日本国召喚 〜文明圏外の超大国〜   作:1番道路

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帝国の豊かさを支える海には、数多くの国の船が行き交っていた。


第二話 港に集う旗

 港務局の会議室で、若い書記官レオンは、同じ数字を三度確かめた。

 

 やはり、間違っていない。

 

 だとすれば間違っているのは、数字が書かれた場所だった。

 

「どうした」

 

 隣の上役に尋ねられ、レオンは声を落とした。

 

「倉庫の使用料です。こちらの商船団だけ、臨時加算が二度計上されています」

 

「二度?」

 

「入港時と、荷を陸揚げした時に」

 

 上役が眉を寄せ、手を差し出す。

 

 レオンは帳面を渡した。

 

 長机の向こうには、帝国の保護を受ける島国から来た商人たちが座っている。

 

 代表者の男は日に焼けた顔をしていた。指には古い傷があり、膝の上で握った帽子には、長い船旅の跡が残っている。

 

「支払いたくない、と申しているわけではございません」

 

 男は、何度目かになる説明をしていた。

 

「港の修繕も、海賊を追い払う船も、金がかかる。それは私どもにも分かります。ただ、去年と同じ荷を運んで、なぜこれだけ違うのかを教えていただきたいのです」

 

 担当官が資料を繰る。

 

 その手元に、レオンの上役が帳面を滑らせた。

 

 短い沈黙があった。

 

 担当官の口元が引き締まる。

 

「確認いたします。少々、お待ちください」

 

 席を立った役人が廊下に出ていった。

 

 商人の一人が、疲れたように肩を落とす。

 

 レオンは、水差しを持って立ち上がった。

 

「お水をどうぞ」

 

「ああ、ありがとう」

 

 代表の男が杯を受け取り、かすかに笑った。

 

「君は若いな。ここは長いのか」

 

「配属されて半年です」

 

「では、うちの船が来るのを見るのは初めてか」

 

「昨年の記録は拝見しました」

 

「記録より、積荷を見た方が面白いぞ。今年はいい染料が入っている」

 

 誇らしげな口調だった。

 

 遠い島から運んできた品に、自信があるのだろう。

 

 やがて担当官が戻ってきた。

 

「当方の処理に重複がございました」

 

 男は椅子に座る前に、頭を下げた。

 

「過納分は返還いたします。お待たせしたことについても、お詫び申し上げます」

 

 商人たちの間に、安堵が広がった。

 

「では、これで次の買い付けができますな」

 

 代表の男が言った。

 

 担当官は頷く。

 

「ただし、西側の第二倉庫は、来月から修繕に入ります。そちらについては別の置き場をご案内します」

 

「屋根が落ちる前に直してくださるなら、何よりです」

 

「雨漏りの報告は受けております」

 

「雨漏りだけなら、まだよいのですが」

 

 男の言葉に、レオンは顔を上げた。

 

     *

 

 会議のあと、レオンは倉庫の検分に同行した。

 

 扉を開けると、湿った木と穀物の匂いがする。

 

 梁の一本に、深い亀裂が入っていた。

 

 荷役人夫の親方が、その下を指差す。

 

「雨の日は、あそこに誰も入れないようにしてるんです。上に積んだ袋を取るときが怖くてね」

 

「なぜ、報告書に書いていない」

 

 港務局の上役が尋ねる。

 

「書きましたよ。先月も、その前も」

 

 親方の返事に、誰も言葉を返さなかった。

 

 レオンは持ってきた書類を開く。

 

 確かに、雨漏りと書いてある。

 

 だが、その下に小さく記された『梁にも傷みあり』という一文は、まとめ直された報告から消えていた。

 

 修繕の順番を決めるために作られた一覧表では、単なる屋根の補修になっている。

 

「荷を移そう」

 

 上役が言った。

 

「今日から使用を止める。空いている倉庫を確認してくれ」

 

「ですが、許可が」

 

「私が取る。先に人を出すんだ」

 

 人夫たちが動き出した。

 

 レオンも帳面を閉じ、転がっていた木箱に手をかける。

 

「役人さん、そっちは重いぞ」

 

「持てます」

 

「腰をやるぞ。二人で持つんだよ」

 

 親方に笑われ、レオンは素直に片側を空けた。

 

     *

 

 夕刻、港の見える食堂で、島国の商人と再び顔を合わせた。

 

「今日は助かったよ」

 

「私は、何も」

 

「そうかね」

 

 男は椅子を引き、レオンに座るよう勧めた。

 

 窓の向こうでは、帝国海軍の帆船が錨を上げていた。

 

 船尾に掲げられた軍旗が、風を受けて広がる。

 

「帰りは、あの船と途中まで一緒だ」

 

「護衛がつくのですか」

 

「幾つかの船団をまとめてな。最近、途中の海で妙な船が出るらしい」

 

 商人は焼き魚をほぐしながら続けた。

 

「島じゃ、今年も子供が増えた。穀物も鉄も要る。こっちでは、うちの染料や果物が売れる。船が無事に往復できるだけで、随分違うんだ」

 

 レオンは港を眺めた。

 

 昼間に見た帳面には、船の数と荷の重さしか載っていなかった。

 

 だが、そこには島で待つ家族や、仕入れを待つ店や、来年の種を買う金も積まれているのだ。

 

「次にいらっしゃるまでには、倉庫を直しておきます」

 

「君が?」

 

「私が工事をするわけではありませんが」

 

「はは。分かっているよ」

 

 商人は笑い、杯を持ち上げた。

 

 沖へ出ていく軍艦の帆が、夕日に染まっていた。




友好的な周辺諸国との交易は、帝国の日々の暮らしに深く結びついています。
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