海辺の公園は昼間でも少し寂しかった。
人はほとんどいない。
海風が低い植え込みを揺らし遠くで波の音がする。
神崎は売店の前で足を止めたが目当てだったその売店は閉まっていた。
営業札が下げられている。
春から秋までは開いているらしいが今は閉鎖中と書かれていた。
神崎はその札をしばらく見つめた。
一応メニュー表を見てみたが紅茶はない。
公園の売店に期待しすぎたかもしれない。
海辺の公園に来たのはただの散歩だった。
大学での用事が早く終わった。
資料を読みすぎて頭が重くなった。
杏子は委員会の活動で今日は下校時刻が遅いはずだった。
それなら少し外を歩こうと思った。
神崎は公園の奥へ歩いた。
海に向いたベンチ。座るには少し寒い。
それなのに一つ人影があった。
巴マミだった。
神崎は一瞬足を止めた。
マミは海のほうを見ていた。
膝の上に手を置き背筋はいつも通りきれいに伸びている。
誰かを待っているようにも見えない。
ただそこに座っている。
神崎は迷った。
声をかけてよいのか。それとも見なかったことにして立ち去るべきか。
マミは杏子の友人だ。
神崎にとっても大切な客であり一方的にだが友人と考えている。
だが今の彼女は一人でいることを選んでいるようにも見えた。
神崎は少しだけ視線を落とす。
人が一人でいる時間には踏み込まれたくないものがある。
それはわかっている。
それでも。マミの横顔が少し寂しそうだった。
それを見ると足が勝手にそちらへ向いた。
「巴さん」
声をかけるとマミは驚いたように振り向きつつもすぐに微笑む。
いつもの丁寧な笑顔だった。
「お邪魔でしたか」
「いえ驚いただけです……
神崎さんがこちらにいらっしゃるとは思わなかったので。
……お散歩ですか?」
神崎が頷くとマミは自身の予想が当たるとは思わなかったらしくと可笑しそうに笑った。
けれどさっき見た寂しさが消えたわけではなかった。
神崎は隣のベンチに腰がける。
海の音が二人の間に入った。
「神崎さんは今日はお一人ですか。佐倉さんは?」
「学校の委員会活動……強制参加だそうです。
時々寝ているようですが」
「それは……夜の巡回もありますから。
叱らないであげてください」
「ええ。授業で問題を解けていましたから。
授業中はきちんとしているようですが」
「ふふっ。それは授業参観の話ですか?」
マミは視線を海へ戻しながらもやはり可笑しそうに笑う。
神崎が頷くと、やはりかと頷き返す。
「佐倉さん嫌がっていたでしょう?」
「非常に嫌がりました……聞いておりましたか」
疑問調の声音だったが確信だった。
マミは何も言わずに笑顔のままだった。
是非を伝えてしまえば神崎か杏子のどちらかの味方になってしまう。
だからマミは何も言わずにただただ笑っていた。
だがその笑いはすぐに薄くなる。
神崎は海を見ながら言った。
「巴さん……あなたが寂しそうにしているのを見るのは悲しいです」
マミは動きを止めた。
波の音だけがしばらく続いた。
やがてマミはゆっくり神崎を見る。
「……急にどうされたのですか。寂しいことなどありません」
マミは困ったように笑う。
神崎はすぐには答えなかった。
否定するつもりはない。彼女がそう言うならそれを乱暴に否定するべきではない。
けれど見えてしまったものを見なかったことにもできなかった。
「そうですか。ではもしお時間があるならば……
私の下らない昔話を聞いていただけますか」
神崎の透明な瞳と声音。
そして突然の宣言に近い誘い。
マミは一瞬困惑した。
前後の文脈が相変わらず神崎にはない。
それでも興味はあったから肯定の頷きで返す。
神崎は膝の上で指を組んだ。
「好きだった人がいました。」
マミは目を瞬かせた。更に唐突すぎて会話に一瞬ついていけなかった。
「え?」
「私は以前。自分の感情を話すことができずに失恋しました」
神崎の声はやはり淡々としていた。
海風が少し強くなり髪を揺らす。
「その人のいる場所へ通いその人の言葉を聞き。
その人のために何かできないかと考えていました。
……しかし私の感情を言葉にすることはありませんでした」
マミは黙って聞いていたが内心の驚きは相当だった。
突然の話もそうだったし神崎にそういった過去があったこともそうだった。
一方で神崎自身も話をしながら驚いていた。
何故こういった話をしようと思ったのか我がことながら理解できなかったからだ。
ただマミの横顔を見たときになぜだか言わなければと思ったのだ。
言えないまま残る感情はあとから形を変えて人を縛る。
自分はそれを知っているから。
「相手の方は……今は?」
「結婚しています……幸せそうでした」
神崎は少しだけ目を伏せる。それは願望も混じった言葉だった。
杏子がいなくなってからも何度か教会には訪れていてる。
少なくとも今も普通に運営はされている。
マミはそれ以上すぐには聞かなかった。
神崎がゲイであることをマミは知らない。
だから神崎が恋心を伝えることができなかった理由……それがあったからこそ常に自分の思いを相手に伝えるようにしていることもマミは知らない。
神崎にとってはそこはどうでもよかった。
ただ単に友人が寂しそうにしている姿を見たくなかった。
それだけだった。
「その人が幸せであることはよいことです。
ですが私の中に残ったものがすべて消えるわけではありません。
言わなかったこと。言えなかったこと。言うべきではなかったかもしれないこと」
海のほうを見る。
「それらは時々別の形で戻ってきます」
「……神崎さんは何故その話を私に?」
マミの手が膝の上で少しだけ動いた。
神崎はマミを見た。
「巴さんが私にとって大事だからです」
マミの顔がはっきり赤くなった。
珍しく言葉に詰まっているのをマミ自身自覚していた。
神崎は少しだけ首を傾げた。
「おかしなことを言いましたか」
「お、おかしいというか……
神崎さんはそういう言動をすることが恥ずかしいとは思わないのですか?」
「思いますが……言わないほうが後悔することが多かったので」
マミは黙って視線を海へ戻し頬を押さえるように手を添えた。
頬の熱はまだ引かない。
神崎は続ける。
「もちろん何でも話せばいいとは思っていません。
話すことで相手を困らせることもある。
周囲から奇異の目で見られることもある。
だから相手は選ぶべきです。話す内容も選ぶべきです。
……私はそれがあまりうまくはありません」
「……佐倉さんからもよく止められていますものね」
神崎は自分の手元を見ながら自問自答のように淡々と話す。
マミがそれに対して小さく返すと神崎は頷き返した。
「けれど巴さんが悩んでいらっしゃるようでしたので。
参考の一助になればと思いました。
それに巴さんに対してならば……
私でなくとも周囲の人は喜んで協力すると思います」
「……佐倉さんのことですか?」
神崎はマミのほうへ向き直りは迷わず頷いた。
マミは俯いて沈黙し続けた。
海風が彼女の髪を少し揺らす。
しばらく波の音だけが続いた。
「……最近」
マミは弱音を恥じるかのように秘め事のような声音で言った。
「……キュゥべえがいないんです」
神崎は黙って聞く。
マミの声はほとんど波音に混ざりそうだった。
「キュゥべえがいたからやってこられた部分がありました。
……同じものを見て同じ秘密を持って……でも今そばにいないんです」
神崎はキュゥべえについて以前、杏子から聞いていた。
魔法少女との契約を担う存在。
魔女を倒した後に出てくるグリーフシードを処分する存在。
杏子はあまりキュゥべえとやらの話をしていなかった。
あまり興味がないのかもしれない。
だがマミにとってキュゥべえとは魔法少女としての自分自身を象徴する存在なのかもしれない。
それは自分自身の半身がないのと同様かもしれない。
それでも。
神崎はマミにどうしても言いたいことがあった。
今のマミには。
「杏子がいます。今のあなたには」
神崎の不器用な慰めにマミは仕方のないように笑みを浮かべた。
「佐倉さんがいるから、それでいいのではないかという意味ですか。
……本当にまっすぐ言うのですね」
「気に障ったのならば申し訳ないです」
マミは首を振り海を見る。
海の流れは変わらずにあった。
「佐倉さんがいることは……
とても嬉しいしほんとうに大切な友人です。
……でも……それでもキュゥべえがいたときのことも。
……思い出してしまうんです」
神崎はゆっくり頷いた。
「それは杏子では埋まらないものですか」
「埋まるとか埋まらないとかではなくて。
……佐倉さんがいることで救われる気持ちと、
キュゥべえがいなくなって寂しい気持ちは一緒に存在するのだと思います」
マミは言葉を探すように小さく息を吐いた。
神崎は少しだけ目を伏せた。
それは自分にもわかる。
杏子がいる。鹿目知久と話す時間がある。
巴マミや鹿目まどか美樹さやかのような人たちとも関わるようになった。
それでも杏子の父への想いが消えたわけではない。
誰かが誰かを完全に代わるわけではない。
そう思うと目の前の子どもにどうしても笑顔であってほしくなった。
「私でよければ探します」
神崎は言った。マミが目を丸くする。
「探すって……神崎さんがキュゥべえをですか?」
マミは一瞬驚いた顔のまま神崎を見た。
それから少しだけ困ったように笑った。
「ありがとうございます……でもたぶん無理ですよ。
魔法少女でなければあの子を見ることはできないから」
神崎は黙った。
マミの言葉は詳しい説明を避けている。
けれどそれ以上踏み込まないでほしいという線も引いている。
神崎はその線を見た。
これ以上踏み込んで思いを伝えたとしてもそれはいたずらにマミの心を傷つけてしまうだけだと。
「出過ぎた言葉を吐きました。申し訳ない」
「いいえ……こんなに恵まれているのに。
そう思ってしまう私がわがままなだけです」
マミは少しだけ視線を落としつつもそれでも神崎のために微笑んでくれた。
けれどその笑顔は少し寂しかった。
「佐倉さんもいる。神崎さんもこうして話を聞いてくださる。
鹿目さんや美樹さんも最近はそれに加わってくれている。
……それなのにまだ寂しいと思ってしまう。これは……私のわがままです」
マミは自嘲するようにほんの少しだけ口元を緩めた。
神崎はすぐに否定しなかった。
否定すると彼女の言葉ごと押し流してしまう気がした。
しばらく海を見た。
波は同じように寄せては返す。
同じように見えて同じものは二度と来ない。
「杏子は巴さんを特別な友人だと思っています」
神崎は言った。
マミの肩がわずかに動いた。
「佐倉さんがですか……それは神崎さんの推測では?」
「推測です。しかし、かなり確信に近いです」
マミは少しだけ照れたように赤くなりながらも笑った。
「佐倉さんが聞いたら勝手にそういうこと言うなって。
……怒りそうです」
「怒るでしょうが否定はしないでしょう」
神崎は少しだけ口元を緩めた。
「そして私も巴さんを年は離れていますが、
特別な友人だと思っています」
マミはまた赤くなった。
「……神崎さん?
そういうこと、あまり真正面から言わないでください?」
「お気を害されたならば申し訳ない。
ただ思いは言葉にして伝えるべきです」
「そうかもしれませんけど……」
マミは頬に触れたまま少しむくれたように言う。
「慣れていないのです」
「……承知しました」
「……本当にですか?」
「努力します」
「佐倉さんなら成功しろと言うところですね」
「はい。成功します」
マミの笑いは神崎をいたわるものから本当の笑みに代わっていた。
神崎は続ける。
「愛情や好意は忘れがたい。
けれどただ一人にしか向かないものではありません。
あなたがキュゥべえを大切に思い続けることと、
別の誰かと仲良くすることは矛盾しないと思います」
「今ここにいる誰か……ですか?」
「はい。ですから私ともっと仲良くしてください」
マミは完全に固まった。
海風が吹く。
少し離れたところで鳥が一羽柵の上から飛び立った。
「……神崎さん。今の言い方は少し……かなり誤解を招きます」
「私は友人として言いました」
「それはわかっていますけどっ……
そういうふうに率直に言われることに慣れていないのです」
マミは両手で頬を押さえるようにした。
声が小さくなる。
神崎は少しだけ申し訳なさそうに目を伏せた。
「すみません」
「……いえ。いいのですけれども」
マミはまだ頬を赤くしていた。
神崎は大人だ。杏子の保護者のような人だ。
恋愛的な意味で言っているのではないことはマミにもわかる。
それでも真正面から「大事だ」「特別だ」「仲良くしてほしい」と言われるとどうしていいかわからない。
自分はそういう言葉に慣れていない。
誰かの孤独や危険には気づける。
魔女の気配にも気づける。
戦いの中では冷静でいられる。
それなのにこういう言葉には弱い。
マミは少しだけ悔しい気がした。
「神崎さんはご友人はいらっしゃらないのですか」
マミは話題を変えるように言った。
言ってから少しだけ後悔した。踏み込みすぎただろうか。
けれど神崎はあっさり答えた。
「残念ながらこの性格なのであまりいませんでした」
マミは黙った。
あまりにも自然だった。
友人がいない。
それはマミにとって簡単に口にできる言葉ではなかった。
同年代の少女たちにとって友人がいることは当たり前のように扱われる。
昼休みに一緒にいる人。放課後に話す人。
連絡を取り合う人。休日に誘い合う人。
それがいないと言うことは自分がどこか欠けていると認めるようで怖い。
マミはずっとそれを隠してきた。
気丈に振る舞い優雅に笑い紅茶を淹れ魔法少女として堂々としていればそれは見えにくくなる。
けれど神崎はあっさり言った。友人はあまりいなかったと。
恥じるでもなく。自嘲しすぎるでもなく。ただ事実として。
マミにはそれがとても勇気のあることのように見えた。
「……それをそんなふうに言えるのですね。
怖くはないのですか」
「少しは。しかし隠しても増えるわけではありません。
それに今は少し増えました」
神崎はマミを見る。
「あなたです」
マミはまた言葉に詰まった。
「まどかさんたちや美樹さんもそう呼んでよいのかは。
まだ確認が必要ですが」
追加された言葉に失礼ながらマミは吹き出してしまう。
その笑いは本当に単なる世間話で出たもののようで。
マミの普段の取り繕うものとは全く別だった。
「私は神崎さんを友人と呼んでもよいのでしょうか」
「そう考えていただければとても嬉しく感じます」
マミの確かめるような視線に対して神崎は静かに頷きながら言葉を伝えた。
マミは視線を落とした。
神崎は何も言わなかった。
風が二人の間を通る。マミは海を見た。
人のいない公園。
閉まった売店。
海風。
隣のベンチに座る変わった大人。
こんな場所で自分はキュゥべえ……友人がいなくなって寂しいと話している。
少し前の自分なら考えられなかった。
弱音は一人で抱えるものだった。
誰かに話しても仕方がないものだった。
けれど神崎は聞いた。
聞いたうえで変なことを言った。
私ともっと仲良くしてくださいと。
その言葉はやはり妙だった。
けれど不思議と嫌ではなかった。
「神崎さん。佐倉さんには今日のことを」
言いかけて止まる。
隠したいわけではない。
でも全部を今すぐ伝えるのは少し恥ずかしい。
「巴さんが話したいと思ったら話せばよいと思います。
私は話しません」
「佐倉さんに聞かれても?」
「巴さんと海辺で会ったことはおそらく見抜かれるでしょう。
あの子は私の嘘をよく見抜く」
「それは佐倉さんでなくともそうだと思いますが」
「ただ内容は巴さんのものです。
私が勝手に話すことではありません」
マミは頬を赤くして目を伏せながらも笑った。
自分自身を慮ってくれる人がいて小さな秘密ができた。
それは思ったよりもうれしいものだった。
神崎は立ち上がる前に海のほうをもう一度見た。
「巴さん。
寂しいことを寂しいと言うのは悪いことではないと思います。
私でよければ必ず聞きます」
マミは黙ってゆっくり頷いた。
また赤くなりそうになる。
けれど今度は少しだけ耐えられた。
「神崎さん……やはり少し恥ずかしいです」
二人は少しだけ笑った。
公園の向こうで海鳥の声が聞こえた。
マミもベンチから立ち上がる。
「そろそろ帰ります」
「送りますか」
神崎はマミに対してまで子どもに対するそれと同じように心配げに聞いてきた。
魔法少女であるマミに。
マミは少しだけ迷い神崎を見る。
もう少しだけこの風変わりな年上の友人とくだらない話をしたかった。
「大丈夫ですけど……途中まで歩いていただいてもいいですか」
神崎は静かに頷いた。
二人は公園の道を歩き始めた。
海を背にする。売店の前を通る。
閉まったシャッターの前で神崎が少しだけ足を止めた。
「どうしました?」
「ここに紅茶はありませんでした」
マミは一瞬黙った。それから笑った。
「売店ですもの。
神崎さんもしかして期待していたのですか」
「海辺の喫茶店で紅茶を楽しみたいと考えていたのですが、
下調べが足りませんでした」
そのやり取りがひどく普通でマミは少しだけ救われた。
公園を出るころ風は少し弱まっていた。
マミは歩きながらそっと口を開く。
「神崎さん……私ももう少しだけ神崎さんと仲良くなりたいです。
……佐倉さんとも神崎さんとも」
神崎は歩みを止めずに静かに頷いた。
「私もそう感じています」
マミは神崎もほんの少しだけ口元を緩めた。
道の先でマミの帰る方向と神崎の向かう方向が分かれる。
マミはそこで立ち止まった。
「今日はありがとうございました……少し楽になりました」
神崎は頭を下げる。マミも軽く頭を下げた。
別れ際マミはふと思った。
神崎は頼れる人なのかもしれない。
大人だからではない。正しい答えを持っているからでもない。
むしろかなり変でなぜだか言葉も重くときどき危なっかしい。
けれど自分の寂しさを笑わなかった。
自分自身の友人の少なさを隠さなかった。
そういう人なら少しだけ頼ってもいいのかもしれない。
「神崎さん。今度私が見つけた喫茶店でお話しましょう」
神崎は少しだけ目を開いた。
「下調べをきちんとしておきます。杏子も呼びましょう」
マミは神崎の凝り性レベルの事前準備に笑いながら別れを告げて歩き出した。
数歩進んでから振り返る。
神崎はまだそこに立っていた。
いつものように少し姿勢よくどこか不器用な大人の顔で。
マミは小さく手を振った。
神崎も丁寧に頭を下げた。
その仕草が少しおかしくてマミは笑いそうになった。
けれどその笑いの奥にさっきまでとは違う温度があった。
寂しさは消えない。
いなくなったキュゥべえのこともまだ胸の中にある。
それでも別の誰かと仲良くなりたいと思うことは裏切りではないのかもしれない。
海風の匂いが少しだけ背中を押した。
マミは前を向き、帰り道を歩き出した。
神崎はその背中が見えなくなるまで立っていた。
そして携帯を取り出す。
杏子からの連絡はまだない。
神崎は少しだけ考えメッセージを打った。
『海辺の公園で巴さんに会った』
そこまで打って手を止める。
内容は巴さんのもの。
そう言ったばかりだった。
神崎は文字を消した。
代わりに短く打つ。
『帰りに茶葉を買う』
送信。すぐに返事が来た。
『これ以上増やすな』
神崎は画面を見て少しだけ口元を緩めた。
返信を考える。
少しだけ空を見上げた。
海辺の公園の風はまだ服に残っている。
言えなかったこと。言えたこと。
誰かの寂しさ。誰かのわがまま。
それらが今日も少しずつ増えていく。
神崎は携帯をしまい歩き出した。
茶葉を買うかどうかはまだ決めていない。
ただ帰ったら杏子に「増やすな」と言われるのだろう。
その声を想像して神崎はまた少しだけ笑った。
「そういえばソウルジェムとやらは大丈夫なのだろうか」