Demon's Remnant ― 悪魔の残滓   作:虚空小白

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第二十四話 変わりゆく日々

 ——二人は朝食を済ませ、ハウンド管理局へ向かった。

 

 ロゼンと肩を並べるカイレンは、旅装束の上に雨具を羽織ったままだった。

 彼女は笑った。

 

「今日もどうせダメっす」

 

 ある日を境に、何にでも「です」を付けて喋っていた頃の名残が、いつしか「っす」に訛って定着していた。

 

「家庭教師の時間まで退屈っすね」

 

 ロゼンは息を吐いた。

 

「お前が全力でやってしまったせいで、ノアに剣を教えているのは俺なんだがな」

 

「ロゼンには悪いと思っているっす」

 

 ロゼンは再び息を吐いた。

 

「菓子目当てについてきやがって」

 

「うちらは家族っす。抜け駆けは良くないっす」

 

 ロゼンはカイレンをじっと見つめる。

 カイレンは笑って誤魔化した。

 

 ロゼンは咳払いを一つ。

 

「そろそろカイレンにも魔法のことを教えてやる」

 

 カイレンは二度三度とまばたきをした。

 

「うちのこと許してくれたんっすか?」

 

 しばしの沈黙。

 

 ロゼンは胸に手を当てた。

 

「あの時、吐いた言葉は変わらない」

 

 カイレンは肩を落とした。

 ロゼンは彼女に言った。

 

「別の理由もあった。ヴェラの戦士は掟に従い、人を殺す。だから、あの時のカイレンに魔法を教えるのは危険だと判断した」

 

 カイレンを横目で見る。

 

「だが、カイレンは変わった。だから、俺も変わろうと思った。今の感情と切り離して考えた結果だ」

 

「そうだったんっすね」

 

 カイレンは腰に手を当てて笑った。

 

「あの頃のロゼンはピリピリしてて怖かったっす。拳骨で頭が割れるかと思ったっす」

 

 ロゼンは口元を緩めた。

 

「一応確認しておくが、カイレンは魔法を覚えたらヴェラの森に帰るのか?」

 

 カイレンは腕を組み、「んー」と唸った。

 ロゼンは首を傾げた。

 

「帰りたくないのか?」

 

「いや、帰りたい気持ちはあるっすよ。ただ——」

 

 カイレンは苦笑いを浮かべた。

 

「家は狭いし、寝心地は最悪っす。虫には刺されるし、あの毛皮も臭うっす」

 

 瞳から生気が抜けた。

 

「一番の問題は、飯が不味いことっす……」

 

 くすっ、とロゼンが笑った。

 

「素材本来の旨味を活かした飯だったな」

 

 カイレンの瞳に力が宿り、首を縦に振った。

 

「だから、今はまだ帰るつもりは、少しもないっす」

 

 ロゼンの横顔を見つめる。

 

「それに、ロゼンはヴェラの戦士っす。もう家族っす。家族を残して帰ることはできないっす」

 

 ロゼンは微笑んだ。

 

「まだまだ先になりそうだから安心しろ」

 

「それじゃ、うちもお供するっす」

 

 ロゼンはハウンド管理局のドアに手を伸ばす。

 

「今日もまた受付に睨まれるんだろうな」

 

 二人は笑いながら中に入った。

 すると、カウンターには列が出来ていた。

 

 二人は顔を見合わせた。

 

 受付が二人に声をかけた。

 

「ご用件の方は列にお並びください」

 

 二人は指示に従った。

 カイレンがロゼンの後ろから前を覗き込んだ。

 

「ロゼン、今日はいつもと様子が違うっす」

 

「ああ」

 

 ロゼンは周囲を見渡した。

 受付以外の全員が装備を身に着けている。

 

 思わず口の端を吊り上げた。

 

 ロゼンの順番になり、受付に用件を伝えた。

 

「試験を受けに来た」

 

「承りました」

 

 受付は地図を広げた。

 

 地図は、アルテリア大陸のものだった。

 守護の鏡ルミナルディアから北上し、一節の距離に拠点が存在し、赤い丸で印されていた。

 

 拠点名は、『第二鏡面壁ヴェルナート』。

 

「試験は、二日後の午前九時に行われます。宿泊施設がございますので、野宿する必要はございません。ただし、食事はありませんので、各自で用意してください」

 

 ロゼンは踵を返し、カイレンに言った。

 

「外で待ってる」

 

「はいっす」

 

 ロゼンは外に出て、息を吐いた。

 

「許せない、か。俺はまだあいつのことを引きずっている。そして、カイレンを苦しめている。どうすればいいと思う?」

 

 答えの代わりに、一陣の風が吹いた。

 

 *

 

 ——十分後。

 

 ムスッとしたカイレンが出てきた。

 

 ロゼンはカイレンに尋ねた。

 

「何かあったのか?」

 

「地図をくれなかったっす」

 

 ロゼンは肩を竦めた。

 

「忘れるような距離じゃないし、必要か?」

 

 カイレンはため息をついた。

 

「迷ったら困るっす」

 

「北門から道沿いを進むだけだ。そんなに地図が欲しいのなら、楽市露店で中古品を探せばいい」

 

 カイレンは口をへの字に曲げた。

 

「それ、さっき言ってほしかったっす」

 

 ロゼンは呆れたように言った。

 

「地図を手にしている奴がいない時点で気づくだろう」

 

 カイレンは渋々頷いた。

 ロゼンが歩き出し、カイレンは肩を並べた。

 

「カイレン、食料を買ってから向かう」

 

「ノアのことはいいんっすか?」

 

「ベルントには話してあるし、ノアは俺の目的を知っている。別れを言えないのは名残惜しいがな」

 

 ロゼンは淡々とした口調で続けた。

 

「それに、第二鏡面壁ヴェルナートが、どういう場所なのか早めに知っておきたい」

 

 カイレンが頷いた。

 

「わかったっす」

 

 馬車で市場へ向かい、二人は買い物を済ませ、馬車で北門へ向かった。

 

 ロゼンの言う通り、同じ道を進む旅装束の男女らがまばらに見えた。

 二人は第二鏡面壁ヴェルナートへ向かって歩き出した。

 

 カイレンが口を開いた。

 

「ロゼン、魔法のことを教えてほしいっす」

 

 ロゼンは顎にそっと手を当てた。

 

「俺が知る範囲で説明するが、魔法は大昔から存在していた。数百年前、大賢者オルディアスは火・水・風・地を『四理』に定義した。この時、魔法という言葉はまだ存在しなかった」

 

 淡々とした口調で続ける。

 

「四百年前、賢者ヴェルナートが『四理』を再定義した。それから、炎・氷・雷を『三象』に定義した。この時、魔法という言葉が生まれた」

 

 カイレンは首を縦に振った。

 

「賢者ヴェルナートが魔法の危険性を訴え、人に対して使うことを固く禁じた。——以前、族長から聞いたっす」

 

 ロゼンは剣の位置を調整した。

 

「それもあるが、魔法には欠点があった」

 

「欠点っすか?」

 

「ああ。魔法を唱えるためには、詠唱しなければならない。魔法は、精霊の力を借りて生成している。詠唱中に動くと生成中の魔法が分散してしまうため、どうしても動きを止める必要がある。さらに、この詠唱を読み解かれると通用しない」

 

 カイレンは首を傾げた。

 

「つまり、どういうことっすか?」

 

 ロゼンは人差し指を立てた。

 

「四理には相性がある。火は水に、水は風に、風は地に、地は火に弱いといった感じにな。これは、一例だが、火の魔法で攻撃されるとわかっていれば、水の魔法を唱えて質量で圧し潰せばいい」

 

 カイレンは手をポンと叩いた。

 

「そういうことっすか!」

 

「カイレンは疑問に思ったことがないか」

 

「何にっすか?」

 

 ロゼンは横目でカイレンを見る。

 

「俺たちは、精霊の力を借りて魔法を生成している」

 

 淡々とした口調で続けた。

 

「だが、精霊の姿を見た者がいないんだ」

 

 顎にそっと手を当てた。

 

「しかし、そのことに誰も疑問を抱いていない」

 

 自分の精霊痕を見つめる。

 

「精霊って何だろうな」

 

 カイレンは蝶を目で追っていた。

 ロゼンはため息をついた。

 

「カイレン、聞いていたのか?」

 

 カイレンは頭の後ろに手を当てて笑った。

 

「ロゼン、うちにはまだ早かったっす」

 

 ロゼンはカイレンをじっと見つめた。

 

「とにかく、これだけは覚えておけ。魔法は便利だが、万能ではない」




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