日本国召喚 〜文明圏外の超大国〜   作:1番道路

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使節団の出発には、一枚の命令書では足りなかった。


第七話 旅支度

「積めません」

 

 船長のマルタは、即答した。

 

 エーリヒは、荷物の一覧をもう一度見た。

 

「まだ、上限には達していないはずですが」

 

「重さの話ではありません。置き場です」

 

 船室にする予定の区画には、すでに木箱が並んでいた。

 

 贈答品、着替え、筆記具、薬、食器、予備の帆布。

 

 さらにその奥へ、役人たちが新しい箱を運び込もうとしている。

 

 マルタはそれを指差した。

 

「それを入れたら、怪我人が出た時に寝かせる場所がなくなります」

 

「資料の箱です。湿気を避けられる場所が必要で」

 

「人間にも必要です」

 

 エーリヒは黙って一覧に線を引いた。

 

 後ろで見ていたレオンが、顔を伏せる。

 

「笑ったか」

 

「いいえ」

 

「今、笑っただろう」

 

「少しだけ」

 

 エーリヒはため息をついた。

 

     *

 

 レオンの同行は、港務局からの推薦で決まった。

 

 外国船の入出港記録を扱え、帳簿にも強い。

 

 正式な外交交渉を担うわけではないが、港湾や交易の実情を調べる役には立つと判断されたのだ。

 

 本人にとっては、突然の話だった。

 

 異国へ行く喜びより先に、準備の多さに追われている。

 

「この箱は」

 

「度量衡の見本です」

 

「では残す」

 

「こちらは」

 

「過去の通商条約の写しです」

 

「必要なものだけ抜き出せないか」

 

 エーリヒと二人、箱の中身を確かめる。

 

 机に向かっていた時には、どれも必要に思えた。

 

 実際に船に積むとなると、その順番を決めなければならなかった。

 

 午後には通訳を交え、交渉で使う言葉の確認をした。

 

 友好。

 

 通商。

 

 訪問の許可。

 

 軍艦の入港。

 

 同じように見える言葉でも、国によって含む意味が違う。

 

「保護を求める、とは書かないでください」

 

 エーリヒが言った。

 

「遭難時の救助を願う、です。外交上の保護関係と混同されたくありません」

 

 通訳が頷き、文面を直す。

 

 レオンは、その横で控えを作った。

 

     *

 

 出発を二日後に控えた午後、使節団は最後の説明を受けた。

 

 日本について、現地で確かめるべき項目が読み上げられる。

 

 交易の意思。

 

 輸出できる品。

 

 受け入れられる船と、その条件。

 

 国の制度と、交渉の窓口。

 

 軍の情報だけを集める任務ではない。

 

 新たな国家と関係を結ぶために必要なことを、順に確認するのである。

 

「日本との会談が叶わない場合は」

 

 若い随員が尋ねた。

 

「クワ・トイネで得られた情報を持ち帰る」

 

 エーリヒは答えた。

 

「無理に面会を迫る必要はない。こちらの訪問を先方が知らない可能性もある」

 

「承知しました」

 

 説明が終わると、上官が一通の封書を差し出した。

 

 皇帝から、日本側の統治機関へ宛てた書簡だった。

 

 厚い紙に押された封印を見て、室内が静まる。

 

 エーリヒは両手で受け取った。

 

     *

 

 その夕方、フリードリヒは海軍から出港準備の報告を受けていた。

 

「風竜の随行は、予定しておりません」

 

 担当官が言った。

 

「重大な脅威が確認されたわけではなく、通常の航海として対応可能です」

 

「分かった。盟約に基づく連絡は済んでいるな」

 

「はい。情勢に変化があれば、改めて協議いたします」

 

 皇帝は頷いた。

 

 未知の国に、帝国が持つ特別戦力を最初から見せる必要はない。

 

 今回の目的は、相手を確かめ、言葉を交わすことだった。

 

「船の者たちには、無理をさせぬように」

 

「船長には、そのように」

 

「使節にもだ。役目を急いで、船長の判断に口を挟む者が出る」

 

 担当官が、わずかに笑った。

 

「本人に、よく申し伝えます」

 

     *

 

 出港の朝。

 

 レオンは岸壁から振り返った。

 

 修繕中の倉庫には、新しい梁が運び込まれている。

 

 その前で、顔見知りの親方が手を振っていた。

 

「役人さん! 帰ったら見に来いよ!」

 

「その頃には、終わっていますか!」

 

「お前がいつ帰るかによる!」

 

 近くの人夫たちが笑った。

 

 レオンも笑い、船へ向き直る。

 

 甲板ではマルタが、最後の綱を外す指示を出していた。

 

 帆が上がる。

 

 大河の流れが船腹を押した。

 

 帝都の港が、少しずつ遠ざかっていった。




帝国の使節団は、未知の国を確かめるため、東方への航海に出ます。
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