Demon's Remnant ― 悪魔の残滓   作:虚空小白

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第二十六話 二次試験

 ロゼンが迷宮に入ると、背後にあった扉が煙のように消えた。

 振り向くと、扉は跡形もなくなっていた。

 剣の位置を調整する。

 

「命を落とさない、か。杯の試練の神域内と似ているな」

 

 踵を返し、薄暗い通路を歩き始める。

 

 こつんこつんと靴音が通路に反響する。

 

 ロゼンが近づくと、左右の壁に設置された松明に火が灯り、周囲を照らした。

 

 獣の唸り声が聞こえてくる。

 ロゼンは剣を抜き、前へ進んだ。

 

 開けた空間に出ると、魔獣に堕ちた紅虎が尾を揺らしていた。

 

 ロゼンは剣の柄を握り締める。

 魔獣の赤い瞳が、ロゼンへと向けられた。

 腰を上げ、尾を揺らしながらロゼンに近づく。

 

 ロゼンは詠唱を始めた。

 

「地の精霊ノームよ、大地の産声を上げよ。——アースクエイク!」

 

 目の前の地面が揺れ始め、地を駆けていた魔獣の脚が止まった。

 ロゼンはすぐさま次の魔法を唱える。

 

「炎の精霊イフリートよ、剣となりて我が道を阻む障害を断ち切れ。——フレアブレイド!」

 

 魔獣の頭上に炎の塊が生まれ、肥大化する。

 やがて巨大な剣の形となり、魔獣は頭上に目を向けた。

 

 次の瞬間、炎剣が振り下ろされ、魔獣の首を刎ねた。

 魔獣の姿が掻き消える。

 

 揺れが収まり、ロゼンは扉を視認する。

 剣を鞘に収め、前へ進んだ。

 

 扉を開けて中に入ると、二次試験開始時の部屋に繋がっていた。

 

 すでに通過している者が何名かおり、ロゼンはカイレンを探した。

 だが、カイレンの姿は見当たらなかった。

 

 次第に通過者が増える中、それでもカイレンは現れない。

 

 クラントが声を上げた。

 

「諸君は、二次試験を通過した——」

 

 ロゼンが俯いたその瞬間、一枚の扉が開いた。

 

 横目で見ると、抜き身の剣を持ったカイレンが出てきて、床に座り込んだ。

 ロゼンはカイレンの元へ駆け寄った。

 

「カイレン、無事か?」

 

 カイレンはどこか嬉しそうに笑った。

 

「ヌシより強い獣だったっす」

 

 お腹の虫が鳴った。

 

「動いたら腹が空いたっす」

 

 ロゼンは風袋から干し肉を取り出し、カイレンに差し出した。

 カイレンは笑みを浮かべた。

 

「ロゼン、ありがとうっす」

 

 干し肉を受け取り、頬張った。

 

 そこへヴェルナーが近づき、二人に声をかけた。

 

「別室でお二人に話があります。ついてきてください」

 

 ロゼンは首を傾げた。

 

「あんたは?」

 

「申し遅れました。クラント局長の補佐を務めている、副長のヴェルナー・ブラントです」

 

 ロゼンはカイレンに目を向けた。

 

「カイレン、立てるか」

 

 カイレンは咀嚼しながら頷き、立ち上がった。

 干し肉を口にくわえ、剣を鞘に収めた。

 

 ヴェルナーは二人に言った。

 

「ついてきてください」

 

 ロゼンは振り向き、ヴェルナーに尋ねた。

 

「俺たちだけでいいのか?」

 

「はい。別室で説明します」

 

 ヴェルナーが歩き出し、二人は後に続いた。

 

 *

 

 ——ヴェルナーに案内され、二人は部屋に入った。

 

 クラントは窓辺に立ち、外を眺めていた。

 

「クラント局長、二人を連れてきました」

 

「ああ。わかっている」

 

 クラントが振り向く。

 その目に温度はなかった。

 

「お前たち二人は——これ以上、試験を続ける意味がない」

 

 ロゼンの思考が、一瞬停止した。

 

 ——試験を続ける意味がない。

 

 その一言が、頭の中で何度も繰り返される。

 

 カイレンが一歩前に出た。

 歯を剥き出しにし、声を荒げる。

 

「なぜっすか! うちもロゼンも、何も悪いことはしてないっす!」

 

 クラントは小さく息を吐いた。

 

「何か誤解しているようだが、試験を続ける意味がないと言っただけで、失格にするとは言っていない」

 

 カイレンが拍子抜けした声を漏らす。

 

「……あ?」

 

 ロゼンはカイレンの肩を掴み、引き寄せた。

 

「カイレン、落ち着け」

 

「……わかったっす」

 

 ロゼンはクラントを見据えた。

 

「まず、確認したい。あんたは俺たちを失格にするつもりがない。この認識で間違いないか?」

 

「ああ。理解が早くて助かるよ」

 

 クラントは咳払いを一つした。

 

「本題に入る前に、我々ハウンド管理局と浄光教の関係について話しておきたい」

 

 一拍置いて、続けた。

 

「二年ほど前、我々はエレメンティアを発見した」

 

 ロゼンは眉をひそめた。

 ノアから聞いた話と一致する。

 

 クラントが話を続ける。

 

「だが調査しようにも、廃墟と化した街には知性植物、古城には悪魔が徘徊していた。悪魔を浄化できるのは聖女様だけだ。我々は浄光教の教皇に協力を申し出た」

 

 クラントの声は、淡々としていた。

 まるで他人の話をしているかのように。

 

「作戦の決行日を決め、ワタシはすべてのハウンドに招集をかけた。だが、集まったのは半数にも満たない数だった」

 

 クラントの口調は変わらない。

 

「作戦を中止にすることもできず、決行した」

 

 ロゼンとカイレンは、無言でクラントの言葉の続きを待った。

 

「その結果、一部の者が命を落とした。その中には、前任の聖女様も含まれている」

 

 ——聖女。

 

 ロゼンの中で、水都アクアレインでの記憶が蘇った。

 何も言わず、ただ耳を傾ける。

 

「一年近くかけた入念な作戦を、台無しにされてしまった瞬間だった」

 

 クラントの目に、初めて感情らしきものが滲んだ。

 怒りなのか、後悔なのか、ロゼンには判別できない。

 

「教皇はその責任を我々に負わせた。ワタシは、やる気のない者を除名し、新体制に切り替えた。その矢先、腕利きのハウンドを浄光教に引き抜かれ、我々は力を失った」

 

 クラントは二人を一瞥した。

 

「古城の悪魔を一掃した後、我々はエレメンティアおよび北部平原を調査しなければならない。このまま試験を続ければ、面談で浄光教関係者の目に留まる。だから、こうして足を運んでもらった」

 

 ロゼンは剣の位置を調整した。

 

「あんたの事情は理解した。だが、俺たちを簡単に信用してもいいのか」

 

 ふっ、とクラントが笑った。

 初めて見せる、人間らしい表情だった。

 

「お前たちの話は部下から聞いている。毎日のように訪れては試験の日程を聞いてくるとな。それに、魔獣を討伐できる人材を手放したくない」

 

 ロゼンは首を傾げた。

 

「全員、魔獣と戦ったんじゃないのか?」

 

「お前たちが選んだ扉には特別な細工がしてあった。それだけの話だ」

 

 咳払いを一つ挟む。

 

「お前たちの理由を聞かせろ。なぜ、そうまでしてハウンドになりたいのか」

 

 ロゼンは一歩前に出て、胸に手を当てた。

 

「魔法の歴史に新たな発見をした英雄——それが俺の夢だからだ!」

 

 カイレンは隣に並び、笑顔で答えた。

 

「うちらは家族っす。ロゼンを置いて帰ることなんてできないっす」

 

 クラントはしばし二人を見つめ、頷いた。

 

「いいだろう。お前たちをハウンドの一員として認める。名を名乗れ」

 

「ロゼンだ」

 

「カイレンっす」

 

「ロゼン、カイレン。お前たちのことは合格者として浄光教に知られることになるだろう」

 

 クラントは淡々とした口調で続けた。

 

「だから、序列二位階の紅玉級として登録する。ただし、問題行動を起こせば、序列三位階の翠玉級へ降格処分することも頭に入れておけ」

 

 ロゼンは眉間に皺を寄せた。

 

「紅玉級でも俺たちのことは知られるんだよな」

 

 その瞬間、クラントの目つきが鋭くなる。

 

「ワタシの部下になった以上、今後は口の利き方には気をつけろ」

 

 ロゼンは息を呑み、首を縦に振った。

 

 カイレンが頭の後ろで手を組み、ニヤニヤと笑う。

 

「ロゼンが注意されたっす」

 

 クラントは息を吐いた。

 

「カイレン、お前にも言っているんだがな」

 

 クラントがロゼンとカイレンを一瞥すると、二人は背筋を伸ばした。

 

「浄光教には合格者の序列と名だけを書いた書類を渡す。序列一位階の金剛石級に注目するだろう。まだ、気になることはあるか?」

 

 ロゼンは首を横に振った。

 

「あとのことはハウンド管理局にいる部下に聞け。話を通しておく」

 

「——はい、失礼します」

 

「——はいっす、失礼するっす」

 

 二人は声を揃えて言い、出口へ向かった。

 

「ヴェルナー副長、二人を出口まで案内してやれ。その後、試験を再開する」

 

 ヴェルナーはビシッと敬礼した。

 すると、お腹の肉が上下に動く。

 

「承知しました」

 

 三人が退室した。

 

 クラントは一人、窓辺で空を見上げた。

 窓硝子に映った彼の顔には——微笑が浮かんでいた。




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