未来を知りたい?星の廻りを見ればだいたい分かるでしょ。 作:タワマン太郎
未来。
それは誰にとっても不確定な象徴であり、同時に誰にとっても確定的な現象だ。
もしもそれを微かにであれ覗き見ることができる存在がいるとするならば——そいつはきっと神様か、あるいは狂気に冒された怪物かのどちらかに決まっている。
だがしかし。
預言者などと大層かつ大仰な二つ名で呼ばれる僕——
僕には神のような全能性もなければ、世界を滅ぼすような悪意もない。
たったひとつ。
ほんのたったひとつだけおかしな点があるとすれば、それは——僕が僕自身の持つ力の異常性に、絶望的なまでに無頓着であるということくらいだろう。
僕は自分の能力の価値を微塵も理解していない。
ゆえに——誰でもやろうと思えば、ごく当たり前に未来など知ることができると思い込んでいる。
実に愚かで、実に平和的で、そして決定的に狂っている勘違いだ。
◇◇◇◇◇
「えっ? 未来を知りたい、ですか?」
放課後の教室。
夕闇が差し込み始める時間帯において、僕は見知らぬ生徒たちに囲まれていた。
ちなみに言っておくと、そこに同級生は一人も存在しない。つまり、僕は彼らの名前を誰一人として知らないし、認知もしていない。
すごい気迫——あるいは凄まじい悲壮感をもって僕に迫ってくるのは、三人の可憐な少女と、一人の少年。
構成としては完全にライトノベルのそれであり、ハーレムものであるため、中央に位置する少年のことは便宜上『主人公くん』とでも呼ぶことにしよう。
「そもそも……どうしてそんなことを僕に聞くのでしょう?」
未来を知りたいと願う欲求そのものは、人間の浅ましさとして実に理解できる。
だが、それをなぜ僕に尋ねるのか。その経緯と論理が、僕にはまったく理解できなかった。
「星道先輩なら……だいたいの未来を見ることができるって聞いたので……!」
ふむ。なるほどなるほど。
彼らもまた「見ようとしない」という選択をし続けている側の人間というわけだ。
「僕しか未来を見られない、みたいな言い方はやめていただきたいですね。まるで僕が、何か決定的に異常な存在みたいに聞こえるじゃないですか」
そもそも、どうしてみんなやろうとしないのだろう?
未来なんて、見ようと思えば誰にでも見えるはずなのに。
誰も彼もが僕という存在を頼るばかりで、自分自身で未来を捉えようとする努力を、微塵も、爪の先ほどもしようとしない。
ああ、実に——煩わしい。
「えっと……それってどういう意味ですか? まさか星道先輩以外にも、未来を知る手段を持つ人がいるとでも!?」
そう、この世界の大半がそうだ。
当然、僕の目の前に並んでいる彼らも含めて。
「貴方がたも、未来を知れる者たちの一人ですよ。というか、この世界の大半の存在がそうです。僕から言わせてもらえば、なぜ皆さんが未来を知れていないのか、不思議で仕様がないのですよ」
夜空を見上げればいい。そこに浮かぶ星々を見つめれば、未来なんて嫌でも悟ってしまうはずだ。
なのに、なぜ誰も未来を知り得ないのだろうね?
不思議だ。あまりにも不思議で、解不可解で、仕様がない。
「えっと……どうやったら未来を見れるんですか? 僕たちには、その方法がさっぱり分からないんですけど……」
おや。
今の一言で、主人公くんたちの僕の中での評価がわずかに上方修正された。
大半の怠惰な人間のように「どうせできない」と諦めて切り捨てるのではなく、具体的なプロセスを尋ねてくるとは——実に先を見据えていて、好ましい姿勢だ。
「未来の知り方、見方。そんなものは至極簡単、かつ単純なことです。夜空を彷徨っている星々の廻りを見れば、だいたいのことは理解できますから」
僕は誰にでも理解できるであろう、至極当たり前の概念を提示する。
それが、人間という種族には絶対に理解できない『領域外の事象』だとは、露ほども知らずに。
◇◇◇◇◇
「おや。思っていたよりも早かったですね」
時刻は夜の九時。
太陽という名の圧倒的暴力が姿を消し、闇という名の理が世界を覆い尽くす時間帯。
良い子が布団の中で健やかな夢を見ているであろう刻限に、僕は通っている高校の屋上に立っていた。
何をしているのかって?
決まっているじゃないか。主人公くんたちに「未来の見方」という名の講義を行うためだ。
ここが校内で最も夜空の星を観測しやすいポイントだからね。でなければ、僕のような常識人が夜間の学校に不法侵入などするはずがないだろう?
「今日はよろしくお願いします、星道先輩」
「そんなにかしこまる必要はありませんよ、夜白くん。大したことを教えるわけではありませんからね」
主人公くんこと夜白刃《やしろ じん》くんは、僕の言葉に緊張を隠せない様子でコクコクと首を振る。
取り巻きの女子三人組も、固唾をのんで僕の一挙一動を見つめていた。緊張感の緩和には時間がかかりそうだが、まあ、放置しておけばそのうち解決するだろう。
「それじゃあ早速、講義を始めましょうか。そんなに難しいことではないので、肩の力を抜いて聞いてください」
夜白くんたちに向き直り、僕は教鞭を執るように人差し指を天へと突き立てる。
「夜空には星があるでしょう? まずはそれをじっと見てください。そうすると、星の廻りが見えるようになるはずです。言い方を変えるなら『軌跡』あるいは『確定した線』とも言えますね。……ここまでは理解できましたか?」
「いえ、まったく理解できません」
「えっ?」
どこが……一体どこに解釈のズレがあったのだろう?
僕の説明は客観的かつ完璧であったはずだ。それなのに……何一つ伝わっていない?
いや、落ち着くんだ星道熾月。
ここで冷静さを失っては、教導者としての矜持が保てない。夜白くんたちの思考回路は僕の理解を超えているが、他者と自分は異なる存在なのだから、多少の認識の齟齬は容認すべきだ。
「もしかして、視力が悪くて星が認識できていないのですか? それなら双眼鏡をお貸ししますが」
「あ、いや、そういう物理的な視力問題じゃなくてですね……」
「では、どこに疑問の余地があるのでしょう?」
「えっと……『星の廻り』って何ですか? 僕たちには、星が動いているようにはまったく見えないんですけど」
へぇー。星の廻りが、視えないのですか。
ふむふむ……はい?
いやいや、ちょっと待ってほしい。星の廻りが視えないとは、どういう理屈だ?
はっ……!!
もしや、夜白くんたちは——僕と同じ『人間』という種族ではないのでは……!?
ははーん。納得がいった。完全に理解した。
彼らが『人造人間』あるいはそれに類する非有機的生命体であるならば、僕の教えが通じなかったことにも決定的な合点が行く。生物学的な構造が根本から異なるのだから、世界の認識方法が違っていても何ら不思議ではない。
「仕方ありませんね。星の廻りが視えない構造なのでしたら、僕が貴方がたの未来を直接読み取って教えてあげましょう」
さて、教導を再開するとしよう。
まあ、星の廻りさえ視認できてしまえば、あとは極めて単純な作業に過ぎない。
星の廻りをじっと見つめれば、勝手に星の側から情報を提示してくれるのだ……未来という名のデータを。
お星様というのは、実にサービス精神が旺盛だ。こんなにも簡単に未来を開示してしまってセキュリティ的に大丈夫なのかと心配になるが、まあ、僕が他人のセキュリティを気にする筋合いもないだろう。
夜空を見上げ、しばし未来を「受診」する。
「ふむ……なるほどなるほど。大体のログは読み取れましたし、これくらいで十分でしょう」
……それにしても。
夜白くんたちの辿る未来、あまりにも異常すぎやしないだろうか?
近いうちに地球外知的生命体——要するに宇宙人とバトルする予定が組まれているようだが。どこぞの伝奇バトル小説の主人公か何かか、君は?
そうとしか思えないほどに、破滅的かつ波乱万丈なロードマップだ。
あっ……彼らは人造人間だったね。なら、それくらいの過酷な運命をプログラムされているのも当然か。うん、実に筋が通っている。
「それでは、知りたい項目を何でも質問してください。視えた情報は特別大サービスで、隠すことなくすべて開示してあげますから」
逃れられぬ戦闘の宿命を背負わされた可哀想な人造人間たちに、どこか同情と憐憫の視線を向けながら、僕は優しく、そして朗らかにそう告げるのだった。
◇◇◇◇◇
いやぁ、世界には「人造人間」なんてものが本当に実在していたのですね。
僕の知らないところで、ファンタジーという名の非日常は確かに息づいていたようです。
今度、彼女に会ったら尋ねてみるとしよう。
この世界には、他にどんな不条理なファンタジー存在が隠れ潜んでいるのかを。
「ふふっ……柄にもなく、楽しくなってきてしまいましたね」
僕は密かに、しかし確かに期待する。
いつの日か、僕の予測可能性すら軽々と飛び越える「知り得ぬ未来」が訪れてくれることを。
あるいは、たとえ結末を知っていたとしても、そのプロセスを心から楽しめるような未来がやってきてくれることを——。