修学旅行で買った『龍が巻き付いた金のキーホルダー』。伝説の呪具だった 作:鳥人間コンテスト
逃げた舞依であったが、その後、どうしたものかと考えた。
直哉の攻撃を避けた。
しかも、あの投射呪法から。
今までの自分なら、考えられないことだった。そもそも、直哉に逆らうことすらできなかったのだ。何を言っても無駄だと諦めて、ただ殴られるのを待つ。それが、いつもの自分だった。
それなのに。
あの瞬間、自分は確かに動けた。何が起きたのかは、いまだによくわからない。けれど、原因に心当たりはある。
ポケットの中にある、金色のキーホルダー。
「……どうしよう」
とりあえず、姉に相談することにした。
☆
「ねえ、真希……どうしよう?」
「ん? 何かあったのか?」
真希は本を読んでいた手を止め、妹の顔を見た。いつもと変わらない様子に見える。
いや、よく見ると、少しばかり落ち着きがない。何度もポケットに手をやっては、何かを確かめるようにしていて……
「……また、何かされたのか?」
「うん……まあ、そうなんだけど」
「……誰だ?」
「直哉」
「あの野郎……」
真希の表情が険しくなった。
妹がこんな顔をしているとき、原因は大抵決まっている。禪院家の人間。そして、その中でも特に厄介な男。
「それで、直哉の攻撃を避けた」
「……は?」
「端的に言うわ。直哉の攻撃を避けた」
「いや、待て待て待て」
真希は本を閉じた。
「アイツの攻撃をか!?」
「そ、そうよ」
「というか、またあいつ、お前にちょっかいかけてきてんのか……」
真希はため息をついた。
まったく、どうしてこの家の人間は、揃いも揃って面倒くさいのか。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
「それで?周りに見られていたのか?」
「ううん。見られてないわ」
「なら、まだいい。あいつも、わざわざ自分が攻撃を避けられたなんて言いふらすことはしないだろ」
「そう……かしら?」
「知らん。けど、少なくとも自分の失敗を大っぴらに話すような奴じゃないだろ、あいつ」
真希は腕を組んだ。
「ただ、またイジメられたら、それは……」
「……」
そこで、会話が途切れた。
真希は真依を心配している。
それはわかっていた。
けれど、どうすればいいのかは、二人ともわからなかった。
この家で、真依を守ってくれる人間など、ほとんどいない。
だからこそ、真依はいつも耐えてきた。
耐えるしかなかった。
……だが。
「で、お前がアイツの攻撃を避けたって、本当なのか?」
「え?」
「いや、話が進まないから聞いてんだよ。どうやったんだ?」
「あ、それは……」
真依は、ポケットからキーホルダーを取り出した。
「多分、これが原因……」
「ん? なんだそれ?」
「呪具」
「……呪具?」
真希は眼鏡に触れながら、それをじっくりと観察した。
金色の剣。柄には龍が巻きつき、小さな輪がついている。どう見ても、土産物屋で売られている安っぽいキーホルダーだった。
確かに若干呪力は感じる……気がする。
しかし、その程度だ。
少なくとも、見ただけで驚くような代物ではない。
「ほう……それがどう影響したんだ?」
「多分、集中力を上げる効果がある……と思う」
「集中力を上げるぅ?」
真希は眉をひそめた。
「それで、どうして避けられるんだ?」
「わ、わからないわよ……」
「いや、まあ、そりゃそうか」
真希はキーホルダーを受け取った。裏返してみる。振ってみる。呪力を探ってみる。
「……うーん」
特に何も感じない。ただ、妙な呪力を帯びていることだけはわかった。それ以上のことは、さっぱりだった。
「特に何も感じないが……」
「そう?……本当にセンスないのね」
「毒舌っ!」
結局、真希にはキーホルダーの効果を実感できなかった。
どういう訳か、自分専用……ということらしい。使い方があるのかも知れないが、今のところは真依が持っていた方がよさそうだった。
☆
その日の午後。
真依は庭に出ていた。
手には、例のキーホルダー。
年相応に、新しい玩具を手に入れた子供のような気分だった。
もっとも、呪具を玩具扱いするのは、呪術師としてどうなのかという話だが……
「えーっと、こうキーホルダーを掴んで……」
ぎゅっと握りしめる。
すると。
「……あ」
頭の中が、徐々に静かになっていった。
周囲の音が消えたわけではない。
風の音も、木々の揺れる音も、遠くから聞こえる人の声も、ちゃんと聞こえている。
ただ、それらが気にならなくなった。
意識が、一点に集まって、定まっていく。
「わぁ……」
真依は目を輝かせた。
「なるほど……こう集中するのね」
集中するとは、『集中』の意味とは、こういうことだったのか。今までの自分が、いかに集中できていなかったのか。
それが、よくわかった。そして、極めつけに。
「……うん」
真依は、自分の頭を軽く叩いて、
「頭も良くなってる……」
単に集中力が上がっているだけではない。物事を理解する速度そのものが違う。頭の中に散らばっていた知識が、次々とつながっていく。今まで曖昧だった呪力の感覚が、妙にはっきりと理解できた。自分の術式についても、同じだった。
構築術式。
呪力を消費して、物質を生み出す術式。しかし、真依はこれまで、その術式をうまく扱えなかった。何を作るにしても、呪力の消費が激しい。
精密な構築をしようとすれば、なおさらだ。だから、真依は自分の術式が嫌いだった。努力しても、才能のある人間には敵わない。何かを作ろうとしても、満足に作れない。そう思っていた。
けれど。
【出力:0.1%】
「……ああ、なるほどね」
今なら、わかる。
いや、わかる気がする。呪力の流れ。物質の構造。構築する際に必要な条件。それらを、今までよりもずっと鮮明に把握できる。
まるで、頭の中にあった曖昧な地図が、突然、詳細な設計図に変わったかのようだった。それは、勘違いでは決してない。それを、今から証明しよう。そう考えて、
「これなら……」
構築術式を発動する。呪力を練り上げ、形を与える。何を作るべきか。どのような構造なら、少ない呪力で実現できるのか。どこを削り、どこを残せばいいのか。思考が、止まらない。
「これまでより複雑なことを……より煩雑な縛りを……」
ただ物質を作るだけではない。構造を工夫すればいい。条件を限定すればいい。制約を設ければいい。縛りによって、必要な性能だけを残す。
そうすれば、呪力の消費を抑えながら、より高度なものを作れるかもしれない。
今までなら、思いついても実現できなかった。
そもそも、どうすれば実現できるのかさえ、わからなかった。
だが、今は違う。
「……できる」
真依は、ゆっくりと手を前に出した。
『有る』という事は、縛りと非常に相性がいい。代償を受け入れることでそれを削り、対価を受け入れ、自分好みに改良する……それが、呪術の、『縛る』という事。
指先から、細い糸が生まれる。
硬そうな糸。
それを、さらに細く。
ほそーく、ほそーく。
一本一本を編み込むように、構築していく。
ただの糸ではない。
呪力を通すための構造を組み込み、必要な強度を確保する。余計な部分は削る。無駄な呪力は使わない。
そして、
「……これなら…………」
真依は、糸に呪力を通した。ピン、と張り詰める。
細い糸が、まるでワイヤーのように硬質化した。呪力という物の性質。肉体を強化できる様に、道具もまた、呪力を通して、纏って、強くなる。
風が吹く。
その細すぎる糸が揺れる。それでも、簡単には切れそうにない。真依は、それをじっと見つめた。今まで、自分の術式に価値があるとは思えなかった。
けれど、もしかしたら、自分にもできることがあるのかもしれない。そんな考えが、ほんの少しだけ、頭をよぎった。真依は、金色のキーホルダーを握り直した。
「……すごい」
小さく呟く。
その声には、驚きと、喜びと、ほんの少しの期待が混ざっていた。
☆
当の呪具、『田中』はというと。
(……あー、うん)
真依の思考が冴え渡っていることを、ぼんやりと認識していた。
(まあ、そうなるわなぁ……)
『田中』は、別に何か特別なことをしたつもりはなかった。
ただ、持ち主が使いやすいように、少しばかり頭の働きを補助しているだけ。因みに、現状は力の1%も出してはいない。というか、出したら向こうの頭がオーバーヒート、爆発するので使えない。
それだけである。
それだけなのだが。
(……なんか、めっちゃ期待されとらん?)
田中は思った。
(いや、僕、別に万能の神様とかやないんで。そんな期待されても困るんやけど……)
持ち主は現状、訳ありそうな禪院家の少女。
普通に考えて、面倒事の予感しかしない。
(……うーん、まあ、まだええか)
『田中』は、さして深刻にも考えず、意識を沈めた。
(とりあえず、コイツができることを増やせたんなら、それでええやろ……うん……コイツを強くすれば、目的に、『融合』に近づけるかも……構築術式使いにあえたのも、非常に運がいい……やっぱ僕、ついとるなぁ)
『よろしく頼むで』
「っ!?」
実験していた真依に向けて、話しかけた。向こうはびっくりしたようにあわあわしているが、『田中』は興味なさそうにしていた。
☆
【出力:0.2%】
賢くなった頭をフル活用して、図書館にある本を読み漁った。集中の対象は勿論、本の内容だ。
入る入る。頭に入る。どんな情報も一発で頭に入る。
まるで、人生で一回しかないぐらい心地の良い朝を迎えた後みたいに、トリップに陥る。
「DNAは糖……デオキシリボース……炭素原子5個からなる五炭糖から、リン酸はリン酸基……H3PO4から、つまりは酸素、リン、水素から、塩基はアデニン、チミン、グアニン、シトシンから出来ている……塩基の細かな、それぞれの対応は環状構造は……プリン塩基、ピリミジン塩基……なるほど」
それぞれの化学記号も理解した。高校範囲の習得だ。
そして、
「私の術式は概念的に物を作れる。代わりに、そんなだからこそ、私の呪力をすぐに空にしてしまう……」
だったら、
「もっと詳細に……詳しく……細かに……把握する……小さければ小さいほど、呪力を使わずに作れるんだ……1番最小なものを作ろうとすれば……概念的に物を作れるという性質も残したまま……そうすれば、何か新しいものを………………私の術式は決して使えない、無駄なものじゃない……」
トリップ。トリップ。
「あは、あはははは!!!!!」
覚醒したようにイカれ狂う脳みそ。
「ありがとね……キーホルダー……あなたのおかげで、少し、もう少しだけ、自分のことが好きになれそう……」
そうして、自由になれるんだ。
そんな調子の彼女だったが、図書館で寝ている姿で発見された。その寝顔は、やっぱり年相応だったという。
☆
【出力:0.2%】
真依は、翌日には大学範囲が載っている化学知識まで手に入れて、集中した疲れからかぐっすり眠れたあと、
またもや、覚醒する。
「うん……自分にできることは把握できた……これなら……」
実験その1。
「呪力を上手く通せる糸を作る……」
その為に、学んだ事を活かす。
「ただのモノに呪力を通すよりも、『肉』に呪力を通した方が格段に呪力は通しやすい……」
これは、ズブの素人でも、自身の肉体だけは強化できるのと一緒。肉体の呪力の通しやすさは異常なのだ。だったら、それを使って……
「呪術的に、『肉』と判断される物ってなんだろう?その境界を見極めてやる……」
「脳があること?認知能力があること?それとも生体情報であるDNAがあること?細胞があること?自己修復能力があること?代謝能力があること?魂があること?負の力を浴びた経験があること?わからない、わからない……」
それぞれの疑問から、樹形図が広がっていく。それは、指数関数的に高まっていき、2000に到達しそうなところで、ここまででいいだろうと止めて、
「さあ、判明させる時だよ……私の前では、真実のベールはこれにて暴かれる……」
没頭しすぎるあまり、よくわからないことを言いながらも、本人的にはずっと真剣である。
「さあ、実験の始まりだ」
糸に昨日学んだDNA構造を作りながら、そっと糸を作っていく。それに呪力を通す。失敗。『肉』に呪力を通すような感覚は得られない。次だ。
その糸に呪力を通したまま、次は脳の構造を作っていく。失敗。それは飛ばして、次の糸を。
【出力0.3%】解禁:並列思考
「『A』……糸に呪力を通しておきなさい……」
『……』
「その次に、『B』、脳に関する記憶を強化しなさい。『C』はその補助を。『D〜Z』は『車輪の再発明』をしなさい」
まるで、自身の中に自身がいるような。普通だったら気持ちが悪いと思うのかもしれないが、自身の脳は覚醒しっぱなしだ。それを思う余計な思考は削いでいる。ただ、ひたすらに、今を捉え続ける。それが、集中の意味。
エクセルの如く、Zを超えたあとは、AAが出てきた。そして、ZZを超えたらAAAが出てくる。そうして、
「3000人の私で……暴いてやるっ」
DKHまで出てきた所で、集中の高まりをストップした。
凡人3000人分の知能。されど、凡人。素でも座学9あった知能は、キーホルダーによって加速する。
「ははははははははははは!!!」
3000人の自分を征服するような愉悦に、集中に、ゾーン状態に対する幸福感に身を歪ませながら、真依は、
「私なら、出来る……出来る……出来る……っっ!!!」
またもやトリップ状態に陥ってしまった。
10本の指から糸を発生させ、条件を確かめていく。
「これが…………私の…………答えっっ!!!」
いつのまにか、夕陽は暮れていた。
「ねえ父さん」
食事時、真依はトリップから完全には解放されていない状態で、父親に話しかける。
「……なんだ?出来損な……真依」
「知ってた?呪術における『自身』はね、『遺伝情報』、『DNA』、『RNA』、『細胞膜』から『細胞質』までの細胞情報、でも、不思議なことに『核』はいらない。細胞分裂する要素は呪術的に人間には要らないの!全ての生物に呪力が存在する。それは原核生物にもきっと呪力があるから!クラゲが脳がないのに寝る様に、本当に、全ての生物にその条件は適応されるんだ!そして『タンパク質』、『生体高分子』、『分化性能』、『人間の生体成分比』、そして最後に『生体構造』を取り入れることで、呪術における『肉』が、自身が完成する!」
「?」
疑問顔を浮かべる父親、扇を前にしても、真依はニコニコとしたまま、
「ああ、明日の実験が楽しみだわ……」
「……知らんが、呪術が上手くなるのはいい事だ。勤しみなさい?」
情報の嵐を考えるあまり、扇自身も自分が何を言っているのかよくわからなかったが、1番手っ取り早く調子がおかしな出来損な……娘と距離をとれるのがその言葉だということを判断したため、そう言葉を発した。
「ええ!」
真依はそれを真摯に受け止めた。トリップとは恐ろしいものである。
情報:『田中』
二股かけてるクズ
情報:禪院真依
トリップ中は色々性格が変化する。