日本国召喚 〜文明圏外の超大国〜   作:1番道路

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最初の知らせは、海図ではなく、船乗りの口から届いた。


第五話 海の向こうの異変

「島が増えた?」

 

 レオンは、書きかけた筆を止めた。

 

 向かいに座る商船の船長は、不機嫌そうに椅子を鳴らした。

 

「俺がそう言ったんじゃない。向こうで、そういう話が広まっているんだ」

 

「どちらで聞かれたのですか」

 

 船長が港の名を挙げる。

 

 レオンは、航海記録に目を落とした。

 

 積荷の売買。補給。悪天候による停泊。

 

 その記録の途中に、噂を聞いたという港があった。

 

「船長ご自身は、その島をご覧になっていない」

 

「見ていない。そこへ行く船じゃないからな」

 

「承知しました」

 

 書き留めようとすると、船長が身を乗り出した。

 

「だが、妙なのは島の話だけじゃない。帆のない船だの、竜でもない空を飛ぶ物だの、似たような話を別々の連中がしていた」

 

「同じ噂を聞いたのでは」

 

「かもしれん。だから、こうして聞かれた通りに答えている」

 

 もっともだった。

 

 レオンは筆を置き、頭を下げた。

 

「疑っているように聞こえたのでしたら、失礼しました」

 

「疑うのが仕事だろう。俺だって、酒場で聞いた話を全部信じていたら、とうに海の底だ」

 

 船長は鼻を鳴らした。

 

「ただ、あそこまで同じ話を聞かされると、気にはなる」

 

     *

 

 その日のうちに、報告は港務局から外務部門へ回された。

 

 東方の海域に、未知の国が存在する可能性がある。

 

 国の名は、日本。

 

 表記には揺れがあり、発音も聞き手によって異なっていた。

 

 すでに周辺の国と交渉を始めているらしい。

 

 そこまで読み進めた外務官のエーリヒは、紙の余白に印をつけた。

 

 彼の机には、外国の関税改定や、商館からの苦情や、船員の拘束事件などが積まれている。

 

 未知の国の噂が届くこと自体は、珍しくない。

 

 山奥の王国。

 

 霧の中に隠された島。

 

 古代の魔法を受け継ぐ都市。

 

 多くは、確かめるうちに既知の小国へ行き着くか、語り手そのものが消えていった。

 

 しかし、今回の報告には、交易の相手を探しているという具体性があった。

 

「この船長に、もう一度話を聞きたい」

 

 エーリヒは部下に言った。

 

「帆のない船についてですか」

 

「まずは、誰から聞いたかだ。その人物が直接見たのかどうかも」

 

「分かりました」

 

「関連する報告が来ていたら、一緒に持ってきてくれ。新しいものだけでなく、最近のものも」

 

     *

 

 船長への二度目の聞き取りには、レオンも同席した。

 

 今度は、噂を面白がる者の顔をした役人はいなかった。

 

 エーリヒは海図を広げ、船長が立ち寄った港に小さな印を置いていく。

 

「こちらでは、誰から」

 

「穀物商だ。荷を積む順番を待っている時に聞いた」

 

「その人は、日本の者と会ったと?」

 

「いや。取引先から便りが来たと言っていた」

 

「では、もう一つの港は」

 

「水を売っていた男だ。そっちは、港に来た船を見たらしい」

 

 印の横に、短い注記が増えていく。

 

 話の出どころを辿ると、すべてが同じ噂ではないらしかった。

 

 もっとも、まだ確かとは言えない。

 

「国が突然現れたというのは、どういう意味だ」

 

 船長の方が尋ねた。

 

「海図に載っていなかった、というだけなら分かる。だが、あっちの連中は、もっと変なことを言うんだ。昨日までなかった、と」

 

 エーリヒは答えなかった。

 

 その部分を裏づける材料は、何もない。

 

「今は、分かりません」

 

 正直に言うと、船長は少しだけ満足した顔をした。

 

「役人にも、分からんことはあるんだな」

 

「随分ありますよ」

 

     *

 

 翌日の午後、外務部門で報告がまとめられた。

 

 日本と称する未知の国家について、商船を通じた情報が複数到着。

 

 船舶及び飛行物体に、既知のものと異なる特徴があるとの証言。

 

 国の出現に関する話は、未確認。

 

 報告書は、そのような順番で記された。

 

 エーリヒは最後に、追加調査の必要性を書き添えた。

 

 その時点で、彼らは知らなかった。

 

 遠い東の海に、本当に一つの国が現れたことを。

 

 そしてその国で、見知らぬ空の下に取り残された人々が、食料と資源の行方を懸命に探していることを。




日本の出現は、まず不確かな情報として帝国へ届きました。
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