日本国召喚 〜文明圏外の超大国〜   作:1番道路

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日本との最初の接触を終えた使節団。エーリヒたちは数多くの報告書と新たな疑問を携え、帝国への帰路につく。


第十四話 帰国の航路

「全部、積み終わりましたか」

 

 船長マルタの声が、甲板に響いた。

 

「はい。積荷の確認も終了しております」

 

 レオンが帳面を閉じる。

 

 クワ・トイネ公国の港では、アルディア大帝国使節団の帰国準備が進められていた。

 

 日本との初会談から、しばらくの時間が経っている。

 

 その間に使節団は追加の聞き取りを行い、交易品の見本を集め、港の実情を調べた。

 

 当初の目的は、おおむね達成されたと言ってよい。

 

「書類の箱が増えていますね」

 

 マルタが言った。

 

 レオンは、わずかに目を逸らした。

 

「必要なものばかりです」

 

「前にも聞きました」

 

「今回は、実際に必要なのです」

 

 船長は積み込まれた箱を眺めた。

 

「分かりました。ただし、船室の通路は塞がないでください」

 

「承知しております」

 

「本当に?」

 

「……確認してまいります」

 

 マルタは満足そうに頷いた。

 

     *

 

 出港前、エーリヒは公国の担当官を訪ねた。

 

「このたびは、大変お世話になりました」

 

「こちらこそ、遠方よりお越しいただきました」

 

 担当官は深々と頭を下げた。

 

「日本との面会が実現したこと、我々としても嬉しく思っております」

 

「貴国のお取り次ぎがなければ、これほど円滑には進まなかったでしょう」

 

「いえ。日本側も、皆様との対話に関心を示しておりましたので」

 

 エーリヒは頷いた。

 

 今回の訪問で、クワ・トイネ公国の存在が改めて重要になった。

 

 日本との最初の連絡窓口。

 

 周辺海域の情勢を知る国。

 

 そして、新しい相手との交流を支える港湾施設。

 

 帝国から見れば小さな国であっても、その役割を軽んじる理由はない。

 

「今後も、必要に応じてご相談させていただくことになると思います」

 

「喜んでお力添えいたします」

 

 互いに礼を交わした。

 

 今回の使節団が得たものは、日本とのつながりだけではなかった。

 

     *

 

 船が港を離れたのは、昼前だった。

 

 穏やかな風が帆を膨らませる。

 

 岸壁の人々が少しずつ小さくなり、やがて港町そのものが水平線の向こうへ遠ざかっていく。

 

「行きよりも、随分と静かですね」

 

 レオンが言った。

 

 隣に立つエーリヒが頷く。

 

「海が穏やかなのもあるが、我々が慣れたのだろう」

 

「そうでしょうか」

 

「少なくとも、君は手すりにしがみついていない」

 

 レオンは思わず自分の手を見た。

 

 確かに、往路では立っているだけで精一杯だった。

 

「人間、慣れるものですね」

 

「油断するなよ。帰り道でも船は揺れる」

 

「それは、よく存じております」

 

 二人は笑った。

 

 遠くの空には、白い雲が浮かんでいる。

 

 日本という国のことを知るために始まった旅は、いまや帝国へ新しい情報を持ち帰る旅へと変わっていた。

 

     *

 

 帰路の途中、船は帝国の友好国に属する港へ立ち寄った。

 

 補給のためである。

 

 ここでは、以前から帝国の商船が頻繁に寄港していた。

 

 港務官は使節団の到着を知ると、すぐに挨拶に訪れた。

 

「日本という国について、何か分かりましたか」

 

 その質問に、エーリヒは少し驚いた。

 

「ご存じなのですか」

 

「噂だけは、ずいぶん広まっております」

 

 港務官は笑った。

 

「帆のない船があるとか、空を飛ぶ鉄の鳥がいるとか。商人たちは、その話で持ちきりです」

 

「そのすべてを確かめたわけではありませんが、日本という国家が存在することは確認しました」

 

「それは……本当でしたか」

 

 港務官の表情が変わる。

 

「帝都へ正式に報告する予定です。現時点では、詳しい内容をお話しできません」

 

「もちろんです」

 

 港務官は頷いた。

 

「しかし、これで東の海も賑やかになりそうですな」

 

 何気ない言葉だった。

 

 だが、エーリヒはその意味を考えた。

 

 日本が交易を始めれば、その影響は日本と帝国の間だけに留まらない。

 

 航路上の国々。

 

 補給港。

 

 商人。

 

 船乗り。

 

 多くの人々が、新しい交易の流れに関わることになる。

 

     *

 

 その夜。

 

 エーリヒは船室の机に向かい、皇帝へ提出する報告書の概要をまとめていた。

 

 最初の一文は、すでに決めてある。

 

 ――日本国の存在を確認した。

 

 続けて、国家の基本情報。

 

 現地で得られた証言。

 

 目撃した技術。

 

 そして、今後の外交方針に関する提言。

 

 その途中で、筆が止まった。

 

 日本は強大な国家なのだろうか。

 

 技術水準については、少なくとも一部で帝国を大きく上回っている可能性が高い。

 

 しかし、技術が優れていることと、国家としての力が強いことは、必ずしも同じではない。

 

 人口。

 

 国土。

 

 経済。

 

 軍事。

 

 外交関係。

 

 それらを総合して判断しなければ、正しい評価はできない。

 

 エーリヒは新しい紙を引き寄せた。

 

 そこに、短い一文を書き加える。

 

 ――日本国の総合的な国力については、現段階で評価を確定すべきではない。

 

 書き終えると、彼は満足そうに頷いた。

 

 推測を事実として報告することは、皇帝の判断を誤らせる。

 

 それだけは避けねばならなかった。

 

     *

 

 数日後。

 

 船は再び、帝国へと続く航路を進んでいた。

 

 空は晴れ渡り、風向きも悪くない。

 

 甲板では水夫たちが帆を調整し、船長マルタが海図を確認している。

 

 レオンは手すりにもたれ、水平線を眺めていた。

 

「何を見ている」

 

 背後からエーリヒが声をかけた。

 

「海です」

 

「それは分かる」

 

「以前は、向こう側に何があるのか知りませんでした」

 

 レオンは振り返った。

 

「今は、日本という国があると知っています」

 

「そうだな」

 

「知らなかった頃と、同じ海には見えません」

 

 エーリヒは少し考えた。

 

「それが、旅をしたということなのだろう」

 

 二人は再び海へ目を向けた。

 

 広い海は、何も変わっていない。

 

 変わったのは、その向こうにある世界を知った彼ら自身だった。

 

 アルディア大帝国の使節船は、故郷へ向かって進み続けた。




第十四話でした。最初の外交任務を終えた使節団の帰国と、今後の国家間交流を見据えたエーリヒの考察を描きました。
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