日本国召喚 〜文明圏外の超大国〜   作:1番道路

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クワ・トイネ公国に滞在する帝国使節団。港の見学を許されたレオンは、日本の技術力を初めて間近に目撃する。


第十二話 帆のない船

 クワ・トイネ公国の港に、朝日が差し込んでいた。

 

 岸壁では、荷役人夫たちが忙しく働いている。

 

 穀物を積んだ荷車が列をなし、商人たちは帳簿を片手に声を張り上げていた。

 

 その光景は、アルディア大帝国の港と大きく変わらない。

 

 少なくとも、そこに現れる船を見るまでは。

 

「……あれですか」

 

 レオンは思わず足を止めた。

 

 港の沖合に、一隻の船が近づいていた。

 

 白い船体。

 

 整った形の上部構造物。

 

 そして、何より目を引くのは、どこにも帆がないことだった。

 

 風は弱い。

 

 周囲の帆船は、ほとんど動いていない。

 

 それなのに、その船だけは一定の速さで海面を進んでいる。

 

「日本の船です」

 

 案内役を務める公国の港務官が説明した。

 

「定期的に物資を運んできています」

 

「帆がありませんね」

 

「ええ」

 

「魔法による推進でしょうか」

 

「私も最初はそう思いました」

 

 港務官は苦笑した。

 

「ところが、そうではないそうです」

 

 レオンは改めて船を見た。

 

 帝国にも魔導機関を利用した装置や、魔法の補助を受ける船舶は存在する。

 

 だが、これほど大きな船を、魔法によらず継続的に動かすという発想は、一般的ではなかった。

 

「燃料を使って動くと聞いております」

 

「燃料……石炭ですか?」

 

「種類はいくつかあるそうですが、あの船については私も詳しく存じません」

 

 港務官の返事は正直だった。

 

 レオンは、その言葉にむしろ安心した。

 

 誰もが理解できないものを見ている。

 

 そう思えば、少なくとも自分だけが無知というわけではない。

 

     *

 

 船が接岸すると、港の様子はさらに忙しくなった。

 

 係留の作業。

 

 乗員と港務官の連絡。

 

 荷役の準備。

 

 日本側の担当者が書類を手に公国の役人と話している。

 

 そのやり取りは驚くほど手際がよかった。

 

 レオンが特に興味を持ったのは、荷物の管理方法だった。

 

 木箱や袋には、整った文字や番号が印刷されている。

 

 船から下ろす順序も、保管する場所も、事前に決まっているらしい。

 

「ずいぶん細かく区別するのですね」

 

 レオンが呟く。

 

「間違えると困るそうです」

 

 案内役が答えた。

 

「特に、行き先が違う荷物を混ぜてしまうと大変だとか」

 

「それは、我々も同じです」

 

 レオンは頷いた。

 

 帝国の港では、木札や帳面によって荷物を管理している。

 

 必要に応じて荷印を付け、倉庫ごとに記録を分ける。

 

 方法こそ違えど、解決しようとしている問題は同じだった。

 

 だが、その徹底ぶりには感心させられる。

 

 箱の番号、重量、数量。

 

 複数の書類で照合し、受け渡しのたびに確認する。

 

 大勢の人間が同じ基準で動けるようになっていた。

 

「これだけの数を、混乱なく扱うとは……」

 

「最初は、こちらも随分戸惑いましたよ」

 

 公国の港務官が笑った。

 

「特に数字です。単位が違うものですから」

 

「それは、我々も苦労しております」

 

 レオンも笑った。

 

     *

 

 昼過ぎ。

 

 日本側の許可と公国側の立ち会いのもと、レオンは船の外観を近くから見学する機会を得た。

 

 船内への立ち入りは許されなかったが、それでも得られる情報は多い。

 

 船体の材質。

 

 係留設備。

 

 貨物の積み下ろしに用いる機械。

 

 それらを一つずつ観察していく。

 

「こちらは、船の荷役に使う装置です」

 

 日本側の担当者が説明した。

 

 通訳が言葉を伝える。

 

「持ち上げられる重量には決まりがありますので、荷物の重さを確認してから使用します」

 

「重いものを持ち上げるために、魔法を使うことはないのですか」

 

 レオンの質問に、日本人は少し驚いた様子を見せた。

 

「魔法、ですか」

 

「ええ。我が国では、用途によっては魔法を補助に用いる場合もあります」

 

「なるほど……。日本には、そのような技術はありません」

 

 担当者は船上の装置へ目を向けた。

 

「こちらは機械の力で動かします」

 

 レオンは頷き、手元の紙に書き込んだ。

 

 魔法に頼らない機械。

 

 それ自体は帝国でも珍しくない。

 

 だが、規模と完成度が違う。

 

 帝国で改良が進められている巻き上げ機のことが、ふと頭をよぎった。

 

 あの工房の主人が、この装置を見たら何と言うだろうか。

 

 きっと、すぐに構造を知りたがるだろう。

 

 そして、同じものを作れるかどうか考えるに違いない。

 

     *

 

 夕方、レオンは宿舎へ戻った。

 

 エーリヒは机に向かっていたが、彼の顔を見ると筆を置いた。

 

「どうだった」

 

「驚きました」

 

「それは報告にならんな」

 

「では、詳しく申し上げます」

 

 レオンは書き溜めた紙を広げた。

 

 船の外観。

 

 接岸方法。

 

 荷物の管理。

 

 機械による作業。

 

 説明を続けるうちに、エーリヒの表情が少しずつ真剣になる。

 

「魔法を使わないのか」

 

「少なくとも、説明された設備についてはそのようです」

 

「興味深いな」

 

「はい。ただ……」

 

「ただ?」

 

 レオンは少し考えた。

 

「我が国でも、機械の改良は進んでおります。日本の技術は確かに優れているのでしょうが、まったく理解できないものばかりではありません」

 

 エーリヒは頷いた。

 

「大切なのは、そこで何が違うかを知ることだ」

 

「はい」

 

「使えるものを学び、必要なものを見極める。それができれば、今回の旅には十分な意味がある」

 

 レオンは、机の上に並んだ紙を見た。

 

 遠い国の技術。

 

 異なる仕組み。

 

 しかし、その目的は人や物を運び、暮らしを便利にすることだった。

 

 その点では、日本もアルディアも変わらない。

 

 窓の外では、帆のない船が静かに停泊していた。

 

 レオンは最後の一行を書き加えた。

 

 ――日本の技術について、継続的な調査と交流が望ましい。

 

 それは一人の若い書記官による、小さな提言だった。

 

 だが、帝国がこれから進む道を考えるうえで、決して無意味な言葉ではなかった。




第十二話でした。日本の機械技術を目撃したレオンの視点から、両国の技術体系の違いを描きました。
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