空母エンデュランスとステルウォートを狙った敵対勢力を退けた俺達は、サンサルバシオンを越えて、さらに北上していた。物資が底をつくまで時間の問題ではあるものの、ホワイトバレーに到着するまで食料品が尽きることはないだろう。
「……うーん……」
大豆肉のハンバーガーを齧りながら、支給されているタブレットに映っている画像を注視する。タブレットに映っているのは、首都シーヴから陸地のことごとくを踏み潰しながらサンサルバシオンに向かっているという陸上戦艦一番艦の画像だ。送ってきたのはD.D.が所属している企業────エンソー・オーダー。ある意味俺達がソトアと殺し合っている原因を生み出したと言ってもいい企業の情報だが……こうして眺めていると、一見分からないことも分かってくるものだ。
「コープ、陸上戦艦なんだが……あれってどうやって進んでるんだ?」
「うん? ……確か、キャタピラで陸地を踏み鳴らしているんじゃないか?」
「……キャタピラか……」
戦艦という名前に引っ張られてしまって考えもしていなかったが、陸上戦艦は巨大な戦艦というだけではなく、超巨大な戦車という立ち位置でもある。水陸両用で、内部で3Dプリンターを用いたドローンなどの製造も可能……しかもそれを守る対空火器や、主砲のレールガンなど、馬鹿が考えた最強の戦艦と戦車みたいな兵器だ。これを潰すとなれば、潜水艦を用いた上陸前の撃沈が一番だったかもしれない。
「アリコーンがあればな……」
「アリコーン……確か、エルジアが有していたという潜水艦か。確かにあれは凄い潜水艦だったと聞いている。ないものねだりだとは分かってはいるが……」
「あれがあったらなぁって思いたくもなるよな」
コープと共に小さく溜め息を吐き、データや写真だけでしか見たことがない潜水艦のことを思い浮かべる。
元々アリコーンはユークトバニアで製造された超大型原子力潜水艦だったのだが、紆余曲折あって……確か、どこかの企業が買い取っただか、引き取った後にエルジア王国がアリコーンを購入し、2015年に進水し艤装工事が行われた潜水艦だ。進水式の後、2年間も沈んでいたらしいが、よくもまぁ、乗員や潜水艦本体も生きていたものだ。
そんな潜水艦のデータを見たが、あれが今でも残っていれば陸上戦艦に対して強い抑止力になっただろう。……まぁ、あれに乗っていたマティアス・トーレスはとんでもない思想の持ち主で、100万人を殺そうとした野郎らしいが。戦後に三本線のパイロット……トリガーと呼ばれていた男と、その相棒であるカウント氏に話を聞いたが、口を揃えてこう言っていた。「あいつはただの詐欺師だ」、と。まともな乗組員が乗ったアリコーンであればきっと────なんて、ないものねだりをしても意味がないんだけどさ。
「うー……分かんないよこれ……」
「必要な方程式を思い出すんだ。どうだったかな?」
「簡単に言ってくれるよね」
俺とコープがないものねだりをしながらノンアルコールビールを飲んでいると、俺の左側から唸り声と、楽しそうに指導する声が聞こえてきた。ターシャとバクスターだ。ハイスクールを中退してズヴェズダのパイロットをしている彼女に対し、バクスターが授業を行っているらしい。ちらりとターシャのノートを覗き見ると、教えられているのは数学のようだ。しかも2点間の距離や、内分点……苦い思い出しかない問題が並んでいる。
「どうも……俺が知ってるハンバーガーとは違うな……」
ようやく仕事が一段落したのか、少し疲れた表情で俺の右向かいに座ったジェンキンズが困惑した声を上げた。まぁ、ハンバーガーと言えばバンズにチーズとパティ、トマトやレタスを挟んだものだが……今のエンデュランスには肉がない。では何が肉の代わりなのかと言えば────
「肉が品切れ寸前なんだよ。大豆肉さ。健康にいい」
ユークトバニアの訛りが混ざっている、がっしりとした肉体の男がそう言った。アロハシャツを着ており、白い帽子がいいアクセントになっている。
「大豆肉か……唐揚げなら美味かった記憶があるけど、ハンバーガーはどうなんだ?」
「調理次第だろ。結構イケるぞ? ……まあ、スパイスがもっとあればより美味しいって司厨員達がボヤいてたけど」
「それか塩だな。とはいえ一日に必要な塩分を超えるとよろしくない。特に軍人さん達は体が資本だろう?」
大豆肉を使ったハンバーガーに訝し気な顔を向けるジェンキンズだったが、一口齧ってみれば案外美味かったのか、目をパチパチと瞬かせる。
「……案外イケるな」
「口に合ったようで何よりだ」
そんなことを話していると、備え付けられている二台のテレビからニュースが始まることを告げる音楽が流れる。ニュースを流しているのは……オーシアの海外放送OBC。FCUのテレビ局は壊滅したも同然だからな……テレビやラジオ局員だったという避難民もいたはずだ。
ニュースの内容はFCUとソトアの戦争についての話。ソトアがどうやってFCUを攻撃してきたのかを大雑把ではあるものの、分かりやすく報道している。甚大な被害を与えたトニトルスの槍についてや、陸上戦艦についても。ベルカが裏で糸を引いているんじゃないか、なんて荒唐無稽な陰謀論なんかも囁かれているらしい。ベルカが何をしたと言うんだ……いや、やらかしてるな、色々と……。
「俺とアレックスはシーヴにいた」
ジェンキンズがニュースを見ながら、呟く。
「離陸するヘリに飛び乗って、消し飛ぶ基地を見た」
「……そうだったな。少し前の話なのに、もう随分と昔のことみたいだ」
撤退戦となった時、俺も戦闘機に乗って戦うと進言したが、上官や基地の仲間達がジェンキンズと共に逃げろと言って追い出されてしまった。機体がもう無かったというのもあるが、やはり俺も飛んでいれば、ほんの少しでも、何かが変わっていたんじゃないか? 上官が生き延びて、俺よりもっと優秀な【シーヴの翼】が誕生したんじゃないのか……なんて、昔はずっと考えていた。生き残ってしまった負い目、というやつなのかもしれない。
「それからの行く先々、連合からの分離主義者の連中が一斉に武装蜂起して、追いかけっこを繰り返した」
「川を泳いで渡ったりもしたな。上官に、お前らは根性あるから行ってこいって言われて、参加したレンジャー訓練に感謝する日が来るとは思わなかった」
「ああ、俺もさ。……整備士だってのにレンジャー訓練させられるとは思わなかったぜ」
「それが今活きたわけだ。頑張った甲斐があったな」
俺の正面に座っている男がそう言う。
「……なあ、そういえばあんた誰なんだ?」
「ん?」
ジェンキンズが、今まで気になっていたであろうことを男に問いかけた。コープを含めたエンデュランスの人間は、俺達と違って元々空母にいる人間だから分かっているのだろうが、俺達みたいに元々エンデュランスにいなかった人間は彼が何者なのかを知らない。
「誰なんだ? 俺は拾い上げられた空軍の整備士官で、アレックスは空軍のパイロットだ。確かにこの空母には文民レスキューのヘリも載ってる」
「他にも民間人が大勢乗っているけど、この時間帯の食堂は本艦乗員の当直明け休養専用になってるのに、民間人らしきあんたがいるのが、俺達的には気になってたんだ」
「おまけに飛行甲板にもいつもいる。誰なんだ、あんたは?」
ある意味では俺もジェンキンズも部外者であり、彼の素性を全く知らない。だからこそ、あの時もこうしてジェンキンズと共に、このがっしりした肉体の男が何者なのかを本人に直接聞いたのだが────本当にあの時は驚いたよ。
「なるほど、その疑問か」
「パパだよ、あたしの」
「え?」
ターシャの言葉に困惑した声を上げたジェンキンズ。それを気にした素振りもなく、俺の向かいに座っていた男は右手をジェンキンズに差し出した。
「ニコライ・セヴェルスキーだ」
「ああ……どうも?」
ジェンキンズが握手を交わした後、セヴェルスキーがこちらにも右手を差し出してくる。拒む理由もないので、こちらも右手を差し出して、しっかりと握手を交わす。
「会えて光栄だよ、【円卓の番犬】」
……あの時も思ったが、セヴェルスキーは本当にただの理学療法士なのかと思ってしまう。普段からポヤポヤしていて何を考えているのか分からないと言われやすかった俺の表情筋が仕事をしなくて助かった。
「【円卓の番犬】? 何それ、レイのこと?」
「ああ。10年前に起きた灯台戦争、その最終局面のことだ。隙に乗じてユージアや他の国へ攻撃を仕掛けようとしていた国がいなかったわけじゃない」
当時のことを思い出すかのような口ぶりで話を始めるセヴェルスキー。この話、結構な機密情報だった気がするのだが、それはユージアやオーシアの話であって、ユークトバニアでは口にしても問題にならないような話だったりするのか?
「しかし、アーセナルバードなどの障壁が邪魔をして普通の航路では侵入できない。となればどうするのか……向こうが入るとは思ってもいない場所から侵入すればいい」
「……なるほど、それが円卓だったというわけか」
「ねぇ、そもそも円卓って何? テーブル?」
「あー……そうか、円卓を知らない人だって少なくはないか」
採掘場として稼働はしているものの、今となってはあそこに行く人間はその採掘場勤務の人間くらいであって、ほとんど誰も寄り付かない場所になっている。知らない人間がいたとしてもおかしくはないだろうな。
かつて起こったベルカ戦争において、最も象徴的な空域。それが円卓。円形の地域である事と、空戦では実力のみが絶対である事からついた通称がそのまま地名となっている。
そもそもなぜここが戦場となったのかと言えば、膨大で、有り余るほどの鉱山地帯であるためだ。地下資源を巡ってベルカと周辺諸国が戦争を引き起こし、その度に幾度となく国境線が引き直されてきた。
そしてこの空域内は通常の空域とは違う特徴がある。膨大な鉱物資源に由来する強い磁場によって通信障害が多発するため、戦闘行為のみならず、運良く生き残ったとしても救助が難しいのだ。ベルカ戦争後も撃墜された機体やパイロットの遺体の多くが風化するのを待っている……いわくつきの場所である。
「かつて起こったベルカ戦争で、最も戦闘が激しかった場所でもあるな」
「鉱物資源を皆欲しがったから?」
「そうだな。そういう側面も間違いなくあった。それに加えて、さっきも話した通り、そこは何度も国境が変更されてきたんだ」
だからこそ、領土を広げたい人間、領土を維持したい人間など、様々な思惑が絡み合ったのだ。その思惑の中で空を飛び続けて伝説となった者もいる。ベルカ戦争を駆け抜け、畏怖と敬意の狭間で生きた傭兵、サイファー……ガルム1、【円卓の鬼神】。実家のパン屋の常連には、彼と戦った人間や、彼と共に飛んだ人間もいた。戦場では敵だったが、陸地ではただの隣人……みたいな感覚だったのかもしれない。結構な太客ばっかりだったし、小さい頃は軍人さんは毎日チョコレートが入ったパンをたくさん食べる高給取りなのかと思ったものだ。
まあ、俺の実家の話はさておき。そんないわくつきもいわくつきな場所に誰も入り込みたくない……はずなのだが、そこに侵入してくる連中がいなかったわけじゃない。ベルカ公国の時代遅れな復権派、混乱を招きたい傍迷惑な連中、灰色の意志を継ぐものなどの馬鹿な連中が、円卓を越えて様々な国に報復という名の八つ当たりや欲を満たそうとしていたのである。復権派と傍迷惑なやつらは何となく目的が分かるが、灰色の意志を継ぐものって何だったんだあいつら。
「その円卓を越えようとしてきた連中をことごとく追い返し、墜としていった、灯台戦争の影の英雄……誰が呼んだか【円卓の番犬】。彼に感謝してるユークの飛行機乗りは多い」
「ユークはそいつに何をしてもらったんだよ」
「円卓の向こうから侵入してくる連中を拒みたかったのは何もオーシアやユージアだけじゃないのさ」
セヴェルスキーからバトンタッチするように、バクスターが口を開く。
「灯台戦争中、円卓の防衛ラインは国籍関係なく編成された飛行隊で構築されたらしい」
「それって……オーシアとユークが手を組んだってこと?」
「敵の敵は味方ってことさ。呉越同舟とも言うな」
いがみ合っていた連中が手を取り合って、侵略者を追い返す……なんて結構な美談に近いものだが、それが成立したのはあの円卓のルールが昔から変わっていなかったからだろうか。何せあそこには上官とか、部下とかの関係性は必要ない。国籍も、人種だって関係ない。ルールはただ一つ。『生き残ること』、なのだから。そのために背中を任せて飛び続けたことで、侵略者を阻むことができたのだ。死を知っているからこそ生き残ろうと足掻く人間と、生き残ることを考えていない人間の力には雲泥の差が存在する。
「【円卓の番犬】と共に飛べば生き残れる……そう言われるほど、彼は多くの飛行機乗りを救ってきた英雄なのさ」
「それがレイ?」
ターシャが目を輝かせて俺の方を見る。ギターを弾いていたコスターもいつの間にかこちらを見ており、俺達の話を聞いていた周囲もどこか期待している表情を浮かべていた。
「期待してるところ悪いんだが人違いだよ、セヴェルスキー。それは俺じゃない。上官だった人だ」
申し訳ないが、これに関しては機密情報なのだ。確かに俺は灯台戦争の頃に軍人となったし、円卓にも行った。というか、軍人となって初めての戦場が円卓だった。しかし、あそこで飛んだことは上の連中に口外しないようにと口酸っぱく言われている。
オーシアやユークがどうかは知らないが、FCUとしては、円卓であれこれやっていたことは公開したくないらしい。上から課せられた任務の中には、混乱に乗じてオーシアやユークの機体を墜とせ、なんてものもあったし、当然と言えば当然だ。……まあ、そういった戦友の背中を撃つような命令は全部無視してやったが。当時共に飛んだオーシア、ユークなどの戦友や、上官だった人に庇ってもらわなかったら、確実に俺の首が飛んでいただろう。かつての戦友に感謝。
「だよな、ジェンキンズ? お前も俺と一緒に円卓勤務だったし」
「ああー……まあ、な。あの人は凄かったぜ」
「俺はその背中に憧れて飛んでた、ただの飛行機乗りだよ」
「「「いやぁ、それはどうだろう……」」」
ジョーカー隊全員が口を揃えてそんなことを言ってきた。さては信用していないな? 何があろうが【円卓の番犬】は俺ではなく、俺の上官だった人なのだ。確かにキルスコアもそれなりに稼ぎはしたし、灯台戦争が終わるまで円卓を飛び続けたが、それだけは絶対に覆らない事実である。そもそも、俺がエースだったら海を漂流しているわけがないだろう。
「ふーむ……そういうことにしておくよ」
そうは言いつつ、俺が【円卓の番犬】だと確信しているらしいセヴェルスキーに苦笑しつつ、話を逸らすように、元々ジェンキンズは聞こうとしていたことについて問いかける。
「そういえば、ターシャもそうだけど、セヴェルスキーもどうしてエンデュランスに?」
「戦争が始まった時、このフネの上にいたのさ。D.D.に雇われてね」
「D.D.に? てことは……エンソー・オーダー関係?」
「ああ。エンソー・オーダーはFCU軍のプロモーション映像を作りたがった。その映像に出る戦闘機を一番素敵に飛べるパイロットを望んだ」
そうしてD.D.が探してきたのが、ユークトバニアのアクロバットチーム、チーム・ズヴェズダであった……ということなのだろう。
「あいにく、海軍のどのパイロットよりもうちの娘の腕がキレててね。この子にはちょっとした英才教育を施してきたので」
「待った。あんたらユーク人か? ユークで、凄いスタントパイロット……もしかして、ズヴェズダか?」
「ジェンキンズも知ってるんだ? そうだよ。ユークトバニアのナンバーワンアクロバットチーム、チーム・ズヴェズダの一番星があたしなんだ!」
ズヴェズダで飛ぶことに誇りを持っているからこそ自慢げに笑うターシャだったが、バクスターの咳払いによって授業に戻っていく。
「へぇ! てことは奇しくも相棒の夢が一個叶ったってわけか。……ん? しかし、何でまたエンソーが軍の宣伝映画を?」
「FCU軍の一番のスポンサーがエンソーだったのさ。この艦も、半分はエンソーの所有なのさ」
「エンソーから出向してきた撮影クルーもまだ艦内にいるな」
へえ、と俺とジェンキンズが共に呟きつつハンバーガーを齧る。大豆肉の主張が強いが、それでもまずまず美味しく食べることができるハンバーガーを片手に、ノンアルコールビールを一気に呷れば、ビールの爽快感が当直明けの体に染み渡る。
「ホワイトバレーではジャガイモとかがあればいいんだが……でんぷん粉があるだけで全然違う」
「あるとすればキャビアやタラだろうね」
「小麦は期待できそうにないか……いや、もしかしたらライ麦ならあるか? あるなら黒パンとかも焼けるぞ……この艦、立派な窯があるから」
「おおっ、そりゃ楽しみだ! 是非ともフィッシュサンドにして食べたいぜ」
確か冷凍状態で保管されているレーションが大量にあるみたいだから、あれをどうにか美味しく食べる方法を……いや、そもそもあれは賞味期限大丈夫だったか? 消費期限は過ぎていなかったはずだが……まぁ、いいか。そういう物資が手に入ってから色々と考えよう。
灯台戦争に直接関与せずに24~26歳あたりで少佐ってなるとこれくらいの戦果がないといけないかなって思って盛りました。エースパイロットの情報はどれだけ盛ったって構わないってD.D.が言ってた
円卓の番犬……灯台戦争の裏で飛び続け、畏怖と敬意の中で生きた戦士。『彼』は一度も名乗ることなく、空を飛び続けた。その後は所属していた場所へ帰ったと聞くが…どんな人間だったのかは、分からなかった。
ただ。
彼の話をする時、皆口々に言った言葉がある。
「よう、戦友。まだ生きてるか? とびきり美味しいパンを買いに行くよ。……またな」
それが、答えなのかもしれない