港務局の会議室で、若い書記官レオンは、同じ数字を三度確かめた。
やはり、間違っていない。
だとすれば間違っているのは、数字が書かれた場所だった。
「どうした」
隣の上役に尋ねられ、レオンは声を落とした。
「倉庫の使用料です。こちらの商船団だけ、臨時加算が二度計上されています」
「二度?」
「入港時と、荷を陸揚げした時に」
上役が眉を寄せ、手を差し出す。
レオンは帳面を渡した。
長机の向こうには、帝国の保護を受ける島国から来た商人たちが座っている。
代表者の男は日に焼けた顔をしていた。指には古い傷があり、膝の上で握った帽子には、長い船旅の跡が残っている。
「支払いたくない、と申しているわけではございません」
男は、何度目かになる説明をしていた。
「港の修繕も、海賊を追い払う船も、金がかかる。それは私どもにも分かります。ただ、去年と同じ荷を運んで、なぜこれだけ違うのかを教えていただきたいのです」
担当官が資料を繰る。
その手元に、レオンの上役が帳面を滑らせた。
短い沈黙があった。
担当官の口元が引き締まる。
「確認いたします。少々、お待ちください」
席を立った役人が廊下に出ていった。
商人の一人が、疲れたように肩を落とす。
レオンは、水差しを持って立ち上がった。
「お水をどうぞ」
「ああ、ありがとう」
代表の男が杯を受け取り、かすかに笑った。
「君は若いな。ここは長いのか」
「配属されて半年です」
「では、うちの船が来るのを見るのは初めてか」
「昨年の記録は拝見しました」
「記録より、積荷を見た方が面白いぞ。今年はいい染料が入っている」
誇らしげな口調だった。
遠い島から運んできた品に、自信があるのだろう。
やがて担当官が戻ってきた。
「当方の処理に重複がございました」
男は椅子に座る前に、頭を下げた。
「過納分は返還いたします。お待たせしたことについても、お詫び申し上げます」
商人たちの間に、安堵が広がった。
「では、これで次の買い付けができますな」
代表の男が言った。
担当官は頷く。
「ただし、西側の第二倉庫は、来月から修繕に入ります。そちらについては別の置き場をご案内します」
「屋根が落ちる前に直してくださるなら、何よりです」
「雨漏りの報告は受けております」
「雨漏りだけなら、まだよいのですが」
男の言葉に、レオンは顔を上げた。
*
会議のあと、レオンは倉庫の検分に同行した。
扉を開けると、湿った木と穀物の匂いがする。
梁の一本に、深い亀裂が入っていた。
荷役人夫の親方が、その下を指差す。
「雨の日は、あそこに誰も入れないようにしてるんです。上に積んだ袋を取るときが怖くてね」
「なぜ、報告書に書いていない」
港務局の上役が尋ねる。
「書きましたよ。先月も、その前も」
親方の返事に、誰も言葉を返さなかった。
レオンは持ってきた書類を開く。
確かに、雨漏りと書いてある。
だが、その下に小さく記された『梁にも傷みあり』という一文は、まとめ直された報告から消えていた。
修繕の順番を決めるために作られた一覧表では、単なる屋根の補修になっている。
「荷を移そう」
上役が言った。
「今日から使用を止める。空いている倉庫を確認してくれ」
「ですが、許可が」
「私が取る。先に人を出すんだ」
人夫たちが動き出した。
レオンも帳面を閉じ、転がっていた木箱に手をかける。
「役人さん、そっちは重いぞ」
「持てます」
「腰をやるぞ。二人で持つんだよ」
親方に笑われ、レオンは素直に片側を空けた。
*
夕刻、港の見える食堂で、島国の商人と再び顔を合わせた。
「今日は助かったよ」
「私は、何も」
「そうかね」
男は椅子を引き、レオンに座るよう勧めた。
窓の向こうでは、帝国海軍の帆船が錨を上げていた。
船尾に掲げられた軍旗が、風を受けて広がる。
「帰りは、あの船と途中まで一緒だ」
「護衛がつくのですか」
「幾つかの船団をまとめてな。最近、途中の海で妙な船が出るらしい」
商人は焼き魚をほぐしながら続けた。
「島じゃ、今年も子供が増えた。穀物も鉄も要る。こっちでは、うちの染料や果物が売れる。船が無事に往復できるだけで、随分違うんだ」
レオンは港を眺めた。
昼間に見た帳面には、船の数と荷の重さしか載っていなかった。
だが、そこには島で待つ家族や、仕入れを待つ店や、来年の種を買う金も積まれているのだ。
「次にいらっしゃるまでには、倉庫を直しておきます」
「君が?」
「私が工事をするわけではありませんが」
「はは。分かっているよ」
商人は笑い、杯を持ち上げた。
沖へ出ていく軍艦の帆が、夕日に染まっていた。
友好的な周辺諸国との交易は、帝国の日々の暮らしに深く結びついています。