Demon's Remnant ― 悪魔の残滓 作:虚空小白
——診療所で医薬師に診てもらったが、脱水症状だった。また、あいつに余計な心配をかけさせてしまった。
俺は、道端で十二聖徒のツヴォルフと出会った。この時は、気づかなかったが、彼女の正体は聖女様だった。
彼女は、俺に妙な関心を持ち、あいつとも接触した。彼女の目的は、俺たちに悪魔化現象の話を聞かせることだった。
——三人は宿の一室で床に腰を下ろし、ツヴォルフは話し始めた。
「悪魔化現象は、人が死を許されないことです。それが発見されたのは、今から二百年前の小さな村です。ここから先は、浄光教の者でも、限られた権限をもつ者にしか知らされておりません」
声を落とした。
「発見された当初、彼とは意思疎通ができました。浄光教で名のある者でも、彼の症状を止める術を持ち合わせておりませんでした」
顔を少し伏せる。
「周囲には腐臭が漂っていました。腐り果てる肉体を見て、発狂した彼を拘束し、人里離れた場所で厳重に管理しました」
静かに息を吐いた。
「肉や内臓、血の一滴に至るまで。すべて失われた頃、彼は動かなくなりました」
顔を上げ、ふたりを一瞥する。
「何も解明できないまま終わるかと思われたその瞬間——骨となった彼は動き出し、何かに取り憑かれたかのように暴れ始めたのです」
淡々とした口調で告げた。
「我々は、この状態の者を『悪魔』と呼んでいます」
ふたりは息を呑んだ。
「切断や粉砕などを試みたのですが、悪魔はすぐに再生するのです」
ツヴォルフの声が僅かに弾む。
「そこへ現れたのが不思議な力をもつ少女です」
両手を胸元に当てた。
「当時、彼女は熱心な信徒でした。女神ルミナ様の声を聞いた彼女は、清らかな光で悪魔を浄化しました」
口元を緩める。
「その後、彼女は聖女と呼ばれ、多くの悪魔を鎮めました。聖女が死去した後も同じ力をもつ者が現れました」
ソルの目をまっすぐ見つめた。
「聖女を守護する十二の杯——それが、十二聖徒です」
ソルは視線を逸らした。
「御伽噺の魔王ネクロヴァルが生きているなんて信じられない」
ツヴォルフは目を細めた。
「ですが、二百年前に目撃した者がいました。偶然の一言で片づけることはできません」
少し俯いた。
「浄光教は十二聖徒を総動員し、魔王ネクロヴァルの古城に侵攻しました。しかし、返り討ちに遭いました」
変わらぬ口調で続けた。
「敗因を挙げればキリがありませんが、情報不足が大きな原因です。悪魔に対処できるのは聖女だけなのです」
僅かに声が揺れる。
「予想よりも数が多く、撤退を余儀なくされました。その結果、四名の十二聖徒と聖女が命を落としました。我々は魔物や魔獣を討伐しながら才能がある者を探しているのです」
ソルに微笑みかけ、マーニを見つめた。
「マーニも、十二聖徒になりませんか?」
マーニはツヴォルフの目を見つめた。
「ツヴォルフの話は理解しました。とても崇高な理念だと思います」
目を細めた。
「ですが、浄光教がほしいのはソルですよね」
俯いた。
「ツェーンもノインもツヴォルフも、ソルのことしか見ていない」
指先を握り込む。
「私は剣でもソルに劣っている。ツェーンの動きを見ていなければ、ソルを守ることすらできなかった。魔法だって、そう。私は精霊の力を借りて、魔法を唱えているだけ」
静かに息を吐いた。
「ソルのように精霊痕もないから、三象の魔法も使えない。私は——」
ソルが立ち上がり、拳を握り締めた。
「マーニ、それ以上言ったらぶん殴るからな!」
マーニの目を見つめた。八年前と同じ目をしていた。
「俺たちが小さかった頃、父さんの書斎に潜り込んで本を読んで、父さんのような考古学者になる夢をもった」
自分の胸を叩き、右足を前に出す。
「マーニが歴史に違和感を覚えた時、それを聞いて、俺の中で夢が変わった」
八歳の頃に交わした約束を口にした。
「魔法史に新たな記録を発見した考古学者マーニ・アルヘイナとともに旅をした英雄ソル・アルヘイナ!」
マーニの瞳が潤む。
「マーニは俺より頭がいい! 物覚えの悪い俺に魔法のことを教えてくれたのは、マーニじゃないか!」
ソルは膝から崩れ落ちた。
「頼むから、夢を諦めるなんて言わないでくれよ……」
ツヴォルフは空気を読んで静かに退室した。
「ごめんね、ソル。私、自分のことしか見えていなかった」
「それは俺も同じだよ。誰だってそうだろう。人は身勝手だから面白い」
マーニが微笑んだ。
「それ、父さんの口癖だよ」
ソルがにかっと笑った。
「マーニ、旅を再開するぞ」
「もう少しゆっくりしてもいいんじゃない?」
ソルは部屋を見渡し、ツヴォルフの姿を探した。
「また十二聖徒と出会う前に、この街から出ようと思うんだ」
マーニは首を縦に振った。
「うん。ソル、装備の手入れを忘れずにね」
ソルは壁に立て掛けた剣に目をやった。
「そういや、疲れていて忘れていたな。ありがとな、マーニ」
「うん。それで、次の目的地はどうするの?」
ソルは地図を床に広げた。
「これは、楽市露店の警備兵の人からもらった。ヴェントクレアまで三節の距離がある」
マーニが小首を傾げた。
「三節……?」
「人差し指の関節で三つ分あるだろう。休息を取りながら歩いて三日かかる」
マーニは情けない表情で、ソルを見つめる。
「えっ、野宿? シャワーとトイレは……?」
「あるわけないだろう」
マーニは肩を落とした。
ソルは息を吐いた。
「水は魔法で何とかなるかもしれないが、風邪をひくかもしれないぞ」
マーニは深いため息をついた。
「水を多めに買って、湿らせた布で体を拭いて我慢するよ」
ソルはマーニの肩をポンポンと叩き、無言でドアを指さした。
マーニの耳元で囁いた。
「誰かいる気配を感じる。俺が見てくる」
マーニは頷いた。
ソルは忍び足でドアに近寄り、ドアノブに手を伸ばす。
ドアを勢いよく開けると、受付の男性が驚いて後ろへ下がった。
「声が煩いと苦情を受けたのですが、何かありましたか?」
ソルは目を泳がせた。
次の瞬間、口が勝手に動いた。
「疲れて眠っていたので、寝言で叫んだかもしれません」
受付が目を細めた。
「なるほど。そういうことにしておきますね」
「はい。次から気をつけます」
ソルが頭を下げると、受付は足早に立ち去った。
マーニは手で口元を押さえて笑っていた。
「勝手に口が動いて喋ったが、マーニの仕業か?」
「うん。マシな嘘をつく、まじないだよ。嘘をつくのが下手な人のために考えられたんだよ、きっと」
ソルはため息をついた。
「追い出されずに済んで助かった」
「良かったね」
ふたりのお腹の虫が鳴いた。
「昼ご飯にするか」
「うん。お金を取ってくるから一階で待ってて」
マーニは部屋を出た。
ソルは廊下に出て施錠した。
階段を下りていると視線を感じて上を見たが、誰もいなかった。
「……考え過ぎか」
一階でソルはマーニが来るのを待った。
*
——十数分後。
なぜかマーニはツヴォルフと一緒に下りてきた。
「ソル、一緒に食事してもいいよね?」
「急にどうした?」
ツヴォルフが微笑んだ。
「一人で食べると味気ないので、マーニに相席をお願いしたんです。お代はわたくしがもちますので、好きなだけ食べてください」
ソルはため息をついた。
マーニが何を考えているのか、理解できなかった。
三人は食堂へ向かった。
ちょうど昼時だったので、食堂は賑わっていた。
忙しそうに働くメアリーが三人に声をかけた。
「こちらの席へどうぞ」
三人はイスに腰を下ろし、ツヴォルフはメアリーに料理を注文した。
「水都アクアレインは魚介料理が美味しいと聞いたのだけれど、オススメをくださいな」
「ふたりも同じものでいい?」
「ああ」
「うん」
メアリーは厨房へ向かう。
ツヴォルフは微笑んでいた。
突如、食堂内が静まり返った。
全員の視線が出入口へ注がれる。
ツェーンは鋭い目つきで周囲を見渡し、三人の元へ近寄った。
そして、ツヴォルフに耳打ちをする。
ツヴォルフの表情が沈み、静かに席を立った。
「ふたりとも、ごめんなさい」
それだけ言って、食堂を後にした。
ツェーンはふたりを一瞥した。
どこか優しい目をしていたことに、ソルは違和感を覚えた。
声をかける間もなく、ツヴォルフの後に続く。
ソルは追いかけようとしたが、マーニが手を掴んだ。
「マーニ?」
マーニはポケットから紙切れを取り出し、ソルに差し出した。
「ツヴォルフが書いた手紙だよ。読めばわかるから」
ソルは手紙を手に取り、目を通した。
そこには、聖女の身分を隠し、十二聖徒のツヴォルフと名乗ったことへの謝罪が書かれていた。
「……マーニは、知っていたのか?」
「うん。お金を取りに戻った時に、打ち明けられた。時間がないから断片的なことしか言わなかったけど、私たちに悪魔化現象のことを伝えるためだけに、巡礼の旅の最中に抜け出したんだって」
ソルは手紙を握り締めた。
「何で俺に言わないんだよ!」
マーニはソルの目をまっすぐ見つめた。
「言っても何も変わらないからだよ」
ソルはマーニの手を振り払い、後を追おうとした。
マーニが強い口調で制止した。
「ソル、ダメだよ。私たちが聖女様を唆した重罪人になる」
「くそっ」
ソルはイスに座り直した。
マーニは息を吐いて、続けた。
「ツェーンは初めから知っていたんだよ。だから、ソルに突っかかったし、さっきは何も言わずに立ち去ったんだよ」
ソルは髪をくしゃくしゃにし、頭を抱えた。
「一緒にご飯を食べるんじゃなかったのかよ!」
しばしの沈黙。
「聖女様は言っていたよ。ソルには運命を変える力があるって」
ソルはマーニを横目で見た。
「マーニは何も言われなかったのか」
マーニは目を伏せた。
「私は……」
顔を上げ、笑顔で答えた。
「同じことを言われたよ!」
ソルは思わず笑った。
「変な間を作るなよ。普段から冗談を言わないから何かあったのかと思っただろう」
マーニは顔を伏せる。
耳まで赤くなっていた。
「空気を変えようと思ったんだけど、慣れないことはしないほうがいいね」
——この時、あいつは聖女様から自分の運命を聞かされていた。あいつは、ずっとひとりで悩んでいたのに、俺は気づいてやることができなかった。
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