勇者と大魔王の欲深い明日   作:折無堂

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第8話 二億ゴールドの見栄

 工房の火が少し落ち着いてからも、アンルシアは鳴神のつるぎを何度も見ていた。雷を宿す片手剣は、軽すぎず重すぎず、勇者の光を邪魔しない。握るたびに馴染みが確かめられる。古い剣の芯が残っていると思うと、それまでの戦いも置いてきた気がしなかった。

 

「……眺めていると、また礼を言いたくなるわ」

「何回でもどうぞ」

 

 ユイナは隠しもせず満足げだった。アンルシアが笑うと、こちらも釣られて笑った。

 

「これでしばらくは安心だね。盾も合わせて調整してあるから、無理に受けても前よりは持つはず」

「無理に受けないようにするわ」

 

「そこは信用してないかな」

「ひどい」

 

「無理をする勇者を、知ってるので」

 

 アンルシアは少し笑い、それからふと、ユイナを見た。

 

「そういえば」

「何?」

「私の装備は見てくれたけれど、あなた自身の装備はどうなの?」

 

 ユイナの動きが止まった。本当に、ぴたりと止まった。アンルシアは目を細める。

 

「……どうしたの?」

「何も」

 

 ユイナは露骨に視線を逸らした。分かりやすかった。

 

「ねえ、どうなの」

「ちゃんとしてるよ」

「自分で作っているの?」

「杖を削るのも、ローブを縫うのもやるよ。でも、いま使っているものは、錬金のついた完成品を買った」

「自分でできるのに?」

 

 ユイナは作業台の空いたところへ、長い杖を取り出した。柄に刻まれた銘を、アンルシアの方へ向ける。

 

「ミネルバの聖杖。防具はソポス。額冠と、ころもの上下、うでわ、サンダルで揃えてる」

 

 言われて見直すと、身につけている布の織り目に、薄い光が沈んでいた。鍛冶場で袖をまくっていた時には、気にも留めなかったものだった。

 

「新しい型も出ているけど、私は炎と闇を使うことが多いでしょう。このころもが合うんだよ」

「あなたの使い方を見て選んだのね。私の剣と同じように」

「そこはね。あと、私が欲しいのは理論値のだから」

 

 最後のところで、急に胸を張った。

 

「りろんち?」

「入れられる錬金を三つとも、いちばん効果の大きい大成功で揃えたもの。ころもの上と下は、攻撃魔力がそれぞれ五十四増える」

「それを、自分で作るのは難しいの?」

 

「星三つを縫えても、そこから全部そうなるとは限らない。自分で何着も錬金し続けるより、できたものを買う方がいい時もある」

 

 ユイナはそう説明しながら、ころもの袖を伸ばした。布そのものよりも、その先に重ねられた誰かの成功を見ている手つきだった。

 

「頭の額冠にはHP。錬金で三十増える。倒れずに次を撃つために、ここもいちばん良いものを選んだ」

「そこは安心したわ」

「上下と頭。この三つは、妥協しなかった」

 

 アンルシアは額冠へ目をやった。守らなければならない頭は、少し得意そうに上がっていた。

 

「でも、やっぱり攻撃魔力の高さは外せない。メラゾーマにもドルマドンにも効くし。あと、数値が高いと気分がいい」

「最後の理由は何?」

「大事」

 

 アンルシアは頭を押さえた。

 

「あなた、さっき私の剣を作っていた時は、もっと職人らしいことを言っていたわよね」

「欲しい出来が決まっているから、人の仕事にもお金を払うんだよ」

「それは分かるけれど、今、気分がいいと言ったでしょう」

 

 ユイナは否定せず、杖をしまった。アンルシアはその顔を見て、ため息をついた。

 

「……ちなみに」

「うん」

「あなたの装備は、いくらくらいなの?」

 

 ユイナは、急に得意げな顔になった。

 

「ふっふっふー」

 

 アンルシアは嫌な予感がした。

 

「この防具五か所を揃えるのに、二億くらいかな。杖は別」

「におく」

「そう」

「二億」

「うん」

「……ゴールド?」

「もちろん」

 

 アンルシアはしばらく何も言えなかった。大魔王であり盟友であり、冒険者、職人、商人、エテーネ王家の血を引く者。そのどの肩書きより、二億ゴールドをローブ一式に使うという話が、いまは生々しかった。

 

「私はお金持ちなんだよ」

 ユイナは誇らしげに胸を張った。

 

「まあ、私一人で全部稼いだわけじゃないけどね。素材を集める人も、運ぶ人も、作る人も売る人もいる。うちの商会は、そういう人たちと回してる」

 

 それでも二億の服を着ているのは、目の前の一人だ。アンルシアは静かに一歩下がった。

 

「……少し、付き合い方を考えようかしら」

 

「えっ」

「大魔王だったことより、今の方が少し衝撃かもしれないわ」

 

「どうして?」

「どうして分からないの?」

 

 ユイナは本当に分かっていない顔をしていた。アンルシアは、新しい剣を握り直した。この剣は大切にしよう。そう思った。同時に、次の更新時期が来た時、この盟友がまたどれほどの金額を平然と口にするのかを想像して、少しだけ怖くなった。

 

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