日本国召喚 〜文明圏外の超大国〜   作:1番道路

17 / 20
帝都カイザーヴァルトでは、日本との交易に向けた準備が進められていた。長い歴史を持つ帝国の商業界も、新たな市場の可能性に関心を寄せ始める。


第十七話 大帝国の商人たち

 帝都カイザーヴァルトの商業地区。

 

 大河に沿って広がる市場には、今日も数え切れないほどの人々が集まっていた。

 

 穀物商。

 

 織物商。

 

 金属商。

 

 香辛料商。

 

 そして、海を越えてやってきた外国商人たち。

 

 アルディア大帝国の市場には、帝国の広大な領土と周辺諸国から集められた商品が並んでいる。

 

 その一角に、古くから続く大商会の建物があった。

 

「日本との交易について、政府から照会が来ております」

 

 若い商会員が書類を差し出した。

 

 机の向こうに座る年配の商会主は、眼鏡を掛け直す。

 

「ほう。ようやくか」

 

「はい。輸出可能な商品の種類と、供給できる数量について確認したいそうです」

 

 商会主は書類を読み進めた。

 

「穀物、織物、金属、それから木材か」

 

「その他にも、いくつか候補がございます」

 

「なるほど」

 

 男はしばらく考えた。

 

「まず、北部の商館に連絡しろ。昨年の収穫量と、今年の見込みを確かめる」

 

「承知しました」

 

「それから、西方の鉱山を扱っている者にも話を通せ」

 

「はい」

 

 若い商会員が頷く。

 

 商会主は書類を机に置いた。

 

「ただし、契約の話はまだするなよ」

 

「なぜでしょうか」

 

「相手の買いたい量も、値段も決まっておらん」

 

 男は笑った。

 

「商売というのは、売れるかもしれんというだけで船を出すものではない」

 

     *

 

 数日後。

 

 帝国商務部門の会議室では、日本との交易に関する意見交換が行われていた。

 

 政府の担当官に加え、複数の商会の代表者たちが招かれている。

 

「日本側は、農産物や鉱物資源に関心を示しているとのことです」

 

 担当官が説明した。

 

「ただし、現時点で正式な購入数量が決まっているわけではありません」

 

「輸送は、どのように行うのでしょうか」

 

 商人の一人が尋ねる。

 

「そこも、今後の協議事項です」

 

「日本の船を利用することは可能なのですか」

 

「先方へ確認する必要があります」

 

 商人たちが顔を見合わせた。

 

「それなら、まず運賃を調べたいところですな」

 

「我が国の船で運ぶ場合と比較せねばなりません」

 

「途中の港を利用するなら、その費用も必要です」

 

 会議は、すぐに具体的な話へ移った。

 

 商品を売るだけなら、難しくはない。

 

 しかし、遠方の国家と安定した交易を行うには、さまざまな条件を整えなければならない。

 

 しかも、今回の相手は未知の日本である。

 

 従来の経験が、そのまま通用するとは限らなかった。

 

     *

 

「政府としては、民間商会の経験を活用したいと考えております」

 

 担当官が言った。

 

「国家間の取り決めを進める一方、実際の商取引については、皆様の知見が必要です」

 

 年配の商会主が頷いた。

 

「それは結構なことです」

 

 彼は少し間を置いた。

 

「ただ、ひとつお願いしたい」

 

「何でしょう」

 

「国内の商人や職人のことも、考えていただきたい」

 

 担当官は姿勢を正した。

 

「具体的には?」

 

「日本から優れた商品が入ってくるのは、歓迎すべきことでしょう。しかし、国内の産業にも影響があるはずです」

 

「その点は、政府としても検討しております」

 

「それなら結構です」

 

 商会主は頷いた。

 

「我々は新しい商品が嫌いなのではありません。むしろ、大歓迎です」

 

 会議室に小さな笑いが起きる。

 

「ただ、何が起きるか分からないまま大量に流通させれば、混乱することもありましょう」

 

「おっしゃる通りです」

 

 担当官は書類に何かを書き加えた。

 

 帝国の経済は、政府の命令だけで成り立っているわけではない。

 

 民間商会。

 

 工房。

 

 農村。

 

 都市。

 

 数え切れないほどの経済活動が、巨大な帝国を支えていた。

 

     *

 

 会議の後。

 

 商務部門の担当官は、皇宮へ提出する報告書をまとめていた。

 

 輸出可能な品目。

 

 民間商会の意向。

 

 輸送に関する問題。

 

 そして、日本からの輸入品が国内経済に与える影響。

 

 そこへ、レオンが資料を届けに来た。

 

「ご依頼の港湾記録です」

 

「ありがとう。助かったよ」

 

 担当官は資料を受け取った。

 

「君は日本の船を見たそうだな」

 

「はい」

 

「どうだった?」

 

 レオンは少し考えた。

 

「大変、優れた船だと思いました」

 

「やはりか」

 

「ただし、輸送能力については、詳しく確認できておりません」

 

「なるほど」

 

「日本側の船が大きいからといって、どこにでも入港できるとは限りません。港の水深や設備も関係するでしょう」

 

 担当官は頷いた。

 

「それは重要だな」

 

「はい」

 

「君の報告書にも、その点を書いてもらえるか」

 

「承知しました」

 

 レオンは答えた。

 

 そして、少し迷ってから付け加える。

 

「それから、もうひとつ」

 

「何だね」

 

「日本の荷物管理は、とても整っていました。我々の港でも参考になる部分があると思います」

 

 担当官は興味深そうに顔を上げた。

 

「詳しく聞かせてくれ」

 

 レオンは椅子に座り、港で見た光景を説明し始めた。

 

     *

 

 その夜。

 

 帝都の商業地区では、店じまいが始まっていた。

 

 荷車が倉庫へ戻り、露店の天幕が畳まれる。

 

 大商会の建物では、商会主が今日の会議の記録を読み返していた。

 

「日本か……」

 

 男は小さく呟いた。

 

 三千年の歴史を持つ帝国。

 

 その商業は、幾多の時代を経て発展してきた。

 

 新しい国との出会いも、これが初めてではない。

 

 だが、今回の相手は、これまでとは少し違うらしい。

 

「さて、どんな商売になることやら」

 

 商会主は書類を閉じた。

 

 その表情に、不安はなかった。

 

 未知の市場への警戒と、それを上回る期待。

 

 商人として長年生きてきた男の胸には、その両方があった。

 

 日本とアルディア大帝国。

 

 二つの巨大な経済圏が結びつく可能性は、まだ小さな話題にすぎなかった。

 

 しかし、その小さな話題は、確実に帝都の商人たちの間へ広がり始めていた。




第十七話でした。アルディア大帝国の官民協調型経済と、対日交易を見据えた商人たちの動きを描きました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。