Demon's Remnant ― 悪魔の残滓 作:虚空小白
——レイ・ドランの手記を家族に届けた後、宿で部屋を取った。しかし、一部屋の個室以外満室で俺たちは相部屋となった。俺は、あいつにベッドを譲り、カバンを枕にして床で眠った。
この村で、一人の男と知り合った。この時、男は名乗らなかったが、何の因果か再会した時、挨拶を交わした。男の名は、マルコス。
あいつの手帳にも、その名が記されていた。あいつに影響を与えた男だった。知っていれば、関わらなかったのに……。
——ソルはマーニに肩を揺らされて目を覚ました。
「起きた? 夜ご飯食べにいくよ」
ソルは両目を擦り、欠伸をひとつ。
「起こしてくれて、ありがとな」
起き上がり、両腕を広げて体を伸ばすと、関節が鳴る。
「早く行こう」
「ああ」
ふたりは部屋を出て、マーニが施錠した。
宿の店主に飲食ができる店を尋ね、向かい側の酒場へ向かう。
店内にいる旅装束の男女らは食事をしながら、帝都ヴァルトクローネの祭事の話を口々にしていた。
女性店員がふたりに気づき、声をかける。
「いらっしゃい。カウンター席へどうぞ」
ふたりはカウンター席に腰を下ろした。
「この時期は忙しいから、肉詰めにしたパイしか出せないけど、構わないかい」
マーニが聞き返した。
「何の肉ですか?」
「一角牛と白豚の合い挽き肉だよ」
ソルが笑みを浮かべた。
「地鶏以外の肉か。楽しみだな!」
マーニは人差し指を立てて注文した。
「肉詰めにしたパイと水をお願いします」
「あいよ。焼き上がるまで時間がかかるから少し待っててね」
店員は笑顔を浮かべ、注文を取りに向かった。
ソルは周囲を見渡した。
「ここにいる人たちは、ヴァルトクローネの祭事が目当てなのかな」
頭布の隙間から黒髪を覗かせた、褐色肌の男性が鼻で笑う。
ソルは隣に座る二十歳過ぎの男性を睨みつけた。
「何がおかしいんだよ」
男性は琥珀色の瞳をソルへ向けた。
「どこの田舎から出てきたのか知らないが、祭事について何も知らない者がいたとは思わなくてな」
ソルはムキになって言い返した。
「孤島村だが、田舎で悪かったな」
男性はソルの旅装束に目を向けた。
「孤島村出身か。そうであれば知らないのも無理がないか」
酒を一口飲んでから続けた。
「浄光教の十二聖徒は知っているか」
「知っている。今は八人しかいないんだろう」
男性は関心を示すように頷いた。
「無知だと思ったが、何も知らないわけではないのだな。聖女様が代替わりしたことで、四名が聖痕を失った」
「聖痕……?」
「十二聖徒は聖女様に誓いを立てている。聖女様が力を失うと、十二聖徒は聖痕を失う。新たな聖女様に誓いを立てた際、聖痕を失ったままの者が現れる。その者は十二聖徒の任を解かれるという訳だ」
ソルはその言葉を否定した。
「違う。四人は命を落としたんだ」
男性は怪訝な表情でソルを見た。
「命を落とした?」
マーニがソルの背中の肉をつねった。
「痛っ! マーニ、何をするんだよ!」
ソルに耳打ちをした。
「聖女様と約束したことを忘れたの?」
ソルはハッとした。
マーニは両手を叩いて、自身にまじないをかけた。
「魔物や魔獣を討伐する際に、命を落としたんじゃないかと考えているんですよ」
ソルは二度三度と首を縦に振った。
「なるほど。だが、それはあり得ない。十二聖徒は精鋭揃いだからな」
マーニは微笑んだ。
「話の続きを聞かせてください」
男性は頷いた。
「祭事は四大陸で行われている。ここにいる連中の目当ては、杯の試練だな」
一拍置いて、続けた。
「杯の試練は、大陸を守護している三名の十二聖徒が百八十九の殺生を行う。この百八十九の数字は人間が持つすべての欲と罪の数だと云われている」
淡々とした口調で続けた。
「事前に申請した百八十九人が神域内で乱戦を行う。神域内で命を落とすと、神域内に入る前と同じ状態で外へ弾かれる——これは女神ヴェスティア様の力によるものだ。最後まで立っていた者には、十二聖徒を一人指名し、一騎打ちで勝負する権利が与えられる」
テーブルを人差し指で軽く小突いた。
「ヴァルトクローネでは、このセルメア大陸を守護しているフィア様、アハトゥ様、ツヴォルフ様が、百八十九の殺生を担当される予定だった」
思い出したかのように、説明を付け加えた。
「しかし、フィア様とツヴォルフ様は聖痕を失い、すでに任を解かれている。現在アハトゥ様しかおらず、代理としてツェーン様とノイン様が担当される」
ソルは間髪入れずに聞き返した。
「申請すれば戦えるのか?」
男性は息を吐いた。
「忠告しておくが、神域内で命を落とすと、冗談抜きで死ぬほどの恐怖を味わうことになる。後遺症で戦えなくなった者の話も聞いたことがある。止めはしないが、覚悟しておいたほうがいい」
ツェーンの理不尽なまでの強さを思い出し、ソルは震える拳を握り締めた。
ソルは男性に質問を投げかけた。
「そういうあんたは怖くないのか?」
男性は即答した。
「杯の試練で認められれば、浄光教から声がかかる。十二聖徒に選ばれる機会に繋がっているからな」
口元を緩めた。
「十二聖徒に就任すれば、さまざまな特権が与えられる。だから、腕に覚えのある者は命懸けで挑戦する」
ソルは男性に少し興味が湧いた。
「あんたは何のために十二聖徒になりたいんだ?」
「オレには養母がいる。彼女の病を治してもらうためだ」
男性は目を伏せた。
「彼女のためなら、この命すら惜しくない。お前にもいつかわかる日が来るよ」
息を吐いた。
「飲み過ぎて口が軽くなってしまった」
代金を置いて、店を出ていった。
マーニは胸元に手を当てて、男性の背中を目で追った。
——この時、あいつは覚悟を決めたと思う。あいつの覚悟を否定したくはないが、やり直せるのならやり直したい。
だが、これは御伽噺ではない。「不老にしろ」と啖呵を切った。でも、夢を見てしまったことで、俺は後悔している。
だから、夢から目覚めたくないと思ってしまった。夢が醒めなければ、あいつとずっと一緒にいられる。
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