日本国召喚 〜文明圏外の超大国〜   作:1番道路

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日本との初接触を経て、アルディア大帝国は次の外交段階へ進むことを決めた。新たな使節団の編成が始まる中、エーリヒのもとにも再び知らせが届く。


第二十話 新たなる使節

 帝都カイザーヴァルトに、穏やかな朝が訪れていた。

 

 大河の水面が朝日を反射し、石造りの建物が淡い光に包まれている。

 

 港では船が動き始め、市場には商人たちが集まりつつあった。

 

 アルディア大帝国の日常は、今日も変わらず続いている。

 

 その一方で、皇宮の外務部門では新しい仕事が始まっていた。

 

「日本との協議に向けた次期使節団について、編成案がまとまりました」

 

 会議室で、外務担当の高官が書類を広げた。

 

 出席者の一人が尋ねる。

 

「前回と同じ規模ですか」

 

「今回は、やや専門性を重視した構成となります」

 

 高官は頷いた。

 

「外交担当者に加え、商務、港湾、技術関係の人員を派遣する案です」

 

「軍の随員は?」

 

「航海の安全確保と必要な情報交換のため、最低限の担当者を同行させます」

 

「なるほど」

 

 会議室では、使節団の目的が改めて確認された。

 

 日本政府との正式な外交協議の開始。

 

 交易に関する条件の整理。

 

 輸送手段と港湾設備についての情報交換。

 

 そして、継続的な連絡体制の構築。

 

 いずれも、国家間の関係を築くうえで欠かせないものだった。

 

     *

 

 同じ頃。

 

 エーリヒは自宅で朝食を取っていた。

 

 机の上には、焼きたてのパンと温かなスープが並んでいる。

 

 妻が向かい側に座り、静かに茶を注いでいた。

 

「今日は、早く帰れるの?」

 

 妻が尋ねる。

 

「そのつもりだ」

 

「この前も、そう言っていたわね」

 

「……そうだったか」

 

「三日前よ」

 

 エーリヒは苦笑した。

 

 日本から帰国して以来、仕事は増える一方だった。

 

 報告書の整理。

 

 各部門からの問い合わせ。

 

 使節団の聞き取り。

 

 そして、日本との外交方針についての会議。

 

 しばらくは落ち着く暇がない。

 

「今日は、本当に早く帰るよ」

 

「期待しないで待っているわ」

 

「それは信用されていないということか」

 

「経験よ」

 

 妻は穏やかに笑った。

 

 エーリヒも笑い、茶を口に運んだ。

 

     *

 

 その日の午前。

 

 外務部門へ出勤したエーリヒは、上官に呼ばれた。

 

「入ってくれ」

 

「失礼いたします」

 

 執務室には、すでに何人かの高官が集まっていた。

 

 机の上には、見覚えのある海図が広げられている。

 

 日本へ向かう航路だった。

 

「次の使節団についてだ」

 

 上官が切り出す。

 

「はい」

 

「君に、もう一度任務を任せたいと考えている」

 

 エーリヒは一瞬、言葉を失った。

 

 予想していなかったわけではない。

 

 だが、実際に告げられると、やはり驚きはあった。

 

「私でございますか」

 

「そうだ」

 

 上官は頷いた。

 

「前回の任務で、君は日本側との最初の関係を築いた。相手の担当者にも、君のことは伝わっている」

 

「恐れ入ります」

 

「もちろん、今回も君一人にすべてを任せるつもりはない」

 

 上官は書類を示した。

 

「商務と技術の担当者を加える。海軍も支援する予定だ」

 

 エーリヒは資料に目を落とした。

 

 確かに、前回よりも専門分野が広い。

 

 初めて日本を訪れた時とは、任務の性格も変わっている。

 

「お返事は、いつまでに申し上げればよろしいでしょうか」

 

「すぐでなくてよい」

 

 上官は穏やかに答えた。

 

「陛下からも、本人の意向を確かめるよう仰せつかっている」

 

 エーリヒは顔を上げた。

 

「陛下が?」

 

「ああ。帰国して間もないことも、気にかけておられる」

 

 その言葉に、エーリヒは少しだけ表情を和らげた。

 

 考える時間が与えられたことは、ありがたかった。

 

     *

 

 昼過ぎ。

 

 エーリヒは港務局を訪れた。

 

 そこで、帳簿の整理をしていたレオンと顔を合わせる。

 

「おや、閣下」

 

「久しぶりだな」

 

「お久しぶりです。何か御用でしょうか」

 

「少し話がある」

 

 エーリヒは近くの椅子へ腰を下ろした。

 

「また日本へ行くことになるかもしれん」

 

 レオンの手が止まった。

 

「本当ですか」

 

「ああ。まだ正式に引き受けたわけではないが」

 

「そうですか……」

 

 レオンは少し考えた。

 

「今回は、どのような任務になるのでしょう」

 

「より具体的な外交協議になるだろう。通商や港湾の担当者も同行する予定だ」

 

「なるほど」

 

「君は、どうしたい?」

 

 突然の質問に、レオンは顔を上げた。

 

「私ですか?」

 

「また船に乗ることになったら、どうする」

 

 レオンはしばらく黙っていた。

 

 前回の航海を思い出す。

 

 船酔い。

 

 荒れた海。

 

 慣れない外国の食事。

 

 数え切れないほどの書類。

 

 そして、初めて見た日本の船。

 

「……行きたいです」

 

 やがて、レオンは答えた。

 

 エーリヒが微笑む。

 

「そうか」

 

「はい。まだ、確かめたいことがたくさんあります」

 

「例えば?」

 

「港の設備です。それから、日本の荷役機械についても、もっと詳しく知りたいです」

 

 レオンは少し身を乗り出した。

 

「もし可能なら、工房や工場のような場所も見てみたいと思っています」

 

「なるほどな」

 

「もちろん、先方の許可が必要ですが」

 

「その通りだ」

 

 エーリヒは頷いた。

 

「では、君の希望も伝えておこう」

 

「ありがとうございます」

 

     *

 

 その夜。

 

 エーリヒは、いつもより早く自宅へ帰った。

 

 玄関で迎えた妻が、少し驚いた顔をする。

 

「あら、本当に早かったのね」

 

「約束したからな」

 

「珍しいこともあるものだわ」

 

 エーリヒは苦笑した。

 

 食卓につき、夕食が運ばれてくる。

 

 しばらく他愛のない話をしたあと、彼は今日の出来事を伝えた。

 

「また、日本へ行く話が出ている」

 

 妻の手が止まった。

 

「もう?」

 

「ああ」

 

「帰ってきたばかりなのに」

 

「そうだな」

 

 エーリヒは頷いた。

 

「ただ、今回は前よりも重要な任務になるかもしれない」

 

 妻は少し黙っていた。

 

 それから、静かに尋ねた。

 

「あなたは、行きたいの?」

 

 エーリヒは考えた。

 

 遠い海。

 

 未知の国。

 

 そして、初めて出会った日本人たち。

 

 彼らは、こちらの話に耳を傾けた。

 

 分からないことは分からないと答え、互いに確認しながら会話を進めた。

 

 その姿勢には、好感を覚えていた。

 

「……ああ」

 

 エーリヒは答えた。

 

「もう一度、行ってみたい」

 

 妻は、しばらく彼の顔を見ていた。

 

 やがて、小さく笑う。

 

「そう言うと思った」

 

「反対しないのか」

 

「心配はするわ」

 

 妻は答えた。

 

「でも、あなたが大事だと思っている仕事なのでしょう」

 

「ああ」

 

「だったら、きちんとやってきなさい」

 

 エーリヒは、深く頷いた。

 

「ありがとう」

 

「ただし」

 

 妻が指を立てた。

 

「今度は、靴下をもっと持っていきなさい」

 

 エーリヒは思わず笑った。

 

「分かった」

 

     *

 

 数日後。

 

 皇宮の執務室では、次期使節団の編成について最終的な確認が行われていた。

 

「エーリヒが任務を承諾いたしました」

 

 外務担当の高官が報告する。

 

 皇帝フリードリヒは頷いた。

 

「そうか」

 

「前回同行したレオンについても、港務局から再度派遣する方向で調整しております」

 

「よろしい」

 

 皇帝は書類をめくった。

 

「今回は、前回よりも多くのことを確かめられるだろう」

 

「はい」

 

「ただし、急いで結果を出す必要はない」

 

 フリードリヒは、静かに言った。

 

「国と国との関係は、一度の会談で決まるものではない」

 

「御意にございます」

 

「まずは、相手とよく話すことだ」

 

 高官は深く一礼した。

 

     *

 

 その頃、日本でも、アルディア大帝国との次の協議に向けた検討が進められていた。

 

 帝国からの正式な連絡を受けるための窓口。

 

 資料の整理。

 

 関係機関との調整。

 

 通訳の確保。

 

 そして、会談で確認すべき事項の選定。

 

 どれも、目立つ仕事ではない。

 

 だが、外交とはそうした仕事の積み重ねでもあった。

 

 双方の政府は、まだ互いの国を十分に理解していない。

 

 それでも、話し合いを続ける意思はあった。

 

     *

 

 帝都カイザーヴァルト。

 

 夕暮れの大河を、一隻の商船がゆっくりと下っていく。

 

 岸辺では荷役人夫たちが仕事を終え、遠くの街路には帰宅する人々の姿があった。

 

 皇宮の高い窓から、その風景を眺める者がいた。

 

 皇帝フリードリヒである。

 

 彼の机の上には、日本との外交に関する新しい書類が置かれていた。

 

 三千年続く帝国。

 

 異なる世界から現れた日本。

 

 その二つの国が、これからどのような関係を築くのか。

 

 まだ、誰にも分からない。

 

 だが、それを決めるのは、力の大きさだけではないだろう。

 

 互いの国を知り、利害を確かめ、約束を積み重ねる。

 

 その先に、初めて信頼が生まれる。

 

 フリードリヒは書類を閉じた。

 

「さて、次はどのような話が聞けるだろうな」

 

 窓の外では、帝都の灯りが少しずつ増えていた。

 

 アルディア大帝国と日本国。

 

 二つの国家を結ぶ、新たな航海が始まろうとしていた。




第二十話でした。日本との本格的な外交・通商協議に向けて、第二次使節団の編成が進み始めました。次話からは、より具体的な両国の交流を描いていきます。
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