二つに区切ります
サンサルバシオンを離れて北へ北へと進み続け、2029年11月5日の朝。俺達は真っ白な雪という化粧が施された山々が見える極寒の土地、ホワイトバレー基地へと辿り着いた。辿り着いた、と言っても、まだエンデュランスとステルウォートは止まっていないし、一息つける時間でもないのだが。
『こちらエンデュランス。ホワイトバレー基地、イージス艦ステルウォートと共に合流を許可されたい。こちらは近距離通信のみ使用可能』
エンデュランスのエアボスがホワイトバレー基地へと近距離通信を試みる。氷に閉ざされているために、忘れ去られたと言われているような土地ではあるが、ここは間違いなくどんな国であっても欲しがる土地でもある。ホワイトバレー基地がある場所は雪が積もりにくく、そして路面が凍りにくい環境にあるらしい。さらには寒さに強い植物が樹木を含めて多く存在するので、電気が使えなくても薪ストーブを使って暖を取れる他、食料となる海産物も漁で採れる。さらには火力発電などを行うための燃料も手に入るのだ。欲しがらないわけがない。
『こちらホワイトバレー基地、オーディーンだ。貴艦らを歓迎する。────ちょっと待ってくれ』
ホワイトバレー基地のオーディーンからの通信が入った直後、チャンネルの切り替わりが行われているのか、砂嵐のようなノイズ音が聞こえる。そのノイズが消えた後、厳格さと寛容さのどちらも感じ取れる男性の声が聞こえてきた。
『エンデュランス・アクチュアル。こちらオーディーン・アクチュアル。姿を見れて嬉しいよジョン!』
『エンデュランス・アクチュアル。ご無事でしたか、長官』
我らがエンデュランスの艦長と、ホワイトバレー基地の長官は随分前からの知り合いらしい。定年で退役した艦長の話だと、ホワイトバレーの長官は艦長がまだ見習いの頃から可愛がってくれていた人物であり、座っているよりも現場を走り回るような人物だったという。実際、ホワイトバレーに到着した際に長官自らが俺達を出迎え、民間人を含めた炊き出しの製作及び製作に彼の姿があった。多分、重役を与えられていなければ今でも最前線で指揮を執り続けていただろうことは予想できる。
『よく来たなスキッパー! よく辿り着いてくれた、エンデュランス、ステルウォート!』
そこまで言ったホワイトバレーの長官は、声だけでも顔を渋くしているのが分かるような声を発した。
『君達の歓迎及び、民間人の慰問を目的としたパーティーを開きたいところだが、昨日から本基地の多方向からソトアのドローンが現れるようになった。空に気を付けろ!』
敵襲を伝える警報が鳴り響いたのは、長官が注意を促す通信を行った直後であった。ソトアとしてもこの基地を我が物としたいのだろう。この基地を潰してしまえば、FCUで抵抗が可能な大きな拠点はもう存在しない。あったとしても、トニトルスの槍が降り注ぐレインバンドを越えた先……フォートグレイス飛行場などか。
『当直哨戒機が敵編隊らしき機影を捕捉。対空戦闘、空襲に備えよ』
『入港中止。クィーン隊、ジョーカー隊、緊急発艦。AWACSディーラー及びコープがまず出ろ』
ようやくリハビリを終えたコープも、AWACSとしてディーラーと共に空へ飛ぶようだ。逃げるからこそ敵がどう攻めてくるか、どこから崩そうと考えるのかを読み解く力が高いコープと、AWACSとして戦場というカジノのテーブルを広い視野で見ることができるディーラー。敵勢力からしてみれば悪夢のようなコンビによる支援は俺達にとっての追い風となるだろう。
「先に行ってるぞ、アレックス」
「了解。すぐ追いつく」
コープと肩を叩き合い、お互いの配置へと向かう。ディーラーと共に乗り込んだコープは先に空へと飛び立ち、続いてクィーン隊が戦闘機を発艦させていった。そしてようやく俺達が飛び立つ番になり、いつも通りの機体チェックをしていると、歌が聞こえてきた。
「……本当に不愉快だな」
思わず低い声が俺の喉から漏れた。ウォークライとして歌っているのだろうが、やつらはきっと、あの後に続く歌詞を知らないのだろう。いや、知っていたとしても、自分に都合がいいように解釈して歌うに違いない。ソトア軍でまともな軍人はほとんど存在しないのか、なんて昔は思った。……それと同時に、ソトア軍のイメージが崩れ去ったように感じたのを覚えている。俺が円卓で飛んでいた時、上官をぶん殴って円卓に来たと言っていたベテランパイロットチーム……確か名前は……ヴェントゥス。そう、ヴェントゥス隊。彼らは高潔なソトアのパイロットだった。
ユージアやオーシア、ユークのことなんて考える余裕がなかったはずだったのに、彼らは飛んできたのだ。自分の首が飛ぶことすら覚悟して、彼らは飛んできた。だからこそ、ソトアの軍人は皆こんなにも高潔な人達なのかと思っていた。だが……それはただの幻想だった。ショックだったことを今でも覚えている。
『ジョーカー1、発艦を許可する。敵編隊は大規模。分かっていると思うが、歌声が聞こえている。つまり敵はソトア軍だ』
「ジョーカー1、了解。それとエアボス。一つ訂正を。あれは歌ではなく、縄張りを主張している野良犬の鳴き声です」
『それだけ冗談が言えるなら大丈夫だな。よし、ジョーカー1、連中にここは誰の縄張りかを叩き込んで来い!』
エアボスの通信に紛れて、エンデュランスの搭乗員やステルウォートの搭乗員たちの笑い声も聞こえてきた。相手がソトア軍であろうが、こちらはまだ笑っていられるくらいの余裕がある。空元気かもしれないが、それでも笑うというのは泣くことと同じくらい体力を使うのだ。笑えるのなら、まだ戦える。勝ちの目はまだ残っている。
機体のエンジンが轟音を掻き鳴らしながら、エンデュランスのカタパルトから空へと飛び出していく。何度やっても慣れないと思っていた頃と比べて、記憶のお蔭もあってか何の心配もなく発艦できた。
「ジョーカー2より4。コスター、何やってるんだよ」
「ん?」
「掻き鳴らせよ! ここだろうが!」
俺も空へと飛んだ後、バクスターがコスターに向かって提案する。あの時は何のことだと思ったが、今は違う。バクスターが提案しているのは、コスターがよくやっていることを今この瞬間でもやれというものだ。
「いつものやつだよ! いつもよりデカく!!」
「……了解!」
コスターが通信越しに音楽を────それもオープンチャンネルで盛大に掻き鳴らし始めた。あの不愉快な音楽をかき消すように流れ続ける音楽は、彼が常に聴いているバンドの曲。FCU空軍のパープルマジック隊が演奏している『Times Are Changing』である。パープルマジック隊がバンドを組んでから3番目に出した曲ということで、大分昔の曲なのだが……今でも根強い人気がある曲だ。
『コスター、その曲は?』
「Times Are Changing……パープルマジックの曲だよ」
『なるほど。いい曲だ。その曲を聴きつつ、まずは湾口にある三つのレーダーを守ってくれ』
『第一波はヘリが先行しているが……本命は次の波だろう。ソトアも馬鹿じゃない。ホワイトバレーを潰すためにミラージュも投入してくるはずだ』
目隠しチェスになっては勝ち目がないからね、と笑うディーラーの横でコープが戦場の状況を伝えてくれる。その中には彼の経験と、今までの戦いで積み上げられたデータから割り出された敵機体の予測も含まれている。Mirage 2000……低速度域での操作がしやすく、F-16を乗り回していたパイロットですら空中戦を行うなら、ミラージュを選ぶだろうと言う者すらいるくらいの機体である。俺はシミュレーターでしか乗ったことが無いが……確かにあれはいい機体だ。
『クィーン1よりジョーカー4』
「やべ」
これからやってくるであろうミラージュを含めたソトア軍の敵機のことを考えつつ、ホワイトバレー基地を攻撃しようと迫るヘリを機銃で穴だらけにしながら飛んでいると、ケイトからの通信が入ってきた。お説教を喰らうと思ったのか、バクスターが引き攣った声を出したのが微かに聞えたが、心配は無用だろう。
『何やってるの。その音楽もっとデカく!!』
ケイトは真面目だが、それと同時にこういったことにも寛容なパイロットでもある。今の状況であれば……縮こまる心を奮い立たせるために音楽をもっと大きくしろと言っているのかもしれないが、音楽の力というのは本当に何を起こすか分からないものである。
「はははは! よぉしレックス、仕事を続けよう!」
「了解。ジョーカー隊全機、早い者勝ちのバイキング形式だ。手当たり次第食っていけ!」
俺の指示を聞いたジョーカー隊が散開し、攻撃ヘリや偵察兼自爆用ドローンを撃墜していく。ターシャは相変わらず攻撃はしないが、彼女の飛行に引っ張られたヘリがコスターの射線に躍り出るのが見えた。そこにすかさず機銃を叩き込むコスター……いい腕をしている。ミサイルではなく、機銃を用いるという選択も悪くない。
「ところでホワイトバレー基地の戦闘機はどうなってる?」
ヘリを墜とし続けていたバクスターがふと、ホワイトバレー基地の状況を確かめるために通信を送る。その問いかけへの返答は、数秒後に繋がった通信で明らかになった。
『こちらパープルマジック1から味方機へ。俺達はまだ地上に釘付けだ』
「了解。ジョーカー1からパープルマジック1へ。チューニングをしっかりやってから舞台に上がって来てくれ」
『ふっ。面白いやつがいるらしい』
……さて、そろそろホワイトバレー基地に停留している艦やステルウォートの対空兵器が弾切れになる頃か。撤退戦に撤退戦を重ねた俺達と、防衛に防衛を重ねてきたホワイトバレーではやはり弾薬が足りなくなる。D.D.を通してエンソーなどから諸々の物資を購入できればまた話が違うのだが……まあ、ないものねだりをしていても仕方がない。やれることをやろう。
『当てられるなよ、ピンキー』
「大丈夫。あとピンキーって呼ぶな」
『TACネーム欲しかったんだろ?』
「ダサいんだって……センスが違うんだよ」
ヘリや固定翼機を撃墜し続けている中、そんな通信が入ってくる。ターシャとクィーン隊の二番機、クルスの通信だ。何だかんだで何か感じるところがあったのか、クルスが名付けたTACネームを使っていたターシャだったが、この時はまだピンキーと呼ばれるのが嫌な時期だったか。
『じゃあ、どんなのがハイセンスなんだ?』
「例えば……カオス・エコー。あ、リズ・シャドウとかはどうかな」
「いやいやいや、それはコスターのセンス過ぎるって!」
「じゃあマゼンタ・ヴォルテックス!」
「だーかーらー!」
『ターシャの寝ぐせのイメージか?』
本当に騒がしいが、不愉快にならないタイプの騒がしさだ。通信越しにAWACSからも笑い声が漏れているくらい、彼らの会話は愉快なものである。
『あなたたち、いい加減にしなさい。戦闘機が来てるわよ』
『おっと、我らが女王陛下がお怒りだ』
『クルス?』
ああ、本当に懐かしい賑やかさで涙が出てきそうだよ。その中には幽霊じゃないコープもいる。分の悪い賭けをした甲斐が、本当にあった。
『まともな飛行隊は開戦劈頭に潰したはず』
『やるぞ、狼ではなく羊だ。キルマークを稼いで故郷の土産にする』
「……」
こいつらの通信が聞こえてくるのもそろそろ諦めの境地に至るレベルだ。こいつら、本当にどうして俺達に聞えるように通信を垂れ流しているんだ? 通信を暗号化しているのはシャドウズだけなのか? ……ああ、もしかして、オープンチャンネルで通信を垂れ流すことで敵を挑発するという高度な通信戦術だったりするのか? それにしたって杜撰もいいところだが……まあ、慢心や油断をしているのなら好都合だ。
「バクスター、A-6の方を頼んだ。俺はミラージュを潰す。クィーン隊と連携して潰してもいいからな」
「了解。気を付けろよ、レックス!」
バクスターと一度二手に分かれて攻撃を開始する。死にかけの基地を潰すだけの仕事だと思っているのか、すっとろい動きで飛行するミラージュは、少し距離が離れていた俺がすぐに追いつくことができるレベルであった。
低速度域での操縦がやりやすいからといっても、ずっと低速度域で飛んでいるなら、こちらとしてはただの据え膳というもの。ミラージュの強みは高速から低速へ、低速から高速へと緩急を加えてやることが肝要だ。……まぁ、大体の戦闘機がそういうものなんだけどさ。それを考えると、やはり最適解を叩き出し続ける無人戦闘機というのはかなり厄介な代物だ。元々人が乗っていないから、人間にはできないような無茶な飛行も可能としてしまうし、俺達の反応速度を超えた反射をしてくることすらある。
それを次々墜としていった三本線とその相棒はどんな化け物なんだという話なのだが、彼ら含めてエースというのは化け物揃いである。彼らと俺を比べることすらおこがましい。伝説の傭兵サイファーとその相棒であるラリー・フォルク、リボン付きことメビウス1、凶星と名高いグリフィス1、エメリア・エストバキア戦争の英雄ガルーダ1タリズマンとガルーダ2シャムロック……その他にも多くのエースがいるが、彼らは間違いなくエースだ。
「ジョーカー1、FOX2」
くだらないことを頭の片隅で考えながらも、ミラージュに向けてミサイルを発射する。あの時は何もかもが足りていない状況だったが、今この瞬間は少しだけ余裕を持って戦える。二機を相手にするのではなく、一機を確実に墜とせばいい。そして墜としてから二機目を狙えばいい────そんな心の余裕が操縦桿を握る力を和らげ、機体性能を十分に発揮できるようになる。
『後方からミサイル接近! ブレイク! ブレイク!!』
『ダメだ! 避けられ────』
フレアくらい展開すればよいものを……なんて思ってしまうが、フレアを出される前に撃ち落とせたと考えれば御の字だろう。そもそもやつらはフレアを装備しているのだろうか? 流石に装備しているはずだが……ベテランパイロットなのだろうなという連中しかフレアをばら撒いてこなかった記憶がある。戦闘機は攻撃するだけではないだろうに。
とはいえ、残りはあと一機だ。A-6はバクスターとクィーン隊が潰したようなので、今基地を狙う波はあのミラージュだけである。
『パープルマジック1、離陸した! 待たせたな!』
『パープルマジック1の離陸を確認した! 続く機体も離陸急げ!』
残るミラージュを追いかけようとしたところで、パープルマジック1とホワイトバレー基地の通信を受信する。ようやくチューニングが終わったようで、パープルマジック1が離陸したようだ。彼に続くように、パープルマジック隊の戦闘機たちが滑走路を進み続けているが、俺の記憶が正しければこの時は────
『パープルマジック1からパープルマジック2へ。どうした?』
『やべぇ。滑走路手前でエンジンがフレームアウトした!』
記憶通りの展開だ。この状況では最悪の一歩手前というトラブル。
フレームアウト……エンジンの燃焼室内で燃料が燃焼せず、火が消えてしまった状態となってしまったことでエンジンの出力が低下している戦闘機が滑走路の手前で動きを止めている。フレームアウトの原因はいくつかあるが……パープルマジック2が乗る戦闘機がどのトラブルに襲われたのかは分からない。この後エンジンが再始動して、無事にフライトしていたからエンジン内部の故障ではないはずなのだが……
『ガーネット少佐、離陸したのは一機だけか?』
『ああ。ついてないことに俺だけだ。とにかく滑走路上空へ侵入してくる敵を潰す!』
パープルマジック2が飛べない状態でも戦況はどんどん変わっていく。飛べない戦闘機はただの的になってしまうので、彼らが空へと舞い上がるまで空を飛んでいる俺達が援護し続けなければ、彼らに明日はないと考えていいだろう。
であれば、俺の仕事は変わらない。僚機がやられたことに気が動転しているのか、動きがぎこちない────恐らく死を間近に感じたことによる恐怖で動きが鈍くなっているミラージュをさっさと潰すことだ。
『し、死んでたまるか……! 俺はまだ約束の地になんて行かない!!』
ミラージュの動きが変わる。死を目の前にしたことによる極限状態が、パイロットの火事場の馬鹿力か何かを引き出したのだろうか。左右に大きく動いたり、バレルロールを加えて動きにトリッキーさを入れることで狙いを逸らそうとしたりと、背中を追いかける俺を撒くための動き。機体の癖を理解して飛ぶベテランパイロットとは違って、とにかく機体性能を引き出そうと躍起になっている、一生懸命という言葉がふさわしい飛び方は光るものがある。
成長すればいいパイロットになったのだろうなと思わなくもないが、生憎俺と彼は敵同士。殺し合う運命にあるのだ。そして殺し合いの場に出てきておいて、超絶技巧の飛行ができるわけでもないのに逃げることしかしない愚か者には必ず罰が下される。それを下すのは俺であったり、他の飛行機乗りだったりするが────今回は俺達の誰でもないやつによって、ミラージュのパイロットは被弾することになった。
『ミ、ミサイル!? 後ろからじゃない……正面、海から!?』
海の方から高速で飛来した物体によって、ミラージュは右翼に被弾した。飛んできた方角は海がある南……ホワイトバレー基地の近くまで向かってきていたステルウォートの甲板から叩き込まれたミサイルだ。FIM-92 Stingerによる地対空攻撃である。
『こちらステルウォートのいち甲板員! ざまあみやがれソトアの犬が!!』
そしてその攻撃を成功させたのはイモータルズのメンバーであった一人の男だ。確かにステルウォートにはスティンガーを含めた地対空兵装などがいくつかあったと言っていたから、もしかするととは思ったが……まさか艦の甲板からスティンガーを打ち込むとは誰も思うまい。
『レックス、敵はフラフラで撃墜寸前だ! 叩き込め!!』
「了解、FOX2!」
スティンガーを撃ち込まれて翼の一枚が言うことを聞かなくなったミラージュの後方から、ミサイルを一発発射する。最後の最後まで避けようと機体を操作していたが、被弾して動きが鈍くなってしまった戦闘機がミサイルを避けることなどできるはずもなく、胴体にミサイルがクリーンヒット。直後にキャノピーが吹っ飛んだように見えたが、脱出するのと同時に爆炎に吹き飛ばされたのだろう……パラシュートを見ることはできなかった。
『くそっ、くそっ、くそっ! 回らねえ!』
ミラージュは墜としたが、全ての敵勢力を潰したわけではない。AWACSが新たに作戦区域に侵入してくる敵機を捕捉したらしく、情報を俺達に送信してくる。そんな中、パープルマジック2はエンジンを再始動させようと奮戦していた。
『上にいるのは海軍の【シーヴの翼】なんだろ!? 幸運のシンボルならよ、何とかしてくれよっ!』
『中々無茶なことを言ってくるな、レックス』
「これも希望の象徴になったやつの辛い所だよ、コープ。変わってくれてもいいぞ?」
『いや、案外こうして戦況を見るのが性にあってるかもしれない。ディーラー共々、ここが俺の天職かもしれないな』
だから、希望を振り撒くのはアレックスに任せる。そう言って笑うコープに思わず苦笑する。コープは自由に空を飛ぶことが好きであり、敵を撃ち落とすような戦い方はあまり得意ではないのだろうが、視野が広い。マニューバキルなんかも、彼の技量と視野の広さあってこそのものだ。視野の広さを強みとするのなら、AWACSでこちらを指揮するのはコープにとっての天職なのかもな。
『回らねえ! 回らねえ! ここは整備が足りてねぇんだ! ……ジェンキンズ少佐さえいてくれりゃあな……!』
「ジェンキンズ? 彼ならエンデュランスにいるよ。似合わない口髭のやつならね」
パープルマジック2のぼやきに対して、バクスターがそう返答する。整備一筋で少佐にまで上り詰めたジェンキンズの名前は、FCU空軍の中ではトップクラスに知名度がある。少なくとも、特殊兵装を二つ積めるようにカスタマイズできるの人間を俺はジェンキンズ以外に知らない。戦後に技術交流会的なもので会った【スクラップ・クィーン】からもジェンキンズは天才だとか言われていたしな。
『海軍に? 奴はいつから海でボートを漕ぐようになった?』
『待ってくださいガーネット少佐。今エンデュランスのAWACSがアレックスって言いませんでした?』
『ああ、確かに言った気が────AWACS、アレックスというのはアレックス・ベケット少佐か?』
『え? ああ、彼は確かにアレックスだけど……』
ディーラー、俺の存在って結構な機密情報じゃなかったか? いや、実は【シーヴの翼】は二人いたんだ的な情報の錯綜をD.D.主導で行っている可能性もなくはない……のか? コープが生きているのなら、そういう情報を流しても間違いではないだろうから。
『アレックス少佐が【シーヴの翼】だったのか! 円卓からの叩き上げならあのスコアも頷ける!』
「あー……ジョーカー1からパープルマジック1へ。期待してるところ悪いんだが、確かに俺は円卓で飛んでたけど、【円卓の番犬】じゃないですよ」
『あんたの上官だったやつが酒の席でグチグチ言ってたぞ。「俺なんかよりもアレックスの方がもっと凄いやつだー」とかな』
「上官……」
よく酒の席で円卓の話をして首が飛ばなかったな……【円卓の番犬】を含めて当時のことは機密情報扱いだろうに。絶対あの人あの世で俺のこと見てゲラゲラ笑って酒飲んでるだろ……あんの馬鹿みたいな飛び方をするファントム乗りめ。あの人と飲みに行くと、絶対と言っていいくらい店で強い酒を出されるから苦手だったんだよな……ジェンキンズが助けてくれてなかったら多分酔いつぶれてアルコール中毒待ったなしだったぞ。
『あんたが飛んでるなら生き残れる! 少佐、高度を上げて先に行っちゃってください!』
『馬鹿言え! ドラマーがいなけりゃテンポが刻めない。今だからこそ必要なんだろうが、バスドラの重低音が』
「…………………………あー、えーっと、ガーネット少佐? ベーシストの?」
何かを確かめるようにコスターが呟いた。恐らく、パープルマジックファンの彼にとって、今の状況は夢でも見ているかのような状況なのだろう。
『なんだ? 防衛戦闘中なんだ』
「ああ。ああ……ガーネット少佐……………………………………………………え゛!? ガーネット少佐!?!?」
ようやくここが現実なのを思い出したのか、いつも以上に大きな声で叫ぶコスター。まぁ、分かるよ。俺もズヴェズダのパイロットと街中とかでばったり出くわしたらあんな感じになる自信がある。それかズヴェズダの航空ショーを生で見たらああなる自信がある。
「ベーシストの23年度の四軍フェスで優勝したガーネット少佐ですよね!?」
『バンドは解散だ。リードギターが戦死しちまった。フルメンバー揃ってたらな……【シーヴの翼】なんぞに頼らずとも、ソトアの田舎音楽なんぞ蹴散らしてやるんだが』
さて、この後コスターはパープルマジックの掩護に回りたいと進言してくるわけだが……ターシャを一人残しておくのはあまりよろしくないだろう。彼女も自分の身は自分で守れるとはいえ……一人というのはやれることが限られてくる。
「ジョーカー1からジョーカー4。パープルマジック1の掩護に回れ」
「え!? いいのか、レックス」
「ああ。パープルマジック1、こちらジョーカー1。うちのギタリストの四番機を掩護に回すんで、好きに飛んでくれ」
『即興か。だが、本気で好きにやらせてもらうぞ?』
「うちの四番機は優秀なんだ。安心してくれ」
「ガーネット少佐! どんな演奏でもついていきます!」
『よし、ならついてこいジョーカー4! 連中を追い返すぞ!!』
パープルマジック1がコスターを僚機として加速する。その加速やマニューバに対しても、いつもターシャを掩護しているコスターにとっては慣れたものだろう。ぴったりとついて飛んでいる。ホワイトバレー基地付近の防衛は彼らに任せておいていいだろう。
「さて……俺とバクスターは遊撃係だな。ターシャ、好きに飛んでいいぞ。俺達で合わせる」
「え? いいの? 本気で飛ぶけど」
「バクスター、行けるか?」
「行くしかないんだろ? ターシャ、遠慮しなくていい。全力で飛べ!」
「オッケー、マジの本気行くよ!」
風を掴んで飛ぶターシャの動きはまさに妖精。加速も減速もラグがない。どこまでも自然で、どこまでも自由。こんな状況じゃなければ見惚れてしまうくらいの、美しいフライトを披露する彼女を追いかけるような形で、俺とバクスターが飛ぶ。
「本当に楽しそうに飛ぶな……レックス、あんたも好きに飛んでいいんだぞ?」
「案外楽しんでるよ、俺も」
「そうじゃない。俺達に合わせなくていいって話さ。隊長機はあんたなんだ。俺達がレックスに合わせる方が部隊っぽくていいだろ?」
まぁ、そう言われるとそうなのだが……いや、しかし……ターシャにああ言った矢先に俺が好き勝手飛ぶのはちょっとアレではないか?
そんな俺の迷いを感じ取ったのか、やれやれ、と言わんばかりにバクスターがターシャに声をかけた。
「ターシャ、レックスが引っ張ってくれるらしいぞ」
「おいバクスター……」
「ほんと? ならお言葉に甘えちゃおっかな」
「ターシャ、いいのか? 好きに飛んでいいんだぞ?」
「いいよ。レイの飛び方結構好きだもん、あたし」
あー……全く、本当にこいつらは。そこまで言われたら前に出ないわけにはいかないじゃないか。
「んじゃあ……全部ひっくり返すぞ。ホワイトバレー基地を守るんだ」
「「了解!!」」
俺の記憶が正しければ、この後は必ずあいつらが飛んでくるはずだ。……確実に潰す。