書きより、二億ゴールドをローブ一式に使うという話が、いまは生々しかった。
「私はお金持ちなんだよ」
ユイナは誇らしげに胸を張った。
「まあ、私一人で全部稼いだわけじゃないけどね。素材を集める人も、運ぶ人も、作る人も売る人もいる。うちの商会は、そういう人たちと回してる」
それでも二億の服を着ているのは、目の前の一人だ。アンルシアは静かに一歩下がった。
「……少し、付き合い方を考えようかしら」
「えっ」
「大魔王だったことより、今の方が少し衝撃かもしれないわ」
「どうして?」
「どうして分からないの?」
ユイナは本当に分かっていない顔をしていた。アンルシアは、新しい剣を握り直した。この剣は大切にしよう。そう思った。同時に、次の更新時期が来た時、この盟友がまたどれほどの金額を平然と口にするのかを想像して、少しだけ怖くなった。