クワ・トイネ公国の港に、朝日が差し込んでいた。
岸壁では、荷役人夫たちが忙しく働いている。
穀物を積んだ荷車が列をなし、商人たちは帳簿を片手に声を張り上げていた。
その光景は、アルディア大帝国の港と大きく変わらない。
少なくとも、そこに現れる船を見るまでは。
「……あれですか」
レオンは思わず足を止めた。
港の沖合に、一隻の船が近づいていた。
白い船体。
整った形の上部構造物。
そして、何より目を引くのは、どこにも帆がないことだった。
風は弱い。
周囲の帆船は、ほとんど動いていない。
それなのに、その船だけは一定の速さで海面を進んでいる。
「日本の船です」
案内役を務める公国の港務官が説明した。
「定期的に物資を運んできています」
「帆がありませんね」
「ええ」
「魔法による推進でしょうか」
「私も最初はそう思いました」
港務官は苦笑した。
「ところが、そうではないそうです」
レオンは改めて船を見た。
帝国にも魔導機関を利用した装置や、魔法の補助を受ける船舶は存在する。
だが、これほど大きな船を、魔法によらず継続的に動かすという発想は、一般的ではなかった。
「燃料を使って動くと聞いております」
「燃料……石炭ですか?」
「種類はいくつかあるそうですが、あの船については私も詳しく存じません」
港務官の返事は正直だった。
レオンは、その言葉にむしろ安心した。
誰もが理解できないものを見ている。
そう思えば、少なくとも自分だけが無知というわけではない。
*
船が接岸すると、港の様子はさらに忙しくなった。
係留の作業。
乗員と港務官の連絡。
荷役の準備。
日本側の担当者が書類を手に公国の役人と話している。
そのやり取りは驚くほど手際がよかった。
レオンが特に興味を持ったのは、荷物の管理方法だった。
木箱や袋には、整った文字や番号が印刷されている。
船から下ろす順序も、保管する場所も、事前に決まっているらしい。
「ずいぶん細かく区別するのですね」
レオンが呟く。
「間違えると困るそうです」
案内役が答えた。
「特に、行き先が違う荷物を混ぜてしまうと大変だとか」
「それは、我々も同じです」
レオンは頷いた。
帝国の港では、木札や帳面によって荷物を管理している。
必要に応じて荷印を付け、倉庫ごとに記録を分ける。
方法こそ違えど、解決しようとしている問題は同じだった。
だが、その徹底ぶりには感心させられる。
箱の番号、重量、数量。
複数の書類で照合し、受け渡しのたびに確認する。
大勢の人間が同じ基準で動けるようになっていた。
「これだけの数を、混乱なく扱うとは……」
「最初は、こちらも随分戸惑いましたよ」
公国の港務官が笑った。
「特に数字です。単位が違うものですから」
「それは、我々も苦労しております」
レオンも笑った。
*
昼過ぎ。
日本側の許可と公国側の立ち会いのもと、レオンは船の外観を近くから見学する機会を得た。
船内への立ち入りは許されなかったが、それでも得られる情報は多い。
船体の材質。
係留設備。
貨物の積み下ろしに用いる機械。
それらを一つずつ観察していく。
「こちらは、船の荷役に使う装置です」
日本側の担当者が説明した。
通訳が言葉を伝える。
「持ち上げられる重量には決まりがありますので、荷物の重さを確認してから使用します」
「重いものを持ち上げるために、魔法を使うことはないのですか」
レオンの質問に、日本人は少し驚いた様子を見せた。
「魔法、ですか」
「ええ。我が国では、用途によっては魔法を補助に用いる場合もあります」
「なるほど……。日本には、そのような技術はありません」
担当者は船上の装置へ目を向けた。
「こちらは機械の力で動かします」
レオンは頷き、手元の紙に書き込んだ。
魔法に頼らない機械。
それ自体は帝国でも珍しくない。
だが、規模と完成度が違う。
帝国で改良が進められている巻き上げ機のことが、ふと頭をよぎった。
あの工房の主人が、この装置を見たら何と言うだろうか。
きっと、すぐに構造を知りたがるだろう。
そして、同じものを作れるかどうか考えるに違いない。
*
夕方、レオンは宿舎へ戻った。
エーリヒは机に向かっていたが、彼の顔を見ると筆を置いた。
「どうだった」
「驚きました」
「それは報告にならんな」
「では、詳しく申し上げます」
レオンは書き溜めた紙を広げた。
船の外観。
接岸方法。
荷物の管理。
機械による作業。
説明を続けるうちに、エーリヒの表情が少しずつ真剣になる。
「魔法を使わないのか」
「少なくとも、説明された設備についてはそのようです」
「興味深いな」
「はい。ただ……」
「ただ?」
レオンは少し考えた。
「我が国でも、機械の改良は進んでおります。日本の技術は確かに優れているのでしょうが、まったく理解できないものばかりではありません」
エーリヒは頷いた。
「大切なのは、そこで何が違うかを知ることだ」
「はい」
「使えるものを学び、必要なものを見極める。それができれば、今回の旅には十分な意味がある」
レオンは、机の上に並んだ紙を見た。
遠い国の技術。
異なる仕組み。
しかし、その目的は人や物を運び、暮らしを便利にすることだった。
その点では、日本もアルディアも変わらない。
窓の外では、帆のない船が静かに停泊していた。
レオンは最後の一行を書き加えた。
――日本の技術について、継続的な調査と交流が望ましい。
それは一人の若い書記官による、小さな提言だった。
だが、帝国がこれから進む道を考えるうえで、決して無意味な言葉ではなかった。
第十二話でした。日本の機械技術を目撃したレオンの視点から、両国の技術体系の違いを描きました。