日本国召喚 〜文明圏外の超大国〜   作:1番道路

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帝国には、軍の命令だけでは動かせない翼があった。


第三話 盟約の翼

 その朝、風竜の訪問を告げられた皇宮の厩舎係は、まず中庭の洗濯物を取り込ませた。

 

 次いで、庭師に声をかける。

 

「若木の支柱を確かめてくれ。今日は大きいのが来る」

 

「毎度、着地の場所は決まっているだろう」

 

「風まで同じ場所に収まるわけじゃない」

 

 庭師は不承不承、縄を手に取った。

 

 ほどなく、石敷きの広場を大きな影が横切った。

 

 兵士たちが目を上げる。

 

 巨大な翼がゆっくりと傾き、風竜が降りてきた。

 

 地面に伏せる直前、翼が一度強く空気を押した。外套が翻り、広場の端に残っていた落ち葉が舞う。

 

 厩舎係は庭師を見た。

 

 庭師は、何も言わず支柱の縄を締め直した。

 

     *

 

『あの木は、まだ小さいな』

 

 皇帝の意識に、落ち着いた声が届いた。

 

 フリードリヒは広場に出て、風竜を見上げる。

 

「昨年、植え替えたばかりだ」

 

『前にあった木は、もっと大きかった』

 

「そなたが幼い頃には、もうあったそうだな」

 

『幼いと言っても、お前の祖父が生まれる前だ』

 

「では、私には確かめようがない」

 

 皇帝が笑う。

 

 傍らの侍従は、二歩下がった場所で静かに待っていた。

 

 訪れているのは、帝国と盟約を結ぶ風竜たちの一体だった。

 

 帝国には風竜軍と呼ばれる独立戦力がある。

 

 だが、それは人間が竜を所有するという意味ではない。

 

 建国以来続く関わりの中で、互いの役割と約束を積み重ねてきた結果だった。

 

「西の営巣地に、測量の者が入ったと聞いた」

 

『入った。若い者が三人。怯えたので、そのまま帰した』

 

「怪我は」

 

『転んだ一人が、膝を擦っていた』

 

「それは申し訳ないことをした」

 

 皇帝は、すでに調べさせていた内容を伝えた。

 

 新しい道路の候補地を探していた地方の測量班が、古い地図を使っていた。避けるべき区域の記載が、写しの段階で欠けていたのである。

 

「道は南へ回す。周辺の村にも、理由を説明させる」

 

『南の斜面は、雨が続くと崩れる』

 

「そうなのか」

 

『去年も崩れた。人間の畑より奥だ』

 

 フリードリヒは振り返った。

 

 侍従がすでに書き留めている。

 

「工事担当に知らせてくれ。現地を見ずに線を引かせるな」

 

「承知いたしました」

 

 風竜は首を下げ、皇帝の顔を覗き込んだ。

 

『また忙しそうだな』

 

「そなたも、私の仕事を一つ増やしたところだ」

 

『放っておけば、もっと増えた』

 

「違いない」

 

     *

 

 昼前には、軍の連絡官も加わった。

 

 海軍からの航路報告と、周辺諸国の情勢についての説明が行われる。

 

 パーパルディア皇国の名が出た時も、風竜は静かに聞いていた。

 

「現在のところ、風竜の出動を協議すべき兆候はございません」

 

 連絡官の言葉に、皇帝は頷いた。

 

「通常の警備は予定通りに」

 

「はっ」

 

 風竜が、ゆるやかに尾を動かす。

 

『海の船は、増えたな』

 

「交易が戻った。昨年、嵐で失った船を補えた商会もある」

 

『人間は、よくあれほど物を運ぶ』

 

「運ばなければ、暮らせない者が多いからな」

 

 皇帝は広場の向こうを見た。

 

 城壁の外には、帝都の屋根が見える。

 

 あそこに暮らす者たちの食事は、今日も川を下ってきた。

 

 鍛冶屋の鉄も、仕立屋の糸も、薬屋の乾燥した葉も、どこかから運ばれてくる。

 

 風竜はしばらく同じ方角を眺めていた。

 

『我らも、水と餌場がなければ暮らせぬ。それと同じか』

 

「そう考えてくれてよい」

 

『ならば、道を通す者には、巣の場所も教えておけ。驚いて落ちる人間を見るのは、あまり楽しくない』

 

「必ず」

 

     *

 

 帰る前、風竜は厩舎の屋根に目を向けた。

 

『あの人間は、まだ働いているのか』

 

 皇帝は視線を追った。

 

 厩舎係が、大きな熊手を担いで歩いている。

 

「彼を知っているのか」

 

『以前、着地したあとに文句を言われた』

 

「何をした」

 

『干してあった藁を飛ばした』

 

 皇帝が手招きすると、厩舎係は困り切った顔でやってきた。

 

「何か、不始末がございましたでしょうか」

 

「藁の件を覚えているそうだ」

 

 男の顔が固まる。

 

 その頭上に、声が届いた。

 

『今日は飛ばしていない』

 

「……はい。おかげさまで」

 

 風竜は満足したように首を上げた。

 

 少し離れた場所で、皇帝が肩を揺らしていた。

 

 やがて翼が広がる。

 

 広場に集まった人々が退き、巨体が空へ上がっていった。

 

 遠ざかる姿を見送りながら、連絡官は胸元の記録帳を閉じる。

 

 そこに記されているのは、道路の迂回と、古い地図の修正と、変わらぬ盟約の確認だった。

 

 この日の風竜軍に、戦うべき敵はいなかった。




風竜は帝国建国以来の盟友であり、独立した意思を持つ特別戦力です。
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