空母エンデュランスを発艦して上空を飛ぶ中、前はこの辺りでコープから逃げる方角などに目安を付けていたとか、自虐を聞かされたなぁ……なんてことを考える。
データを確認したが、コープが言っていた通り、二週間前のエンデュランスには四個スコードロン……つまりは、おおよそ48機の戦闘機が存在していて、それに乗り込んで戦う中隊が四つ存在していた。ただ、そのほとんどが撃ち落とされ、今となっては俺達ジョーカー隊を含めて二個小隊しかエンデュランスには存在していない。この一月でどれだけの戦闘機が墜ちていったのかを考えると、背筋が凍る思いにもなるし、コープが生きて帰るなんて無理だー、なんて弱音を吐いたのも分からなくはない。
何せ、二個小隊と言っても、プロではないパイロットを含めてようやく成立しているのだから。まぁ、そんな彼女もプロ顔負けというか……プロすら凌駕する技量を持ったパイロットなのだが。
「ねえ左見て! 陸地の煙が消えてるよ!」
明るくて、活発な声が聞えてきた。
「落ち着けターシャ。中央ユージアの領海はもう出てるんだ。あそこはサンサルバシオンの陸地だ」
「中立地帯! なら少しだけ自由時間ちょうだい!」
バクスターがターシャと呼ばれた少女を落ち着かせるように説明すると、ターシャは目を輝かせているのが分かるくらい楽しそうな声を上げて、編隊を離れる。
「さあ、行くよ!」
その声と共に音楽が流れ始め、彼女が乗っている機体が見事な機動を描き始める。
「一回ハーフロール!」
上昇した機体が横転しながら空を舞う。ピッチアップにスナップロール、コブラにエルロンロール、インメルマンターンなど、様々なマニューバを披露する彼女は、空を賛美しながら自由に飛び回る。相変わらず、溜め息が出るほど美しい飛び方だ。
「感覚にばかり委ねるやつらだ……きちんとした理論の把握こそ重要なんだよ。断絶を感じるよ」
「うるさいよ先生、教科書はもう放り投げてきたんだよ。イヤッフー! 空ってホント最高!!」
「全く……出席不足になる前に席に戻るんだぞ、ターシャ」
バクスターのすぐそばをくるくると回りながらすり抜けて、また離れていく。全く疲れていないようで、酷く楽しそうな声音ではしゃいでいる。
「あの子は境界層流を手懐け、大気の僅かな熱上昇さえも味方に付ける。まさに空気の妖精だ」
「妖精か……確かに彼女なら片翼になろうが生きて帰ってきそうだ」
「? なんの話だ?」
「あー……こっちの話。地元のね」
随分昔のパイロットだし、知らない人間がいてもおかしくはないか。ちょっとだけ寂しい気がしたが、仕方がない。
「ただ、撃墜には期待しないでくれよ? あの子は軍人じゃないんだ」
「ああ、分かってるよ」
もちろん、ターシャがそれを覚悟して飛ぶのならば俺は尊重するが……あの子は強いように見えて、本当は誰よりも繊細な子だ。けれど、それと同時に強さもちゃんと持っている。
「ターシャの子守をしているのがコスターだ。ターシャが攪乱して、俺達がフォローする。それがジョーカー隊なのさ」
「……にしても、溜め息が出るくらい綺麗に飛ぶな……流石ズヴェズダの一番星」
個別チャンネルから通常チャンネルに切り替えていた俺は、ターシャの飛行を見て、思わずそう呟く。
「レイ、今ズヴェズダの話した!?」
すると、パッとこちらに近付いてくるターシャの機体。合流も凄くスムーズ……サーカス団のパイロットとは思えないレベルの技量だ。
「レイってのは、俺のことか?」
「そうだよ! TACネームがレックスで、名前もアレックスだし、レイ!」
前と同じことを言うんだな、この子は。ただ、あの時は色々といっぱいいっぱいなせいでズヴェズダの話はしなかったが……やはりズヴェズダの話食いついてきたな。まぁ、当たり前か。ターシャは俺が軍に入る前からの憧れ、チーム・ズヴェズダの一番星なのだから。
「それで、さっきズヴェズダのこと話してたよね? 知ってるんだ?」
「知ってるも何も、俺自身ズヴェズダの大ファンなんだ。一番星と一緒に飛べるとは光栄だよ」
「えー!? こんな偶然あり得るんだ!」
「ちなみに君がズヴェズダに入った時初めて飛んだ航空ショー、俺はあれが生で見たズヴェズダの航空ショーだったよ。最高のフライトだった」
お世辞抜きに、最高のフライトだった。元々、小さい頃からズヴェズダは俺の憧れだったのだが、彼女のフライトが俺をズヴェズダの沼に沈めたと言ってもいい。それだけ、ターシャの飛行は俺の心に焼き付いている。
「うわー、めっちゃ嬉しいけどちょっとハズイ! あ、サインとかいる?」
「貰えるなら是非。ヘルメットに頼むよ」
「あー、お二人さん、盛り上がるのはいいんだが……周辺警戒を忘れるなよ? それと、レックス。最低限の慣熟飛行で勘を戻した方がいいんじゃないか?」
バクスターの提案を聞いて、そういえばそれをやっておいた方がいいかもしれないと考える。記憶と体に操作は染み付いているが、今回が初フライトだ。ジェンキンズの調整のおかげで素直に言うことを聞いてくれているF/A18Eだが、軽く慣らしてやるのがいいだろう。覚えているのと、やれるのは全く違うからな。
「じゃあ、お言葉に甘えて少し自由に飛ばせてもらうよ」
「OK、周辺警戒は任せてくれ」
哨戒任務の中ではあるが、軽く自由飛行するくらいの暇はある。
「さて────いい子だ」
操縦桿を動かせば、機体はその方向に傾き、エンジンの出力を上げれば機体は加速する。逆にブレーキをかければ失速していく。左右のヨーも思っていた通りに動いてくれる。左右の旋回も思い通りに動いてくれるので、ウォーミングアップとしてそのまま機首を上にしたままスライド飛行しながらラストにクルビット機動で機体を水平にしてみたが、ちょっと反応が遅れて機首がほんの少し下を向いてしまった。要練習、といったところだろう。
「おいおい、本当に病み上がりか? 全部の動きが一本の線みたいに滑らかだったぞ!」
「この機体を調整してくれた整備士達のお蔭だよ。凄く素直に飛んでくれる」
「謙遜するなよ。それだけ飛ばせるなら、俺達も楽できるかもな。っと、そうだ」
冗談交じりに言ったバクスターは、何かを思い出したように口を開く。
「レックス、あんた甲板で俺達に何か頼みがあるって言ってたよな? 隊長機としての命令ってやつか?」
「ああ、うん。命令ともちょっと違うような気がするけどな」
これは単なる俺のわがままだし、命令とは違うもの……だと思う。俺もジョーカー隊の編隊飛行に戻りつつ、通信チャンネルをジョーカー隊全員が聞えるものに変更して、甲板で皆に言おうとしていたことについて話し始める。
「多分、これからの戦いは撤退戦よりも反撃戦になるんだと思う。厳しい戦いになるはず」
「だろうな。その士気を上げるための【シーヴの翼】でもあるわけだ」
「ああ。D.D.がいれば情報はいくらでも作れる……けど、皆の命は違う」
プロパガンダ戦略を用いた情報戦についてはあまり分からないが、あのD.D.が情報はいくらでも作ると宣言したんだ。その辺りの心配は不要だろう。……まあ、コープが生きているから、流す情報についても色々とやれることが増えているだろうから、あとで相談したいこともある。
そんな感じで、情報は別に問題はない。言葉はいくらでも作れるのだ。だが、人の命というのはいくらでも作れるというものではない。命は、一つだけ。たくさんの言葉がある中で、命はたった一つしか存在していないのだ。
「だから────死にそうになったり、ヤバいと思ったり、どうすればいいのか分からなくなったり……怖いと思ったら、迷わず俺の方に飛んで来い」
これは、皆への頼みであり、命令でもあり、俺自身に課す誓いでもある。
「俺が、それを覆してやる。皆が俺を生きて帰すつもりなら、俺は皆を絶対に生きて帰す」
絶対に、二度と取りこぼしたりはしない。俺の手が届く限り、絶対に。例え俺が死んだとしても、なんてことも言わない。俺は死なないし、俺の周囲の人間だって死なせない。あんなに苦しい思いはもう、二度とごめんだから。
「それが俺が皆にお願いしたいことだ。絶対に守ってくれ」
「…………普通なら、自意識過剰だとか……そう思う気がするんだけどさ」
一瞬の沈黙の後、ターシャが呟くように言った。
「レイの言葉には、全然そんなの感じなかった。なんか、本当にやってくれるかもって思えた」
「ああ、ターシャの言う通り。俺もそう思った。ロックスターを見てる感じだ」
「つまりはレックス、皆で生きて帰ろうってことだろ?」
「まぁ……そうだな」
「なら簡単だ。俺達皆で協力し合って生き残ろう。大丈夫、それできっと全部上手くいくさ」
だから、あんまり気負うなよレックス。
そう言って笑うバクスターに、思わず涙が出そうになった。そんなことを言って、あんたは俺を庇って墜ちてしまったじゃないか。あの時、俺が判断を誤らなかったら……援護指示なんか出さずに、分散戦闘を指示していたなら────きっと、バクスターは生きていたのに。俺が楽できる道を選んだから、あんたは……
「ところでさ、レイって連続ナイフエッジできる? 横転コルク抜きは?」
俺の思考がマイナスに落ち込みそうになった直後、ターシャが俺の機体に近付きながらそう聞いてきた。実戦で使うかと言われたら中々使うような動きではないが、できないことはないだろう。というか、退役する前、オーシア軍やユークトバニア軍、エルジア共和国軍などと合同演習をしたりしたのだが、エースと言われた連中は曲芸飛行みたいなことを平気でやってきたし。あれくらいやらないと生き残れなかった作戦がなかったわけではない。……そう思うと、俺はよく生き残ったものだ。
「がっつくなよ、ターシャ。今に分かるさ。コスターから見て、レックスの腕前はどうだった?」
「んー……ファズでもリバーブでもない。エッジが効いてる」
「俺にも分かるように説明してくれ!」
相変わらず自由な部隊である。ロックが聴こえてくるなんて、他の部隊では考えられないことだ。にしても……改めて聞いてみると、パープル・マジックの曲はいいな。軍に入らなくても、バンドとして食っていけたんじゃないか? 結構ファンもいるみたいだし。
「────おっと、コスター。少し音量を下げてくれ。オープンチャンネルの近距離通信が聞えてきた」
「了解」
コスターが音楽の音量を下げると、少しノイズが混じってはいるが聞き取りやすい、いかにも生真面目そうな男という印象を持たせる声が響いてきた。
『こちらはサンサルバシオン海軍ヘリトン基地、ハーバーマスター。貴艦の所属を確認したい』
『こちらは中央ユージア連合海軍所属、空母エンデュランス。入港許可のリクエストを繰り返す』
気付けばサンサルバシオンの領海に辿り着いていたようで、サンサルバシオン海軍の通信が入ったようだ。その通信に返したのは副長。昼行灯なんて揶揄されがちな艦長は副長の分まで書類仕事をしているらしい。戦後に話す機会があったが、艦長はどちらかと言えば現場の人間よりも書類をあれこれやるのが性に合っていたのだとか。
『中央ユージア連合は、その領土を構成していた地域全てが独立し、国家として消滅したと聞いている』
ああ、やっぱりそうなるのか。
『空母エンデュランス、そちらは今、どの自治共和国の所属か』
彼の言葉には一切の嘲笑も、憐憫も、同情も感じない。ただ、ひたすらに分からないことに対する疑問の投げかけだ。FCUはもうソトアに負けてしまっている、というのが他国からの認識なのだろう。オーシアの軍と合同演習をした時に、オーシアの軍人からそういう話を聞いた。その時期、合同演習に来ていたのはオーシアだけではなく、エメリアの軍人もいたのだが、彼らには「俺達が言えたことじゃないが、凄い逆転劇だな」と言われた。それだけ、他国から見ればFCUは敗戦国として見えていたのだろう。
『あー……そうではなく……』
凄く複雑な表情を浮かべているであろう副長の声が虚しいほどに響く。
『こちらの外務省も、貴艦の艦籍が確認できないと言っている』
今、記憶があるからこそ落ち着いていられるが、あの時の俺はサンサルバシオンへの怒りとか、憤りよりも、虚しさを感じてしまった。ああ、本当に俺達は負けているんだと思われているんだなと、酷く虚しくて、悲しくなってしまったことをよく覚えている。
『中央ユージア連合は主権国家としてもはや存在していない。そして、我が国は中立国である』
サンサルバシオン海軍からの淡々とした事実確認のような声音の通信が続く。サンサルバシオンも含めて、中立を宣言している国は────というか、中立を宣言している国だけではなく、多くの国が恐れているのだ。俺達を迎え入れた途端に、ソトアの標的にされるのではないかと。
『貴君らの編隊は我が国の国境に接近している。国境監視空軍の領空侵犯監視機が監視中である』
「陸地側に戦闘機。エレメントを組んでる」
バクスターの通信と共に陸地の方を見ると、サンサルバシオン空軍の戦闘機が見えた。広域レーダーに引っ掛かる距離ではあるが、ミサイルのロックができる距離にはいない。こちらが敵なのか味方なのかを見極めている、といった飛び方だ。
コープが言っていた。この戦争で初めて敵の兵力と直面した時に戦慄したと。確かに、命のやり取りをするんだし、心が凍り付きそうになる気持ちは分からないわけではない。そして、サンサルバシオンの人々の考えも、俺は理解できないとは嘘でも言えない。
「え、でも港見えてきてるよ?」
「だが、残念ながら入港はお預けらしい」
バクスターの声には苦悶と諦めが入り混じっている。軍人ではないターシャをできるだけ早く戦争から引き離して、平穏無事に暮らしてほしいと願っていた彼にとって、サンサルバシオンへの入港が拒まれたこの状況は、間違いなく最悪と言っていいだろう。……まぁ、ターシャのことだから仮にサンサルバシオンへ入港できたとしても、俺達と一緒に飛び続けることを選んだと思うが。
『CDCよりジョーカー隊各機。サンサルバシオン沖を去り、本艦はさらに西方へ。デルファイムへと向かう。40分後に新進路275に変針する』
エンデュランスのCDCからの通信に思わず辟易したことを思い出す。デルファイム……氷に覆われた北の辺境、ソトアの占領を免れてはいるものの、酷く遠くて険しい場所。サンサルバシオンからデルファイムまで、かなりの距離を進まなければならない。
民間人だけでもサンサルバシオンに降ろせていたなら、と言いたくなる気持ちをグッと飲み込み、これからやってくる状況へと意識を向ける。
『……ちょっと待て。ジョーカー隊、こちらCDC! 低速で飛行する航空機がいる! レーダーを見ろ!』
広域レーダーを見てみると、南南西の方向を飛行する何かの反応があった。どうやら飛行物体はエンデュランスの索敵範囲に飛び込んだようだ。こちらを確認して、どこかに離れていくような、そんな動きでゆっくりと飛行している。
『こちらXO。ドローンに跡をつけられたようだ。ジョーカー隊、仕事の時間だ。対象を撃墜しろ! 情報を持ち帰らせるな!』
「了解」
副長の鋭い声にバクスターが短く答えるのと同じくらいに、俺が乗るスーパーホーネットが加速する。レーダーを広域から近距離に切り替え、降り注ぐ陽光によってカメラか何かが反射しているらしいドローンへと近付いていく。目標まで残り4000、3900、3500────2900……さすがは戦闘機。あれだけの距離を一気に詰められる。
「ロックオン距離に入った! 撃て、レックス!」
「了解。ジョーカー1、FOX2」
一機目のドローンにミサイルを一発、すぐさまロックオンを二機目に移して一発。ノロノロと飛ぶUAV、MQ-18はミサイルを回避することができずに爆散した。
「グッキル! 見事なロックオン切り替え速度だ!」
『ジョーカー1がUAVを撃墜! ほとんど同時撃墜だ!』
「ワーオ、やるじゃん、レイ!」
昔、何かのパレードで見たような華やかな花火ではなく、黒煙を吐きながら爆散するUAVを一瞥してキルを確認した後、すぐさま反転。次の標的がいるであろう方向へと針路を取る。
『こちらAWACSディーラー。NE方向に新たな機影を確認。無人機だ』
「了解。そちらもすぐに墜とす」
「新しい隊長が張り切ってる。俺達も負けてらんないぞ」
バクスターの発破をかけるような言葉を聞きながら、機体を加速させていく。機影はいつでも雲の中に紛れることができるようになのか、大きな雲の近くを飛んでいる。事実、ミサイルを躱すために雲の中に飛び込んだりもしたことがあるし、ある程度の効果が望めるだろう。ただし、それができるのは自分と同じくらいの技量か、それ以下の相手とドッグファイトをする時に限るが。
「さーて、レイの飛び方見てるからね」
絶対ニヤニヤと笑っているであろうターシャからの通信が耳に入る。あの時も俺の飛び方を見極めるようにぴったりとくっ付いて飛んできていたな。
戦後には俺なんかが一緒に飛ぶなんておこがましいくらいのエースパイロットと共に航空ショーをする、なんて夢のような体験をジョーカー隊で経験したが……わりと無茶な飛び方をしていた気がするが、あれについて来れるターシャは間違いなく天才だ。コスターもだけど。そしてあのリボン付きのパイロットと三本線のパイロット……本当に凄い飛び方をしていた。
「ターシャ、それ監視?」
「隊長機から目を離さないのは当然じゃん」
「レックス、肩の力を抜いてロックオン、トリガー。それだけだ。いざとなったら俺が────俺達が後ろにいる。気負い過ぎるなよ」
「ああ、分かってるよバクスター」
もうそろそろUAVがロックオン距離に入る中でも、ジョーカー隊の空気が変わることはない。どんな時でも自分ができることを全力でやることができるというのが、俺達ジョーカー隊の強みなのだろう。
『ディーラーからジョーカー1へ。俺からも一つアドバイスを』
雲の上を泳ぐように飛行する中、AWACSオペレーターとして空を飛ぶディーラーから通信が入った。
『ポーカーの初心者は消極的にプレイしがちだ。ベストハンド以外ではレイズしない。もっとアグレッシブに行くべきなんだ』
「あー……ディーラー。悪いんだが、カードを交換してそれでもダメだったら?」
『ブラフだってできる。失敗を恐れてちゃポーカーは楽しめないよ』
「なるほど、つまり思いっきりやれってことか」
ディーラーも生粋のギャンブラーだが、彼の師匠である副長……コールサイン・ギャンブラーはそれ以上のギャンブラーだ。……逆境でもレイズし続ける連中しかいないので、エンデュランス全体がとんでもない大博打を打ちたがるバカばっかりと言われたら否定できない。艦内でケーキを賭けてポーカーをしたりするくらいだからな。
そんなくだらないことを考えつつ、ロックオン距離に入ったUAVに対してミサイルを────いや、一列に並んでいるのならばミサイルよりも適任である機銃の出番だ。トリガーを引くと、ババババッ! と重たい音を立てて機銃が火を噴く。弾幕に晒されたUAVは成す術もなく爆散。ガンキル達成だ。
「ジョーカー1がUAV撃墜!」
「小さい的によく機銃を当てたなレックス!」
無人機の撃墜とはいえ、敵を倒したという事実は間違いなく士気高揚の効果がある。だからこそ撃墜王という存在をプロパガンダとして採用しているのだ。敵を薙ぎ払う一騎当千のエースパイロットの名は、軍の士気を高揚させる。
『────あー、ジョーカー隊。悪いニュースだ。新たなボギーが接近中』
喜ぶのも束の間、ディーラーが酷く嫌そうな声で通信を入れる。喜色満面の空気が一気に霧散し、厄介事がやってきたと言わんばかりの空気が俺達を包み込む。
『偵察機及び、護衛の戦闘機だと思われる。偵察機に位置を知られるのは不味い。迎撃してくれ』
「クイーン隊は来れないのか?」
その指示を聞いたバクスターが少しだけ焦りを滲ませた声で問う。恐らく────いや、十中八九今までのジョーカー隊は逃げるばかりの部隊であり、敵機の撃墜はクイーン隊がほとんどを担っていたからだろう。しかしながら、このまま撤退した場合、敵に送り狼をされてしまうのは確実だ。
『クイーン隊は間に合わない。相手は旧式だし、数も少ない。何とか撃墜し────』
なので、この区域で確実に墜とす。
『レックスが加速! 急速に偵察機へ接近!』
「おいレックス!? ええい、俺も腹を括った! 行くぞターシャ、コスター!」
バクスターの通信を背で受けながら、アクセルを一気に踏み込む。機首を上げて高度を稼ぎ、高高度から獲物に喰らいつく大鷲のような動きで交戦を開始する。
「ジョーカー1、エンゲージ」
敵の数は三つ。中央に大型偵察機、護衛機として偵察機を挟み込む形で飛行しているのは旧式だが未だ現役として空を飛び回ることが少なくない優秀な機体、MiG-21BIS。愛称はバラライカ。小回りが利くため、接近戦において見事な戦果を挙げてきた格闘戦機。こんな状況じゃなければ、お互いに飛び心地を語り合っていたかもしれないが、悲しいことにこれは戦争。敵対するのであれば、墜とす。
思考が開けていく。曇った思考が青空のように澄んでいき、まるで、戦闘機が体の一部となったかのような、そんな感覚に陥る。陥る、という表現は正しくないかもしれないが、今の俺はそれだけの集中力を発揮していた。
「レイの動き、さっきまでの飛び方じゃない」
ターシャの声が聞えたが、それすら意識の端にあった。向こうも交戦距離に入ったため、戦闘機動へ動きが変わった。バラライカとすれ違ったのとほぼ同時に、操縦桿を一気に手前に引っ張れば、強力なGが俺の全身を襲った。世界が反転し、俺の体が圧力に悲鳴を上げる。だけど、その圧力すら、今は心地良い。
まるで空中で停止してすぐさま別方向に針路を変えて獲物を捕らえるトンボのように、いきなりひっくり返ったままバラライカの一機を標的にすると、焦燥と戸惑いが滲んだような気がしたが、ロックオンを完了したことを告げる音が機内に響き、その音とほぼ同時にトリガーを引く。
『ミサイル!? よ、避けられ────』
ミサイルが二発着弾し、一機爆散。そのまま海へと墜ちていく。ベイルアウトには成功したのか、爆散した戦闘機よりも上にパラシュートが見えた。
あの時も思ったが、機体は素晴らしいものだというのに、それに乗っているパイロットの腕はお粗末なものだ。フレアをばら撒くわけでも、雲に向かって飛ぶわけでも、ミサイルの追跡を打ち切るような空中機動もしない。すれ違いざまに機銃も撃ち込んでこなかった。ほぼ素人同然……そんなレベルだ。
「けど、もう一機は結構ベテランか?」
小さく呟きながら、大きく旋回するのではなく、見事な小回りで俺の背後を取ろうとしてくるもう一機のバラライカに目を向ける。機体のスペックを全て出し切っているわけではないかもしれないが、間違いなく機体の特徴を理解して飛ばしているプロの飛行。作業的に数を熟したわけではない、仕事に誇りを持って飛び続けたベテランの飛行だ。ターシャのような溜め息が出るほど美しい機動ではないが、こちらも拍手を送りたくなるような素晴らしいフライト技術。
そんな相手だからこそ、こちらも全力で墜とす。何だかんだで俺はまだ病み上がりなのだ。本気で飛ばなければこちらが墜とされかねない。ミサイルのロックを躱すように、コブラ機動を用いて一気に機首を上げて急上昇。ハイGターンをした時よりも強い圧力が俺を押し潰さんとしてくるが、それを防ぐように耐Gスーツが空気で膨張することで俺の脳へ血液を送る。
上昇していくごとに、鮮明な青だった空が宇宙のダークブルーへと変わっていく────戦後に軌道エレベーター周辺の哨戒飛行の際に見たものと同じ、写真に残したくなるような美しい光景につい頬が緩みそうになりながら、レーダーを確認。こちらを追いかけてくるバラライカも全力でエンジンを吹かしているが、俺を捉えることはなく、糸を切られたマリオネットのように失速していく。
その間にも俺の手足はスーパーホーネットを思い通りに動かして、ほぼ直角に急降下する。ジェットコースターに乗っているかのような、内臓がひっくり返るような感覚に襲われながらも重力と風の力で流星のように敵に向かう。
『ジョーカー1、FOX2!!』
失速から回復しようとしていたバラライカへミサイルを発射。避けられる可能性があるため、それと同時にバラライカが動くであろう方向に機銃を掃射しながら急降下し────ミサイルが直撃したのを目視で確認した。
『その飛び方、あの亡霊の────』
敵機から何か通信が聞えた気がするが、気のせいだろう。ベイルアウトを確認。サメの餌にならない限りは恐らく、サンサルバシオン軍に回収される……と思われる。
『ジョーカー1が敵機を撃墜! なんてマニューバだ! 惚れ惚れするよ!』
「っはあ! 心臓止まるかと思った! ママのフライト見た時並みにゾクゾクしたよレイ!」
「同感。コープの飛び方とは全然違うね、レックス」
高高度から戻ってきた俺に興奮したような声音で通信してくるターシャとコスターにちょっとだけ苦笑しつつ、大型偵察機の方を見る。護衛機が全機撃墜されるとは思わなかったのか、慌てたようにヨタヨタと旋回して逃げようとしているのが見えた。戦闘機からすれば牛歩の歩みだ。
「レックス、あんまり無茶な動きはするな。まだ病み上がりだろう? フライトは見事だったが、あんたが無事なのが一番なんだ」
「了解、教授。もう少し段階を踏むことにするよ」
無茶をする時はしないと何も守れない。それを俺は知っている。
「そういうことじゃないんだがな……まあいい。大型偵察機を墜としておふくろさんのところに帰ろう」
「了解」
翼を潰されてしまえば飛べなくなるのは、どんな航空機だろうが当然の帰結。逃げるためにやたらめったらフレアをばら撒いてミサイルから逃れようとしてくる大型偵察機A-50へ、ミサイルではなく機銃を叩き込む。逃げ惑う偵察機にその機銃は気持ちいくらい全弾命中し、大きな爆発と共に両翼を失って海へと自由落下を開始した。あれでは、搭乗員が生きている可能性が低いだろう。
『ジョーカー1が目標を撃墜。見事だ。空母に戻ってクイーン隊と哨戒任務を交代してくれ』
ディーラーからの通信を聞いて、全身に広がっていた緊張が解ける。戦闘機動を終えた時の、生き残ったことを伝えてくるジクジクとした頭痛に顔を顰めながらも、戦闘から通常のフライトへと意識を持っていく。老いて枯れていった俺としても、そして空軍パイロットとしても久しぶりの、海軍としては初の実戦は、間違いなく上手く飛べたと言っていいだろう。この機体を調整してくれたジェンキンズを含めた整備士達を拝みたくなるくらい、素晴らしい仕上がりだった。
「ところでレックス、あんたパンに合うコーヒーを淹れるのが上手いんだって?」
気が緩んだところに、バクスターが声をかけてきた。
「ああ、うん。実家がパン屋でね。美味しいパンには美味しい飲み物をってことで叩き込まれたよ」
「なるほどなあ。なら、是非とも味わってみたい。インスタントコーヒーでも美味しく飲める方法ってのはあるだろ?」
「もちろん。インスタントコーヒーを馬鹿にするやつは少なくないけど、あれだって美味しく淹れる方法を知っていれば絶品になるんだ」
ああ、久しぶりだ。凄く嬉しくて、懐かしくて、涙が出そうな会話。この後の会話と言えば────
「コーヒーかあ。あたし紅茶の方がいいなー。コーヒー苦いもん」
「あの苦みがいいんじゃないか。子供には難しいかな?」
「はいはい、どうせあたしはおこちゃまですよーだ。砂糖たっぷり入れてやろうか」
「紅茶も美味しいけどね。レックスはどっちが好きなんだ?」
「うーん……合わせる食べ物によるかな」
ああ、本当に皆とまた会えた。またこうして会話ができているんだと思うと、気を緩めただけで泣きそうになってくる。……やり遂げよう。絶対に。手が届く範囲の人を、絶対に死なせて堪るものか。
その思いに再度薪をくべて、機体をオートパイロットに設定して空母に向かって飛ぶ。今日の食事は何だったか……ああ、そろそろ底が尽きそうな肉を使ったサンドイッチだった気がする。もしかすると、明日からは大豆肉が主流になってくるかもな。
レックス(様々なエースの飛び方をインストールした姿