日本国召喚 〜文明圏外の超大国〜   作:1番道路

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遠い海の出来事を、帝都の机の上で確かめるには限界がある。


第六話 噂を確かめる者たち

 新しい報告が届くまで、エーリヒは手元の資料を何度も読み返した。

 

 答えは増えなかった。

 

 代わりに、確かめなければならないことが増えていく。

 

 日本はどこにあるのか。

 

 どれほどの広さなのか。

 

 誰が国を治め、何を求めているのか。

 

 周辺の国々は、日本をどう扱っているのか。

 

 そして何より、本当に交渉可能な国家なのか。

 

「姿を見たという者が、まだ少なすぎます」

 

 会議の席で、エーリヒは言った。

 

「船の大きさについても、証言が揃いません。比較に使っている船が、人によって違いますので」

 

 海軍の担当官が頷く。

 

「船種も分からん。商船と軍艦を一緒にしている可能性がある」

 

「速さはどうです」

 

「それこそ、実際に測らなければ何とも。海流に乗った船を見て、倍の速さだと騒ぐ者もいる」

 

 否定する材料も、肯定する材料も足りなかった。

 

 ただ一つ、少しずつ確かな形を取り始めていることがある。

 

 日本は、クワ・トイネ公国と接触しているらしい。

 

 そこには、帝国側からも辿れる交易の経路があった。

 

     *

 

 皇宮に呼ばれたエーリヒは、初めての拝謁ではなかったにもかかわらず、扉の前で息を整えた。

 

 部屋に入ると、皇帝は海図を広げていた。

 

「君が、報告をまとめている者か」

 

「はい。エーリヒと申します」

 

「座ってくれ」

 

 勧められた椅子に腰を下ろす。

 

 皇帝は報告書を持ち上げた。

 

「不明と書かれた箇所が多いな」

 

「申し訳ございません」

 

「いや。何が不明なのかは、よく分かった」

 

 フリードリヒは海図に視線を戻した。

 

「確かめるには、人を送る必要があるということだな」

 

「はい。まず、クワ・トイネ公国に照会するのが適当と考えます。日本と接触していることが確認できれば、紹介を願うこともできます」

 

「いきなり日本へ船を向ける案も、出ていたそうだが」

 

「航路も受け入れの手順も、分かっておりません。到着してから、こちらの意図を疑われる恐れがございます」

 

「何隻を考えている」

 

「使節を乗せる船と、航海を支えるための船を中心に。過大な艦隊は必要ないと考えます」

 

 皇帝は、海軍の担当官に目を向けた。

 

 担当官も同意を示す。

 

「航路上の補給を整えれば、小規模で参れます。ただし、武装は必要です」

 

「それは当然だ。船を危険に晒すつもりはない」

 

 フリードリヒはエーリヒを見た。

 

「君は行けるか」

 

 一瞬、返事が遅れた。

 

 予想していなかったわけではない。

 

 それでも、自分の名が任務と結びついた途端、遠い海が急に現実の距離になった。

 

「承ります」

 

「よろしい。まずは、無事に帰って報告してくれ」

 

     *

 

 帰りの廊下で、エーリヒは海軍の担当官に声をかけられた。

 

「顔が硬いぞ」

 

「もとからです」

 

「それなら、船酔いをした時も分かりにくくてよいな」

 

「私は船酔いなど」

 

「乗ったことは?」

 

「……川船なら」

 

 担当官が笑った。

 

 エーリヒは、先ほどよりも深く息を吐く。

 

「準備することが多そうです」

 

「まず荷物を減らせ。役人は、紙なら軽いと思って何でも持ち込む」

 

「必要な資料です」

 

「その必要な資料が、樽一つ分の水と場所を奪い合うんだ」

 

 言い返そうとして、エーリヒは口を閉じた。

 

 確かに、自分には分かっていないことが多い。

 

     *

 

 その晩、彼は自宅の食卓で任務を伝えた。

 

 妻はしばらく黙ってから、尋ねた。

 

「どこまで行くの」

 

「まずはクワ・トイネへ」

 

「その先は?」

 

「先方の返答次第だ」

 

 妻は頷き、冷め始めた皿を台所へ運んだ。

 

 戻ってきた時には、厚手の靴下を持っていた。

 

「夜の船は寒いでしょう」

 

「まだ季節は」

 

「海のこと、あなたもよく知らないのでしょう」

 

 エーリヒは反論できなかった。

 

 靴下を受け取り、膝の上に置く。

 

 机の上では、未知の国へ至る道は細い線だった。

 

 その線を、自分の足で進むことになる。

 

 ようやく、その実感が湧いてきた。




帝国は慎重な情報収集を経て、使節の派遣を決めます。
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