日本国召喚 〜文明圏外の超大国〜   作:1番道路

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巨大な国を動かすものは、兵だけではない。


第四話 新しい歯車

「今度は、止まりません」

 

 工房の主人が言った。

 

 その声に、隣にいた弟子が不安そうな顔をした。

 

 視察に訪れた役人たちの中で、レオンだけがそれに気づいた。

 

 港務局から借り出され、荷役設備の試験に立ち会うことになったのである。

 

 目の前には、木と鉄を組み合わせた巻き上げ機があった。

 

 人が取っ手を回し、歯車を通じて綱を巻く。従来の道具よりも少ない人数で荷を上げられるという。

 

 港が拡大するにつれ、こうした工房への注文も増えていた。

 

 国が費用の一部を負担し、商会が実際の使い勝手を確かめる。改良が認められれば、別の港にも導入する。

 

 今日の試験は、そのためのものだった。

 

「では、始めてくれ」

 

 役人の合図で、職人たちが動いた。

 

 麦を詰めた袋が、ゆっくりと宙に浮く。

 

 見物していた商会の者が頷いた。

 

「なるほど。これなら船側にも置けますな」

 

「ええ。場所さえ確保できれば」

 

 工房の主人が胸を張る。

 

 その時、鉄の擦れる嫌な音がした。

 

 弟子が顔色を変えた。

 

「止めて!」

 

 取っ手を回していた職人が手を止める。

 

 袋がわずかに沈んだ。

 

 直後、歯車の一つが跳ね、綱が激しく震えた。

 

「離れろ!」

 

 主人が叫んだ。

 

 荷は途中で止まったが、支柱が軋んでいた。

 

 誰も、その下へ入ろうとはしなかった。

 

     *

 

「今日の試験は中止する」

 

 検分役の技師が言う。

 

 工房の主人は、唇を噛んだ。

 

「交換すれば、すぐにでも」

 

「原因を確かめてからだ」

 

「ですが、納期が」

 

「人を怪我させたら、納期どころでは済まないぞ」

 

 技師が取り外した歯車を置く。

 

 歯の一部が欠けていた。

 

「これだけ、別の工房で作ったな」

 

「……注文が重なりまして」

 

「寸法は渡したのか」

 

「見本を一つ」

 

「相手は、その見本と同じものを作ったつもりだったんだろうな」

 

 主人は黙っていた。

 

 工房ごとに、使う物差しも加工の癖も違う。

 

 手元で擦り合わせて使う分には、それで間に合う。

 

 だが、別の場所で作った部品を、そのまま組み込もうとすると問題が起きた。

 

 技師は紙に線を引き、二つの歯車の間隔を書き込んでいく。

 

「許容する違いを決めよう。ここが合わなければ、受け取らない。見本だけじゃなく、測るための道具も揃える」

 

「それでは、作れるところが減ります」

 

「最初はな」

 

 主人は欠けた歯車を手に取った。

 

 長い沈黙のあと、低く息を吐く。

 

「……試してみます」

 

     *

 

 報告が皇宮に届いたのは、翌日だった。

 

 皇帝は『試験失敗』の文字を読み、それから添付された改善案を確かめた。

 

「怪我人は」

 

「おりません」

 

「それはよかった」

 

 担当官は、少し言いにくそうに続けた。

 

「追加の試作費を求めております」

 

「理由は分かる。だが、この金額で足りるのか」

 

「前回の承認額を超えぬよう、抑えたものと思われます」

 

 フリードリヒは書類を机に置いた。

 

「必要な工程を省いて同じことになっても困る。見積もりを出し直させてくれ」

 

「工房への支援は継続ということで」

 

「改善案には筋が通っている。継続してよい」

 

 担当官の肩から、わずかに力が抜けた。

 

「ただし、別の工房でも部品を作って組み立てること。それができなければ、帝国中に広めるのは難しい」

 

「承知いたしました」

 

 外国製の優れた道具を買うこともある。

 

 技術者を招き、製法を学ぶこともある。

 

 しかし、それらを広い国土で使い続けるには、自分たちで直し、補い、増やせる仕組みが必要だった。

 

 皇帝は、次の報告書を開いた。

 

 こちらは用水路の揚水設備についての試験だった。

 

 成功の印が付いている。

 

 それを見て、彼は小さく頷いた。

 

     *

 

 数日後、レオンが港へ戻ると、倉庫の前で大工たちが足場を組んでいた。

 

 使用を止めた第二倉庫の修繕が始まったのだ。

 

 親方が彼に気づき、片手を上げる。

 

「役人さん。今度は落ちない屋根になるぞ」

 

「前の屋根も、建てた時はそう思われていたはずです」

 

「言うようになったな」

 

 二人は笑った。

 

 その時、沖の見張り台から鐘が鳴った。

 

 入港船を知らせる音だった。

 

 東方航路から戻った商船だという。

 

 いつもの帰港だった。

 

 少なくとも、その船が運んできた話を聞くまでは。




民生技術を優先する帝国の発展は、工房や港での小さな改良の積み重ねでもありました。
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