ミネルバのブリッジのガラス越し、そして全周囲レーダーのタイムラインの只中に突如として姿を現した、白き次世代型最強可変モビルスーツ『オーディンマークII』。
かつてヤキン・ドゥーエの地獄で散ったはずの最高の護衛――蓮・ミタミがそのコックピットの中で静かに生還の独白を刻んだ瞬間、カガリとアスランの2人は、息を吸うことすら忘れてその厳然たる奇跡の機影をただ見つめることしかできなかった。
しかし、戦火の渦巻く宙域の理不尽は、再会の余韻に浸る猶予など一瞬たりとも与えはしない。
キィィィィン――ッ!
凄絶な駆動音を空間に響かせ、オーディンマークIIの後を猛烈な速度で追っていたステラのガイアガンダムが、漆黒の機体を烈しく咆哮させるかのようにして急接近してきた。
コックピットの中で闘争本能を剥き出しにしたステラは、ガイアの腕部に装備された高出力ビームサーベルを鮮烈に抜き放った。暗黒の宇宙空間を赤く灼き焦がす凄絶な光刃が音を立てて形成され、ガイアは容赦なき踏み込みを以て、目の前の白きオーディンマークIIの強固な装甲目掛けて、その刃を烈しく振り下ろして斬りかかった。
ガシィィィィンッ!!!!!
凄絶な金属摩擦音と火花が空間に烈しく弾け飛ぶ。
斬りかかってくるガイアの光刃に対し、オーディンマークIIは前大戦の近接ビームランスの設計データを基に新生した、固有の新型主兵装である双頭型高出力ビームランス『リストレイター』を瞬時に抜き放ち、その凄絶なプラズマの刃を以てガイアの猛攻を力任せに、完璧に防ぎ止めた。
ズバァァァンッ!!!
すると、暴走するガイアの背後を追うようにして現れたアウルのアビスガンダムが、その隙を突いて極高収束のビーム攻撃を一斉に放ってきた。
「目障りなんだよ、お前ぇッ!」
しかし、蓮は網膜投影される射線を瞬時に見切ると、核エンジンの圧倒的なレスポンスを以てオーディンマークIIを滑らかに横反転させ、そのビームを紙一重の機動で完全回避。それと同時に、手持ちの複合主砲『マークスマン・アグニ』の砲門をアビスへと向け、烈しいカウンターの一撃を撃ち放って反撃した。
ズバババババァァンッ!!!
さらにそこへ、上空のデブリの死角からスティングのカオスガンダムが全方位からの容赦なき奇襲攻撃を仕掛けてくる。
「チョロチョロと……そこへ直れッ!」
だが、蓮は驚異的な集中力と卓越した操縦技術を以てオーディンマークIIを巧みに、かつ限界を超えた速度で操り、両腕の『ネオ・ビームシールド』の電界障壁を展開しながら、その激しい連射攻撃のすべてを文字通り完璧に防ぎきっていった。
ズバァァァンッ!!!
その刹那、オーディンマークIIを死に物狂いで追いかけてきたシンのインパルスガンダム、およびルナマリアの赤いザクウォーリアの2機が、遂に乱戦域へと到達。ザフトの2機は、蓮を包囲しようとしていたカオスら強奪3機の背後を完璧に奇襲する形で、猛烈な射撃の攻撃を一斉に仕掛けた。
「ルナマリア! あいつらの後ろを突くぞッ!!」
「了解! 逃がさないわよッ!!」
追いついてきた2機の熱源シグナルと機動軌道を瞬時にレーダーでスキャンした蓮は、ヘルメットのバイザーの奥の瞳を鋭く光らせた。
「……来るか。いいだろう、合わせる」
蓮はシンとルナマリアの2機の突撃の動きに自らのプロトコルを完璧に同調させると、独立日本軍の圧倒的な牙を剥き出しにしながら、インパルスたちと共に強奪3機を挟撃の渦へと巻き込み、凄絶な乱戦の格闘戦を繰り広げていった。
キィィィィン――。
さらに蓮は、モビルスーツ戦の絶妙な合間を縫うようにして、前方の防衛マップへと索敵センサーの焦点を合わせた。視線の先では、未だにザフトの最新鋭艦ミネルバに対して激しい先制奇襲の砲撃を執拗に行っている地球連合軍の黒き巨艦ガーティ・ルーの姿があった。
「これ以上、好きにさせるか……っ!」
蓮は『マークスマン・アグニ』のロングバレルの銃身を、デブリの隙間から遥か前方の目標に向けて狙い澄ますようにして真っ直ぐに据えると、長距離からの複合超高インパルス精密射撃 of トリガーを、大義の意志と共に力任せに引き絞った。
ドゴォォォォォンッ!!!!!
空間が割れるかのような凄絶な熱線が暗黒の宇宙空間を一直線にブチ抜き、デブリ帯の彼方にいた地球連合軍のガーティ・ルーの艦体へと襲いかかった。
凄まじい速度を以て放たれたその必殺の1発は、ガーティ・ルーの堅牢な装甲の隙間を完璧にすり抜けると、船体の後部に配備されていた極めて重要な駆動部である『予備スラスター』へと正確無比に直撃、命中したのだ。
ドガァァァァァンッ!!!
予期せぬ長距離からの極大の爆炎が地球軍の巨艦の艦尾を烈しく灼き焦がし、ガーティ・ルーの機動航路を強引に狂わせていく。
――そして、この蓮の圧倒的な狙撃の奇襲を、絶好の契機として見届けた者がいた。
「――今よ、全砲門開けッ! あの地球連合軍の戦艦に向けて、一斉射撃開始!!」
ミネルバのブリッジにおいて、卓越した戦術眼を持つ艦長タリア・グラディスがすぐさま鋭い反撃の指示を下した。
ドゴォォォォォンッ!!!!!
致命的なスラスター破壊によって艦隊運動を大きく制限されていたガーティ・ルーの正面へと、復仇の炎を燃やすミネルバの強力な主砲の火線が一斉に浴びせかけられた。大火力を正面からモロに受けた地球連合軍の戦艦は、これ以上の作戦継続と新型3機の運用は不可能であると判断し、遂にその場からの撤退を開始した。
ピィィィィン――!
ガーティ・ルーの艦首から、全周囲の空間へと向かって作戦中止を告げる鮮烈なカラーの撤退信号が烈しく放たれる。
『チッ、また邪魔者が……これじゃあ形無しだねぇッ!! 全機、ずらかるよ!』
ネオのエグザスからの急遽の撤退指示が、強奪3機の回線へと一斉に流された。
「――あいつ、強い……!」
「くそっ、ステラ、引くぞ! 深追いするな!!」
「ちぇっ、おいアウル、カオス! おいてくなよなッ!」
その撤退シグナルを受け取ったガイア、カオス、アビスの3機は、一斉に戦火を収めて急激に反転。ウルフ0のマークスマン・アグニの一撃、そしてミネルバの猛砲撃の前に完全に圧倒された地球軍の部隊は、デブリ帯の闇の中へと滑り込むようにして、蜘蛛の子を散らすようにして速やかに撤退していくのだった。
地球連合軍の特殊部隊が漆黒の闇の中へと敗走し、辛うじてミネルバを守り抜き、生き残ることができたシン・アスカは、荒い息を吐きながら、絶体絶命の窮地を救い去った正体不明の白いモビルアーマー――人型へと変形を遂げたその美しき白いモビルスーツの威容を、インパルスの全周囲モニター越しにじっと見つめていた。
キィィィィン――。
すると、その白いモビルスーツが静かに推進火線をくすぶらせながら、こちらへ向けてゆっくりと振り向いた。その不気味なほどのプレッシャーに息を呑んだルナマリアの赤いザクウォーリアは、本能的な警戒のまま即座にビームライフルの銃口をその機体へと向け、本陣のミネルバもまた、艦載砲の照準をその未知のモビルスーツに向けて冷たく合わせるのだった。
そんな一触即発の張り詰めた静寂のなか。
オーディンマークIIの静謐なコックピットのなかで、蓮・ミタミは全周囲コンソールを滑らかに叩き、眼前に佇むミネルバのブリッジの様子を光学メインモニターで極限まで拡大させた。
スキャン波形が同期した画面の向こうには、プラント最高評議会議長のギルバート・デュランダル、そして、かつて守れなかったオーブのウズミ代表の愛娘であるカガリ、そして前大戦の地獄を共に戦い抜いた戦友であるアスラン・ザラの姿が確かにそこにあるのを完璧に確認した。
「……カガリ。アスラン」
懐かしい、あまりにも懐かしいその姿を目にして、蓮の無機質な瞳の奥にほんの僅かな哀愁の光が去来する。だが、失った仲間たちの傷跡、そしてシャル様と共に成し遂げた日本の完全独立という現在の大義を胸に秘める蓮は、自分はもうあの優しかった過去の刻(とき)には戻れないことを冷徹に理解し、迷いを振り切るようにしてオーディンマークIIの操縦桿のホログラムパネルを操作した。
蓮の手によって放たれた特殊なコマンドは、光の点滅となって真空の宇宙空間を鋭く走り、直ちにミネルバの対空コンソールへも伝達された。
パチ、パチ、パチパチパチ――。
それは、電子的な通信回線を通さない、白いモビルスーツからの極めて古典的かつ確実な『光信号(発光信号)』による通達であった。
ミネルバのブリッジにおいて、その不規則な明滅を確認した副長のアーサー・トラインは、大慌てでその光信号のコードの解読を開始し、驚愕に顔を強張らせながら、その内容を重々しく読み上げ始めた。
『――と、解読を読み上げます! 「旗艦たる最新鋭艦ミネルバに敬意を表する。我々はウルブズ。世界を裏から監視する独立武装組織である。……しかし、我に現在、本艦およびモビルスーツ隊との戦闘の意志はない。だが、もし貴官らが世界の脅威となったその時、我々は容赦なくその銃口を向ける所存である。――ミネルバ乗員、およびデュランダル議長、カガリ・ユラ・アスハ代表、アスラン・ザラの航海の安全を祈る」……以上ですッ!!』
「な……っ!? ウルブズ……! それに、なぜ俺たちの名前を……ッ!!」
アーサーの読み上げたそのメッセージの言葉に、アスランは弾かれたように指揮官席から立ち上がり、防弾ガラスの向こうに佇む白いモビルスーツを激しい動揺のまま凝視した。
ガシャァン――ッ!
しかし、その光信号を送り終えた白い影は、それ以上の対話を一切拒絶するようにして、その強固な四肢の装甲を瞬時に高速変形解除させ、再び流麗な飛行形態(フライトモード)へとその姿を変貌させた。
キィィィィン――ッ!!
内蔵された核エンジンが凄絶な重低音を響かせ、オーディンマークIIは残像を遺すほどの圧倒的な大推力を爆発させると、デブリ帯の深淵へと向かって一瞬のうちに飛び去り、星の海の彼方へと完全に見失う速度で消え去っていくのだった。
『ルナマリア、追うぞッ!! あの白いやつを逃がすな!!』
『ええ、分かったわ!』
目の前で急激に離脱した未知の機体を捉えようと、シンとルナマリアの2機が即座にスロットルを押し込んで追撃に移ろうとした、まさにその瞬間だった。
『――待ちなさい、2人とも! 追撃は不許可よ、深追いをやめて直ちに本艦へ戻りなさいッ!!』
ミネルバの通信回線から、艦長タリア・グラディスの規律に満ちた鋭い制止の声が響き渡り、シンの操縦桿が強引にロックされた。
ブリッジにおいては、驚愕の余韻が未だ冷めやらぬアーサーたちが混乱するなか、背後に直立していたギルバート・デュランダル議長が、穏和な笑みをその顔に浮かべながらタリア艦長に向けて静かに語りかけた。
「彼らが如何なる素性の組織であれ、此度の危機において我がミネルバと最新鋭機を救ってくれたのは動かしがたい現実だ。……今回は、何も見なかったことにしましょう。いいですね、艦長」
「……議長がそこまで仰るのであれば。了解いたしました」
タリアはデュランダルの底の知れない政治判断に従って深く頷くと、即座にコンソールを開き、前線の全機へ向けて下達した。
「シン、レイ、ルナマリア。これ以上の戦闘行動を終了し、各機は速やかに本艦への帰還、収納プロトコルに移行しなさい」
『……了解』
ガナーザクやブレイズザクが反転していくなか、インパルスを操縦するシンは、悔しげにスロットルを戻しながらも、メインモニターの索敵ログを睨み据えた。
「ウルブズ……世界を裏から監視する独立武装組織……。あのアーモリーワンでの突然の精密狙撃による援護といい、今回の圧倒的な直接介入といい、一体何なんだよあの白いモビルスーツは……っ!」
シンは胸の奥を突き刺すような鳥肌が立つほどの強烈な疑問、そしてその底知れない不気味な存在に対する焦燥を強烈に気にしつつも、命令に従って機体を滑らせ、自らの母艦であるミネルバの格納庫へと向かって静かに戻っていくのだった。
オーディンマークIIの初陣において、その圧倒的な複合主砲の火線と超高速の可変機動を以てなんとか地球連合軍の特殊部隊を撃退した蓮は、アーモリーワン周辺の空間において、独自の最新鋭ナノミラージュコロイドを展開して密かに息を潜めていたウルブズの主力艦、コンゴウ型強襲巡洋戦艦1番艦『コンゴウ』の元へと帰還を果たした。
プシュー――ッ。
駆動音を響かせて第1格納庫へと誘導され、オーディンマークIIが強固な固定ドックへ完全に格納されると、コンソールの数値を走らせて待機していた整備員たちがタラップの下へと慌ただしくやってきて、ヘルメットを小脇に抱えて降りてきた男へと一斉に敬礼を捧げた。
「お疲れ様です、蓮隊長!」
「あぁ、次の出撃に備えて機体の点検を頼むぞ」
「はっ! 了解いたしました!」
短い言葉で整備兵たちに指示を出した蓮は、そのままコンゴウの冷徹な防壁に囲まれた通路を歩み、艦の中心部にあるブリッジへと向かった。
自動扉が静かに開き、蓮がブリッジへと足を踏み入れると、指揮官席から振り返ったナタル・バジルール艦長が、その鋭い双眸を向けながら重々しい声音で語りかけてきた。
「お疲れ様です、蓮隊長。……ですが、流石に此度の直接介入はやりすぎです。我々の今回のプランにおいては、アーモリーワンにおいての連合軍によるザフトの新型モビルスーツ強奪事件の推移を監視するだけで、十分に目的は果たせたはず。独立……なのに貴方は予定のプランを大きく外れ、偵察の枠を超えて連合軍に対して直接の攻撃を行い、ザフトの最新鋭艦ミネルバを助けてしまった」
ナタルは一度腕を組み、プロの軍人としての冷徹な懸念の視線を蓮へと真っ直ぐに預けた。
「我々のウルブズは、独自の高度な最新戦力を有しているとはいえ、未だ発展途上の組織です。今この段階でザフトや地球連合という二大陣営を同時に敵に回し、正面から戦えば、我が組織が不利な状況に追い込まれるのは必然です。……今後は、あらかじめ決定されたプランに完全に沿った行動をしてもらいたいです」
「……別に、ザフトを助けたつもりはないさ」
ナタルの厳しい叱責に対し、蓮はいつも通りの一切の感情を排した淡々とした聲音のまま、静かに言葉を返した。
「俺は、あの艦にいたギルバート・デュランダル議長に、ちょっとした恩を此度の一撃を以て返しただけだ。それに、ザフトがユニウス条約の目を盗んで開発したあの最新鋭艦の情報が、我々の今後の動向を探る上で欲しかったのも事実だからな。……しかし、予想外だった。ザフトはカオスたちの他にも、もう1機、あの未知の新型ガンダムタイプを隠し持っていたとはな。さらに驚くべきは、あのミネルバに議長だけでなく、現在のオーブの最高指導者が乗っていようとはな」
「――っ、オーブの? カガリ・ユラ・アスハ代表がミネルバに、ですか……!?」
ナタルの驚愕の問いかけに、蓮は全周囲モニターの索敵ログをそっと閉じながら、どこか遠くを見つめるようにして小さく首を振った。
「あぁ。それに……あの最新鋭機のすぐ隣の護衛には、俺が前大戦の地獄のなかで最もよく知る、元ザフト兵の男が、名前を偽ってまで寄り添っていたよ。――ナタル、本艦の今後の進路は」
蓮が思考を切り替えて問い詰めると、ナタルも直ちに軍人としての引き締まった表情へと戻り、戦術コンソールを叩いた。
「この後は予定通り、周辺宙域にナノミラージュコロイドで潜伏しているコンゴウ型の2番艦ヒエイ、3番艦ハルナ、4番艦キリシマの3隻とデブリ帯の指定座標にて速やかに合流。その後、全艦で我がウルブズの秘密基地へと帰還する予定です」
「そうか。……俺はこれから、少しオーディンマークIIの内部回路の調整に行くから、ここのブリッジの指揮は頼むぞ」
「分かりました」
ナタルの返事を聞き届けた蓮は、そのままブリッジを後にした。
薄暗い格納庫へと戻り、白く輝く自らの新たな愛機オーディンマークIIの重厚な脚部を見上げた蓮の脳裏には、先ほどモニター越しに視認したカガリやアスランの姿、および――遙か遠く離れた日本の地で、自分の大義のために孤独な王座へと就き、自分を待ってくれているあの最愛のシャル様の美しい金髪の残影が烈しくフラッシュバックしていた。
「……シャル」
愛しい主の名前をコックピットのハッチの前で静かに呟き、その胸元に遺された想いを噛み締めつつも。蓮は自らの背負った世界の戦火を止めるという過酷な宿命、およびもう決してあの優しかった過去の刻には戻ることのできない冷徹な思いを胸に深く秘めながら、オーディンマークIIのハッチを開け、核エンジンの精密な同調調整作業を、静かに、ただ黙々と始めるのだった。
蓮が強襲巡洋戦艦コンゴウへと帰還した一方で。
地球連合軍の特殊部隊をなんとか退けたザフト軍の最新鋭高速戦闘艦ミネルバは、此度の初陣において被った艦体の損傷箇所をクルーたちが慌ただしく点検、修理しつつ、ユニウスセブン周辺の指定宙域へ向けて静かに航行を続けていた。
そんな緊迫感の燻るミネルバの艦内。
アーモリーワンにおけるガンダム強奪事件の最中、不意の形でこの艦へ乗船することとなったアスラン・ザラとカガリ・ユラ・アスハの2人は、あてがわれた来客用の部屋のなかで、誰にも聞かれぬよう声を潜めて対峙していた。
カガリはソファーから身を乗り出すと、胸の動揺を抑えきれない様子で、正面に佇むアスランを見つめて問いかけた。
「アスラン……あの、私たちの前に現れた、あの正体不明の白いモビルスーツについて、お前はどう思う」
「あの機体は間違いなく……かつて前大戦の終盤に、俺たちの目の前を飛んでいた『オーディン』の後継機種だろう」
アスランは腕を組んだまま、網膜に焼き付いたあの白き可変翼の流麗なシルエットを思い返し、一言一言を噛み締めるようにして硬質な声音を響かせた。
「さに……あのコックピットから放たれてきた光信号の発光コード。名指しでの呼びかけ。あの機体に乗っていたのは……間違いなく、蓮本人だ」
「そんな……っ! だって、アイツはヤキン・ドゥーエのあの大爆発の中で、信号を完全にロストしたんだぞ! 戦後、遺体だってどこを探しても見つからなかったんだぞ……ッ!」
カガリが悲痛な声を上げ、言葉を詰まらせる。だが、アスランは静かに首を振ると、かつての戦友としての揺るぎない確信をその双眸に宿して言葉を繋いだ。
「分かるんだ、アイツだと。俺はアイツとはヤキンのあの地獄のなかで、キラと共に何度も背中を預け合って戦った。そして……最後はシャル様を身を挺して守って散った。俺も、さっきまでは君と同じように、アイツはあの宇宙で死んだとばかり思っていた。でも、あの無駄の一切ない戦い方、異次元の動き、および去り際に遺していったあのメッセージ。……あんな常軌を逸した真似をするやつは、この世界にアイツしかいない」
アスランの言葉の重みに、カガリは息を呑み、自らの懐にあるお守りの存在に想いを馳せた。
「もし、本当にアイツが生きて戦っているのだとしたら……この事は、日本にいるシャルに伝えるべきだろうか」
「それは、君が決める事だ」
カガリの迷いに満ちた問いかけに対し、アスランは静かに視線を窓の向こうの星の海へと移した。
「俺は、あの白い機体に乗っていたのは蓮だと確証しているが、世間を納得させられるだけの決定的な証拠がないのも事実だ。それに、もし今すぐにシャル様にその連絡を伝えるとなれば、ザフトの機密通信の許可が必要になる。ここはオーブでも日本でもない、ザフトの軍艦の中なんだからな」
アスランにそう冷静に現実を諭され、カガリは悔しげに唇を噛み締め、ただ黙り込むしかなかった。
一方、同じミネルバの居住ブロックにある待機室においては。
インパルスのパイロットであるシンは、ルナマリア、レイ、そして同世代の赤服兵やメカニックであるヨウラン、ヴィーノたちの身内の輪に囲まれ、先の戦闘の最中に突如として乱入してきましたあの白いモビルスーツについて、熱を帯びた議論を戦わせていた。
「間違いない。あのアーモリーワンの港湾ドックのすぐ外で、俺を追い詰めていたあの連合のモビルアーマーに対する、あの寸分の狂いもない長距離からのあの一撃……。あれも、きっとあの白いモビルスーツの仕業だ」
シンが鋭い眼光を向けて言い切ると、ソファーに腰掛けていたルナマリアが不思議そうに眉をひそめて聞き返した。
「なんでそんなことが言い切れるのよ。あの時は姿だって見えなかったじゃない」
「さっきの交戦の中で、ミネルバの背後から迫りつつあった敵の戦艦に対して放たれた、あの常軌を逸した超長距離からの的確な精密狙撃……。今なら分かる。間一髪で俺を救ったあの時のビームの波形と、全く同じやつだ。きっと、おんなじやつがずっと俺たちの戦いを見ていたんだ」
シンの直感に対し、それまで静かに戦術コンソールを弄っていたレイが、冷徹な声音のまま顔を上げて言葉を添えた。
「俺も、シンの意見と同じだ。ザフトのデータベースに残されている先の戦争の決戦――ヤキン・ドゥーエ攻防戦において、一部の戦闘ログで目撃されていた特異な可変型機体とも、あの白いシルエットは各部データが酷く一致する。今回現れたウルブズの機体は、おそらく……その大戦時のワンオフ機をベースにして、さらに高度に発展させた最新鋭の機体だろう」
レイの冷徹な分析を聞き、傍らにいたヨウランが頭を抱えるようにして怪訝な声を漏らした。
「じゃあ、なんでそんな正体不明の『ウルブズ』とかいう組織の奴が、連合軍を撃退してまで、わざわざ俺たちザフトを二度も助けたんだよ。何の目的があるってんだ」
ヨウランの素朴な疑問に対し、ルナマリアもヴィーノも、誰も明確な答えを出すことはできず、部屋には重苦しい沈黙が広がった。
だが、インパルスの操縦桿の感触を未だその両手に宿しているシンは、メインモニターの索敵ログの軌跡を静かに見つめながら、自らの魂の奥に言いようのない確信を刻みつけるようにして、低く、力強い聲音で告げるのだった。
「――目的は分からなくても。アイツは、また必ず俺たちの前に現れる」
あの異次元の速度を誇る白き牙。再び世界の戦火が大きく燃え上がろうとするその不気味な足音を感じながら、シンは自らの新型機のバイタルを見つめ、謎の白いモビルスーツとの次なる因縁の激突を強烈に気にしつつも、自らの牙を研ぐために、静かにその闘志を燃やし続けるのだった。
遙か暗黒の宇宙において、蓮のオーディンマークIIが歴史の裏舞台で最初のアクションを開始したのと、まさに同じ頃。
平和の夜に包まれた日本の首都・東京の皇居においては、若き指導者シャル・アスハ女王陛下が自らの執務室のデスクに向かい、諜報部から刻一刻と上がってくる世界の不穏な情報を冷徹に収集していた。
コン、コン――。
静かな部屋の木扉に重々しいノックの音が響き、シャルの許可を得て入ってきた専属の諜報員が、直立不動の姿勢のまま緊迫した声音で報告を伝え始めた。
「陛下、L4コロニー『アーモリーワン』にて発生した地球連合軍の特殊部隊による襲撃事件の続報です。現在、現地に潜入中であったオーブ代表カガリ様、およびその護衛アレックスの行方は依然として確認が取れておりません。判明している厳然たる事実は、ザフト軍が開発していた最新鋭高速戦闘艦ミネルバがドックから緊急出撃し、所属するモビルスーツ隊と共に敵の強奪部隊を撃退したということのみです」
シャルは紅色の瞳を僅かに細め、手元の電子コンソールを見つめながら淡々としたタメ口を響かせた。
「そうか。……カガリの足取りは、まだ掴めないんだな」
「はい。……後、これはあくまで非公式の噂話なのですが、そのアーモリーワンの混戦の最中、謎の武装組織『ウルブズ』を名乗る機体が戦闘に介入してきたという情報が、各陣営の通信ログの端から噂程度に流れております」
「ウルブズが……?」
シャルがその不気味な組織の名を口にした、まさにその瞬間だった。
コン、コン、コンッ!!
先ほどよりも明らかに慌ただしい烈しいノックの音が鳴り響き、自動扉が開くと同時、今度は外交担当の官僚が息を切らせて執務室へと滑り込んできた。
「シャル様! カガリ様です! カガリ様から、ザフト軍の通信回線を経由して極秘のダイレクト通信が本電へと届いております!」
「何だって!? 直ぐにメインモニターに繋いでくれ!」
シャルがデスクから身を乗り出すと同時、壁面の大画面ホログラムモニターへ、僅かに煤に汚れたカガリの顔が鮮烈に映し出された。シャルは思わず声を荒らげてタメ口を投げかけた。
「カガリ! 無事なのか!?」
『あぁ、無事だ。脱出の時に少し頭を切ってしまったが……安心しろ、大した怪我じゃないさ』
モニターの向こうで苦笑いを浮かべる従兄弟の姿に、シャルは胸の奥で大きく安堵の息を吐き出した。
「よかった……本当に心配したぞ。それで、今はどこにいるんだ」
『今、私はザフトの最新鋭艦ミネルバの船室にいるんだ。基地が襲撃された際、混乱に巻き込まれないよう、アスランが安全のために私を連れてこの艦に乗り込んでな。――後、シャル。お前は『ウルブズ』という存在を知っているか』
不意にカガリの口から切り出されたその名称に、シャルは先ほどの諜報員の報告を思い返し、冷静にタメ口を返した。
「あぁ、知っている。独自の高性能なモビルスーツを隠し持っているという、謎の独立武装組織だろ。……さっき得た情報でも、アーモリーワンの戦闘にその組織の可変機が直接介入してきたとか。真実かどうかの確実な裏付けは、まだこれから調査するところだったが」
『……そうか。なら、その話は真実だ。私とアスランは、その凄絶な乱戦の現場に直接居合わせたからな。――後、その戦闘の結末の際、私たちの前に現れたそのウルブズの機体なんだが……今から、ミネルバの記録から抽出した暗号データをそっちに送る』
ピィィィン――。
カガリの操作によって、日本の皇居のメインコンソールへと大容量の画像ファイルが同期され、シャルはデスクの電子パネルへと直に目を通した。
ガタッ――!!!
その画面に映し出されていた、白と青、そして黒の洗練された境界線を纏った1機の美しき可変型モビルスーツの写真を視認した瞬間、シャルは椅子を烈しく蹴り飛ばすかのようにして立ち上がった。その鉄の仮面のような端正な顔が強烈な驚愕に強張り、紅色の瞳から大粒の動惑の光が溢れ出す。
「――っ!? この写真は……本当に、本物なのか!? この機体は、まさか……蓮は……アイツは生きているというのか……っ!?」
2年前に自らの目の前で散ったあの白き牙のシルエット。シャルは喉を震わせ、今にも崩れ落ちそうな声音でモニターの中のカガリへと問い詰めた。カガリは悲痛な眼差しを向け、低い声音で答えた。
『私には、まだ分からない。……だが、アスランは、あの異次元の動きと、去り際に送りつけてきたあのメッセージの発光コードを見て、あの機体に乗っているのは間違いなく蓮だと確証している』
生還の希望。シャルがその胸のネックレスを強く握り締めようとした、まさにその絶対の刹那、モニターの向こう側の背景が突如としてけたたましいブザー音と共に騒がしくなった。
『――カガリ! すまないが、デュランダル議長が至急、君と僕の2人にブリッジへ来るようにと下達があった!』
スピーカーの奥から、身分を隠しているはずのアスランの切迫した本名の声が割り込んできた。カガリは即座に振り返り、ハッチの向こうを確認すると、すぐに画面に向き直って早口に告げた。
『すまない、シャル! 話はまた後でだ! 気をつけろ!』
プツン――。
冷徹な電子音と共に、ホログラムモニターの映像は唐突に遮断され、静寂が戻った。
シャルが激しい動揺のまま、蓮の機体の写真を凝視して立ち尽くしていた――まさにその直後だった。
ドタタタタタタタタッ!!!!!
皇居の長い廊下の向こうから、床を烈しく踏み鳴らす複数の人間の凄絶な走る足音が、執務室に向かって急接近してきた。
バァァァンッ!!!!!
次の瞬間、儀礼を完全に無視して部屋の強固な扉が力任せにブチ破るようにして開け放たれ、顔面を真っ青に灼きつかせた防衛軍の最高幹部官僚が、執務室のなかへと烈しく転がり込んできた。
「陛下っ!! シャル様、大変ですっ!!!」
シャルは蓮の写真から鋭く視線を切り替え、女王としての毅然とした威厳を取り戻して怒号のタメ口を響かせた。
「どうした! 一体何が起きたんだ!」
「ユ、ユニウスセブンが……っ! あの前大戦の悲劇の遺物である残骸、ユニウスセブンが突如として定時軌道を外れ、現在……地球へと向かって、まっすぐに落下を始めています!!!」
破滅へのタイムライン。
世界を再び地獄の底へと引きずり戻す未曾有の災厄の知らせを浴びせられ、シャルは息を呑んだまま、コンソールに浮かび上がる地球落下の絶望的な予測シミュレーションを、ただ静かに、重々しく睨み据えるのだった。
暗黒の宇宙空間において、突如として引き起こされたユニウスセブンの異常な機動変更。
世界を再び地獄の底へと引きずり戻すその最悪の知らせは、直ちに蓮たち独立武装組織『ウルブズ』の隠密情報網へもリアルタイムで同期、伝達された。
この時、既に蓮の乗る主力艦『コンゴウ』は、デブリ帯の指定座標において同型艦である2番艦『ヒエイ』、3番艦『ハルナ』、4番艦『キリシマ』の3隻との完全な合流を終え、ナノミラージュコロイドを相互展開しながらウルブズの秘密基地へと帰還するための帰路についていた。
そんな平穏の最中に突如として寄せられた、ユニウスセブンの絶望的な地球落下ルートへの針路変更のデータリンク。コンゴウ型4隻の艦内回線は、瞬時に第一戦闘配備のサイレンと共に慌ただしく騒ぎ始めた。
キィィィィン――。
重厚なハッチを開け、緊迫したグリーンの電子光が揺らめくコンゴウのブリッジへと蓮が足を踏み入れると、直ちにオペレーターたちの背後を通り抜け、指揮官席のナタル・バジルール艦長に向けて冷徹な聲音を響かせた。
「ナタル艦長、ユニウスセブンの地球落下の情報は本当なのか」
「はい。機動変更の物理的な原因は未だ完全には不明ですが……今まさに起きている大質量落下の現実に、厳然たる真実です。このままの航路でユニウスセブンが進めば、地球への墜落、および世界規模の未曾有の壊滅被害は絶対に避けられません。既にプラント側では、ザフトの本隊がユニウスセブンの残骸を宇宙空間で直接破砕・解体するために緊急発動をかけているとのことですが」
ナタルがホログラムコンソールの降下予測データを蓮へと差し出す。それを一瞥した蓮は、ヘルメットのバイザーの奥の瞳を鋭く細めると、事前のデータベースからある因縁のタイムラインを引き出した。
「最近、ザフトの国内において、前プラント最高評議会議長パトリック・ザラが遺したあの強硬派残党の牙に、不穏な動きがあるっていう諜報情報が上がっていたよな」
「はい。……まさか、此度のユニウスセブンの意図的な機動変更は、彼らザラ派の残党たちによるテロ行為だというのですか」
ナタルの問いかけに、蓮はいつも通りの淡々とした聲音のまま、静かに言葉を繋いだ。
「可能性は極めて高い。あの強硬派の連中のなかには、最初の悲劇――ユニウスセブンへの核攻撃によって大切な家族を失った者たちが多数残されていると聞く。今のギルバート・デュランダル議長が推し進めるナチュラルとの平和へ向けた融和政策に激しく反対し、自らの歪んだ大義を果たすために動き出したのかもしれないな。――ナタル艦長、本艦、および艦隊の秘密基地への帰還プランは、これより全面中止だ」
蓮のその冷徹な下達に、ナタルはハッと息を呑み、かつて第一部の始まりにおいて蓮が背負った悲痛な傷跡を思い返し、気遣うような聲音でそっと問いかけた。
「……やはり、向かわれるのですか。あの凄絶な戦火の遺物、ユニウスセブンに。……あそこには、貴方の失われたご家族の遺体も、未だ宇宙のなかに眠っているはずですが」
血のバレンタイン。蓮の両親、および幼い妹が核の炎に灼かれて消えた、全ての始まりの場所。
「――俺も、叶うことなら。アイツらの……両親や妹の遺体を綺麗に見つけ出して、日本の地に暖かく埋葬してやりたいさ」
ナタルの言葉を受け、蓮は自らの胸の奥のネックレスの存在に想いを馳せ、ほんの一瞬だけ、その無機質な声を寂しげに震わせた。だが、すぐに最強の少年兵としての鉄の仮面をその顔に湛えると、迷いを断ち切るようにしてきっぱりと言い放った。
「でも、このままあの残骸を放っておけば地球の基盤は完全に壊滅し、第二の血のバレンタインの悲劇になりかねない。そうなれば、プラントと地球連合による全面戦争への逆戻りは絶対に避けられなくなる。……我々ウルブズは、そんな狂った世界の連鎖を防ぐためにこそ存在する。俺は現場に到着し次第、オーディンマークIIのモビルスーツモードで直接出る。ナタル艦長、ここのブリッジの全艦隊指揮は頼むぞ」
「……分かりました。お気をつけて、蓮隊長」
ナタルの確固たる敬礼を見届けた蓮は、そのままブリッジを後にし、格納庫のオーディンマークIIの元へと向かって力強く歩み出した。
ブリッジに残されたナタルは、直ちにウルブズ専用の大容量広域通信回線を開くと、コンゴウの周囲を固める僚艦たちに向けて、軍人としての最高の威厳に満ちた鋭い号令を全宇宙へと響かせた。
「――我々組織『ウルブズ』は、これより秘密基地への帰還プランを全面的に中止する! 全艦、ナノミラージュコロイドを戦闘深度へ同調、エンジン最大出力で地球降下ルートへと針路を反転!! 目標、要塞コロニー残骸――ユニウスセブン!!」
ドォォォォォンッ!!!!!
コンゴウ、ヒエイ、ハルナ、キリシマの4隻の強襲巡洋戦艦は、内蔵された大推力の推進火線を暗黒の宇宙空間へと一斉に爆発させると、地球落下の絶望的なタイムラインを力任せにブチ破るための絶対の盾として、ユニウスセブンが待つ最前線の宙域へと向かって、凄絶な速度を以て一瞬のうちに激しく駆け出していくのだった。
ご愛読ありがとうございます。既に第3話の編集も始めているので、少し待って頂けると幸いです。それでは次回もお楽しみに。