Demon's Remnant ― 悪魔の残滓 作:虚空小白
第十一話 呪いの起源
族長は穏やかな口調でロゼンに言った。
「キミの服を用意してあります」
ロゼンは族長が着ているものを見つめる。
「あんたと同じものを着るのか?」
族長は首を縦に振った。
「子どもたちに、外の世界に興味を持たれては困りますからね」
族長が歩き出し、ロゼンは後に続いた。
「あんたは魔王ネクロヴァルと盟約を交わしたと言ったな。本当に実在するのか?」
「三百年前の話ですから、今はわかりません」
ロゼンは怪訝な顔をした。
「わからない?」
族長は少し間を空けてから答えた。
「彼は何というか……人の形をしていませんでした。それに、今も生きているのかわかりません」
ロゼンは言い返した。
「魔王ネクロヴァルは生きている。浄光教は魔王ネクロヴァルの存在を隠していた」
族長は静かにその事実を受け入れた。
「なるほど。彼も不老不死だったのですか」
「あんたは歴史の真実を知ったと言った。それは、俺と関係のある話か?」
族長は足を止め、振り向いた。
「不死と不老の魔法——いや、僕たちにとっては呪いですね。この二つの呪いを編み出したのは、魔王ネクロヴァルです」
次の瞬間、ロゼンは族長の胸倉を掴み、額を叩きつけた。
二人の額から血が滲んだが、すぐに傷が癒えた。
ロゼンは口の端を吊り上げた。
「不老不死になっても痛みはあるんだな」
そのまま族長を岩肌に押し当てた。
「居場所を教えろ!」
族長はロゼンから目を逸らそうとしなかった。
「ロゼン、彼に会っても、何も解決しませんよ」
ロゼンは力を込めて問い詰める。
「なぜそう言い切れる!」
族長はロゼンに冷たい眼差しを向けた。
「キミは不死になった原因が、彼にあると考えています。ですが、彼がどうやって、僕やキミを不死にしたと言うんですか? そんなことをする目的がわかりません」
ロゼンは言い返すことができず、歯を噛み締めた。
族長はロゼンに言った。
「わかったら、その手を退けてくれませんか」
「くそっ!」
ロゼンは族長から手を離した。
族長は喉元を押さえながら言った。
「それに、僕は魔法についてあまり理解していません。当時、彼が何を言っているのか、さっぱりわかりませんでした」
一拍置いて、続けた。
「ヴェラの民も一枚岩ではありません。一部の者はロゼンに強い反感を持っています。話し合った結果、ロゼンには試練を受けてもらいたいです」
ロゼンは族長を睨みつけた。
族長は構わず続けた。
「断っても構いません。ただし、記憶を消すことになります。キミには選ぶ権利があります」
ロゼンは舌打ちをした。
「何をすればいい」
族長は頷いた。
「ヴェラの民は、試練の洞に入り、ヌシを殺して牙を持ち帰ります。そうすることで、ヴェラの戦士として認められます」
ロゼンの目を見つめた。
「ただし、一点だけ注意してください。声が聞こえても、耳を貸してはいけません」
族長が歩き出し、ロゼンは後に続いた。
「声って何だよ?」
「家族の声です。試練の洞に入ったヴェラの民は声に耳を傾けている間に、ヌシに殺されてしまいます。もっとも、キミには意味がないので教えたまでです」
族長は足を止めた。
足元には、ロゼンに用意された服が置いてあった。
「これが、キミの服です」
ロゼンは服を持ち上げ、情けない表情をした。
「他にないのか?」
「ありません。先ほども言いましたが、外の世界に興味を持たれては困りますからね」
ロゼンは息を吐いた。
族長は服の説明を始めた。
「黒い毛皮は、神の使いだけが身に着けることを許されています。ヴェラの民には、黒は死の象徴と説明しています。それを着ることで、キミが神の使いだと一目で理解します」
口元を緩めて、説明を続けた。
「ヴェラの民の男は、腰蓑だけで生活しています。だから、恥ずかしがる必要はありません」
ロゼンは族長の頭に目をやった。
「この骨は、族長の証しです。キミの分はありませんよ」
ロゼンは肩を竦めた。
「邪魔になるからいらない」
血で汚れた服を脱ぎ捨てた。
「肌着と靴も脱いでくれますか」
ロゼンは黙って従った。
獣皮を粗く裁った腰蓑は、膝上の高さまであった。
黒い毛皮を肩に羽織る。
肌がチクチクする不快感があった。
「キミの服と靴は、皆が寝静まった頃、僕がこっそり回収しておきます」
ロゼンは脱ぎ捨てた服に視線を向けた。
「手帳が入っている。それだけは無くさないでくれ」
族長は首を縦に振った。
「わかりました。これからキミの持ち物と少女の遺品を保管している場所へ案内します」
族長の後にロゼンは続いた。
出口が近づき、風に乗って草木の臭いが漂ってきた。
外に出ると、崖下に集落があった。
ロゼンは見下ろした。
継ぎ接ぎにした獣皮の天幕が建ち並んでいた。
褐色肌の子供たちが笑い声を上げながら走り回っている。
男どもは生け捕りにした獣を肩に担ぎ、女は果実や野草を運んでいた。
全員が活き活きとしている。
族長は口を開いた。
「これが、ヴェラの民の生活です」
ロゼンは横目で族長を見た。
「他に集落はないのか?」
「これですべてです」
ロゼンは姿勢を正した。
族長が歩き出し、ロゼンは後に続いた。
ロゼンは族長に話しかけた。
「三百年前に集落を作ったにしては、規模が小さいな」
「掟で人口が溢れないようにしています。僕を除いて、ヴェラの民の平均寿命は三十歳前後です」
「誰も文句を言わないのか」
「劣悪な環境なので病で亡くなることが多いです。それに、ヴェラの民にとって、死は特別な意味を持ちます」
ロゼンは目を細めた。
「特別な意味?」
「生き返った者は、神の使いとして生まれ変わると信じています。だから、ヴェラの民は死を恐れません」
ロゼンは鼻で笑った。
「都合のいい話だな」
「僕という不老不死がいますからね。もっとも、ヴェラの民は何も知りません」
ロゼンは顎にそっと手を当てた。
「これまで、不死になった者はいたのか?」
族長は首を横に振った。
「いえ、キミが初めてです。だから、ヴェラの民は困惑しています」
ロゼンは族長の背中に質問を投げかけた。
「一つ尋ねるが、悪魔を見たことはあるか?」
しばしの沈黙。
「悪魔……? それは、不死と関係があるのですか」
ロゼンは頷いた。
「ああ。肉が朽ちて骨だけになった後、何かに取り憑かれたように暴れる。悪魔は切断しても粉砕してもすぐに回復する、と聞いた」
「記憶にありません。もし悪魔を見ていれば忘れないでしょうからね」
ロゼンは少し俯き、ぶつぶつと呟いた。
「ヴェラの民は悪魔化現象に墜ちたことがない。俺も族長も外の世界で生活していた。俺とマーニは双子だった。にも関わらず、俺だけが悪魔化現象に墜ちていた」
右腕を掻いた。
「この呪いは生まれた瞬間になるものではない。俺は、何か見落としているのか……?」
腕を組み、首を傾けた。
「判断材料が足りないな」
こういう時、あいつなら何かに気づいたのかもしれない——ロゼンは内心でため息をついた。
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