日本国召喚 〜文明圏外の超大国〜   作:1番道路

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日本との交易に期待を寄せるアルディア大帝国。しかし、実際に商いを始めるには、解決すべき問題が数多く存在していた。


第十三話 商人たちの算盤

「これでは、値段が決められませんな」

 

 商人の男は、目の前の紙を見ながら困ったように言った。

 

 クワ・トイネ公国の商館。

 

 大きな窓が開け放たれた一室に、アルディア大帝国の使節団と、公国の商人たちが集まっていた。

 

 日本との通商を考えるための、非公式な意見交換である。

 

「何が問題でしょうか」

 

 レオンが尋ねた。

 

「量です」

 

 商人は即答した。

 

「日本側が求めている数量と、我々が普段扱っている数量では、単位が違います」

 

 机の上には、農産物や鉱産物の一覧が並んでいた。

 

 アルディア大帝国は広大な国土と莫大な人口を持つ。

 

 農業生産も盛んであり、地域によっては大量の余剰穀物が発生する。

 

 鉄や銅などの鉱物も、多くの鉱山から産出されていた。

 

 だが、それらを外国へ売るとなれば、話は別だった。

 

「同じ麦でも、産地によって品質が違います」

 

 商人は続ける。

 

「帝国の北部で採れるものと、南部の温暖な地方で採れるものでは、粒の大きさも水分も異なります」

 

「それは承知しております」

 

「ならば、単に麦を何万袋と書いても、相手には伝わらないでしょう」

 

 レオンは頷いた。

 

 まったくその通りだった。

 

 これまでの帝国の交易では、長年の取引関係をもとに品質が判断されることも多かった。

 

 だが、日本との間には、その積み重ねが存在しない。

 

「見本を送る必要がありますね」

 

「それも必要です。それから、輸送中に傷まないかどうかも調べねばなりません」

 

 商人は別の紙を広げた。

 

 そこには、航路と寄港地が記されている。

 

「我々の船で運ぶ場合、途中で何度か補給しなければなりません。船を増やせば済むという話でもない」

 

「では、日本の船を利用する方法は?」

 

「それができれば便利でしょうな。ただし、運賃が分かりません」

 

 商人は肩をすくめた。

 

「商売というものは、運んだ先で高く売れればよいというものではありません。運ぶだけで利益が消えてしまうこともありますから」

 

     *

 

 会合の後半には、日本から持ち込まれた商品の話題になった。

 

 公国の商人が、いくつかの品を机に並べる。

 

 紙製品。

 

 金属製の小物。

 

 布製品。

 

 日用品。

 

 いずれも、すでに公国で取引されている品々の一部だった。

 

「これが日本の品ですか」

 

 レオンが、金属製の小さな道具を手に取った。

 

「ええ。なかなか評判がよい」

 

 商人は頷いた。

 

「何より、作りが揃っています。十個買っても、ほとんど同じものが手に入る」

 

「なるほど」

 

 帝国でも、熟練の職人が作った道具は優れている。

 

 しかし、大量に作るとなれば、品質を揃えるのは簡単ではない。

 

 以前、港の巻き上げ機の試験で発生した問題を、レオンは思い出した。

 

 異なる工房で作った歯車が、うまく噛み合わなかった事件である。

 

「大量生産に向いているのでしょうね」

 

「そうかもしれません」

 

 商人は品物を一つ持ち上げた。

 

「ただ、これも値段次第です。高すぎれば売れませんし、安すぎれば帝国の職人たちが困るかもしれない」

 

「輸入品との競争ですね」

 

「ええ」

 

 商人は穏やかに答えた。

 

「もちろん、良い品が安く手に入るなら、客は喜びます。しかし、商売は一度売って終わりではありません」

 

 レオンは、その言葉を記録した。

 

     *

 

 翌日、エーリヒは日本側の担当者と再び顔を合わせた。

 

 話題は、商品見本の交換と、将来的な商船の受け入れについてだった。

 

「正式な取引には、双方の政府による確認が必要になると理解しております」

 

 エーリヒが言う。

 

「はい。日本側でも、貿易に関する制度や輸送の条件を整理する必要があります」

 

「我が国の商人たちも、強い関心を示すでしょう」

 

「それはありがたいことです」

 

 日本側の担当者が微笑んだ。

 

「ただ、いきなり大量の取引を始めるのは難しいかもしれません」

 

「その点は、我々も同じ考えです」

 

 エーリヒは頷いた。

 

「まずは品目、品質、数量、輸送条件を確かめる。そのうえで、双方に利益がある形を探していきたい」

 

「ぜひ、そうしていただければと思います」

 

 会談は終始、穏やかに進んだ。

 

 だが、その中身は決して軽いものではなかった。

 

 大国同士の交易は、国家の経済にも、そこに暮らす人々にも影響を与える。

 

 まして、両国はこれまで互いの存在すら知らなかった。

 

 慎重さは、必要不可欠だった。

 

     *

 

 同じ頃、アルディア大帝国の帝都。

 

 商業地区の一角では、複数の商会の代表者が集まっていた。

 

「東方に新しい国が現れたそうだな」

 

「聞いている」

 

「政府が調査団を送ったという話もある」

 

「それなら、何か商機があるかもしれん」

 

 商人たちは、次々と言葉を交わした。

 

 彼らは帝国の広大な市場を相手に、長年商売を続けてきた者たちだった。

 

 周辺諸国との貿易にも慣れている。

 

 だが、未知の大市場の存在は、やはり興味を引いた。

 

「その国は、何を欲しがっているのだ?」

 

「まだ分からん」

 

「何を売っている?」

 

「それも分からん」

 

「……分からんことばかりではないか」

 

 一人が呆れたように言った。

 

 別の商人が笑う。

 

「だから面白いのだろう」

 

 そして、年配の商会主が静かに口を開いた。

 

「慌てるな。まだ相手の国の制度も分からぬのだ」

 

 場が静かになる。

 

「新しい市場という言葉は魅力的だ。しかし、船を一隻失えば、それだけで潰れる商会もある。まず政府の報告を待とう」

 

 その言葉に、何人かが頷いた。

 

 帝国の商人たちは、新しい国との取引に期待していた。

 

 しかし、三千年の歴史を持つ大帝国の商業は、好奇心だけで動いているわけではない。

 

 経験と計算。

 

 そして、失敗から学んできた慎重さ。

 

 それらが、帝国の交易を支えていた。

 

 遠い海の向こうの日本は、まだ彼らにとって未知の国だった。

 

 だが、いずれその名が商館の帳簿に記される日が来るかもしれない。

 

 商人たちは、その可能性を静かに見つめていた。




第十三話でした。交易に必要な品質管理、輸送費、国内産業との関係など、両国の経済交流に向けた課題を描きました。
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