Demon's Remnant ― 悪魔の残滓   作:虚空小白

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第二十七話 前へ進むために

 ——守護の鏡ルミナルディア。午後三時頃。

 

 ロゼンとカイレンは北区画のハウンド管理局を訪れた。

 

 受付は二人に笑顔を向けた。

 

「クラント局長から話を伺っております。西門を抜けた先に、ハウンド養成学院がございます」

 

「ハウンド養成学院……?」

 

「ハウンドの方々には、ハウンド養成学院で作戦や戦術を学んでいただき、ハウンド養成学院内の寮で共同生活していただきます。費用はハウンド管理局が負担いたします。ただし、外出するには上官の許可が必要となります」

 

 カイレンがカウンターを叩きつけて訴えた。

 

「飯はどうなるっすか!」

 

 受付は笑顔のまま答えた。

 

「朝昼晩、三食ございますので、ご安心ください」

 

 カイレンは踵を返し、ロゼンの手を引っ張った。

 

「ロゼン、うちは腹が空いたっす。早く行くっす」

 

「カイレン、ちょっと待て」

 

 ロゼンは手を振り解いた。

 

「食事の時間が決まっているんじゃないのか」

 

 受付が首を縦に振った。

 

「はい。この時間ですと、夜まで待っていただきます。ですので、お食事を済ませてから向かわれたほうが、よろしいかと思われます」

 

 ロゼンは肩を竦め、カイレンに言った。

 

「だそうだ」

 

 カイレンは力強く頷いた。

 

「わかったっす」

 

 顔を近づけ、目を輝かせた。

 

「ロゼン、今日は何を食べさせてくれるんっすか」

 

 ロゼンは顎にそっと手を当てた。

 

「一角牛ステーキなんてどうだ?」

 

 カイレンは涎を垂らして頷いた。

 

「いいっすね。また食いたいと思っていたっす!」

 

 ロゼンは受付に頭を下げた。

 

「ありがとうございました」

 

 二人は外へ向かった。

 

 くすっ、と受付は笑い、二人の背中を見送る。

 

 ロゼンはカイレンに声をかけた。

 

「カイレン、今日も期待しているぞ」

 

「うちに任せてほしいっす!」

 

 カイレンの嗅覚を頼りに店を選ぶ。

 これは日課となっていた。

 

 カイレンを先頭に、ロゼンはその後に続く。

 

 彼女の背中から、ロゼンは視線を落とした。

 献身的な彼女を見ていると、胸の辺りが苦しくなる。

 

 二つの気持ちが葛藤していた。

 

 もし、彼女を許してしまえば、マーニのことを忘れてしまうかもしれない。

 

 ロゼンは奥歯を噛み締め、拳を握り締める。

 

「——この店っすね!」

 

 北区画の一角にある飲食店にカイレンが入る。

 ロゼンは息を吐き、口元を緩めて店に入った。

 

 二人は席に座り、料理を注文した。

 

 二人の前に料理を載せた皿が並べられ、ナイフとフォークが置かれる。

 

 指の関節二つ分はあろう分厚いステーキだった。

 

 ナイフとフォークで切り分けると湯気が立ち上り、肉汁が溢れ出る。

 食べる前から二人の喉が鳴った。

 

 切り分けた肉を口に運ぶと、ハーブの香りが鼻孔を抜ける。

 

 ロゼンは笑みを浮かべた。

 

「これだよ、これ!」

 

 カイレンは大口で頬張り、笑顔でうんうんと頷いた。

 

 ロゼンは丸パンを一口齧る。

 小麦の香りが口いっぱいに広がった。

 

 ステーキを平らげた後、残ったソースを見て、ロゼンは丸パンに染みこませて食べた。

 思わず笑みが零れる。

 

 カイレンは唾を飲み込み、ロゼンの真似をして口に運んだ。

 

「美味いっすね!」

 

 ロゼンの表情から笑みが消えた。

 

「カイレン、気持ちはわかるが、食事中は静かにしてくれないか」

 

 カイレンは苦笑し、丸パンを咀嚼した。

 

 彼の横顔を見ながら、カイレンはふと考えていた。

 

 ロゼンは、どんな人間だったのだろう。

 

 自身の命令で殺してしまった妹について、触れてはいけないことはわかっている。

 それでも、つい考えてしまう。

 

 自分がロゼンの妹だったら——違う顔を見せてくれたのだろうか。

 

 そう思った瞬間、ロゼンとの間に薄い壁を感じた。

 

 そうしてしまったのは自分自身だ。ロゼンに非はない。

 

 外の世界を知り、言葉を覚えてしまったからこそ、カイレンは罪悪感を覚えるようになった。

 

 やり直せるのなら、やり直したい。

 たとえどんな犠牲を払ったとしても、叶えたい願いだった。

 

 だが——ロゼンも族長も、死を受け入れていた。

 

 それを思い出し、後悔する。

 

「——カイレン、聞いているのか?」

 

 ロゼンの声に、カイレンは我に返った。

 

「……聞いていなかったっす。何っすか?」

 

 カイレンは顔を少し伏せた。

 

「最近ボーっとしていることが多いよな」

 

 ロゼンの声は、いつもより少し低かった。

 

「もう一枚食うのか?」

 

 カイレンの瞳が、じわりと潤んだ。

 

「何で、うちに優しくするんっすか」

 

 涙が頬を伝う。

 

「俺は一度言ったな。『まだ許せない気持ちが残っている』と」

 

 カイレンは泣きながら頷いた。

 

「あいつは死ぬとわかっていながら旅を続けた。その結果、俺は助かったのかもしれない」

 

 ロゼンは一拍置いて続けた。

 

「あいつの死を尊重し、尊厳を踏み躙らないお前を、俺は信用している」

 

 微笑んだ。

 

「今まで苦しかっただろう。だが、俺は後悔していない」

 

 カイレンは手の甲で涙を拭きながら尋ねた。

 

「何でっすか?」

 

 ロゼンは窓から空を見上げる。

 

「後悔するってことは、あいつの覚悟を否定することになるからな」

 

 カイレンは鼻水を啜った。

 

 しばらく無言で、ステーキの残りに目を落とす。

 

「彼女の分まで食べるっす」

 

 ロゼンは頷いた。

 

「ああ。そうしてくれたほうが、あいつも喜んでくれるだろう」

 

 あいつも、これでよかったと思うよな——ロゼンはマーニの笑顔を思い浮かべた。

 

 *

 

 ——食事を済ませ、二人は馬車に乗った。

 御者が二人に尋ねる。

 

「どちらへ向かいましょうか?」

 

 ロゼンの声がわずかに揺れた。

 

「……手紙屋に向かってくれ」

 

 御者が頷くと、馬車が走り出した。

 カイレンは横目でロゼンを見る。

 

「ハウンド養成学院に行かないんっすか?」

 

「父さんに手紙を書いたんだ」

 

 ロゼンは息を吐き、苦笑した。

 

「だが、出す勇気がなかった」

 

 前を見つめる。

 

「このままじゃいけない。カイレンを見て、そう思ったんだ」

 

「ロゼンの父親はどんな人なんっすか?」

 

「考古学の研究者の一人で、魔法史を専門分野にしている」

 

 ロゼンは少し俯いた。

 

「今頃、家の中はめちゃくちゃだろうな」

 

 そのつらそうな表情を見て、カイレンは黙り込んだ。

 

 *

 

 ——手紙屋の前に到着すると、ロゼンはカイレンと御者に言った。

 

「すぐに済ませる。少し待っていてくれ」

 

 カイレンは頷いた。

 ロゼンは馬車を降り、手紙屋に入る。

 

 女性受付が微笑んだ。

 

「ご用件を伺います」

 

 ロゼンは風袋から手紙を取り出し、カウンターに置いた。

 

「この手紙を、孤島村まで届けてほしい」

 

「承知しました。お代は、銅貨三十ルミナになります」

 

 ロゼンは代金を支払った。

 受付は封に赤い蝋を垂らし、封蝋印を押し当てる。

 

「必ずお届けします。ご利用ありがとうございました」

 

 ロゼンは外に出て、待たせていた馬車に乗り込んだ。

 御者に伝える。

 

「西門へ向かってくれ」

 

 馬車が西門へ向かって走り出す。

 

 父さんは、きっと俺のことを許さないだろう。でも、これでよかったんだ——ロゼンは自分に言い聞かせた。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

これにて『第三章:過去と未来の狭間で』は完結となります。

ブックマークや評価、感想をいただけると、執筆の励みになります。

引き続き『Demon's Remnant ― 悪魔の残滓』をよろしくお願いいたします。
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