ティードに案内されるがまま勇者一行は道を進み、屋敷に辿り着いた。
「おっきい……」
レーレが見上げながら言った。
そこはまさしく巨大な屋敷だった。
屋敷は白い大理石で作られた家だ。
四階建てで正面を向いたコの字方の屋敷である。
庭園が広がり、そこもよく手入れされているとわかる。
屋敷の扉に近づく──と不意にティードが振り返り膝をついた。
何だ、と思って勇者たちが振り返るとそこには美女が居た。
銀髪碧眼。髪は腰の少し上まで届く長髪。
腰は細くケツと胸はでっかく夢のある体系。
身長は高く二百四十センチという圧倒的巨体。
ダウナー系の顔をしており、どこかだるそうに見える。美女だ。
白いトーガを着ている。
何故か猫背である。
勇者たちは一目見てわかった。
──この人が空の賢者だ、と。
ふぅ、とレーレは息を吐いてから声を発した。
「初めまして、空の賢者様。僕はレーレ。勇者をしています」
「そう。私はルフト。君たちが言う空の賢者だよ」
そうルフトは微笑んだ。だるそうな笑みだ。
「はい。ルフト様に頼みたい事が会って今日は来ました」
それに対しルフトは怪訝な顔をした。
ルフトはここ数年は地上を見ていないし、干渉もしていない。
理由は単純でネトゲにハマっているからだ。地球と交信する魔法を使いネット環境を整え、PCゲームをしているのである。
だから勇者が来た理由を知らない。今からでも知ろうと思えば知れるが。
「……いいよ。内容によるけど」
熟考の末ルフトはそう答えた。
ここで断るのも面倒だ、という考えがあったからだ。
「ありがとうございます。実は魔王が住まう城には結界が張られているのです。どうかその結界を解除するすべを教えてはくれないか、と……」
「……魔王? ──少しまってね」
そう言ってルフトは千里眼の魔法を行使する。
これは過去未来現在すべてを見ることが出来る魔法だ。
未来視も出来るがこの未来は容易く変わるのであまりあてには出来ない。
そして地上を見る。
(──あぁ、確かに俺が名付けたヘルヘイムでマナが集まって勝手に進化したのいるわ……そいつが魔王名乗って地上を征服しようとしている、と。属性は火……結界はこいつじゃない、別の奴か)
ルフトは猫背のだるそうな顔のまま言う。
「私が解除しようか?」
その言葉にレーレは少し驚いた表情をした。
「……いいのですか? 地上への干渉は、何かしらの制限などはないのですか?」
「ないよ、そんなの。私は私の思うがままに動くだけだよ……嫌だというのなら別の手段を与えるけど」
「……いえ。ここに来た時点で、僕たちに出来る事は何もない。だから──お願いします」
そう言ってレーレは頭を下げた。
それを見てルフトはいいな、と思った。
「じゃあ、対価を貰おう。対価は……君の冒険を、すぐそばで見る事」
そうルフトはレーレを指さした。
「……僕の冒険を見る?」
「そう。ただ千里眼で見るだけじゃつまらない。一緒に行動する……つまりは、旅をするという事。それが対価。いい?」
「──それで対価となるのならば。幾らでも僕の冒険をお見せしましょう」
「うん。いいよ……それじゃあ、今日は泊るといい。ティード。客室の準備と、昼飯の用意を」
「畏まりました」
「それじゃあ、昼食が来るまでの間、ティータイムとでも行こうか」
付いておいで、とルフトは猫背のまま歩き出す。
屋敷の中に入る。
屋敷の中は土足厳禁という事はなく、普通に靴を履いていてもいい。
床全てに清潔化の魔法が込められており、すべての汚れは消え去るので泥まみれの靴だろうとすぐ綺麗になるので問題はない。
勇者たちはこの屋敷の中の神秘さに目を奪われている。
ルフトを先頭に一階の玄関ホールから少し歩き、通路に出てまた少し歩くと食堂に着く。
この屋敷はルフトが作った物だが、どうせなら超越者になったんだしそれっぽい家にするかと貴族の邸宅らしい機能が幾つかある。
この食堂もその一つだ。
ルフトが上座に座り、勇者たちも座る。
「クッキーと……紅茶とコーヒー、どっちがいいかい?」
「紅茶でお願いします」
勇者たちは紅茶を選んだ。
「それじゃあ、はい」
ルフトが指を鳴らすと机の上にクッキーと紅茶が生まれた。ルフトのところにはコーヒーがある。
「物質の創造……神の奇跡だ……」
魔法については詳しい騎士であるシューレが冷や汗を流した。
魔法で物質を創造する、というのは実のところ難しくはない。
何せ火魔法やら風魔法でも火という物質を生み出してるのと同じだし、鋼属性などの金属系の属性はその物質を生み出し操る。
植物系の属性もあるので理論上は料理を創造することも可能だろう。
だがそれは机上の空論じみている。
何せ自身にあった属性以外は基本使えないか使えても微弱な現象しか起こせないのが関の山だ。
故にこのような複雑な物──複数の属性が関わる物質の創造はまさしく神の御業である。
ただのクッキー一つも小麦粉と卵とバターと複数の物がある。
それらを生み出し形成するとなると膨大な魔力と精密な魔法行使能力が必須になる。それが出来る時点でルフトは最上位の存在なのだ。
「なにか聞きたい事はある? ある程度の事なら答えるよ」
そうルフトは言いながらクッキーをかじった。
「では、私からいいですか?」
そう聖女ヒュムネが手を挙げた。
「どうぞ」
「ありがとうございます……何故、貴女様は地上に干渉されたのですか? あらゆる神話や歴史に登場する空の賢者──あるいは空の女神……その種族に知恵と勇気と力を授ける存在。何故、そのようなことをするのですか?」
思ったよりしっかりした問いかけが来てルフトは苦笑した。
「そうだね。私は聖人君子ではない。ただ、私は私がしたいようにしているだけだよ。君だって人を救いたいから教会に所属しているのだろう? 。この行動に深い意味はないよ」
「……そうですか。質問に答えていただきありがとうございます」
そうヒュムネは頭を小さく下げた。
そして全員がクッキーを食べ終えるとティードがワゴンを持ってくる。
ワゴンにはステーキが乗っている。
この島には牧場もあり、そこで牛を育てている。
ルフトは疑似的な生命を生み出すことは出来るがゼロから生命を作る事は出来ない。故にこの牛は地上の牛を魔法で改良した牛だ。
どれも日本で言うA5ランクの牛である。
そのひれ肉を使ったステーキだ。
ルフトのは贅沢に八百グラム。それ以外はそれぞれ美味しく食べきれる量に調整されている。
ルフトだけパンではなくガーリックライスであるが、他はパンだ。
いただきます、と全員が言い食事を始めた。
「……美味いな」
シューレが肉を一切れ口に入れてから呟いた。
これらの肉はアーズガルズの家畜よりも美味だ。
と言っても地上にこれらに匹敵、あるいは上回る肉がないという訳ではない。一部魔物の肉はこれらより美味いだろう。
黙々と食べ進める。
(……気まずいな)
ルフトはそう思う。
ルフトはここ数百年、人と碌に話していない。
話すのはもっぱら己が創った眷属たちでそれらとは上下関係がある為話しやすい。
そう言った物がない人間との会話方法などもう忘れた。
ネット友達は何人かいるがネットをリアルに持ち込む訳にはいかないしそもそも地上にはまだインターネットがない。
勇者たちも主催であるルフトが話しかけないのに身内で話す訳には……と黙々と食べていた。
そして食べ終えると食器をティードが回収した。
「それじゃあ、この島を自由に見て回るといい。私は出発の準備をしてくる。一日かかるから明日の朝出発だ。それまで島を散策してるといい」
そう言ってルフトは立ち上がり、食堂を出て行った。
■
勇者一行は蒼穹島を歩く。
昼ごなしの散策だが、一応武装はしている。何かあるとは思えないが、念のためだ。
そうして散歩していると先ほどの公園に辿り着き、そこでは二人の男女が戦っていた。
両者とも銀髪碧眼という珍しい容姿でトーガを着ている。
片方の身長は百八十二センチとティードと同程度。だがティードよりは体躯が良く、筋肉ががっしりと付いている。
その手には紫色の剣を持っている。
もう片方は女性だ。此方も女性にしては身長が高く百七十五センチもある。
美しい女で、どこか人形的な美を感じさせる。
女もまた剣を使って戦っている。
剣劇の音が響く。
その戦いはある種の舞踏のようにも見えた。
綺麗だ、とレーレは呟いた。
そして更に五分ほど戦っていた。
両者一定の距離で離れると剣を納めた。
「ん、そこに居るのは客人かい?」
そう男の方が話しながらレーレたちに近づいて行った。
「あ、はい。僕はレーレ。勇者です。空の賢者に魔王城の封印を解いてもらう為に来た者です」
「あぁ、聖剣に選ばれし勇者か……いい顔をしてるねー」
そう男は笑顔を浮かべた。
笑顔ではある。だが、どこか胡散臭かった。
「あなた達の名前をお聞きしても?」
「あぁ、俺はガブリエルで、こっちの女性がサタナエルね」
「よろしくお願いします」
そうサタナエルは綺麗な声で言った。
ヒュムネはその名に驚いた表情を浮かべた。
「それで君たちは何を? もう主様とはあったんだろう?」
「……はい。今は取りあえず島を散策しています……空の賢者様が、この島を御造りになったんですよね?」
「そうだよー。この島自体は数千年前……世界の始まりの時代に作られた島だ。僕たちはまだ数百年しか生きて居ないけどね」
「……空の賢者様は、何故世界に干渉されるのですか? 自分のしたいようにしているだけ、とはいっていましたが……」
その言葉にガブリエルは苦笑した。
「そうだね。空の賢者様は地上で言う聖人君子などではない。ただ、退屈を紛らわしているだけさ」
「……退屈を?」
「そう。空の賢者様はこの世界──あるいはこの星初めての知的生命体だった。あらゆる生命が生まれるより前に生まれた存在だ。だから……独りぼっちが寂しくて、人と関りたかった。それだけさ」
「……そう、ですか」
レーレは少し納得したような表情を見せた。
「それじゃあこの島を案内でもしてあげようか。ついてくるといい」
「ありがとうございます!」
そう言って勇者一行は島を観光するのだった。