「おお、帰ってきた役人さんじゃないか!」
港に響いた声に、レオンは足を止めた。
振り返ると、見覚えのある大工の親方が手を振っている。
「お久しぶりです」
「ずいぶん長い旅だったな」
「ええ。おかげさまで無事に帰ってまいりました」
レオンは一礼した。
親方は笑いながら、後ろの建物を指差した。
「見ていけよ」
そこには、以前使用を停止した第二倉庫があった。
修繕はすでに終わっている。
傷んでいた梁は新しいものに交換され、屋根にも補修が施されていた。
以前の薄暗い印象はなくなり、倉庫の内部には明るい光が差し込んでいる。
「見違えましたね」
レオンが感心して言う。
「だろう?」
親方は胸を張った。
「今度は、そう簡単には傷まんぞ」
「それは、何年ほど保証していただけますか」
「おいおい、役人みたいなことを言うな」
「役人ですので」
二人は笑った。
*
倉庫の検分を終えたレオンは、港務局へ向かった。
長旅の疲れはまだ残っていたが、仕事は山積みだった。
日本で得た情報を港務関係者に伝えるため、いくつかの会合が予定されている。
港務局の会議室では、すでに上役が待っていた。
「来たか」
「遅くなりました」
「構わん。倉庫を見ていたそうだな」
「はい。修繕は順調に終わっておりました」
「それはよかった」
上役は頷いた。
「さて、日本の港について聞かせてもらおう」
「承知しました」
レオンは資料を広げた。
港湾設備。
荷物の管理。
船舶の入出港。
そして、船の大きさ。
「日本の船は、我が国の一般的な商船より大きなものが存在します」
「具体的には?」
「確認した範囲では、船体の高さも幅も相当なものでした」
レオンは簡単な図を描いた。
上役が眉を寄せる。
「これほどか」
「はい」
「となると、我が国の港では接岸できない場所もあるな」
「その可能性があります」
レオンは頷いた。
「水深の確認が必要です。また、岸壁の強度や係留設備についても調べるべきかと」
上役はしばらく考えた。
「なるほど」
そして、窓の外へ目を向ける。
大河には、多数の船が行き交っていた。
帝都の港は、帝国最大級の物流拠点の一つである。
だが、その規模が大きいからといって、どのような船でも利用できるわけではない。
「今のうちに調べておくべきだな」
「はい」
「ただし、すぐに港を造り替える話にはするなよ」
「承知しております」
上役は笑った。
「まだ日本の船が来ると決まったわけではないからな」
*
その日の午後。
港務局では、荷物管理の改善についても話し合いが行われた。
レオンが持参した資料には、日本側の管理方法を参考にした提案が記されている。
「木札の番号を、もう少し統一してはどうでしょうか」
レオンが言った。
「倉庫によって記録方法が違いますので、荷物を移した時に確認が必要になります」
「確かにな」
上役が頷く。
「だが、すべての倉庫を一度に変更するのは難しいぞ」
「まずは第二倉庫で試験してはいかがでしょうか」
「修繕したばかりの?」
「はい。荷物の配置も整理されておりますので、試験には都合がよいと思います」
担当官たちが顔を見合わせた。
「悪くない案だ」
一人が言った。
「失敗しても、元の方法に戻せる」
「それなら、やってみる価値はあるな」
上役も頷いた。
こうして、第二倉庫で新しい荷物管理方法を試すことが決まった。
大がかりな制度改革ではない。
帝国全土を変えるような発明でもない。
ただ、日々の仕事を少し便利にするための、小さな試みだった。
しかし、そうした積み重ねこそが、巨大な国家を支えている。
*
数日後。
帝都の港では、測量のための準備が進められていた。
水深。
岸壁の状態。
水路の幅。
河口から港へ至る航路。
それらを改めて確認することになったのである。
「日本の船を入れるためですか?」
若い測量士が尋ねた。
「それもある」
上役が答えた。
「だが、今後の港湾整備にも必要な資料だ」
「なるほど」
「船は年々変わっている。商船も大きくなっているし、積荷の量も増えている」
若い測量士は頷いた。
「では、以前の記録と比較してみます」
「頼む」
港の整備は、日本との交流だけのために行うものではない。
帝国の物流をさらに発展させるための仕事でもあった。
*
夕方。
レオンは、修繕を終えた第二倉庫を再び訪れた。
内部では荷役人夫たちが新しい棚を組み立てている。
「また来たのか、役人さん」
親方が声をかけた。
「少し確認したいことがありまして」
「今度は何だ?」
「荷物の番号札についてです」
レオンは、新しい記録用紙を取り出した。
親方はそれを眺めた。
「また面倒なことを考えたな」
「慣れれば、仕事が楽になると思います」
「本当か?」
「試してみなければ分かりません」
親方は大きく笑った。
「正直でよろしい」
そして、近くの人夫たちへ声をかけた。
「おい、新しいやり方を試すぞ!」
人夫たちが顔を上げる。
「また役人さんの思いつきか?」
「そうらしい!」
笑い声が広がった。
レオンは少し困った顔をしたが、すぐに笑った。
帝都の港には、今日も多くの荷物が運び込まれている。
日本との交流が始まれば、その流れはさらに変わるかもしれない。
だが、その変化を支えるのは、結局のところ、こうして働く人々なのだ。
レオンは手元の紙を開いた。
「では、最初の荷物から始めましょう」
港に、新しい仕事が始まった。
第十九話でした。日本との交流を契機として、帝国の港湾管理と物流の改善が進み始めます。