日本国召喚 〜文明圏外の超大国〜   作:1番道路

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日本との初会談を終えたアルディア大帝国の使節団。彼らは新たに得た情報を整理し、遠い帝都へ伝える準備を始める。


第十一話 海を越える報告

 クワ・トイネ公国の港町に、夕暮れが訪れていた。

 

 宿舎の窓から見える街路には、仕事を終えた人々が行き交っている。

 

 遠くでは荷車の車輪が石畳を叩き、港の方からは船乗りたちの歌声が聞こえてきた。

 

 そんな穏やかな風景とは対照的に、アルディア大帝国使節団の宿舎は、まだ仕事を終えていなかった。

 

「……これで、七枚目です」

 

 若い書記官レオンが、机の上に紙を重ねた。

 

「まだ終わらんぞ」

 

 向かい側に座るエーリヒが、別の書類を広げながら答える。

 

「分かっております。しかし、これほど多くなるとは思いませんでした」

 

「私もだ」

 

 エーリヒは苦笑した。

 

 今回の会談は、あくまで最初の挨拶にすぎない。

 

 それなのに、書き記すべき情報は驚くほど多かった。

 

 日本という国家の存在。

 

 その統治制度。

 

 周辺諸国との関係。

 

 交易に関する意向。

 

 そして何より、国家そのものが異なる世界から現れたという、常識では理解し難い説明。

 

「こちらの世界に来る以前、日本はどれほどの国々と交易していたのでしょうか」

 

 レオンが尋ねた。

 

「相当な数だろうな」

 

「そう判断される理由は?」

 

「言葉の端々に、外国との取引に慣れている様子があった。船舶の入港条件、通関、商品の規格、支払いの方法……こちらが尋ねる前に確認された事項も多い」

 

 エーリヒは筆先を止めた。

 

「特に興味深いのは、あの国が自国の不利益になる可能性まで、最初から考えていることだ」

 

「不利益、ですか」

 

「交易は互いに利益を得るためのものだが、必ずしも最初から双方の条件が一致するわけではない。日本側は、それを当然のこととして話していた」

 

 レオンは頷いた。

 

 帝国もまた、多数の属国、保護国、友好国と交易を行っている。

 

 そこでは互いの商人が利益を追求し、政府が港湾使用料や関税を定め、必要に応じて紛争を調停する。

 

 その営み自体は、日本と大きく変わらないらしい。

 

「では、交渉は進めやすそうですね」

 

「そうとも限らん。慣れている相手というのは、こちらの曖昧な説明を見逃してくれない相手でもある」

 

「なるほど」

 

「それに、我々はまだ日本のことをほとんど知らない」

 

 エーリヒは机の端に置かれた紙を手に取った。

 

 そこには日本側から説明された輸送手段について、簡単な覚え書きが残されている。

 

 燃料を使い、風に頼らず航行する船。

 

 竜でも鳥でもない、空を飛ぶ機械。

 

 遠距離の相手と、ほとんど時間を置かずに会話できる通信手段。

 

 いずれも、その仕組みについて十分な説明を受けたわけではない。

 

「この部分をどう報告すべきか……」

 

 エーリヒが呟いた。

 

「そのまま書けばよろしいのでは?」

 

「書くことはできる。問題は、読み手が理解できるかどうかだ」

 

 レオンはしばらく考えた。

 

「では、我々が実際に見たものと、日本側から聞いたものを分けましょう」

 

 エーリヒが顔を上げる。

 

「続けてくれ」

 

「我々は、まだ日本の船が航行するところを詳しく観察しておりません。空を飛ぶ機械も同様です。聞いた話と確認できた事実を同じように記せば、誤解が生じます」

 

「……その通りだな」

 

 エーリヒは書類の一枚を引き寄せた。

 

「項目を分けよう。直接確認した事項、先方の説明による事項、第三者の証言、そして推測だ」

 

「はい」

 

「君も慣れてきたな」

 

「毎日、閣下に書類を直されていますので」

 

「それは私への苦情か?」

 

「いえ。感謝しております」

 

 レオンが真面目な顔で答える。

 

 エーリヒは笑って、再び筆を走らせた。

 

     *

 

 翌朝。

 

 使節団はクワ・トイネ公国の担当官を通じ、日本側へ追加の照会を行った。

 

 求めたのは、正式な交渉ではない。

 

 先日の会談で理解できなかった事項について、説明を補ってもらうためだった。

 

 日本側からは、快く応じるとの返答があった。

 

「ただし、こちらの方でも確認が必要な事柄がございます」

 

 公国の担当官が言う。

 

「それは当然でしょう」

 

 エーリヒは頷いた。

 

「我々も、持参していない資料については帝都へ問い合わせねばなりません」

 

「それでは、双方とも同じですな」

 

 担当官は少し安心したように笑った。

 

 その日の午後には、次の打ち合わせの日程が決まった。

 

 使節団の滞在は、当初の予定よりも長くなりそうだった。

 

     *

 

 一方、遠いアルディア大帝国。

 

 帝都カイザーヴァルトの皇宮では、いつものように政務が行われていた。

 

「東方へ派遣した使節団について、途中の寄港地から報告が届いております」

 

 外務部門の高官が、一通の書類を差し出した。

 

 皇帝フリードリヒは、それを受け取った。

 

「無事に通過したのだな」

 

「はい。現時点で重大な問題は報告されておりません」

 

「それは何よりだ」

 

 皇帝は報告書を机に置いた。

 

 使節団が最終目的地に到着したという知らせは、まだ届いていない。

 

 海を越えた連絡には時間がかかる。

 

 たとえ皇帝であっても、その距離を消すことはできなかった。

 

「日本という国が本当に存在するのであれば、いずれ詳しい報告が来るだろう」

 

「陛下は、日本をどのような国とお考えでしょうか」

 

 高官が尋ねた。

 

 フリードリヒは少し考えた。

 

「まだ分からぬ」

 

 意外なほど簡潔な答えだった。

 

「ただ、ひとつ言えることはある」

 

「何でございましょう」

 

「我々が知らなかったという理由だけで、相手を小さく見積もるべきではない」

 

 皇帝は窓の外へ目を向けた。

 

 帝都の街並みは、今日も変わらず広がっている。

 

 三千年の歴史を持つ大帝国。

 

 世界でも指折りの人口と国力を備え、数多くの国々から敬意を集める国家。

 

 その皇帝は、遠くに現れた未知の国について、まだ何も決めつけていなかった。

 

「報告を待とう。急ぐ理由はあっても、慌てる理由はない」

 

「御意にございます」

 

 高官が一礼する。

 

 新しい国との関係は、まだ始まったばかりだった。

 

 そしてその始まりを伝える報告書が、今まさに遠い海の向こうで書き上げられようとしていた。




第十一話でした。使節団による情報整理と、皇帝フリードリヒの慎重な外交姿勢を描きました。
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