Demon's Remnant ― 悪魔の残滓 作:虚空小白
——守護の鏡ルミナルディア。午後三時頃。
ロゼンとカイレンは北区画のハウンド管理局を訪れた。
受付は二人に笑顔を向けた。
「クラント局長から話を伺っております。西門を抜けた先に、ハウンド養成学院がございます」
「ハウンド養成学院……?」
「ハウンドの方々には、ハウンド養成学院で作戦や戦術を学んでいただき、ハウンド養成学院内の寮で共同生活していただきます。費用はハウンド管理局が負担いたします。ただし、外出するには上官の許可が必要となります」
カイレンがカウンターを叩きつけて訴えた。
「飯はどうなるっすか!」
受付は笑顔のまま答えた。
「朝昼晩、三食ございますので、ご安心ください」
カイレンは踵を返し、ロゼンの手を引っ張った。
「ロゼン、うちは腹が空いたっす。早く行くっす」
「カイレン、ちょっと待て」
ロゼンは手を振り解いた。
「食事の時間が決まっているんじゃないのか」
受付が首を縦に振った。
「はい。この時間ですと、夜まで待っていただきます。ですので、お食事を済ませてから向かわれたほうが、よろしいかと思われます」
ロゼンは肩を竦め、カイレンに言った。
「だそうだ」
カイレンは力強く頷いた。
「わかったっす」
顔を近づけ、目を輝かせた。
「ロゼン、今日は何を食べさせてくれるんっすか」
ロゼンは顎にそっと手を当てた。
「一角牛ステーキなんてどうだ?」
カイレンは涎を垂らして頷いた。
「いいっすね。また食いたいと思っていたっす!」
ロゼンは受付に頭を下げた。
「ありがとうございました」
二人は外へ向かった。
くすっ、と受付は笑い、二人の背中を見送る。
ロゼンはカイレンに声をかけた。
「カイレン、今日も期待しているぞ」
「うちに任せてほしいっす!」
カイレンの嗅覚を頼りに店を選ぶ。
これは日課となっていた。
カイレンを先頭に、ロゼンはその後に続く。
彼女の背中から、ロゼンは視線を落とした。
献身的な彼女を見ていると、胸の辺りが苦しくなる。
二つの気持ちが葛藤していた。
もし、彼女を許してしまえば、マーニのことを忘れてしまうかもしれない。
ロゼンは奥歯を噛み締め、拳を握り締める。
「——この店っすね!」
北区画の一角にある飲食店にカイレンが入る。
ロゼンは息を吐き、口元を緩めて店に入った。
二人は席に座り、料理を注文した。
二人の前に料理を載せた皿が並べられ、ナイフとフォークが置かれる。
指の関節二つ分はあろう分厚いステーキだった。
ナイフとフォークで切り分けると湯気が立ち上り、肉汁が溢れ出る。
食べる前から二人の喉が鳴った。
切り分けた肉を口に運ぶと、ハーブの香りが鼻孔を抜ける。
ロゼンは笑みを浮かべた。
「これだよ、これ!」
カイレンは大口で頬張り、笑顔でうんうんと頷いた。
ロゼンは丸パンを一口齧る。
小麦の香りが口いっぱいに広がった。
ステーキを平らげた後、残ったソースを見て、ロゼンは丸パンに染みこませて食べた。
思わず笑みが零れる。
カイレンは唾を飲み込み、ロゼンの真似をして口に運んだ。
「美味いっすね!」
ロゼンの表情から笑みが消えた。
「カイレン、気持ちはわかるが、食事中は静かにしてくれないか」
カイレンは苦笑し、丸パンを咀嚼した。
彼の横顔を見ながら、カイレンはふと考えていた。
ロゼンは、どんな人間だったのだろう。
自身の命令で殺してしまった妹について、触れてはいけないことはわかっている。
それでも、つい考えてしまう。
自分がロゼンの妹だったら——違う顔を見せてくれたのだろうか。
そう思った瞬間、ロゼンとの間に薄い壁を感じた。
そうしてしまったのは自分自身だ。ロゼンに非はない。
外の世界を知り、言葉を覚えてしまったからこそ、カイレンは罪悪感を覚えるようになった。
やり直せるのなら、やり直したい。
たとえどんな犠牲を払ったとしても、叶えたい願いだった。
だが——ロゼンも族長も、死を受け入れていた。
それを思い出し、後悔する。
「——カイレン、聞いているのか?」
ロゼンの声に、カイレンは我に返った。
「……聞いていなかったっす。何っすか?」
カイレンは顔を少し伏せた。
「最近ボーっとしていることが多いよな」
ロゼンの声は、いつもより少し低かった。
「もう一枚食うのか?」
カイレンの瞳が、じわりと潤んだ。
「何で、うちに優しくするんっすか」
涙が頬を伝う。
「俺は一度言ったな。『まだ許せない気持ちが残っている』と」
カイレンは泣きながら頷いた。
「あいつは死ぬとわかっていながら旅を続けた。その結果、俺は助かったのかもしれない」
ロゼンは一拍置いて続けた。
「あいつの死を尊重し、尊厳を踏み躙らないお前を、俺は信用している」
微笑んだ。
「今まで苦しかっただろう。だが、俺は後悔していない」
カイレンは手の甲で涙を拭きながら尋ねた。
「何でっすか?」
ロゼンは窓から空を見上げる。
「後悔するってことは、あいつの覚悟を否定することになるからな」
カイレンは鼻水を啜った。
しばらく無言で、ステーキの残りに目を落とす。
「彼女の分まで食べるっす」
ロゼンは頷いた。
「ああ。そうしてくれたほうが、あいつも喜んでくれるだろう」
あいつも、これでよかったと思うよな——ロゼンはマーニの笑顔を思い浮かべた。
*
——食事を済ませ、二人は馬車に乗った。
御者が二人に尋ねる。
「どちらへ向かいましょうか?」
ロゼンの声がわずかに揺れた。
「……手紙屋に向かってくれ」
御者が頷くと、馬車が走り出した。
カイレンは横目でロゼンを見る。
「ハウンド養成学院に行かないんっすか?」
「父さんに手紙を書いたんだ」
ロゼンは息を吐き、苦笑した。
「だが、出す勇気がなかった」
前を見つめる。
「このままじゃいけない。カイレンを見て、そう思ったんだ」
「ロゼンの父親はどんな人なんっすか?」
「考古学の研究者の一人で、魔法史を専門分野にしている」
ロゼンは少し俯いた。
「今頃、家の中はめちゃくちゃだろうな」
そのつらそうな表情を見て、カイレンは黙り込んだ。
*
——手紙屋の前に到着すると、ロゼンはカイレンと御者に言った。
「すぐに済ませる。少し待っていてくれ」
カイレンは頷いた。
ロゼンは馬車を降り、手紙屋に入る。
女性受付が微笑んだ。
「ご用件を伺います」
ロゼンは風袋から手紙を取り出し、カウンターに置いた。
「この手紙を、孤島村まで届けてほしい」
「承知しました。お代は、銅貨三十ルミナになります」
ロゼンは代金を支払った。
受付は封に赤い蝋を垂らし、封蝋印を押し当てる。
「必ずお届けします。ご利用ありがとうございました」
ロゼンは外に出て、待たせていた馬車に乗り込んだ。
御者に伝える。
「西門へ向かってくれ」
馬車が西門へ向かって走り出す。
父さんは、きっと俺のことを許さないだろう。でも、これでよかったんだ——ロゼンは自分に言い聞かせた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
これにて『第三章:過去と未来の狭間で』は完結となります。
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引き続き『Demon's Remnant ― 悪魔の残滓』をよろしくお願いいたします。