日本国召喚 〜文明圏外の超大国〜   作:1番道路

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帝都カイザーヴァルトに帰還した使節団。エーリヒは皇帝フリードリヒへ、日本という未知の国家について報告する。


第十五話 皇帝への報告

 帝都カイザーヴァルト。

 

 大河の両岸に広がるこの都市は、今日も朝から賑わっていた。

 

 港へ続く街路には荷車が列をなし、川沿いの倉庫では役人たちが帳簿を確認している。

 

 商人の声。

 

 職人の槌音。

 

 子供たちの笑い声。

 

 そのすべてが、三千年の歴史を持つ帝都の日常だった。

 

「戻ってきましたね」

 

 船の甲板から街並みを見上げ、レオンが言った。

 

「やはり、帝都は大きいな」

 

 エーリヒが答える。

 

 クワ・トイネ公国にも活気ある港はあった。

 

 日本の船には、目を見張るほど優れた設備が備えられていた。

 

 だが、目の前に広がる帝都の規模は、やはり圧倒的だった。

 

 大河を埋め尽くす船舶。

 

 幾重にも延びる道路。

 

 地平線の彼方まで続く市街地。

 

 これほどの都市を維持できること自体が、アルディア大帝国の国力を示している。

 

「さて、帰ったら報告書ですね」

 

 レオンが言う。

 

「すでに書いたではないか」

 

「清書と提出用の整理が残っております」

 

「……そうだったな」

 

 エーリヒは小さくため息をついた。

 

     *

 

 帰還から数日後。

 

 皇宮の一室では、東方使節団による正式な報告が行われていた。

 

 出席しているのは、皇帝フリードリヒをはじめ、外務、軍務、財務、商務などを担当する高官たちである。

 

 エーリヒは用意された席に立ち、報告書を開いた。

 

「まず、日本国の存在についてでございます」

 

 室内が静かになる。

 

「同国が実在することを確認いたしました。また、クワ・トイネ公国を通じ、日本政府の現地担当者と直接会談することができました」

 

 皇帝が頷く。

 

「続けてくれ」

 

「日本国は、自国が異なる世界から移動してきたと説明しております」

 

 その言葉に、数人の高官が顔を見合わせた。

 

「国が移動した、と?」

 

 軍務担当の高官が尋ねる。

 

「はい。日本側の説明によれば、国土と国民を含む形で、以前の世界との往来が断たれたとのことです」

 

「そのようなことが可能なのか」

 

「現時点では、我々にも分かりません」

 

 エーリヒは率直に答えた。

 

「ただし、日本国の出現以前、同地域に現在の国土が存在しなかったとする証言は、複数得られております」

 

「つまり、説明と合致する部分はあるわけだな」

 

 皇帝が言った。

 

「はい。しかし、現象の原因や仕組みについては不明でございます」

 

 フリードリヒは頷いた。

 

「分からぬことを無理に説明する必要はない。次へ進めてくれ」

 

     *

 

 続いて、報告は日本の技術に移った。

 

「帆を用いず航行する大型船舶を確認しております」

 

「魔導船か」

 

 軍務担当の高官が尋ねた。

 

「日本側の説明によれば、魔法を使用しない機械によるものです」

 

「ほう」

 

 高官たちの間に、静かな驚きが広がった。

 

 帝国にも、多様な動力技術や魔法を利用した装置が存在する。

 

 だが、日本が持つとされる機械技術は、それらとは異なる発展を遂げているらしい。

 

「我が国の技術者にも見せてみたいものだな」

 

 商務担当の高官が呟く。

 

 皇帝は、その言葉を聞き逃さなかった。

 

「必要なら、正式に見学や技術交流を申し入れればよい」

 

「許可されましょうか」

 

「それは相手が決めることだ」

 

 フリードリヒは穏やかに答えた。

 

「こちらが学びたいと考えることと、相手に教える義務があることは別だ」

 

「御意にございます」

 

 報告はさらに続いた。

 

 貨物管理の方法。

 

 度量衡。

 

 港湾設備。

 

 商取引の制度。

 

 エーリヒが説明し、必要に応じてレオンが資料を示した。

 

 皇帝は途中で何度も質問したが、決して説明を急がせなかった。

 

     *

 

「さて」

 

 一通りの報告を聞き終えた後、フリードリヒは静かに口を開いた。

 

「君自身は、日本をどう見た」

 

 エーリヒは少し姿勢を正した。

 

「高度な技術を持ち、外交交渉にも慣れた国家と考えております」

 

「それだけか」

 

「いえ」

 

 エーリヒは一度、言葉を選んだ。

 

「彼らは、現在の状況に強い危機感を抱いているように見受けられました」

 

「危機感?」

 

「以前の世界との往来が断たれたことでございます。必要な資源や物資について、新たな調達先を探しているとの説明がございました」

 

 皇帝は黙って聞いていた。

 

「つまり、彼らもまた、我々との関係を必要としている可能性がございます」

 

「なるほど」

 

 フリードリヒは椅子の背に身を預けた。

 

「相手が困っているからといって、こちらがその弱みに付け込むべきではないな」

 

「はい」

 

「長く付き合う相手なら、なおさらだ」

 

 皇帝は机の上の地図に視線を落とした。

 

 アルディア大帝国の広大な領土。

 

 周辺に広がる友好国や保護国。

 

 そして、そのさらに遠くに存在する日本。

 

「我が国には、十分な余力がある」

 

 フリードリヒは静かに言った。

 

「だからこそ、落ち着いて判断できる。急いで利益を奪い合う必要はない」

 

 誰も異論を唱えなかった。

 

     *

 

 報告会の終盤。

 

 皇帝は各部門の高官たちを見渡した。

 

「日本との関係について、継続的な協議を進めたい」

 

 その言葉に、室内の空気が引き締まった。

 

「まずは、正式な外交窓口の設置について検討せよ。商務部門は交易可能な品目を整理し、海軍は航路と港湾の条件を調べること」

 

「承知いたしました」

 

「また、相手の制度を十分に理解するまでは、拙速な取り決めを避けるように」

 

 皇帝はエーリヒへ視線を戻した。

 

「よく務めてくれた」

 

「恐れ入ります」

 

「遠路、ご苦労だった。同行した者たちにも、そう伝えてほしい」

 

「ありがたきお言葉にございます」

 

 エーリヒは深く頭を下げた。

 

     *

 

 皇宮を出た頃には、すでに夕方になっていた。

 

 レオンは長い息を吐いた。

 

「緊張しました」

 

「私もだ」

 

「そうは見えませんでしたが」

 

「慣れているように見せるのも、仕事のうちだ」

 

 エーリヒは笑った。

 

 二人は皇宮の階段を下りていく。

 

 眼下には、帝都の街並みが広がっていた。

 

 遠い日本との接触。

 

 その報告は、無事に皇帝へ届けられた。

 

 だが、これで仕事が終わったわけではない。

 

 むしろ、本当の外交はこれから始まる。

 

「明日から、また忙しくなりそうですね」

 

 レオンが言った。

 

「ああ」

 

 エーリヒは頷いた。

 

「だが、今日は帰ろう」

 

「よろしいのですか」

 

「妻に、帰国したら早く家に帰るよう言われている」

 

 レオンは思わず笑った。

 

 三千年の帝国を動かす大きな決定が下された日。

 

 その決定を伝えた外交官は、ようやく家族の待つ家へ帰っていった。




第十五話でした。皇帝フリードリヒへの正式報告が行われ、日本との継続的な外交協議に向けて帝国が動き始めます。
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