入港の許可を待つ間、レオンは甲板から港を眺めていた。
岸壁には荷車が並び、倉庫の前には人だかりができている。
忙しそうだった。
カイザーヴァルトほどの規模ではない。
だが、人も荷も、絶えず動いていた。
「あの倉庫、増築していますね」
レオンが言うと、マルタが頷いた。
「新しい材木の色だ」
「積荷が増えているのでしょうか」
「降りて聞けば分かる」
まもなく、港務の役人を乗せた小舟が近づいてきた。
書簡を確かめ、使節団の目的を聞く。
アルディア大帝国の名を聞いた役人は驚いた様子を見せたが、手順を飛ばすことはなかった。
マルタは、むしろそれに好感を持ったらしい。
「いい港ね」
小舟が離れたあと、彼女は言った。
*
上陸した使節団は、用意された宿舎で待つことになった。
エーリヒは、正式な照会文を先方へ渡す。
日本という国が存在するか。
クワ・トイネ公国が、その国と接触しているか。
もし可能であれば、帝国からの面会希望を伝えてもらえるか。
求めたのは、まずその三点だった。
返答は、思っていたより早かった。
「日本国との接触については、事実でございます」
公国側の担当官は、そう答えた。
エーリヒは、膝の上で組んでいた指をほどいた。
「差し支えない範囲で、どのような国かお聞かせいただけますか」
「それが……説明するのは、少々難しく」
担当官は困ったように笑った。
「私どもにも、まだ分からないことが多いのです」
「例えば、船について」
「大きい船を持っております。大変、大きい」
その言い方が、あまりに実感のこもったものだったので、エーリヒは続きを急かさなかった。
「それから、時間に正確です」
「時間に?」
「約束した時刻になると、本当においでになります。こちらが待たされることは、ほとんどありません」
意外な評価だった。
だが、実際に交渉している者の言葉でもある。
エーリヒは、それも書き留めた。
*
翌朝、レオンは港の見学を許された。
案内役について歩いていると、これまで見たものとは作りの違う箱が目に入った。
整った文字。
揃った角。
表面には、見慣れない印刷がある。
「日本から来たものですか」
「ええ。触らないでくださいね。まだ引き渡しが済んでいませんから」
レオンは、伸ばしかけた手を引っ込めた。
近くでは商人が、持参した秤について説明を受けていた。
やり取りに使われている数字や単位が、こちらとは違うらしい。
通訳が何度も紙を指差し、双方が頷くまで説明を続けている。
噂に聞いた国は、目の前で荷を運び、量を測り、受け取りの確認をしていた。
レオンには、その光景が妙に印象に残った。
*
港の一角で、案内役が足を止めた。
「今日は、あちらまでにしましょう」
視線の先には、人の動きを整理するための区切りが設けられていた。
その向こうに、見慣れない服装の男たちがいる。
帽子。
揃った上着。
金属の留め具。
その一人が、こちらに気づいて会釈した。
レオンも、慌てて頭を下げる。
「あの方々が?」
「日本の方です」
案内役が答えた。
レオンはもう一度、顔を上げた。
姿そのものは、自分たちと大きく変わらない。
角もなければ、翼もない。
一人は紙を見ながら何か話し、もう一人は汗を拭いていた。
それなのに身につけた物の一つ一つが、違っていた。
*
宿舎に戻ると、エーリヒが公国の担当官と話していた。
「日本側へ、お取り次ぎいただけたのですか」
「はい。まずは当地で、担当の者がご挨拶したいとのことです」
「願ってもないことです」
「ただし、正式な国交や通商の取り決めについては、本国への確認が必要になると」
「もちろんです。こちらも、そのつもりで参りました」
会談の日取りが伝えられる。
エーリヒは礼を述べ、相手を送り出した。
扉が閉まってから、レオンを見る。
「会ったそうだな」
「遠くから見ただけです」
「どうだった」
レオンは少し考えた。
「暑そうでした」
エーリヒは瞬きをし、それから笑った。
旅に出て以来、初めて見るほど気の抜けた笑い方だった。
「そうか」
彼は椅子に座り、面会に備えた書類を広げた。
「それなら、茶くらいは一緒に飲めそうだな」
日本は、もはや噂の中だけの国ではなくなりました。