Demon's Remnant ― 悪魔の残滓   作:虚空小白

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第五話 足跡・肆

 ——俺は鍛冶屋で防具を新調した。あいつを守るために必要だと思い、盾も購入した。口入屋へ行くと、十二聖徒のツェーンに話しかけられた。水を聖水と偽って高値で売る商人がいるらしく、その捕縛に協力しろと脅された。商人に声をかけられ、偽の聖水を購入した直後、ツェーンがハルバードを振り下ろした。俺は咄嗟に商人を庇った。十二聖徒のノインがあの場に現れなければ、ただでは済まなかっただろう。

 金貨四枚を手渡された際、ノインに指摘されたことが今も胸に残っている。俺は、あいつを守ると誓ったのに、他人を騙した商人を守ってしまった。

 今見ている夢は、二人の十二聖徒と別れ、食事へ向かった時の記憶に違いない。

 

 ——ふたりは近場にあった飲食店で、少し早めの昼食を取っていた。

 客の姿はまばらだった。

 

 ソルはナイフとフォークで魚介フライを大きめに切り分け、口に運んで歯で噛み切る。

 マーニは口の中のものを飲み込んでから声をかけた。

 

「さっきから何を怒っているの?」

 

「別に怒っていない」

 

 その声には怒気が含まれていた。

 マーニは静かに息を吐いた。

 

「ソルって昔から嘘が下手だよね。ツェーンが約束を守らなかったから怒っているの?」

 

 ソルは魚介フライを頬張り、咀嚼しながら首を横に振った。

 

「それもあるが、自分でわかっていることをノインに指摘された」

 

 口の中のものを飲み込み、続けた。

 

「あの時、身体が動いてしまったんだ。仕方ないだろう……」

 

 ふたりの元に、誰かが音も立てずに近寄ってきた。

 二十代前半の大女——ツェーンだった。

 黒い頭巾と外套を纏った彼女は、緑色の瞳でソルを見下ろした。

 

「取り繕うなよ、ソル」

 

 ふたりが目を丸くしてツェーンを見た。

 ツェーンはハルバードを壁に立て掛け、同じ席に腰を下ろした。

 

 マーニが冷たい口調で言った。

 

「他にも空いている席があります」

 

 ツェーンはマーニを睨みつけた。

 マーニは怯まず、視線を逸らさない。

 

「アタシも嫌われたもんだね」

 

 ツェーンはイスの背にもたれ、ソルに視線を向けた。

 

「アタシと勝負しないか、ソル」

 

「勝負?」

 

「口入屋で森のヌシ討伐依頼を受けた。先にヌシを狩ったほうが勝ち。単純だろう?」

 

 マーニが割って入った。

 

「ソル、相手にする必要ないよ」

 

 だが、ソルの答えはマーニの期待に反するものだった。

 

「やる」

 

 マーニは眉を八の字にした。

 

「ヌシ討伐なんて危ないよ」

 

 ツェーンが身を乗り出し、笑った。

 

「確かにな。だが、森のヌシ程度で日和るようじゃ、エレメンティアに辿り着いても死ぬだけだ。そうだろう、ソル?」

 

 マーニは腰を浮かせた。

 ツェーンは不敵に笑った。

 

「なぜ知っているのか。不思議そうなツラをしているな。浄光教の情報網を甘く見るな」

 

 マーニは力なくイスに座り直した。

 

「決まりだな」

 

 ツェーンは店員に酒と料理を注文した。

 

 マーニが恐る恐る尋ねた。

 

「あの人は、どうなったんですか?」

 

 ツェーンは表情を変えずに言った。

 

「尋問はノインの担当だ。あのバカがどうなったのか、アタシは知らない」

 

 マーニはツェーンの目をまっすぐ見つめた。

 

「先ほど、口入屋で依頼を受けたと仰いましたが、十二聖徒ですよね。いいんですか?」

 

 ツェーンはうんざりした表情で答えた。

 

「さっきから質問が多いな。ヌシ討伐は許されてんだよ」

 

 店員が酒と料理を並べ、足早に立ち去った。

 

 ソルは魚介フライを咀嚼しながら、ツェーンに宣戦布告した。

 

「俺は強くなる。ツェーン、あんたには負けない」

 

 ふっ、とツェーンは笑った。

 

「口先だけじゃないことを願っているよ」

 

 その後、三人は無言で食事を済ませ、代金を支払って店を出た。

 

 *

 

「——案内してやる。黙ってついてこい」

 

 ツェーンの背にふたりは続いた。

 

 *

 

 ——水都アクアレインから西へ、歩いて小一時間の場所に、目的地の森があった。

 森は不気味なほど静かだった。

 

 ツェーンが一歩前に出る。

 

「ヌシは巨大な獣だが、魔獣になっているかもな」

 

「魔獣?」

 

「いろんな肉を喰らった結果、堕ちた獣が魔獣と呼ばれている。魔物になる前に殺す必要がある」

 

 ツェーンがふたりを一瞥した。

 

「お前らはふたりで旅をしているんだったな。ふたりで狩ることを許してやる」

 

 ソルは拳を握り締めた。

 マーニは優しく微笑んだ。

 

「ソルは、ひとりでやりたいんだよね」

 

「マーニ……?」

 

「私は手を貸さないよ。でも、本当に危なくなったら手を出すからね」

 

 ソルは笑った。

 

「ありがとな、マーニ」

 

 ツェーンはハルバードを持ち直し、腰を落とした。

 

「アタシを失望させるなよ、ソル」

 

 土埃を立てて走り出した。

 

「行こう、マーニ!」

 

「うん!」

 

 ツェーンが通った跡には、肉食獣の死骸が転がっていた。

 ソルはそれらを一瞥した。

 

「ご丁寧に道案内かよ」

 

「それだけ、力に余裕があるってことだよ」

 

 ふたりは走り続けた。

 

 森の奥でツェーンは全長四メートルはあろう紅虎と戦っていた。

 

 本来、紅虎は大きくても全長三メートルで、赤と黒の縞模様を持つ。だが、目の前の個体は全長四メートルを超え、体毛は黒く染まり、三本の尾を揺らしていた。

 

 すでに魔獣と化していた。

 

 魔獣の琥珀色の瞳が、ソルとマーニの姿を捉える。

 森中に響き渡る勢いで咆哮した。

 

 すると、茂みから五頭の紅虎が現れ、静かな足取りでふたりを取り囲んだ。

 

 ソルは剣を抜き、盾を構えた。

 

「前言撤回だ! マーニ、俺が盾になる!」

 

 マーニが頷き、詠唱を始めた。

 

「地の精霊ノームよ、眼前の敵を穿つ槍となれ。——アースランサー!」

 

 紅虎たちの足元が揺れ、鋭利な岩が伸び、四頭の手足や腹を貫く。

 マーニが剣を抜いた。

 

「ソル、一頭逃した」

 

 ソルは後ろに飛び退いた一頭を追い詰める。

 

「任せろ!」

 

 剣を振り下ろした。

 だが、空を斬った。

 

 その隙を見逃さなかった紅虎が爪を立てて飛び掛かる。

 

「させるかよっ!」

 

 ソルは盾を振り払い、紅虎の頭を横に殴打した。

 紅虎は大きくのけ反り、四肢をついて頭を振る。

 

「はあああぁぁぁあっ!」

 

 気迫の籠った一撃が、紅虎の顔を深く斬り付けた。

 

 次の瞬間、紅虎が大口を開け、ソルの右腕に噛み付いた。

 ソルは激痛で顔を歪ませ、紅虎の顔を盾で何度もぶん殴る。

 

 やがて、紅虎は力を失って倒れた。

 ソルは馬乗りになり、盾を捨て、両手で剣を握ると、紅虎の喉元に刃を突き立てる。

 

 マーニが慌てて駆け寄った。

 

「ソル、腕を見せて」

 

 カバンから自家製の回復薬の小瓶を取り出す。

 

「飲んで」

 

 栓を抜き、ソルに飲ませた。

 傷口が跡形もなく塞がる。

 

「気分はどう? 立てる?」

 

 ソルは立ち上がり、右手を動かして確認した。

 

「問題ない。マーニ、助かったよ」

 

「うん!」

 

 その時、ふたりの足元に魔獣の首が転がってきた。

 生気のない眼が、ふたりを見つめている。

 

 顔を上げると、ツェーンが不敵な笑みを浮かべていた。

 返り血を浴びても、その眼は揺れていなかった。

 

 ソルは紅虎の喉元から剣を引き抜き、盾を拾い上げた瞬間——

 

 ツェーンがハルバードを振り上げ、駆け出した。

 

「マーニ、離れろ!」

 

 ツェーンがハルバードを振り下ろす。

 ふたりが後ろへ飛び退くと、地面が割れた。

 

 衝撃で空気が振動した。

 

「どういうつもりだ、ツェーン!」

 

「ソル、今のお前は弱い。だから、アタシが確かめてやってるんだよ」

 

 ツェーンはハルバードを軽々と持ち上げ、値踏みするようにソルを見る。

 

「アタシに一撃でも当てることができれば見逃してやる。来い、ソル。アタシを愉しませろ!」

 

 ソルは地を蹴り、ツェーンに立ち向かった。

 

「距離を詰めればアタシに勝てると思ったか。甘いっ」

 

 ツェーンは身体を大きく捻り、ハルバードを横薙ぎにした。

 ソルは咄嗟に足を止めたが、鉤爪が胸当てに深く食い込んでいた。

 

「歯ぁ食いしばれ!」

 

 ツェーンは横に一回転し、ソルを巨木目掛けて投げつけた。

 

「がはっ!」

 

 ソルは背中をぶつけた。

 その衝撃で木が大きく揺れる。

 

 ——この時、俺は頭を強く打ち付けた。今にして思うと、死んでいても不思議じゃなかった。すでに悪魔化現象に堕ちていたと考えれば、腑に落ちる。




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